第46話 破壊の天使シムキエル(マルちゃん視点)
久々に破壊の天使シムキエルと再会した。口が悪いし性格も良くないが、楽しい奴ではある。飲みに誘われて断る理由はない。
俺も元は天使で、
破壊の天使であるシムキエルは直接神からの命令で動く実働部隊で、九位階とはまた別。もちろん、組み込まれている奴もいるが。地上での任務の際に、ヤツと付き合いが発生してしまったわけだ。
この世界の神は人間への関与を極力避けているようで、天使達はあまり派遣されていないな。この場合の神とは造物主。この世界を作った、ただ一柱を指す。
そもそも俺は、堕天する気はなかったんだよ……。部下が堕天し、何故か俺も堕天したと思われ、天の籍が抜かれていた。誰だ、確認を怠った奴は。
とはいえそれまで、十分働いたことだ。ここは休憩だと思って千年くらいゆっくりバカンスをして、いずれ天へ返り咲こうと思っていたところ、地獄からの勧誘を受けた。せっかくだし堕天使から悪魔にジョブチェンジをしたわけだ。
地獄の水が合っていたのか、悪魔としては侯爵になり、仮の姿も手に入れ、なかなかいい暮らしをしている。
悪魔の内で圧倒的な最大勢力である皇帝サタン陛下の配下の者は、下が稼いでまず下位貴族に上納し、それから俺達上位貴族に、そして俺達は王に貢いで、王は皇帝陛下に奉仕する。完全にトップが得する構造だ。
王の方々などは、ひとたび戦となれば最前線で一番槍の勲功を上げるような猛者ばかり。各々軍団を持ち、確固たる主従関係を築いている。侵略で寝処を奪われる恐れも減るし、小悪魔達も軍団に組み込まれることに異論はないようだ。
ちなみにサタン陛下の一人勝ちになっているこの状況は、天との戦争に負けた堕天使を引き入れたからだ。ルシフェル様率いる、結束の固い大軍団だからな。
と、まあ地獄の状況はいいとして。
「で、お前はこれからどうするんだ?」
まさか悪魔になってから、シムキエルとサシ飲みとはなあ。ビールで乾杯とは。小さな村で広い店はなく、どこも人でごった返している。ここも騒がしい。
「しばらくこっちで楽しくやりてえんだが、どうもオルランドの奴は覇気がねえんだよな」
「そのくらいでちょうどいいだろ。お前と同じテンションだったら、滅びる」
「俺をヤバイやつみたいに言うんじゃねえ」
「ヤバイやつだ」
自覚がなかったのか。とんでもない。
奴はすぐに一杯目を飲み干し、次にウォッカを注文している。
「それはともかく、答えられる範囲でいいんだがよ。バアルの野郎が来てやがんだろ? 他にも危ねえ奴がいんのか?」
「俺もこっちはまだ長くないからな。アスモデウス様にお会いしたのと、あとはティアマト様がキングゥ様と九尾の狐を伴い、東に向かわれた」
「アスモデウスは戦いにならねえだろうからいいが、竜神族の組み合わせのエグさはドン引きだ」
そうだろうな。戦争でも始めるのかと、疑うほどだ。アスモデウス様は念願の人間の恋人ができて、我が世の春と言わんばかりだったな。
「まあ気を付けろ。プライドの高い種族だからな、お会いしても失礼をするな」
「ぐっ……、無茶言いやがる。ところで、ずいぶん昔にベリアルと会ったって奴がいてな。確か地獄へ帰ったらしいが、また召喚されたっつー噂は本当か?」
「本当だ。だがどうも、もっと遠い場所のようだ。気にする必要はないんじゃないか?」
ベリアル様は地獄の王のお一人で、炎の王との異名を持たれる方。仲の悪い方が多いのに、ルシフェル様とは親友のようだ。その辺の嫉妬をされるのも原因だろう。
ルシフェル様は皆が畏敬の念を抱く、偉大なる王でいらっしゃるから。
穏やかな風貌であらせられるが、戦となれば苛烈に敵を撃破される。実質サタン陛下と同等の実力があるので、王が貢ぎ物をしまくるくらいに人望がある。
「ベリアル、アイツもヤベエ。何を考えているか解らん。なんつーか、企んでやがる匂いがする」
「匂い……。まあベリアル様なら、どんな奥の手を隠していても不思議じゃないな」
狩りの好きな好戦的な性格で、王の中でもよく人間に召喚される方だ。しかし魂を汚すことが悦びらしく、宝石でも何でも与えて、傲慢になり堕落していくのをじっくり眺めてから殺す。巧みな弁舌で上手く不備のある契約をさせ、甘言で罪を犯させるんだよ……。
正直えげつないと思う。昔は女遊びも派手なんてものじゃなかったが、今は飽きたと仰っている。とはいえかなりの美形だから、女は勝手に寄ってくるようだ。
しかし匂いとは。俺の仮の狼姿を知らなかったはずなに、通りすがりに見抜いて来たしな。こんな奴だが、目は確かだ。だからこそ破壊の天使の長なんて務まるんだろう。やはりベリアル様は、何か隠匿していらっしゃるんだろうな。
「俺達もウルガスラルグに行くみてーだ。まだしばらくヨロシクな、相棒!」
「相棒は勘弁してくれ……」
何が悲しくて、破壊の天使の相棒なんてしなければならないんだ。ソフィアのおもりだけで十分だ。俺を召喚できたくらいだからもう少し期待していたが、まだまだだな。こっちはバイロン様に頼まれてしまっているからな、故郷を探し、冒険者としても一人前にさせねばならん。
ビールと焼き串を追加し、天の様子などを聞いて日付が変わる前にはお開きだ。宿に空室がなかったため、ギルドの男性の家に泊めてもらう。コイツと同じところに泊まるのも、どうもな。
しかも明日も一緒か……。トラブルを呼び寄せないといいんだが。
翌日は誰かに見られて乗せてくれと言われても面倒なので、船着場から離れた場所で川を渡った。俺は狼姿でソフィアを乗せ、オルランドのイーンヴァルが往復してプリシラも運ぶ。
「スゴイ馬ですね! 本当に川の上を走っちゃうなんて」
イーンヴァルを降りたプリシラが、馬の背を撫ぜた。
「ヴァルはいい子なんだ~」
オルランドはイーンヴァルを、かなり気に入っているようだな。馬が褒められると喜ぶ。空こそ飛べないものの、何処でも走るから役に立つし、穏やかな性格で扱いやすい馬だ。
「配達は湖の反対側なんだよね。まずは湖周辺にある、一番近い町を目指そうか」
「それがいいだろう。湖周辺には囲むように道があるし、船も行き来しているらしいからな」
珍しくソフィアの提案がマトモなので、頷いた。土手の先には小さな農村があって、広い畑で幾人かが農作業をしている。湖までの行き方を尋ねると、シムキエルを天使だと、物珍しそうにしていた。
「しっかし、何も出ねーな。つまんねえ」
道行きは順調、明日には湖まで辿り着くだろう。シムキエルには不満らしいが。
徒歩なのでヤツは羽根を仕舞っていて、見た目は人間と変わらない。
「まあまあ。アムビゼの討伐のお金、けっこう良かったし。ちょっといい所に泊まっちゃおうか」
「私は安いところでいいです……」
一緒にいるんだろうが、プリシラの事も考えてやれよ。
「オルランド、この女の分も出してやれよ。お前は今回、一つも働いてねえだろうが」
「そっか、そうだった。プリシラの分もシムキーの働きで出せるから、安心して」
「待てや。その言い方は、なんか腹立つ」
一応天使なんだから、奉仕の精神を持てよ。
ソフィアの方も、いいところに泊まるのは賛成らしい。アイツは経済観念が薄いんだよな……。後で困ると思うんだが、俺といると稼げるもんだから、危機感はないだろう。
俺も侯爵なんだから地獄にはそれなりに財産があるとはいえ、何かあっても出さないからな。そんな契約はしていない。
「悪いですよ、別に泊まるんで大丈夫です」
プリシラはまだ躊躇している。意外と控えめだ。
「遠慮するな。良くしてもらったと思えば、いつか後輩にその分優しくしてやれ」
俺が言うと、迷ったようだがハイと頷き、素直に受けることにしたようだ。人間だけで稼ぐってのは、けっこう大変なもんなんだな。
町はわりと大きく、ようこそと看板があった。検問などはない。観光メインらしいからな、非常時以外は出入りが自由なようだ。
まずは宿を確保して、夕食を食べに行く。もう夕方に差し掛かっていたし、今更何をするでもないだろう。さっさと休むのが上策だ。
しかしだいぶ人が多い。
どこで食事しようかと探しながら歩いていると、反対側から来た男と、よりにもよってシムキエルの奴がぶつかった。
「……ってえなァ! どこ見て歩いてやがる!」
本当にチンピラみたいだな、アイツ……。
「こっちのセリフだ。さっさと謝れや!」
「はあ? テメエ、誰に言ってやがる」
どっちも同じタイプかよ。ダメだこりゃ。
「おい、落ち着けシムキエル。人間とケンカをしても良い事はないぞ」
「黙ってろ、マルショシアス。テメエには関係ねえ!」
落ち着けと掴んだ腕を乱暴に振り解き、人間の男と睨み合うシムキエル。早くも一触即発な雰囲気を醸し出している。
破壊の天使って、俺の平穏を破壊する天使だな、この野郎。
なんで俺が天使のケンカを止めなきゃならないんだ!
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