第45話 マルちゃんとアムビゼ
飛んで討伐に向かってしまったマルちゃんとシムキエルを追いかけるように、私達三人は村を目指して進んだ。オルランドはイーンヴァルという馬に乗っているから、楽そうでいいな。パカパカと蹄の音を立てて進むたび、オルランドの背中部分だけ少し長い水色の髪が揺れている。
「あれ、ヴィクトルさんは来ないんですか?」
「隣国に行っちゃったんだ~。人手が足りないからね」
バアルの飲み会に誘われた後に、バアルの被害の復旧に行ったのね。なんだか因果なものだなあ。
話をしていると、急に馬がヒヒンと鳴いて、林の方に顔を向けて両足を上げた。
「魔物みたいだ、二人とも注意して」
「はい!」
「目かな? 緑に光ってる……」
プリシラがいち早く発見したのは、以前依頼で倒したことがある魔物、ブラックシャックだった。毛むくじゃらの黒い犬。一匹ということはないだろう、前回も群れだったし。
「確かマルちゃんが、緑の目は病にする黒いブレス、赤い目は火を吐くって言ってました。ブレスの距離は短いです」
「解りました!」
接近して戦う分、一番危険なのはプリシラだ。私が杖を用意している間に、オルランドは魔法の詠唱を始めている。
「対称の炎、照準を定めよ。我が手より放たれ、前進せよ。二つの道は一つに交わり、出会いて膨大に展開するべし。融合し、狂猛なる火難となれ! クローサー・フゥー!」
両手の上から火の玉を出し、それが放物線を描きながら進んで一つに交わる。合わさるまでにも二体のブラックシャックに当たり、標的にした個体にぶつかったところで、大きな炎となって燃え盛った。
数体を一気に巻き添えにした、うまいやり方だ。
プリシラは構えて、脇から跳びかかるブラックシャックを避けながら、突き刺して倒した。
次は私の魔法の番!
「大気よ渦となり寄り集まれ、我が敵を打ち滅ぼす力となれ! 風の針よ刃となれ、刃よ我が意に従い切り裂くものとなれ! ストームカッター!」
円盤状の切り裂く風を真っ直ぐにぶつける。三体が並んでいる所を選んで貫いた。わりと強い魔法なので、しっかり魔力を籠めれば敵を倒してもまだ消えずに進むんだ。
「いいね、ソフィア」
やった、オルランドに褒められたよ。
魔法に当たらずに襲ってくる黒い犬は、プリシラが上手く倒してくれている。高く跳んで首を狙って来た赤い瞳のブラックシャックに向かって走り、バッと低くなり顏から斬り裂く。
その先にいた緑の瞳がブレスを吐こうとするのを、プリシラは気付いてジャンプして躱し、黒い霧のようなソレから逃れた。犬の横に着地して、顔を向けられる前にレイピアを振りぬく。
もう一回ずつ魔法を使って、全てのブラックシャックの討伐終了。私もちょっとは慣れてきたのかも!
「お~、君もやるねえ。Eランクはそろそろ卒業でしょう」
オルランドがプリシラに笑顔を向ける。
「ランクアップできますかね、楽しみです」
「実力はもう十分あると思う!」
しっかり戦えてるよね。今回のブラックシャックって、報酬出るのかなあ。出なくても、評価はプラスになるはず。
あと村まで本当に少しだ。もうハプニングはないだろう。マルちゃんが居なくてもきちんと戦えたから、少し自信がついたよ。
川沿いの小さな村には人が多くいて、お店が何軒かと宿があった。お土産物も売っている。橋のお陰で人の行き来が多くなり、住人も増えてきているらしい。
まずはギルドへ行ってみる。シャレーはなく、丸太小屋のような小さなギルドだけが、橋から少し離れた場所にあった。
中では人が話している声がしている。やっぱり討伐の事みたいね。
「ちわ~、退治屋さんです」
乗っていたイーンヴァルを入口のところで待たせて、扉を押し開いてオルランドが手を上げる。皆の視線が一斉に集まった。
「待ってたよ! 早速行ってもらえる?」
「はいはいはい。で、どの辺?」
受付の人との会話を聞いて、皆やったと喜んでいる。
「川の上流側を行ったり来たりしてる。あの魔物の死体があると、危険な魔物を呼ぶらしい。かなり重いみたいだけど、引き上げてもらいたい」
「任せて~」
倒すだけなら魔法を打ち込めばいいんじゃと思っていたけど、遺体があると良くないから、むやみに倒せなかったのか。マルちゃん達なら大丈夫そうだな。
「人手はいる?」
「いらないよ。まあ困ったら頼みに来るね」
足止めになった人達がいるから、何かあったらここにくれば手伝ってもらえるね。
さて、川沿いを上流に向かえばいいんだね。魔物がいるから、この先は一般人は立ち入り禁止。警戒している兵に討伐に来た旨を伝えて、通してもらった。
土手をちょっと歩いたら、二人が空中から川面を睨んでいる姿を見つけた。真っ白な翼に金っぽい鎧のシムキエルと、黒一色のマルちゃん。
けっこう目立つ組み合わせだ。
マルちゃんが剣に炎を纏わせて、スッと降りて豚の顔をした魚を斬りつける。巨大な魚は、バシャンと川の中に潜った。大きく動いたことで川底から土が巻き上がり、水が茶色くなったので居場所が特定し辛くなる。
「っしゃあアア!!」
片手を固く握り、腕を横に伸ばすシムキエル。そこを中心にして小さな竜巻のような風が起こった。そのまま川に急降下し、水に拳を打ち付ける。ザバンと丸く波が起こり、手から吹く風でへこんだ川面を中心にして、少し離れた所で円形に壁のように水が盛り上がった。二階建ての建物を越えるほど、噴水のように勢いよく空を目指す。
水生の昆虫も小魚も、依頼の巨大な魚まで水とともに巻き上げられる。
「よし、いける!」
アムビゼが高く跳ねたところで、待っていたマルちゃんが横から半透明の鱗に覆われた体を目掛けて剣を突き刺し、土手に押し出した。
巨大な魚は剣から離れて、真っ直ぐに伸びる土手の土の道にドオンと重量を感じさせる音を響かせて落ち、ビタンビタンと尻尾を大きく振って打ち付けている。顔が豚だから、どうにもおかしい。
「ヒャーッハハハ、これで終いだ!!」
天使シムキエルが大きく剣を振って、スパッとアムビゼの豚の頭と魚の胴体を切り離す。さすがに魚なので陸ではほとんど身動きが取れず、抵抗できないままアムビゼは動かなくなった。
「く……ふふふ。やったな、シムキエル」
「おうよ、パーティーだぜ!」
拳を作って、合図するように腕を合わせている。悪魔二人みたいな気がしてきたよ。
「マルちゃん師匠、楽しそうですね」
プリシラが率直に尋ねる。私は悪事でも計画してるのかと思って、やたらご機嫌な理由を聞けずにいたのに。ありがとう。
「このアムビゼは、とにかく美味いんだ。最高級の豚肉の味がする」
「俺達もさすがに肉は食わねえが、魚なら食う。コイツはマジでご馳走だぜ」
そういう事だったのね、良かった。こんなに大きな魚なら、皆で食べられそう。熊よりもよっぽど大きいんだもの。
「やった~、楽しみだな」
呼ばれて来たのに何もしていないオルランドが、楽が出来て美味しいものが食べられると、とても嬉しそうにしている。
魚は二人が村まで運び、焼いてみんなで食べることになった。村の人が大きな鍋にスープを作って、集まって来た人に配ってくれていている。ちょっとしたお祭りみたい。たき火を囲んで、皆で外で食べるのって楽しい。
白くてあっさりしたアムビゼの身は、本当にお肉みたいな美味しい味がする。みんな喜んで食べている。たくさん食べても、お魚だからいいよね!
なるほど、これは出たら嬉しい魔物だ。普通はあんまり魔物の肉って、食べられない。アムビゼも魔物って呼んでるけど、突然変異か何かかも知れないね。
「うまい! 皆さん討伐してくださって、しかも振る舞って下さって有難うございます」
「こんな巨大な魚、どうせ食いきれないからな」
そこら辺にあった木箱に座るマルちゃんが答えた。ギルドの受付の人も、ギルドを閉めてここに来ちゃってるよ。マルちゃんは焼酎片手に魚を食べている。
「あの、ところでいつになったらここを渡れそうですか?」
プリシラが尋ねた。早く行きたいよね。
「小舟があるから、少しずつ渡していくよ。あの魚がいたら、船も転覆させられるから出られなかったんだ。馬車なんかはまだしばらくダメだね」
やった、これなら思ったより早く通れそう。貰ったスープを飲んだ。橋も明日から修復作業に入るらしい。
「ソフィアたち、ウルガスラルグに渡りたいの? 僕のヴァルを貸そうか?」
「ヴァル? 馬ですよね……? 他の橋まで行くんですか?」
オルランドが申し出てくれるけど、かなり遠回りになるよ。
「おいおい。イーンヴァルっつったろーが。古い世界の海神の馬じゃねえか、海でも沼でも山でも走る。無駄に馬を貸すわけねえだろ、ボケ鈍い女だな」
シムキエルの容赦ないツッコミが入る。怒ったマルちゃんよりひどい。
「お前らは、これからどうするんだ?」
マルちゃんが二人に、持ってるコップを向けて質問した。
うーんと、オルランドが考えている。あまり決めていないみたいね。
「王都に戻っても、僕のやる事ってないんだよね。戻るか行こうか、悩む~」
「……てかよ、マルショシアス。あの王都、ヤベエの居ねえか? 地獄の王を召喚しやがったクズがいるって、かなりマジだな?」
声を潜めてマルちゃんに顔を寄せるシムキエル。コップの焼酎は既に空だ。
「バアル閣下だ、近づかない方がいい」
「…………バアル!? よりにもよってバアルかよ! おいオルランド、王都に戻るなら俺は帰るぞ。命が幾つあっても足りやしねえ!!」
「そうだ、バアルって名乗ってた、あの怖い人。お友達?」
「バカじゃねえか!!」
オルランドも随分とぼけてるね。バアルって、シムキエルでも逃げ出す相手なのね……。
結局今日はこの村に泊まって、明日ウルガスラルグに向かうことになった。
やっぱり宿はいっぱいだったけど、討伐をしたのでギルドのおじさんが泊めてくれる。マルちゃんとシムキエルは、積もる話でもあるみたいね。
楽しそうに居酒屋に消えた。
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