第44話 マルちゃんと契約の天使

 朝のギルドは大盛況。足止めになってこの町にいる人達が、仕事を求めて集まっている。

「どうしよう、プリシラ……」

「これは私もちょっと、入り辛いよ……」

 がっちりした男性が作っている、筋肉の壁。ここに入って行くのは、フェチ度を要求される。私達にはそれがないのだ。

「シャレーに行ってみるのは? まずは川の状況を聞こう!」

「うん、そうしましょう。すぐに討伐されそうなら、進めますもん!」

 私達は道を挟んだ向こう側にある、三角屋根のシャレーに向かった。木の壁を白く塗った、可愛い建物だ。中はカウンターとテーブルが二つあり、数人が話をしている。ボードには川に魔物が現れたから注意しろという、張り紙が貼ってあった。


「おはようございます」

「あら、おはよう。初めての子?」

 セクシーなお姉さんが返事をしてくれる。一緒にいるのは犬っぽい獣。かっこいいけど、マルちゃんに怯えているよ。

「はい。ウルガスラルグに渡りたいんですけど、橋が壊されているんですよね? 状況を知りたくて。ギルドは凄いことになってまして……」

「ふふふ、そうなのよねえ。例え魔物が退治されても橋がすぐに直るわけじゃないでしょ、他の橋まで行くか諦めるか、ここで粘るか。悩んでいる人が多いのよ」

 そうだった。倒してもすぐに通れるわけがなかった。船があることを祈ろう。それでも順番待ちになるか……。

「それで魔物って、倒せそうですか?」

 不安そうに尋ねるプリシラ。配達の期限があるから、気になるよね。

「大丈夫よ。今日にも王都の方から人が来るらしいわ。魔物は豚の顔をした大きな魚の魔物らしいわよ。橋を壊すくらいだから、力があるんでしょうね」


「ドラゴンじゃないんですね。良かった」

「ドラゴンだったら川沿いの村の住民も、皆が遠くへ逃げるわよ」

 そうか、少なくとも川からあがらないし、ブレスも吐かない魔物って事なのね。

「おいソフィア、退治されるならその村へ行くぞ。どうせここで依頼の取り合いには、参加しないんだろう」

 マルちゃんが突然その気になったよ。

「狼さんが乗り気みたいだけど、退治のメンバーに加えてもらえるか解らないわよ」

「構わん、どうでもいい」

「早くウルガスラルグに行きたいの? まあいっか、せっかくだし川の方まで移動しよう!」

「さんせー!」

 プリシラも賛同してくれてるし、早速出発しちゃおう。ここのシャレーには仕事はないみたいだし。こういう立派そうな人たちがいる都会だものね、依頼や相談あっても振り分けられちゃうんだろうな。


 私達が出て行こうとすると、近くで話を聞いていた男性が、私達の背に向けて思い出したように喋り掛けてきた。

「あ、そうだ。悪魔を連れてるなら気を付けろ。来るのはどのくらいか知らんけど、高位の天使を連れた契約者っぽいぞ。まあ、この世界で無意味に仕掛けてこないとは思うけど」

「了解。揉めるのは面倒だからな、気を付ける」

 マルちゃんが天使とケンカになっちゃったら、大変だもんね。

「あの狼さん、悪魔なの?」

「解らなかったのか。まだまだだなあ」

 シャレーからは小さな笑い声がしていた。


 門を出る時も簡単な検問があって、たくさんの人が並んでいる。ほとんどが冒険者だ。商人は出掛けるか迷っているみたい。今日にでも討伐されるっていうしね。

 入ってくる時ほど時間がかかるわけじゃなくて、簡単に顏なんかを確認している。依頼を受けただけでまた戻ってくる人には、通行証を渡していた。戻って来たら返す。これで町に入る時の検問の負担を減らすのね。町に住んでいる人は、返さなくていい許可証を持っていた。


 川の方へ行く人もけっこういる。荷物を背負って一人で歩く人、荷馬車の商人、強そうな冒険者。広い道をまっすぐ進むだけだから、同じ方向に行く人とはずっと一緒だ。依頼を受けた人なんかは、途中で横道に逸れていく。

 いい天気で歩くのも気持ちがいい。だいぶ進み、町が近づいて来たみたい。前を歩く人たちが、もう少しだと話す声が聞こえてきた。ふと影が通り過ぎたと思って、空を見上げる。

 翼を広げた天使だ。これが討伐に来た人と契約している天使かな?

 やった、これならバッチリ今日中に退治されるね。そう喜んでいると、旋回して私達の近くに降下して来た。降り立ったのは真っ白い翼に竹のような緑の髪の、武装した天使。そして後ろから馬に乗って道を走って来るのは……。


「オルランドさん⁉ 討伐に来たのって、オルランドさんなんですか?」

「やっほー。シムキーが降りて来たからどうしたのかな~って思ったけど、マルちゃんとソフィアが居たのかあ。知り合い?」

 翼をたたんだ天使の隣まで馬を走らせて、降りながら相変わらずのとぼけた声で喋るオルランド。

「シムキー? シムキエル、お前そんな風に呼ばれているのか。コイツとは天で何度も会ってる。俺は堕天使のクチだからな」

「直らねえんだよ、仕方ねえ。お前こそマルちゃんかよ、ずいぶんカワイイじゃねえか」

 天使の方が口が悪い。プリシラは困惑している。

「こっちも直らん。契約してしまったから、仕方がない」

「いい加減なのに固い、ヘンな野郎だな。で、どっちが契約者だよ?」

「私です、ソフィアと言います。よろしくお願いします」

 頭を下げると、プリシラも一緒に礼をした。

「私は今一緒にお仕事してます、プリシラです」


「俺はシムキエル。お前らまでおかしな呼び方をしたら、ぶっ殺すからな」

 天使のぶっ殺すを頂きました。ええ、マルちゃんより怖いよ!?

「僕はオルランド。よろしくね。この子はイーンヴァルって馬だから、ヴァルって呼んでる」

 乗ってきた馬の顔を撫でるオルランド。馬は大人しく気持ち良さそうにしている。

「やるじゃないか、お前。神馬とは。随分いい馬と契約したな」

 そんなにいい馬なのかな。マルちゃんが褒めてるよ。

 オルランドはなんだか嬉しそう。

「んなこったどうでもいい。マルショシアス、お前も討伐か?」

「いや、契約者がまだDランクでな。加われないだろう」

「え~、マルちゃんも一緒に戦おう」

 オルランドがモスグリーンのローブを揺らして拗ねてみせる。可愛くないよ。

「俺は見学だ。アムビゼ退治かと思ってな」

「あいっかわらずだな。まあアムビゼじゃねーの、豚の頭の巨大な魚で、尾は丸く平たいってんだし。つかお前も戦えよ」

 どうやら二人は魔物の見当がついてるのね。オルランドがマルちゃんを手伝わせたいのは、楽をしたいだけだろうな。


「ただ働きは御免だ」

「でも橋が壊されて困ってるんだもの、善行になるよ」

 ここで手伝えばポイントアップだと思うんだけど。

「アイツは破壊の天使の長、シムキエルだぞ。一人で十分なんだよ」

 破壊の天使! そんな物騒な天使がいるの⁉ しかも長。口が悪いのも、破壊の天使だから? 納得できるような、そうでもないような。

「天に帰りてーんだろ、お前。俺の部下に推挙してやっから」

 ニヤリと笑って、人差し指をマルちゃんに向けるシムキエル。手の平側を上にした、ヘンな指し方をしている。

「いらぬ世話だ。今だって部下に任せて、遊んでるんだろう」

「部下の育成じゃん」

 育成と言えば聞こえはいいけど、丸投げなのね。しかし彼は全く気にした様子もない。つま先でトントンと地面を蹴る。


「おい、オルランド。折角だ、このまま討伐に向かっちまうぞ」

「了解~、倒せばいいんじゃない」

 相変わらず緩いなあ、オルランドは。派遣されて来たなら、先にギルドへ顔を出した方がいいんじゃないかな⁉

「ヒャッハー! 行くぜ、マルショシアス!!」

「おい、俺もかよ!」

 そう言いながらも、騎士姿になって飛んでついて行くマルちゃん。相変わらず付き合いがいいな。前を歩いていた人達はもう遠くまで進んじゃったんだけど、騒ぎながら飛ぶ二人に気付いて空を仰いでいた。

「じゃあ僕たちは後から行くから~」

 それでいいの⁉ オルランドはのんびりと、またイーンヴァルという馬に跨った。見た目はほとんど普通の馬だ。たてがみが金色で体は白っぽいクリーム色なんだけど、少し輝いているような、不思議な高貴さがある。


「行っちゃったね、マルちゃん師匠……」

「うん……、ん? マルちゃん師匠?」

 プリシラの中でマルちゃんがクラスチェンジしている。

「剣を教わったから。師匠ってカッコよくないですか⁉」

「かっこいいけど、ちゃんまで付いてるよ」

 突っ込むオルランド。

「マルちゃんはマルちゃんですし!」

 ここを改めるつもりはないらしい。私の責任かな……。

 さて、雑談している場合じゃないね。急いで追いかけないと。あの勢いなら、二人で討伐を済ませちゃいそうだね。

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