第43話 マルちゃんとプリシラ

 町の門を潜ると、王都程ではないにしても、石造りの都会的な街並みが広がっていた。整備されたメイン通りをたくさんの人が歩いていて、いろんな種族が行き交い、私のように契約した悪魔や小人と連れ立っている人もいる。魔石式の街灯が等間隔で並んでいて、夜でも明るいんだろうな。商店も沢山あるけど、営業を終わらせているお店もある。


「まずは宿を探そうか」

「はい」

 シャレーももう閉まっているだろうな。あまり値段が高くなくて、マルちゃんも一緒に泊まれるところ。繁華街から少し外れて探してみることにした。

 最初に見掛けたところは満室で、次に入ったところは獣系がダメで、マルちゃんがお断りされた。とはいえ流石に大きい町だけあって、まだ他にも宿がある。

 宿をとってある冒険者が、入っていくのが羨ましい。私達は五軒目で何とか部屋を確保できた。

「良かった、やっと空いてた!」

 フロントでまずは先払いの会計を済ませる。

「災難だったね。時期が悪かったのよ、今はウルガスラルグに入れなくなってるから」 

「……え⁉ 私達、配達の仕事でウルガスラルグに行くんです」

 フロントの女性の言葉に耳を疑う。国境が閉鎖されてるの? なんで?


「あら、それは困ったわね。ウルガスラルグと、このルエラムス王国の間に川が流れているんだけどね、大きな魔物が住み着いたみたいなの。橋を壊されちゃったのよ。魔物を退治しないと修理も出来ないでしょ」

 それは困った。マルちゃんで飛んで行けば問題ないけど、プリシラは乗せてもらえないだろうからなあ。

「魔物って、退治されないんですか?」

 プリシラが不安そうに尋ねた。配達の仕事は期日がある。こんな場合は多少考慮されるのかも知れないけど、評価が落ちたり減額になったりすると、まだEランクのプリシラにはダメージが大きい。

「その辺はギルドで聞いて。一昨日の事だから、そろそろ対策されてるとは思うわよ」

 対策されてて欲しいな。そんな魔物の討伐じゃ、きっと私達はランク制限で参加できないし。

 橋が通れないので、行き場のない人が橋のたもとにある村へ留まった。あちらの宿はもう満室になってしまって、ここまで戻って宿を探しているのね。


 部屋に荷物を置き、夕飯を食べに繁華街へ向かった。人がいっぱいいて、どのお店も繁盛している。居酒屋からはまた今日も通れなかったと、酔っ払いの叫ぶ声が漏れていた。滞在費が余計にかかるから、死活問題になってくるよね。これは、この町のギルドの依頼は取り合いになっていそう。

 席の空いているお店があったので入り、パエリアを食べた。プリシラはシチューとパン、マルちゃんはやっぱりお肉。野菜も食べた方がいいと思うんだけど、悪魔は平気なのかな。


「ところでプリシラ。お前、なぜレイピアなんだ?」

 先に食べ終わったマルちゃんが尋ねる。

「使いやすそうかなって、イメージで」

「そんなことだろうと思った。意外と重くて、扱い辛いだろう」

「……はい」

 ちょっとバツが悪そうなプリシラ。たぶん責めてるんじゃないよ、大丈夫!

 彼女がとろりとしたシチューを大きなスプーンですくうと、大きくカットされた人参やジャガイモも一緒にスプーンに乗る。野菜がたくさん入っているね。

「でもさっ、動きも早かったし! Eランクとは思えなかったよ」

「反応は良かったな。Dランクより」

 擁護したつもりが、思わぬ流れ弾に被弾した模様です!

「なるべくいいのをって、背伸びして買っちゃったんです。別の武器を買う余裕もないんで、今はこれで頑張ります」


「だろうなあ。なんなら後で、稽古をつけてやる」

 マルちゃんが稽古! 珍しいな。プリシラは不思議そうにしている。

「あの。マルちゃんって、剣を使えるの?」

「俺は本来、剣が得意なんだよ」

「へえ??」

 プリシラはきっと、狼姿で剣を持って戦う想像をしてるんじゃないかな。首を傾げている。実際見た方が早いよね。私は残りのパエリアを食べることに専念した。黄金色のお米の美味しいこと。エビと貝が入っていて、殻を幾つも器に捨てている。具だくさんのいいお店だ。


 お会計を済ませて、街はずれへ向かった。町を覆う壁から距離を開けて建物があるので、稽古をつけるなら広い土地のある壁の近くがいい。

 マルちゃんが髭のある黒い騎士姿になると、プリシラは驚いて一歩下がった。

「マルちゃん⁉」

「人の姿になれるって教えておいたよ」

「聞いた気がするけど、ビックリだよ! 騎士みたい、すごい!」

 はしゃぎながら見上げるプリシラ。彼女は私と同じくらいの身長。

「無駄にきゃあきゃあ騒ぐな、準備運動でもしろ」

「はいっ!」

 すぐに屈伸運動を始めた。私も準備運動だけ一緒にしよう。一人で何もしないのも寂しいから。


「あの、本当の剣でやるんですか? 木刀とか買わなくていいんですか?」

「問題ない。そのレイピアを使う為にやるんだ、別の武器を持ったら意味がない」

 確かにレイピアと木刀じゃ、使い方も重心も、頑丈さとかも全然違うんだろうな。とはいえ知り合いに真剣を向けるのって、けっこう怖そう。

 プリシラは戸惑っていたけど、マルちゃんに向けて剣を構えた。

「お願いします!」

「いつでもいい」

 真っ直ぐに片手でレイピアをマルちゃんに向け、もう片手が体を守るように前にある。前の足は曲げて少し引き気味だ。

 うわあ、ドキドキするなあ。


 まずマルちゃんが踏み込みながら、剣を振り被った。解りやすいようにかな、いつもより動作が大きいみたい。プリシラが少し避けて、前に出る。

「早すぎる、それだと追われるぞ」

 プリシラの動きに合わせて間合いを詰め、移動しながらまっすぐ降ろした剣を少し斜めに進むようずらした。とっさにレイピアで受けようとするプリシラ。

「流せ、まともに受けたら折れる!」

「はい!」

 さらに移動しつつ、軽く剣を合わせて軌道をずらす。

 マルちゃんの剣がすかさず横に振られ、プリシラはバッと伏せるようにして、片手を地面につけて避けた。

「そこで突け!」

 指摘されて慌てて繰り出されたレイピアを、余裕で躱すマルちゃん。プリシラはグッと膝に力を入れ、起き上がりながら再度突きを放った。


「よし」

 カキンと軽く弾きながらも、マルちゃんが満足そうに頷いた。

「相手の隙だと思ったら、とにかく攻めろ」

「はい、ありがとうございます!」

 バッと頭を下げる。マルちゃんの騎士姿を見てから、プリシラが礼儀正しくなったような。やっぱり姿って大事だよね。

 二人はその後も、まだしばらく続けていた。プリシラは汗を流しつつも楽しそう。こんなふうに教えてもらえるチャンスはそんなにないだろうから、とにかく一生懸命だ。


「よし、終わるか」

「はあ、はあ……。マルちゃんは、よく、平気ですね」

 肩を大きく上下させながら、汗を拭うプリシラ。マルちゃんの方はあまり息を切らしてもいないのよね。

「それなりの悪魔だからな」

「そういうものですか……」

 彼女は疲れてその場に座り込んだ。かなり限界まで頑張ったみたい。飲み物でもあればいいけど、こんな時間に開いてるのは居酒屋とか、夜の商売ばかりだからね。宿まで我慢してもらうしかない。

「ダガーかバックラーを買え。それで防御するやり方もある」

「そうですよね……。ついお金を残しておかなきゃ、いつ食べられなくなるか解らないって考えちゃうんです」

 私達と一緒の内になるべく依頼を受けて、装備を買えるようにしなきゃ。

 空には星が輝いていて、そよ風が通り過ぎた。すっかり夜は更けただろうに、離れた場所にある居酒屋から賑やかな声がかすかに届いている。


「そろそろ宿に戻ろうか。厨房でお水を貰おう」

 私がそう言うと、プリシラはだるそうに立ち上がって、服についた土を払った。

「はいっ。喉がカラカラ~」

「頑張ったもんね」

「見た目より努力家だな」

 いつの間にか狼姿に戻ったマルちゃんが、スイッと前に出た。

「え~、それって褒めてます?」

「褒めてるに決まってる」

 口を尖らせるプリシラだけど、マルちゃんは気に入ったみたいだね。いつになく上機嫌だ。宿でお水を貰って飲み、有料のシャワーを借りた。洗濯もさせてもらって、部屋に干しておく。

 プリシラはベッドに入ると、すぐに寝息を立てた。さすがに疲れたよね。

 私も早く眠ろうっと。おやすみなさい。

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