第42話 先輩ソフィア

 ギルドではプリシラが、受付のおじさんと話をしながら待っていてくれた。

「おまたせっ!」

「あ、お疲れ様です」

 元気に振り向くプリシラ。他には誰もいない。


「依頼がありますよ、ソフィアさん。人を一人、近くの町まで送るんです」

 護衛かな? DランクとEランクだと、不安になられそうだけど。

「いやさ、この奥の村でもめ事があったみたいで、兵隊さんを呼びに行くんだ。見回りは月に一回だからね。危険は少ないから、護衛のわりに大した金額じゃないよ」

 ここはお店を経営している人が片手間でやっている、小さなギルド。森の奥にある近隣の村からの依頼を、まとめて掲示板に載せている。それを冒険者がたまに来て、依頼を受けて村へと向かう。


「途中の町に寄るだけですから、受けましょうよ」

「そうだね」

 プリシラは乗り気だ。短めの赤い髪が元気に跳ねて、受付で早速以来の受領をしている。私もギルドカードを出した。

「大きな道に出るまでは油断しないでくれよ、たまに魔物が出るんだ。夜が多くて、馬を脅かしたりして足を止めさせる。被害者はせいぜい軽い怪我をしたくらいだが、食べ物を奪われた奴もいた」

「解りました。どんな大きさの魔物ですか?」

 しっかり魔物についての情報を集める。これも大事!

「被害者が言うには、ずんぐりした大きめな犬みたいだったと。出会ったり、討伐したら向こうのギルドで必ず報告してくれ。もちろん、他にも魔物が出ることがあるからな」

「了解しました!」


 送り届けるのは、素朴な感じの若い男性。小さな集落には冒険者なんてそんなに寄らないから、ギルドがある所までは護衛が頼めない。兵隊の見回りを待つか、足の速い人が明るい内に着くように出発するかのどちらか。この村から森の奥へ行く為の道は三つあり、全部木の柵で守られているけど、魔物どころか熊でも壊せそうな脆い作りだ。夜の森は特に危険だから、出歩かないに限るね。

「おーい、いるか~?」

「今行く、終わったとこだ」

 隣の建物から呼ばれて、壁越しに大きな声で受付の男性が答えた。

「悪いね、客だ。まだ聞きたい事があったら店の方でもいいから、気軽に来てくれ」

「大丈夫です、ありがとうございます」

 軽く手をあげて、男性は受付の奥にある木の扉から出て行った。そのままお店につながっているんだ。上手くできてるなあ。

 男性のお店は衣服や雑貨を扱っていて、薬なんかもちょこっと棚に置いてある。


 出発は明日に決まった。一階を宿として営業している民宿があって、そこに泊まる。今から出ると町に着くまでに、真っ暗になっちゃう。

 部屋はマルちゃんと、プリシラも一緒。朝食は頼めば軽く出してくれるので、お願いしておいた。

「私の住んでたところは、多分この奥にある小さな集落みたいな感じですよ。ギルドがなくて、仕事も大したなくて。薬草や山菜が豊富な所ならまだ何とかなるんですけど、生活が厳しいの」

 別れたパーティーメンバーとの事なんかを、話してくれるプリシラ。みんな家を継げない二番め、三番目の人達だった。

「それで冒険者になったんですね。水の国ウルガスラルグは、皆が憧れるような国なんですか?」

「うん。故郷は森の中だったから、大きな湖で船に乗るのが憧れで。観光客が多いからお店も沢山あるだろうし、いいお仕事もいっぱいありそう」

「船! わかるなあ。一度乗ってみたいよね」

「だよねっ!」

 寝る前にいろいろ話していたから、だんだん口調が砕けてきた。仲良くなった感じがするね。こういうタイミングって、難しいよね。

「……お前ら、明日は仕事だってのにいつまで喋ってる。寝ろ!」

「ごめん。おやすみマルちゃん、プリシラさん」

 怒られちゃった。プリシラも肩を竦めた。

「おやすみなさい、二人とも」

 

 快晴、風もない。冒険日和だね。

 護衛対象の男性が、リュックサックを背負ってやって来た。

「よろしくお願いします」

「こちらこそ。では、出発しましょう」

 さて出発! 細い道を下っていく。まずは来る時に曲がった大岩のある辻を目指し、そこから東のウルガスラルグ方面に進む。そうすると、昼前には目的の町が見える。


 行きも問題なかったし、足取りは軽やか。下りは楽でいいよね。

 と、思っているとズボッと地面がへこんだ。穴があったの!?

 足元を見ると、葉っぱや土、細い枝が穴の中に一緒に落ちている。偶然空いた穴と言うより、わざと作られた落とし穴のような。

「ソフィアさん!」

 下を向いている私に向かって、プリシラが即座に走り出した。

 彼女の視線の先には草むらがあり、犬にしては体が大きく白い毛の魔物が、まさに飛び出して来たところだった。避けられない!

 私に魔物が当たる直前に、狼姿のマルちゃんが羊に似た毛の魔物に体当たりしてくれて、ごろんと地面を転がり道の先で立ち上がる。

「バッカか! 罠があったらハマるか見張ってると考えて、周りに気を付けるもんだろ! 油断して初心者に心配されてる場合か!!」

 全くです……。落とし穴に気を取られてしまったよ。


 マルちゃんは護衛対象の前に、プリシラが私の前に立ってくれた。抜き放ったレイピアの切っ先が、魔物に向けられている。

 すかさず起き上がり、こちらに顏を向ける巨犬。濃い顎ひげが土に汚れていた。

 カッコ悪いところばかり見せられないわ! ここで魔法を唱えよう。

 魔物は前足で土を掻いて、身を少し低くした。

 グッとためて襲い掛かってきたところを、プリシラが躱しながら斬りつける。レイピアだけど刃があるタイプだから、突くのも斬るのも出来るよ。


「大気よ集まりて固まれ、我が敵を打ち滅ぼす力となれ! 風の針よ刃となれ! 鎌となり、剣の如く斬りつけよ! ウィンドカッター!」


「ギャウン!!」

 魔物が地面に着地したところで、魔法をぶつけた。かまいたちのような風が襲い掛かる、風属性の初級の魔法。近くだったし、これでもかなりダメージがあったみたい。

 すぐにプリシラのレイピアが魔物を貫き、とどめを刺した。

「……やった! こんなに手際よく倒せちゃった!」

「なかなか筋がいいじゃないか。しっかりしろ、先輩だろうが」

「面目ない……」

 まさか犬が落とし穴を掘っていたなんて。恥ずかしい。

「ありがとうございます、助かりました!」

 先程まで少し怯えていた男性が、笑顔でお礼を言ってくれる。

「これはカルチョナって魔物だな。罠を仕掛けたりして脅かし、食料を奪うと勝手に退散する。ただ、必ずそれだけで済むとは限らん。退治して正解だ」

 いつも通り解説してくれるマルちゃん。本当に物知りだね。

 しかしどこを討伐部位として持って行けばいいか解らないな。耳と顎ひげと毛を切り取って、持って行くことにした。


 町に着いたら、まずはギルドね。討伐と護衛の終了処理をしてもらう。そしてお金を受け取り、プリシラと半分に分けた。

「うわあ、すごい。いつも五人で五等分だったから、前回の配達もそうだけど、すごく多く感じる!」

「良かったね。この調子で頑張ろう」

「お前がな」

 マルちゃんのツッコミがキツイ。プリシラは明るく笑っている。

 護衛は人数分の報酬が出るけど、討伐や配達は成功していくらの仕事。人数が少ない方が、取り分が多くなる。

 一人だと危険だからパーティーを組む。そうすると一人に入るお金が減ってしまうから、金銭面で苦労するのが初期の冒険者。二人旅な上マルちゃんがいらない分、私は得してるなあ。

 召喚術の利点の一つだよね。だいたいは契約時に決めた報酬だけで、ギルドの依頼を受けたからって、分けたりはしない。もちろん食費や宿泊費は、契約者が負担するのが普通だよ。

 私はマルちゃんがくれって言えば報酬から取り分を渡すけど、地獄の貴族だしお金には困っていないみたいね。


 男性はこの後、兵隊さんを連れてまた村へ戻る。

 私達はすぐに出立して、国境に近い大きな町まで移動する予定。半端な時間だし、受けられるような依頼は特になかった。

 整備された街道を定期運行の馬車が走る。ウルガスラルグ側から来る人は意外と少なく、あまり擦れ違わない。もっと人通りが多いと思ったんだけど。広い街道だし、間違えているわけはないよね。マルちゃんが注意してくれそうだし。


 夕方頃に、きちんと目的の町に着いた。高い壁に囲まれていて、大きな門では検問がされている。さすがに隣国に近いだけあって、厳重だなあ。さ、皆で並ぼう。

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