第41話 シャレーの依頼
マルちゃんは夕方の内に、バアルに国を発つことが決まったと伝えに行った。そして旅の準備があるからと、早々に逃げて来た。これで明日はバッチリだね。
プリシラとの待ち合わせは、ギルドの前。まずは他にも受けられる依頼がないか確認する。Dランクになると討伐なんかも範囲が増えるし、ちょうどいいのがあるといいな。
ギルドには冒険者が集まっていて、依頼を受けて出て来る人とすれ違う。
赤い髪のプリシアは、既に待ち合わせ場所に来ていた。
「おはようございます、ソフィアさん!」
「早いね、お待たせ。プリシラさん」
「その子がマルショシアス?」
狼姿で、四本の足で私の隣を歩くマルちゃんを興味深そうに眺める。マルちゃんの方はというと、面倒そうにしている。
「呼び捨てにされる覚えはない」
「あ、ごめん! 喋るんですね」
「マルちゃんは人の姿にもなれるし、普通に会話できるよ」
「へええ~」
あんまり解ってないような。まあいいか。ギルドの扉を開いて、みんなで中に入った。立派なギルドで、入口が左右にある。
さて、依頼を探すかな。人だかりになってるけど、少し慣れてきたよ。
配達の依頼は、最初がこの国の端っこの村で、次がウルガスラルグの大きな湖の側にある町。このルートから外れずに済む仕事を探す。しかし、残念ながら今回はちょうどいいものがなかった。仕方ないから出て、召喚術のシャレーにも行ってみた。
「わ、私シャレーって初めて。緊張しますね」
「わりと普通に情報交換してるだけだよ。召喚術師のお仕事の斡旋もあるから、何かあるといいんだけど」
入ってみるとまだ誰も居なくて、受付の脇に何か張り紙がしてある。
『小悪魔が言う事を聞いてくれません。対処法を教えてください』
ちょうど配達で行く村の名前が書いてあった。
「すみません、これって私が行ってもいいですか?」
「受けてくれる~? ありがとう、誰もこんなトコ行かないからさあ」
軽いな、受付の人。家の場所などの説明を受けて、引き受けることにした。
「配達をプリシラが受けて、こっちの依頼を私が受ける感じにすればいいよね」
「ありがとうございます。同じ村に仕事があるなんて、ついてますね」
相談だから、報酬は大した金額じゃない。
配達の方もついでに受けるような仕事だから、これだけの為に行くって程の報酬ではないんだよね。緊急なら別だけど。
町を出る時に門番の人に敬礼されて、私もプリシラもビックリした。私の顔を覚えていたのかしら。
「え、もしかして有名な人なんですか?」
「まさか、Dランクだよ。偶然覚えてただけだよ、きっと」
地獄の王がやって来たなんていう、あんな大きな事件に関わっているとは、言い辛いよね。
定期運行の馬車が私達を抜いて行き、他の冒険者の人達が道を反れて岩場に向かった。反対側から来る隊商は、護衛を何人も引き連れている。中には背の高い虎人族の冒険者もいる。力が強くて素早いので、彼らは前衛として有能という噂。
見通しのいい場所だから、色々な人が移動している姿が見えていた。途中の草原でお昼を食べて、少し休んでからまた歩く。
「ここで曲がります」
プリシラが平原の先を指した。
道の辻に大きな岩があり、その前に木の看板が立っている。そこを左に曲がって、しばらく歩いた所。あまり遠くない場所に、目的の村はあった。
入口でプリシラと別れて、彼女が先に終わるだろうから、ギルドで待っていてもらう。ギルドと言っても、待合室みたいな小さなところだった。
私はシャレーで受けた依頼の家を探す。通りがかった人に聞いたら、すぐ近くだった。教えてもらったこじんまりした家の、扉をノックする。
「こんにちは、シャレーで依頼を受けてきました」
「はいはい! お待ちしてました!」
顔を出したのは私と同じ年くらいの、召喚師でも魔法使いでもなさそうな、薄汚れたシャツとズボンの、普通の男性。
「小悪魔が言う事を聞かないとの事ですけど、契約など具体的な内容を説明して頂きたいです」
「詳しい話は中で」
「じゃ、お邪魔します」
男性に招かれて、家の中に入った。マルちゃんもトコトコと狼姿でついてくる。
「それ、契約してるんですか? 強そうですねえ」
「……強いですよ」
それ? どうも引っかかる言い方だなあ。
あまり片付いていない家で、積んである本が崩れて斜めになっている。窓辺には箱が幾つも重なっていて、筆記用具や小さな雑貨など、雑然と作業机に置かれていた。
食事用にしているのかな、調味料が並べてあるテーブルの、椅子に座るように促された。マルちゃんは近くでペタンと伏せる。
「おいソフィア。相談に乗る時は、双方の言い分を聞くもんだぞ」
「そっか。その、小悪魔ってどこですか?」
飲み物を淹れてくれながら、男性が顔をこちらに向ける。
「今は使いに出してます」
「それなら、全然言う事を聞かないわけじゃないんですね」
「……まあ、そうですね」
歯切れの悪い答えだ。どうも、ちゃんとした契約をしているのかという所から、確かめた方が良さそうな気がする。
ぶどうジュースを手に、男性がやって来た。
「その狼さんは何か飲みますかね?」
「俺はいらん」
「そうですか……、って、喋ってる!?」
さっきも喋ったけど、聞こえていなかったのかな。驚いて少し零してしまった。
近くにある雑巾で軽く拭いてから、向かい側の席に着いた。
「言う事を聞かないっていうのは、契約を果たさないってことでしょうか?」
紫色したジュースは、濃くて美味しい。
「仕事を手伝う契約をして、それはやってくれます。それ以外のちょっとした事とかを、何もしてくれなくて。食事を出す約束をしたけど、食器を片付けてくれてもいいと思うんですよ」
ふーむ、なるほど。確かに自分で使った食器は片して欲しい。けど、小悪魔も契約以外はやらなくていいと思っているだろうからなあ。
「つまり、小悪魔自身の生活に関する事ですね」
「まあそうです。あとは早く仕事が終わった時とか、家の手伝いもして欲しいなあ。友達の所の小悪魔は、やってくれてるのに」
眉根を寄せる男性。
わかった。他の人と比べてって事なんだ。
「信頼関係や、小悪魔の性格にもよりますからね。これは諦めた方がいいと思いますけど……」
無理にやらせられるかなあ。その友人は、友好な関係を築いてるんだろう。
「ええ……」
「なんだよ、誰か来てるの?」
ちょうどのその小悪魔が帰って来た。小さい角と尻尾がり、八歳の子供くらいな姿で、ペタペタと歩いてくる。
「あ、召喚師に相談したってバレたら怒るんですよ。知らない振りをした方が……」
「ぷぎゃ!」
マルちゃんの姿を見た小悪魔が、小さく跳ねた。爵位がある悪魔って、小悪魔からしたらとても怖いんだと思う。
「あ~、いいから落ち着け。お前も交渉に着け」
面倒臭そうにマルちゃんが言うと、恐る恐る足を踏み出す。
「その……、狼。すごいんですね。こいつが大人しくなってる」
「おおかみ~!? お前ほんっとうに、何もわかんないのな!」
この人は召喚術自体、ほとんど解ってない気がする。契約の交渉とか出来たのかな。誰かが付いていて、教わりながらやったんだろうな。
「おい、ソフィア。話を進めろ。しっかり解決しろよ」
「う、うん。小悪魔君、仕事を手伝う契約なんだよね。でも、自分の食器とかは片づけた方がいいと思う」
「メンドイ」
はい終了。って訳にはいかないよね。
「だからね、やるかわりにデザートを付けてもらうとか、どうだろう」
「うーん。確かにもっといいものが食いたい」
これはいい感触かな。契約者の男性を見ると、考えてくれているようだ。
「そのくらいなら……。じゃあ、好きなものを一つ与える代わりに、片づけとかをするって感じか」
「与えるって言い方が良くないと思いますよ」
小悪魔をペットか何かと思ってないかな。だから拗ねちゃうんだと思うんだけど。男性はまだあまり理解していないみたいだったけど、一応問題は解決した。
しっかりと話し合うようにと念を押して、家を出ることにした。
玄関まで行ってマルちゃんを振り返ると、騎士姿で立っている。
「え、アレ? さっきの狼……!?」
急に男性よりも背が高くなったマルちゃんに、目を丸くしている。
「この姿であれば、お前は俺に対し“それ”とは言わんだろう。そういう意識が伝わっているから、小悪魔との関係が良好にならなんのだ」
そうそう、それが言いたかったの。伝えるって難しいね。
さて、プリシラが待っているギルドに移動しよう。何かいい依頼でもないかな。
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