第40話 調査結果

 二人分の飲み物を持って、エステファニア先生が座るソファーの向かい側に腰かけた。ありがたい事に、サービスの果実水を先生の分も貰えた。

「マルちゃんと依頼をこなしながら、慰霊碑まで行ってきたんです。その付近の村に、私が先生に引き取られたことを覚えていてくれた人が居て」

「そうだったの。良かったわね、何か手掛かりは掴めた?」

「はい! 両親は行商人で、小さな国を越えて来たそうです。だからこの国か、隣の水の国ウルガスラルグが出身じゃないかと思って」

 先生は私の話を笑顔で聞いてくれている。チュチョはちょっと退屈そうに、あくびをした。チュチョの前足を、エステファニア先生が下から人差し指でつついている。

 にくきゅうを触ってるね。いいな。


「あの、この宝石に宿ってる魔力、バイロンっていう龍のものらしいです。一度会いました」

 服の下に付けているロケットを示して、小声で先生に伝えた。

「聞いたわ、地獄の王と交渉してくれたのね。立派な龍ね。でもあまり、人に言わないようになさい」

「そうだよ、ソフィアは迂闊だからな。騙されて奪われたり、ヘンな事に巻き込まれないようにしないといけない」

 先生とチュチョが心配してくれる。チュチョってなんだか、先輩気取りじゃないかな……? 猫なのに、絶対に私を下だと思っているよね。

 

「私は生徒が待っているから、明日にはここを発つのよ。またこっちに戻るなら、いつでも遊びに来てね」

「はい、ありがとうございます」

「待ってるよ。お土産は忘れないように」

 チュチョってわりと、ちゃっかりしたケットシーね。

 先生たちが泊まっているのは、別の宿。私がここにいると教えてもらって、わざわざ会いに来てくれた。

 隣国に行っている他の人達は、調査が終わったらこちらにも状況を報告にやって来る。エステファニア先生は塾が気がかりみたいで、問題は一応片付いているし、すぐに帰っちゃう。


「先生、お願いがあるんですけど」

「なに?」

 またしばらく会えないしね。ここはひとつ。

「私もチュチョのにくきゅう、触っていいですか?」

「いいわよ」

「なんで」

 チュチョは不満があるみたいだけど、触らせてもらえた。ぷにぷにする。癒しだ。

 今頃マルちゃん達はバアルと飲んでるんだねえ……。明日結果が出たとして、出発できるのかな。

 その晩も、もちろんマルちゃんは戻って来なかった。


 明くる日の午前中、ついにミランダ・ドゥアルテが私を訪ねて来た。紫色の髪を一つにまとめていて、立派なローブを着た魔導師の女性。彼女を私の部屋に案内して、結果を聞くことになった。

 マルちゃんは狼姿で、続きの間になっている隣の部屋にいる。外の景色を眺めれるように置かれている、ゆったりした椅子に丸まって。

「……マルショシアス様、バアル様にお付き合い下さって、お疲れみたいですね……」

「そうなんです。かなりの飲む方みたいですものね……」

 ミランダが同情の眼差しを向ける。他にも犠牲者が居るんだろうか。


「結果から申し上げますと、該当の人物はいらっしゃいませんでした。この国の方ではないようです」

「……そうですか、ありがとうございます。ではウルガスラルグに行ってみますね」

 違ったけど、数日でしかも確実な結果が出たんだもんね。手掛かりがないより、いいよね。とはいえ水の国ウルガスラルグも国土が広い国だから、探すのは大変そう。

「ウルガスラルグまで、馬車をお出ししましょうか?」

「ありがとうございます。でも、ギルドの依頼をこなしながら行きますので、大丈夫です」

 やっぱりまた、マルちゃんと旅をしていこう。まだ冒険者として一人前とは言い難いし。ランクアップを目指すよ。とはいえ次のランクになるには、規定で一年経たなくちゃ選考対象にもならない。


 ミランダは今回のお礼にと、謝礼金と紋章の刻まれたプレートをくれた。検問が免除されたり、この国で何かあった時に出せば、優遇してくれるみたい。また来るかは解らない。マルちゃんが、また絡まれちゃう。

 旅の準備をして、出発は明日にする。

 国境付近は村も何もないみたい。マルちゃんに乗れば野宿しないで済むくらい進めるけど、この調子で飛べるのかなあ。服を確認すると、ズボンが擦り切れてきていた。昼食を食べに行くついでに、一人で買い物もして来ようと思う。


 町は活気にあふれていて、中央の広い通りのお店は既にお客がたくさん入っている。メイン通りを外れれば人が減るから、適当に交差点を曲がって歩いてみた。ぽつぽつと小さな飲食店があって、何処に入ろうか迷っちゃう。おいしそうな匂いがどこからともなく漂ってきて、猫人族や虎人族も歩いてる。この国の方が獣人が多いみたい。尻尾が揺れている。

 近くにあるお店の扉が開いて、冒険者らしき人達が出て来た。


「美味しかったね」

「オムライスも良かったよ」

 笑顔で会話している。うん、このお店にしよう。

 店内に入るとカウンターを勧められて、すぐに席に着けた。シンプルな木のテーブルに椅子、壁に絵のついたオススメメニューが貼ってある。窓側の四人席は全部うまっていて、楽しそうに料理を食べてる。ドアのすぐ脇に、背の高い観葉植物が置いてあった。

「オムライス下さい。飲み物は冷たい紅茶で」

 注文を済ませて買い物を頭の中で確認しながら待っていると、人の話が耳に入って来る。


「火を吐くドラゴンが出たらしいんだ。すぐ倒されたって話だけど」

「たいしたドラゴンじゃなかったのかな? 強い悪魔が出たり、最近物騒だな」

「そのこっちにも来た悪魔を召喚した帝国の方が酷くて、調査団出てるんだって」

「でもウチは被害がそんなになかったものね。警備に人達が、頑張ってくれてるのよ」

「白い龍が飛んで来たってのは、別なの?」

 ある意味バアル関連の話で持ちきりなんだな。

 残念ながらウルガスラルグの噂はないね。

 

 オムライスは卵がふわふわしていて、鶏肉と玉ねぎの入ったご飯が美味しい。大きいスプーンですくって食べるのが幸せ。最後まで卵が残るようにしよう。卵だけ食べ切っちゃうと、ちょっと寂しいよね。

 最後の一口を食べて、アイスティーのグラスを手に取った。不意に後ろの四人席から、揉めてるような会話が聞こえてくる。

「もう無理だよ……。僕は村へ帰る。冒険者になって稼ごうなんて、甘かったんだ」

「俺はここで仕事を探したい。飲食店や冒険者相手の商売をしてるのも多い。働き口なら、すぐに見つかるだろう」

「私も彼とここで仕事を探すわ」

 若い子達だけど、冒険者を引退するみたい。ランクが低い冒険者の稼ぎで生活するのは苦しいから、ここをどう乗り越えるかなんだよね。


「ずるいよ! ウルガスラルグに行きたいって、言ってたのに。配達の仕事だけど、受けて来ちゃってるんだよ? あっちで職を探せばいいでしょ、最後の仕事として一緒にやろう」

「……世間を知らな過ぎたんだよ。国を離れるのは、不安だ。悪いけどキャンセルして。もう無理だよ……」

「そんな! ねえ、もうちょっと頑張ろう!?」

 女の子の一人が必死で説得するけど、三人は投げやりな謝罪をして、食べた分のお金を置いて席を立った。パーティー解散の瞬間を見てしまった……。

 残された女の子は、依頼札をテーブルに置いて切なそうに眺めている。

 ウルガスラルグか。


「あの……、私も明日、ウルガスラルグに向けて発つ予定なんです。一緒に行きませんか?」

 思い切って声をかけてみた。女の子は、短めの赤い髪を揺らして顔を上げる。茶色に近い色の瞳と、目が合った。

「いいんですか!? でも、配達の仕事が二つだから、割に合わない感じになっちゃう……。途中で仕事を探すとか、討伐を受けるとかしないと」

「そうですね、私もそんな感じで旅をしてるんです」

 食べ終わった食器を店員にさげてもらい、アイスティーを手にして、空いた彼女の反対側の席に移動した。後ろの席では、三人組の女性が歓談している。


「私はソフィア、Dランクになったばかりの冒険者です。よろしくね」

「ありがとう、私はプリシラです。さっきのメンバーは、同じ村から出て来た友達だったんだ。まだEランクなの。Dランクになれば受けられる依頼も増えるから、あとちょっと頑張ればいいのに……」

 一緒に村を出て来た仲間と別れちゃって、さすがにプリシラは寂しそう。でもこればかりは仕方ないんだよね。無理に引き止めても、仕事にやる気がなくていい加減なことをされたら、命に関わる事もある。

「私は魔法がちょっとと、あと召喚術。狼型で人の姿にもなれる相棒が居るよ」

「わあ、すごい! 私はこの細身のレイピアを使うしかできなくて。でも、それならこのメンバーでも、討伐もできそう!」

「マルちゃんは強いから! 安心して行かれるよ。明日、他にも一緒にこなせそうな依頼があるか確認しようね」

「すごい、頼もしいです。よろしくお願いします!」

 いつも私が一番下なんだけど、後輩が出来た感じね。これは依頼をきちんとこなせるよう、私が頑張らないと!


 次の日の待ち合わせを決めて、一緒にお店を出て買い物をすることにした。

 保存食や水を買ってリュックに入れ、旅の準備をする。女の子と二人っていうのもいいね。私より二つ年下の、十七歳の子だった。

「よろしくお願いします、ソフィアさん」

「こちらこそ」

 この辺は詳しいみたいで、配達の仕事で最初に行く町までの道は知ってるんだって。心強いね。明日が楽しみになった。

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