第39話 馬退治の依頼
夕べのお疲れ会は楽しかった!
またあんな風に集まれたらいいな。ヘルカ達は今日この町を発つので、またマルちゃんと二人で依頼をこなす。ギルドはやっぱり盛況だ。
『畑を食い荒らす、体は馬、顏はロバの魔物退治』
変わった依頼があるけど、わりと報酬が安いからまだ誰も受けないね。まずは確実に遂行できるものや、割りがいい依頼から受注されていく。
「ねえマルちゃん、この依頼でいいかな」
「いいんじゃないか。ちょっと安いが」
「だよねえ、でもマルちゃんが一緒だから安心だし」
「……どういう理屈だよ」
相談している私達の後ろから、ハハッと笑う声がした。
「召喚師は、契約者の戦力も考慮に入れるのは普通だけどね。それよりも、どういう依頼かをちゃんと精査した方がいい」
ヴィクトルだ。馬の魔物退治で安価な依頼なら簡単ってことかな、くらいで受けたのがバレバレだったみたい。
「はい、受付で聞いて来ます」
どうやらヴィクトルは、今回も付いて来てくれるみたい。
受付では一人が説明を受けていたので、後ろに並ぶ。直ぐに私の番になった。
「この依頼を受けたいんで、詳しい内容を教えてください」
「ありがとうございます。まず場所はここより南にある村です。報酬はこれ以上払えないそうですので、移動の費用などを考慮して下さいね。普通の馬より少し大きい程度で、二本足で立ち畑の作物を食べてしまいます。危険だと思って近づかない事もあり、人が襲われたりはありません」
なるほど。何もしなければ、攻撃してこない感じかな。作物を食べられちゃうと、収入も自分たちの食べる物もなくなっちゃうから、困るよね。
先生の塾は山奥の方だったから、近隣の村の人が同じような相談に来たことが何度かあった。先生は収穫した野菜や果物だけで、引き受けたりしていたな。これは受けてあげたい。
マルちゃんにも確認して、依頼を受けることを決めた。
ただ、日が暮れるまでには戻らないと行けないから、遠くない村だけどすぐに出発しよう。魔物はいつも、昼頃や夕方に現れるらしい。今日は昼に出てくれるといいな。狼姿のマルちゃんに乗って移動を開始すると、ヴィクトルは飛行魔法を唱えて私達に続いた。
オルランドは隣国で調査している先生に呼ばれて、出掛けている。契約した天使とケンカして召喚に応じてくれなくなったことがバレると怒られるって、嫌そうにしていたらしい。
目的の村はポツポツと家が離れて建つ、長閑な農村だった。沢で水車が回り、畑が広がっている。パッと見ても被害が解るくらいには広がっていて、これは早く何とかしないと食べ尽くされちゃう。
農作業をしている人に討伐に来た旨を伝えると、すぐに手を止めて大根の間をササッと歩いてこちらに来てくれた。
「こりゃどうも! 茶色っぽい馬のちょっと大きいのみたいなのが、向こうの柵を壊して来てるんで。何度直しても、あそこばかりやられるんですよ」
林との境目にある少し離れた畑を指しているので、まずは壊された柵を確認に行こう。数人の村人とすれ違い、子供が元気に挨拶してくれる。付いて来そうになったから、魔物を退治するからと説明して、大人に引き留めてもらった。
木の柵は何度も修理した痕があり、新しい板が釘で乱雑に打ち付けてある。だんだん直すのが面倒になったような。割と厚い板で補修しているのに、簡単に壊して来るとなると、魔物も頑丈だな。他にも数か所、真新しくなっている場所があった。
真ん中だけ齧られたキャベツとか、地面にわずかな茎だけ残っていて何だか解らない葉っぱとか、悲しいものがたくさん並んでいる。
「うーん、この森の中に住んでる魔物かな。待ってる方がいいか、探しに行った方がいいか……」
「待ってる方がいいだろう。マルショシアス殿に時間がないというなら、私達だけで退治すればいいから。わざわざ向こうから出てきてくれるんだ、迂闊に森に入ることはない」
「そうしろ。まあ、もう腹を減らしたみたいだぞ」
マルちゃんが狼の顔をクイッと向けた方から、馬の蹄の音が響いた。
姿を現したのはギルドで聞いた通りの、馬にしては大きな体でロバの頭を持った魔物。壊れたままの柵を更に蹴飛ばし、木の欠片が畑に飛び散る。
「ソフィア、まずは魔法で」
「はい!」
ヴィクトルは剣を抜いて、魔法の軌道から外れながら魔物に近づいた。私が杖を用意していると、マルちゃんがタタッとヴィクトルと反対側に進む。
「じゃあアイスランサーにしろ」
「水よ我が手にて固まれ。氷の槍となりて、我が武器となれ。一路に向かいて標的を貫け! アイスランサー!」
まずはマルちゃんに言われたアイスランサー。氷の槍が飛んで、馬の太い首元に当たった。大きく嘶いて、前足をあげて暴れている。ヴィクトルが横から胴を斬りつけ、マルちゃんは私と馬の間に立った。
「グヒヒヒンッッ!!」
「くるぞ、離れろヴィクトル!!」
ヴィクトルはそのままトンと地面を蹴って、飛行魔法で上空から馬を見下ろす。
首を巡らしたその馬の口から、煙が細くたなびいた。
マルちゃんも体を少し引いて、口を大きく開く。
馬とマルちゃんが、一斉に火を噴いた。何事!? 真ん中で二つの炎はぶつかり、灰色の煙が木の幹のように天へ真っ直ぐに伸びる。
「この馬、炎を吐くの……!?」
空中にいたヴィクトルは煙から逃げるように降下して、馬の後ろへ立った。剣を振りあげて、火を吐ききったところを斬りつける。マルちゃんもそれに合わせて一気に走り、悲鳴じみた鳴き声を出し二本足で立つ馬の首に噛みついた。
ドシンと畑の畝に倒れる体に、ヴィクトルが剣を突き立てる。
「倒せたぞ、ソフィア」
「馬が、ブレスを使ったよ……!?」
二人は動かなくなった馬の様子を注視して、完全に倒したか確認している。
「確かにビックリしたけど、それで動きを止めていてはいけないよ」
「そうでした、すみません」
驚きのあまり、任せっきりになってしまった。ヴィクトルはまだ仕方ないねと励ましてくれるけど、マルちゃんはやっぱり使えないと言いたげだ。
「コノプルニーって言って二本足で立つ馬でな、火を使う。最初にアイスランサーにしろって言ったろ。油断するな、ブレスはドラゴンだけじゃねえよ」
「なるほど。さすがマルショシアス殿は博識ですね」
そんな魔物もいるのね。ヴィクトルも知らなかったみたい。
村の人に倒したと伝えて、ギルドへ戻る。日が傾き始めた時間で、少し混んできていたけど、すんなりと手続きができた。報酬はヴィクトルと半分こ。
帰り道のマルちゃんは、この後に誘われるであろう、飲み会の事を考えていて憂鬱そうだ。
「……どうだヴィクトル。お前も一緒に、飲みに行かないか」
「は? いや、辞めておきますよ……」
マルちゃんは犠牲者を増やす作戦に出たようだ。ひとりよりふたり。でも夕べからの重い雰囲気を知ってるから、行くよなんて言うわけがない。
「その男もか、マルショシアス」
「ば、バアル閣下!!」
うわお! 唐突にバアルまで来ちゃった。まだ明るいのに。
「いえ、私は……。あ、先日はお世話になりました」
「お? ドラゴンをブッ倒した時にいた、人間じゃねえか。ちょうどいい、アレはいい金になった。奢ってやるから、お前も来いや」
「……それは、有り難く……ご相伴に預かります……」
「じゃあ行こうぜ!」
良かった、私は数に入っていなかった。
物悲しいヴィクトルの瞳がこちらに向けられてから、諦めたように彼は二人の悪魔と共に歩き始めた。
私は一人、気楽に宿に戻る。夕飯はまた宿で用意してくれている。
普通の宿はせいぜい、朝食くらいしか頼めない。夕食まで出してくれるのは観光地の宿か、格式の高い宿くらいなのだ。ここにお金を出してもらって泊まっている。ロビーは広くてテーブルとソファーが幾つも置いてあり、絨毯には花の模様。宿泊客はいつでも飲んでいいように、果実水まで用意されている。
「ソフィア様。お客様です」
不意に名前を呼ばれてびっくりした。もう顔を覚えているの。
ソファーの一つからヴィンテージピンクの頭が見えていて、その人が振り向いた。
「久しぶりね、ソフィア」
「エステファニア先生!」
ソファの腕の部分に、ちょこんと白地に黒の模様の猫が立つ。
「僕も来たよ」
「チュチョまで」
エステファニア先生と契約している、ケットシーのチュチョだ。
「大手柄だったみたいね。鼻が高いわ」
「僕が見込んだ通りの人間だ」
何故か胸を張って髭をピンとさせるチュチョ。
「そういえば、チュチョのお姉さんに会ったよ」
「姉上に!? 僕はいないから、そう言っておいてほしい」
「誤魔化しようがないよ……」
先生が笑ってる。なんだか懐かしい雰囲気。塾にいた頃はチュチョは猫のフリをしていたから、ニャアと鳴いてただけだったけど。会話とか、全部わかってたのね。
せっかくだし、これまでの冒険のお話がしたいな。
ティアマトに会ったし、バイロンていう龍にも会ったんだ。短い間に色々な出来事があった。先生に聞いてもらいたい。
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