第38話 危険な助っ人
「オルランド、手伝え!」
「解ってるよ!」
私達は二人の後ろに隠れるようにして、ただ状況を見守った。連携に慣れていないのに加わっても、この場合は綻びが生まれるだけかも知れない。まずはヴィクトル達に防御魔法を唱えてもらい、それから次の事を考えるしかない。
「襲い来る砂塵の熱より、連れ去る氷河の冷たきより、あらゆる災禍より、我らを守り給え。大気よ、柔らかき膜、不可視の壁を与えたまえ。スーフル・ディフェンス!」
オルランドは杖を通してヴィクトルに魔力を供給し、ドラゴンのブレス専用の防御魔法が唱えられる。薄い膜ができて、シャボンのように光に反射している。
ドラゴンが口を大きく開いて、大量の炎のブレスが放たれた。灼熱が襲い、木の葉は触れなくても色を変えて煙が立つ。怖い! 目前に迫った炎は防御の壁を這うように進み、こちらには全くやって来なかった。すごい、完全に防げている。
羽ばたいて、更に近づいてくるドラゴン。ブレスはやっと途切れた。完全に防ぎきったと思ったのも束の間、私達を獲物と定めたのかも知れない。このまま通り過ぎてくれれば良かったんだけど、そううまくは、いかないみたい。
「ど、どうしよう!?」
目の前に迫ると、本当に巨大だ。木なんて何本も簡単に折ってしまい、四本の足が地面に着いた。大地が揺れるほどの振動が起こった。
「もう駄目ですわ……。ああ……せめて、マルショシアス様と一緒でしたら……」
「マルちゃんが居ても、僕たちが助かるとは限らないよ」
「そんな事はありませんわ! きっとラブロマンスが生まれて、愛の力で勝てたのです!」
この期に及んでヘルカの妄想が滾るね! それはないよ!
「ゲグオオオッ!」
ドラゴンが雄叫びをあげて片足でズシンと地面を蹴り、尻尾をこちらに振る。
「マミト・マミト・ウツルト! 攻撃よ止まれ!」
尾に向けて力の限り叫んだ。バシンと尻尾の攻撃は弾かれ、今回は辛くも防げた。でも防戦一方ではどうしようもない。逃げようにも相手は空を飛ぶし、森に隠れたところで樹木ごと薙ぎ倒されるだけ。
ヴィクトルが剣を抜くけど、とても私達だけで戦える相手じゃない。
今度は噛み殺そうと迫ってきた顔を、オルランドの禁令で防いだ。短い言葉で発動して効果バツグンだから、本当に教えてもらえて良かったよね!
「良く持ちこたえたな、人間ども」
不意に後ろの上空から、誰かが話しかけて来た。振り返って声の主を探すと、長身で緑の髪の男が木のてっぺんに立っている。開いた片手を天に向け、一本に束ねた髪が背中で揺れた。
「目覚めよ春雷、
これがキングゥが言ってた、“宣言”というヤツかな。地獄の王とかが、この世界で本来の力を発揮する為に必要らしいよ。続けて詠唱を始めると、空が突然黒い雲に覆われ、辺りが暗くなる。わああ、すごく危険な悪魔なのに、今は救世主みたい!!
「雲よ、鮮やかな闇に染まれ。追放するもの、豪儀なる怒りの発露となるもの! ヤグルシュよ、鷹の如く降れ!!」
ゴロゴロと雷光が空で輝き、轟音と共に太い雷がドラゴンを目掛けて落ちた。
「ゴウァアア!!」
巨体がのけ反って目も眩むほどの光が溢れ、バキバキと固い鱗が割れる音がする。
「ハーッハハハ、こりゃあいい!」
手をかざして薄眼を開けると、空へと躍り出たバアルは、雷そのものみたいな金に光る槍を持っていた。足元まで閃光が走るドラゴンの背に立って、割れた鱗の間にその槍をぶち込んで魔力を注ぎ込んでいる。
すぐに更なる爆発が起き、ドラゴンは悲痛な叫びと共に倒れて体を痙攣させ、そのまま動かなくなった。
簡単すぎない!? みんなポカンとしている。
「ゲアタースのドラゴンか。火と毒の息を吐き、体に猛毒がある。触らなくて良かったな、お前ら。鱗は鋼鉄の武器も壊す硬さだが、腹は柔らかい。腹を攻撃したら、つまらんところだった」
バアルが説明してくれる。さすが趣味が酒と戦争。弱点を攻撃したら面白くないって、どういうこと。そして体に猛毒があると言いつつ、そのドラゴンに片膝を立てて座ってるのは、なんで。
「あ、ありがとうございます、助かりました。私は冒険者のヴィクトルと申します。貴方は……?」
「おう。俺はバアル。ろくに何も持たんで来ちまったからな、ちいと懐が寂しくてな。ドラゴンティアスでも売るかと、狩りに出たところだ。このくらいのドラゴンがいるんなら、狩りもちったあ楽しめる」
まさに趣味と実益。助かったけど、考え方がワイルド!
「そ、そうなんですか……」
オルランドの顔色が白い。これは私よりも解ってるっぽいね。私にはすごすぎて、もう理解できないよ。ヘルカとイーロは黙ったまま。
「おい、マルショシアスの契約者の女。ソフィアだったか。アイツは一緒じゃねえのか?」
「ええと、二日酔いみたいでして。あの、そう! 夕べは楽しくて飲み過ぎたって、言ってました!」
「仕方ねえ奴だな。今晩は休ませとけ、また明日な!」
おお、私の切り返し上手だったよね。バアルは満足そうに笑って、固い背から地面に降りた。白い腹に向かったと思うと、ドラゴンの皮膚を素手で自分が入れるくらいまで、大きく裂いた。そして腕を突っ込み、目当てのアイテムを取り出す。血がついているけど、透明なドラゴンティアス。なかなか大きい。
「じゃあな、気をつけて帰れ」
「はいい!!」
目的を果たしたバアルは再び空へと舞い上がって、王都に向かって消えて行く。私達は無言で、見えなくなるまで見送った。
これで本当に危機が去ったね。
「ソフィア……。あの悪魔が……ヤバい地獄の王、だよねえ……?」
「オルランドさん、正解」
ゆっくりと、こちらに顔を向けるオルランド。いつもの飄々とした様子はない。
「ヤバイのレベルが違うよ! こんなの人間にはどうしようもないし、戦いを避けるための話し合いができるタイプじゃないいィ!!」
「それも正解です」
話し合いになんて、全然ならなかったよ……。誰も死ななかったのが、未だに不思議なくらい。ありがとうバイロン!
ヘルカとイーロはまだ固まったままだし、ヴィクトルは倒されたドラゴンをマジマジと眺めている。いくらAランクでも、こんな固そうな鱗を壊すのは大変じゃないかな。腹は柔らかいっていうけど、素手で裂けるかって言ったら普通は無理だよね。剣でもそんな、チーズみたいには切れないよ。
私達は討伐依頼のあったミノタウロスの小さな角を切り取って、この場を後にした。これが討伐した証拠になるよ。依頼で倒したら、耳とか爪とか、証拠を持って行くのが一番いい。
とにかく無事だったから、この後はみんなでお疲れ会をする事になった。とんでもないのに遭遇しちゃったし、楽しく盛り上がって別れたいよね。依頼終了を伝えてからいったん宿に戻って、マルちゃんにバアルと会った事などを説明する。
「助かって良かったな。いくらバイロン様でも、すぐ前にいる竜には間に合わない」
「そうだった、バイロンに来てもらう手もあるんだ!」
「……お前一人だと、死んでから思い出す羽目になりそうだ」
死んだら思い出せないと思うんだけど!
マルちゃんは今晩はバアルとの飲み会がないと解って、ちょっと元気になった。ヘルカがくれた二日酔いの薬を渡したら、素直に飲んでいる。悪魔にも効果があるのかな。
お疲れ会には、マルちゃんも一緒に行かれる。
「あああ! マルショシアス様ああ!」
ラフな普段着のマルちゃんに、ヘルカ大喜び。勝手に隣に並んで歩き、そのまま席に着いた。
「モテるね~、マルちゃん」
「何とかしてくれ」
オルランドは楽しそうにニヤニヤしている。
「どうしましょう! お隣は嬉しいですが、マルショシアス様のお顔が正面から見られませんわ!!」
ヘルカが、はしゃぎ過ぎておかしい。あのドラゴンの後だもんね、テンションが普通じゃないのは仕方ないか。ドワーフのイーロが呆れながらメニュー表を見せた。
「嬢ちゃん、いいからメニューを選べ」
「私はマルショシアス様と同じものを食べます」
「マルちゃんだと、お肉になっちゃうよ」
「私もお肉は大好物ですわ! 好みが合いますわね」
嬉しそうな視線を向けるけど、マルちゃんは素知らぬ振りでドリンクメニューをめくっている。
とりあえず飲み物を選んで、それからみんなで食べる大皿料理を頼むことになった。後はバケット入りのパンと、マルちゃんの骨付き肉。私は最後にデザートを食べようかな。
「じゃあ、お疲れさま。乾杯!」
ヴィクトルがグラスを掲げて、皆も同じようにする。ヴィクトルとイーロがお酒。ドワーフもお酒に強い種族。マルちゃんは、明日に備えてお茶にしている。きっとバアルは、明日は来るから。
マンゴーのジュースを飲むオルランドが、グラスを置いた時に何か思い出したようで、あっと呟いてこちらを見た。
「そうそう、ソフィア。『森の隠者の会』に召集がかかったんだから、君の先生も来てると思うよ~」
「エステファニア先生が!? 挨拶したいけど、何処にいるのかな」
「それは解らない。私とオルランドの師は、隣国まで被害を確認に行っている」
この国は被害がなかったけど、隣の国では暴れたみたいだもんね。回復魔法を使える人が、派遣されているとヴィクトルが教えてくれた。彼らは先生のお供として、一緒に来たんだ。
「そんな大事件があったんですのね。全然、知りませんでしたわ」
「そおかあ? おかしいなくらい解ったろ。本当に嬢ちゃんは鈍感すぎる」
ビールの泡を口の周りにつけているイーロ。髭が白くなったみたいで面白い。
「飲み会ってのは……こういうのだよな……」
お茶を見つめながら呟くマルちゃん。せめて今は楽しめていて良かったね……。
「おいたわしや、マルショシアス様! ヘルカ特製の二日酔いの薬を、また後でお届けいたしますわ」
「……頼む」
「……本当に辛そうですね、マルショシアス殿……」
ヴィクトルがマルちゃんに、元気を出してと焼き串を勧めた。
もうすぐ私の母の実家があるか、調査結果が教えてもらえる。もしこの国だったら、滞在が長引きそうだよね……。さすがに可哀想。見つかって欲しいけど、複雑だなあ……。
★★★★★★
今回のゲストドラゴンは、ベーオウルフくんが倒したドラゴンです!
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