第37話 ヘルカと一緒
マルちゃんは、次の日の朝まで帰らなかった。
そろそろギルドに出掛ける時間だから、準備していたらやっと戻って来て、無理だ、寝ると言って狼姿で丸まっている。悪魔なんだから一晩くらいでそんなに疲れる訳はないんだけど、バアルの接待はかなり気を使うらしい。こりゃお留守番だね。私は樫の木の杖を持って、指輪の護符もしっかり指にはめた。マルちゃんが居ないと不安だから、装備は確認しておかないと。
待ち合わせていたギルドの前では、もうヘルカとイーロが待っていた。
「おはようござ……、マルショシアス様は!?」
私一人なのを見て、ヘルカが目を大きく開いて首を巡らせた。残念、探してもいないよ。
「それがねえ、偉い人の接待を一晩中して疲れたみたいで。寝ちゃってる」
「しょうがねえな。こんなトコまで来て、大変なこった」
「……仕方がないですけど、残念です。愛しのマルショシアス様と一緒にお仕事ができると、張り切っていましたのに」
「嬢ちゃんときたらいつもより一時間も早く準備を始めんだ、呆れたぜ」
本当に気合が入ってるね! そんなにマルちゃんが好きなのかなあ。
ギルドには朝から、たくさんの人がいた。ドワーフのイーロは人ごみだと蹴られちゃうから、サロンの椅子に座って待つ。私とヘルカで、鎧やローブを来た人がひしめく依頼ボードの前に攻め込むのだ。
前にいる人が、討伐依頼の札を取って受け付けへ向かう。別の女性はお手伝いの依頼を見つけたと、喜んで移動。ささ、今の隙に私も見つけるよ。
「これですわ!」
ヘルカが札を外して、集まっている人達から抜け出した。私も後を追って、何を見つけたのか聞いてみた。
「ミノタウロスの討伐ですわ。Dランクからですし、如何かしら?」
「あ~、いいんじゃない? 僕も賛成」
僕? 誰だろうと思って振り返ると、以前知らない木の実を食べてお腹が痛くなっていた魔法使い、オルランドだ。
「……誰ですの?」
ヘルカとは初対面だからね。
「私と同じカヴンの先輩、Cランクの冒険者でオルランドさんです」
「ヨロシクね~。ところでソフィア、マルちゃんは?」
「接待疲れでお休みです。賛成って、オルランドさんも一緒に受けるんですか?」
「マルちゃんが居ないなら、保護者がわりってことで。緊急招集だったんだけど、事件が片付いちゃってて、やることないの」
オルランドは今回の地獄の王の件で呼ばれて、着いた時には終わってたのね。その王の接待だったんだよね、マルちゃんは。ヘルカ達と一緒に依頼を受けるのもちょっと不安だったから、助かるような、やっぱりまだ心配なような。
「お前に保護者は務まらないだろ……」
呆れたように声をかけて来たのは、鈍い銀色をした軽装の鎧を着た、枯草色の髪のAランク冒険者。魔法剣士のヴィクトルだ。そうだ、彼も同じカヴンだから、二人は知り合いなのね。
「Aランクの方ですの!? 私はヘルカと申します」
「私はヴィクトルという。よろしく」
この依頼を受けることになった。ヴィクトルには簡単すぎると思うんだけど、後輩の育成も仕事だからと、付いて来てれる。しかも報酬は分けなくていいそうだ。
受け付けにみんなで行くと、お姉さんが笑顔で受注処理をしてくれた。
「良かったですね。Aランクの方には、たまにこうして後輩指導して頂いているんですよ。死亡事故などを減らす為にも、協力してもらっているんです」
なるほど、ギルドからもお願いしてるんだ。
「そう言う事なんだ。オルランドもしっかり働くように」
「ええ~。僕はいいよ」
結局オルランドも、ヴィクトルには敵わないみたい。私達と一緒に戦ってくれることになった。
町を出て、ミノタウロスが出没するという洞窟付近を目指す。なりたての冒険者がよく素材採取をする林を抜けて、開けた場所の先になだらかな丘があった。そこには洞窟が、ぽっかりと口を開けて待ち構えている。ここから出て来て、丘の上に伸びた道を行く旅人なんかを襲うらしい。
「まずは様子を見ようか。出来れば洞窟に入るより、出てきたところを倒したい」
ヴィクトルが休んで水でも飲んでおこうと、少し離れた木の影で足を止めた。
私もヘルカも洞窟の中での戦闘なんて慣れていないし、その方が助かる。オルランドは先に座っちゃった。
「さてと、じゃあミノタウロスの対処を相談しとこ」
「そうですわね。オルランドさんって、マトモな事も仰るのね」
私も思ったけど言わなかったのに。さすがヘルカ。
「酷いなあ、僕はいつでも真剣だよ。ねえヴィクトル」
「どうだか。で、君達の得意は?」
ヴィクトルは相手にせず、話を進める。彼は立ったままで木に寄りかかった。
「私は土の魔法ですわ。後は火属性。契約しているドワーフのイーロは、立派なお髭だけあって、攻撃が強いんですのよ!」
「まあな」
自慢げなヘルカ。お髭好きだね。でも攻撃力とは関係ないよ。
「私は風の魔法です。回復や、補助も使えます」
「僕は火の魔法。攻撃は任せて。契約してるのは天使だけど、ケンカしてるから出てきてくれないんだ。あとは移動用の馬。今回は必要ないね」
……本当に何やってるんだろう、この人。頼っていいって言ってくれてたけど、どうも心許ないよね。
ヴィクトルが得意なのは水属性の魔法と剣。今回は手を出さない予定だから関係ない。彼は私達の相談を、笑顔で聞いているだけ。
しばらく待っていると、牛の頭に強靭な人間の胴体を持つミノタウロスが、ゆっくりと洞窟から出て来た。手には大きな斧を持っている。これを喰らったら、怪我じゃ済まなそう。気を付けないと。
「よし」
オルランドがこちらに目配せして、詠唱を開始する。
「対称の炎、照準を定めよ。我が手より放たれ、前進せよ。二つの道は一つに交わり、出会いて膨大に展開するべし。融合し、狂猛なる火難となれ! クローサー・フゥー!」
広げた両手の上に炎が二つ、ファイアーボールのように浮かび上がった。これが向かって伸び、対象にぶつかったところで、一気に燃え上がる。熱の量は倍じゃ済まないくらい。中級の魔法なのかな。ミノタウロスはぶつかったお腹をへこませて、よろけて横に倒れた。
次は私! オルランドの魔法のダメージでふらついた状態で、起き上がろうと膝を立てたところだし、当てやすいよね。詠唱しながら杖を敵に向ける。
「大気よ渦となり寄り集まれ、我が敵を打ち滅ぼす力となれ! 風の針よ刃となれ、刃よ我が意に従い切り裂くものとなれ! ストームカッター!」
「グギャアアア!」
ひょこひょこと走ってイーロが近づき、風の刃で斬られたミノタウロスの脳天に、大きく振りかぶった槌が直撃。これでしっかり倒せた。
「やりましたわ!」
ヘルカの出番はなかったけど、無傷で倒せたことを喜んでくれている。
安心してヴィクトルに視線を移すと、彼は周囲を真剣な眼差しで見回していた。
「……あの、ヴィクトルさん?」
「……皆、こっちへ。何かくる」
自らも私達がいる方へと移動しつつも、警戒を怠らない。とりあえず合流をと皆が近づいた時、とてつもない咆哮が響いてきた。
「ゴアアアアアァゥウ!」
「な、なんですの!?」
天から降ってくるような大きな叫びが、丘に響く。それぞれに空を振り仰ぎ、イーロがふらついて私の足にぶつかった。
「おい、あれ……」
ドワーフのイーロが指す、空の向こう。赤い炎を吹いて、翼を広げた巨体が飛んでいる。まだ遠いけれど、ハッキリと解る。
ドラゴンだ!
「えええ……、アレそこらにいるようなドラゴンじゃないよね……?」
オルランドも冷汗をかいている。これは、中級とかでもないような……!?
「洞窟に逃げたら如何かしら!?」
「上級ドラゴンだろう……。やり過ごすしかない、あのレベルになると洞窟ごと潰される恐れがある。逃げ場のない場所は危険だ」
青い顔をしているヘルカの提案に、ヴィクトルが首を振った。ドラゴンの口から漏れ出ている火がやけに赤く映り、赤茶色の体が空で存在感を示している。
周囲には他に人はいない。まずは通り過ぎるのを待って、町へ応援を呼びに行かないと。こんな強そうなドラゴンなんて、私達だけで退治することはできない。上級だったら、Aランク以上が推奨なの。飛べるのだってヴィクトルだけだし、そもそも対応できるのが彼一人では、防御も手一杯。
どんどん距離を詰めてくるドラゴン。向かっているのは王都とは違う方向だけど、あちらにも村か何かあるんだろうか。
顔を大きく反らし、長く長く息を吸い込んでブレスの準備をしている。
鼻から白い煙が抜けて、ギョロリとした目が確かに私達を捉えた。大きく口を開くと、鋭い牙が覗く。
くるよ!!
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