第36話 ルエラムス王国滞在中です
ふかふかのベッド、広いお部屋。レースのカーテンが揺れて、窓際にはお菓子の置かれたテーブルと、木で作られたオシャレなイス。クローゼット、荷物置き、水差し。色々と揃ったお部屋だ。お風呂まで
ルエラムス王国の王都で、賓客としてお部屋を借りてもらっている。今回被害がなかったのは私達のおかげだからって、歓待されちゃった。朝食はこの広いお部屋に運ばれる。食事用のテーブルと椅子があるんだ。ソファーも別に用意されていて、一人でこの部屋を使うのはもったいないくらい。続きの間には、大きなベッドの寝室。
現在は私の母親にあたる、二十数年前に駆け落ちした貴族の娘がいないか、調査してくれている。三、四日ここで待ってほしいと言われたんだけど、豪華すぎて落ち付かないね……! 宿の人もすごく丁寧。昨日の夕食、美味しかったなあ。
少しして運ばれてきた朝食は、野菜が多くて美味しかった。牛乳も濃厚。マルちゃんには骨付き肉があった。マルちゃんは狼姿で、また過ごしている。この宿の人達は普通に人間と接するようにしてくれている。
朝食のあとはフロントでギルドの場所を訪ねて、早速出発。今までで一番大きい! ゴツイ印象の、灰色の壁をした四角い建物。隣にあるシャーレは白い壁に三角屋根で、オシャレな外観だ。今日はまず依頼を見ようかな。
討伐はあまりなくて、お手伝い系が多い。ちょうど女性職員がやって来て、新しい依頼を張り出している。
『飲食店の店員のお手伝い急募』
今日、手伝ってほしいの!? 本当に急な募集だなあ。
ギルドは仕事を欲しがってる人が集まるから、突然でも見つかりやすいんだ。依頼を出す為の補償金は取られるけれど、かわりに受けた人がお金を横領でもしたら、ギルドが賠償金を出してくれる。揉める事になっても仲裁に入ってくれるし、安心なんだよね。そうなると冒険者側はペナルティーがあったり評価が下がるから、普通は問題行動になるような事はしない。
冒険者は依頼を受ける為に文字の読み書きを覚えているし、計算なんかの勉強もギルドで安く授業を受けられるから、そういう点でも安心なの。
この国は識字率が高い方とはいえ、山村の住人はやっぱりまだ文字を読めない人も多いね。
「それ、私が受けてもいいですか?」
「どうぞ、急いでたみたいだから助かります」
受け付けに並んでる人がいなかったから、すぐに受注の手続きをしてくれた。依頼のお店へ行くよ。飲食店だし、マルちゃんには騎士姿になってもらった。
「狼ならどこに寝転んでもいいんだ、楽なのに……」
そういえば、よくそこら辺でグデッとしてたね!
「こんにちは、ギルドの依頼で来ました」
「もう受けて貰えたの!? ありがとう!」
店主の四十歳くらいの女性が、嬉しそうにお店の奥から出て来た。
「ウェイトレスの子が風邪をひいてお休みになっちゃってね、私ともう一人で回すしかないかもって諦めてたのよ。依頼してよかった」
急病だったのね。料理は基本的に店長の女性がして、もう一人いる男性はサラダの盛り付けや、スープやデザートの準備、お皿洗いなんかをする。私は注文をメモして、料理を運べばいいのね。
こじんまりしたお店なので、このくらいの人数でいいみたい。
簡単に説明を受けて、エプロンを借りた。
開店してすぐに、まずは一人め。注文を聞いて伝え、料理を出す。うん、ちゃんとできそう! お昼くらいになるとチラホラとお客さんの姿も見えて、席もだいぶ埋まった。忙しくなってきたよ。
最初のお客は、もうお会計だ。私が料理を運びながら焦っていると、マルちゃんがいつの間にか鎧を脱いでいて、真っ黒い格好で会計をしていた。この仕事も手伝ってくれると思わなかった。
「釣りだ」
愛想はないけど、冒険者がこういうお手伝いをする事があるのは皆知っているし、計算が早いから文句は言われないね。
「……ああ、やはりマルショシアス様……!」
聞いたことがある声と思ったら、マルちゃんが好きなヘルカだ。岩の巨人ウルリクムミの討伐競争をした相手。
「いらっしゃいませ」
「こんにちは、ソフィア。私達、あの後すぐに依頼でこの国に向かいましたの。まさかマルショシアス様にお会いできるなんて、運命なんですのね……!」
オレンジ色の長い髪をしたヘルカが、茶色い瞳でマルちゃんを眺めている。
「おいおい嬢ちゃん、メシにするんだろ。それにこんな所にいたら、他の客の邪魔になっちまう」
槌を持ったドワーフのイーロ。背丈は子供位で、ガッチリ体型。
空いている席に案内すると、ヘルカはマルちゃんが見える方に座ってニコニコと眺めていた。
「ご注文は……」
「ハンバーグセット。コーヒーで」
「私も同じものに致しますわ」
ヘルカはメニューすら見ていないよ! 食べるんならいいんだけどさ、選ばないのかなあ。
それから二時過ぎまで慌ただしく仕事して、お客が途切れたからようやく休憩。ご飯が食べられる。ヘルカはずっと座っていて、ドワーフのイーロは待ってられねえと宿へ戻っちゃった。ちょうど今日ここに着いて、宿に荷物を置いて食べに来たところだって。
ヘルカがいる横のテーブルに、厨房で渡されたお昼ご飯を持って座った。店主の女性が飲み物も持って来てくれる。
「二人とも助かったわ! でも本当にいいの? 募集は一人だったから、一人分しか払わないって言ったのに」
「私もマルちゃんが手伝ってくれると思わなくて。マルちゃんとは契約してるし、私の分だけ貰えれば問題ないです!」
「悪いねえ、食事は出すからね。マルショシアスさんはお肉が好きなんだってね」
マルちゃんにはハンバーグ定食。丸めておいたハンバーグが、一つ余ったらしい。ナイフを入れて口に運ぶ姿を、ヘルカが幸せそうに眺めている。なんだろうなあ。
「ねえソフィア、また一緒に依頼を受けませんこと?」
「一緒に? 何かちょうどいい依頼があるならいいけど……」
「断れよ!」
マルちゃんはやっぱり嫌そう。
「そうですわね。明日の朝、探してみましょう」
ヘルカって都合が悪い事は聞こえないよね! 決定みたいね。約束よと言って、出て行ってしまった。
「またあの女とか……」
迷惑そうにため息をつくマルちゃん。ご飯を食べる手は止まらない。私も食べよう、きのこのパスタだ。ランチスープは具が少ないけど、美味しいね。
それから夜の部もお手伝いして、問題なく閉店時間を迎えた。
終了のサインをもらって、宿へ帰る。さすがに大都会、夜になっても人通りは多いし、お酒を提供するお店がまだまだ元気に営業している。
宿の入り口付近まで戻って来たところで、人ごみに紛れてまた会いたいとは思わない相手の姿が見えてしまった。マルちゃんを見てニヤッと笑った、背の高いその緑の髪の男は。
「よう、マルショシアス」
「は、バアル閣下!」
バアルがなぜか、マルちゃんを訪ねて来た。
「飲みに行かねえか? いい店を予約させた」
「! 是非ともお供させて頂きます」
断れないよね、王様のお誘いだもんね。意外と気さくなのね。
「そうこなくっちゃな! 契約者の女、お前はどうする?」
「あの、宿で食事を用意してくれていて……」
「そりゃ食いに行ってやらねえとな。じゃあこいつは借りるぜ」
良かった、この言い訳で納得してくれて。あの調子で飲まれたら、匂いだけで酔っちゃいそうだよ。ものすごい酒豪で、度数の高いお酒をストレートでどんどん飲んでいたんだよ。まだ飲みたいの……?
マルちゃんは、再び接待に消えた。怖い人に絡まれたようにしか見えなかった。
それにしてもキングゥ達に引き続き、誘われるなんて。マルちゃんは上の人に好かれるって事なのかなあ……?
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