第35話 仲直りは宴会です

 王様は会議に使われる、小さめな部屋を貸してくれた。お城だからそれでも結構広いし、調度品はとても豪華。いいと言うまで誰も入らないという約束もしてくれた。部屋の中にはバイロンと私とマルちゃん、それから地獄の王バアル。


「昔話をしよう」

 バイロンが目を細めて私を捉えた。


「昔々、それこそ何百年も昔の話だ。私は人間の女性と恋をして、子供を授かった。しかしその女性には親が決めた婚約者が居て、家の為にどうしても結婚せねばならないと言う。私は彼女に、どこか遠くへ行って子供とひっそり暮らそうと提案したが、彼女は婚約者に全て正直に話して、相手に判断してもらうと決めていた」

 その女性は好きな人と結ばれたのに、家の為に結婚することを選んだのね。なんだか寂しい話だな。


「婚約者は全てを承知の上で、子供と彼女を大事にすると誓ってくれたんだ。彼女は私とは、生きる時間も世界も違う。彼女の決断を尊重し、私は見守ることにした。夫となった男性と彼女の間に、子供は恵まれなかった。男性は約束通り自分の子として私の子を愛情深く育て、家の後継者にもしてくれてね。私は二人の邪魔をしないように、宝石に魔力を移し、名を呼べばいつでもすぐに助けに来ると残して、去る事を選んだ」

 優しい男性だったから、バイロンも諦めがついたんだろう。龍と人間のハーフって、普通の人間みたいになるかしら。


「その子孫が、君だ」

「あ、じゃあこのロケットについている宝石が……!?」

 どうして失恋話をするのかなと思ってたけど、そう言う事だったの? 目の前に何代も前のご先祖様がいるって、不思議だな。

「その割に魔法がイマイチだよなあ……、龍って言ったら魔力に長けた種族なんだが」

 マルちゃんが私を疑わし気な視線を私に向ける。

 私だって、まだ信じられないよ。


「かなり昔の話で、だいぶ血も薄まっているんだろう。しかしなぜ君は、一人であんな場所に?」

 今度は私が身の上話をする番だ。両親が駆け落ちしたらしいこと、母親は貴族かも知れない事、行商の途中でティアマト事件に遭遇した事を話した。

「それで運悪く居合わせたのか……。母親が私の血を受け継いでいたのだろうな。私はあの時少し離れた場所に居たが、ティアマト様の怒りに満ちた魔力を感じて、あの場所へ行ったんだ。そこで、私の魔力をほのかに宿す何かを感じた。君が受け継いでいる宝石だ」

 バイロンが来たのは偶然じゃなかったんだ。そして丘の上で一人で遊んでいた私に気付いてくれた。彼が来なければ、私も死んでいたんだろう。


「なるほどなあ、この娘がね」

 足を組んで、バアルが顔をこちらに向けた。なんか怖いな。

「私にとっては、何代も経ていようが、子供も同然。初めて呼ばれて、今とても嬉しいのだよ」

 誰もこの宝石を使って、バイロンを呼んでいなかったの! ようやく使ったのが自分の事もろくに覚えていない私じゃ、申し訳ないなあ……。でもバイロンは本当に嬉しそう。ニコニコしている。

「……おい、ソフィアとやら。このことは秘密にしておけ。どんな企みに利用されるか、解ったもんじゃねえ。このバイロンは、龍神族の長であるロンワン陛下の信任が厚いからな」

「まあ、否定はしない。ありがたい事だ」

 バアルにまで心配された。意外と怖いだけの人じゃない?

 バイロンは、かなり位の高い龍なんだろう。だからこそ、地獄の王も攻撃を止めたんだと思うけど。魔力を感じるとは言われてたけど、まさかそんなにすごい存在だったなんて。

 思えばティアマトが遠目に見ても誰だか解っていたんだし、竜と龍、多少違うけどドラゴンだから知ってたのかな。真っ白い姿は印象的だしね。そうだ、バイロンなら私の家について何か知ってるかも!?


「ところで、住んでいた家はどこか解りますか? 何にも覚えていなくて」

「……済まないが、私がここに居たのは何百年も昔の話だ。以前の場所にはもう住宅はなくなっていた。ここより東だったのは確かだ」

「そうですか、ありがとうございます……」

 情報が古すぎたけど、東だったことは解った。移動するにしても、貴族だったなら国外には出てないと思いたい。

「もっと興味を持っておけば良かったね。国名も家名も、何も聞いていなかった。呼ばれない限り、もう会わないと決めていたから」

「いえ、頑張って探します! マルちゃんも手伝ってくれてますので」

「侯爵マルショシアス君だったね。ソフィアをよろしく」

「は、お任せください」

 マルちゃんがビシッとお辞儀をする。契約は一年毎の更新って話だった気がするんだけど、これならずっと続けてもらえそうだね。


「さって、これで話は終了か?」

「そうですねバアル殿。……人間達、話は済んだ」

 バイロンが扉を開けて呼びかけると、パタパタと女官と護衛騎士がやって来た。

「陛下からです。宴会に致しませんかとの、お誘いです」

「宴会か、いいな!」

 すごく嬉しそうなバアル。もしかして最初にマルちゃんが王様に耳打ちしていたのって、このこと!?

「バアル閣下は酒好きで、特に大勢で騒がしく飲むのを好まれる。絶対に機嫌が良くなるんだ」

「なるほど……」

「私はここで帰らせてもらうよ。またいつでも呼ぶと言い、ソフィア」

 バイロンは私の頭を撫でて、廊下を反対に向かって歩いて行った。しばらくはこの辺りにいるらしい。家が見つかったら、報告しようかな。


 広間にはすっかり宴会の支度が整っていて、壁際に置いてあるテーブルに、たくさんお酒が並べられていた。

「おお! ウィスキーがあるじゃねえか、じゃんじゃん持って来い!」

 単純なくらい嬉々として席に座る。さっきまで城ごと壊そうとしていたのに、全然気にならないのね。明らかに機嫌が良くなったバアルに、先に席に着いていた王様がワインを注いでもらいながら話し掛けた。

「バアル殿はたいそうな酒豪だとか」

「酒以外に楽しみがねえよ、そうそう地獄で戦争もねえしなあ。俺達が天使と揉めるのもご法度だ」

 戦争が楽しみに入ってるの!?

「天使とも?」

「つまりだな、説明しとけマルショシアス」


「……要するに、王や公爵の方々が高位の天使と戦うと、どちらも負けられないことになり、他を巻き込んでそのまま大戦に発展する恐れがある。また世界が一つ滅びるのを防ぐため、一時的に休戦していると考えればいい」

 ……また。一度は滅んでるの。

「なるほど。このあとはどうされますか? 我が国の召喚師に、地獄に送らせましょうか」

「どうすっかな、久々の人間の世界だしな。しかしいい酒だ、しばらくここに留まるのも悪くねえ」

 それはこの国の人達にとって、悪いんじゃ……。

 バアルはストレートのウィスキーを、一気に飲み干した。


「でしたら、私と契約をいたしませんか? いくらでも酒を都合しましょう、我が国を攻撃さえしないで下されば」

「……攻撃しないだけでいいわけか? 楽な契約だな。理由もなく自分からしない、くらいならいい。舐められっぱなしは性に合わねえ」

「それで十分です」

 契約しちゃおうっていうの!? この王様、すごい!! 確かに、味方に取り入れちゃえば早いんだろうけど。料理を運んでくる人たちは表情を変えないけど、内心はきっとビックリしてるよね。

「でも、悪魔の王様って配下の人がいますよね? 配下の人は怒りませんか?」

 本人が攻撃しなくても、もしかしたら何かあるんじゃないかしら。思わず聞いてみると、確かになと顎を摩っている。

「有り得るか。じゃあ俺の軍団は、と入れればいいだろ。俺が契約を結べば、アイツらは逆らえねえ」


「ありがとう、ソフィア」

 王様にお礼を言われたよ!

「素晴らしい契約を了承して頂き、とても感謝しています。つきましては貴殿の宴会用の宮殿を、この国の西側に建設しましょう」

「……ほ~う? 面白い男だ。こりゃあ退屈しなそうだ!」

 バアルはゴクリと二杯目のウィスキーを飲んで、ニヤリと笑った。

 単純にすごいなと思ったんだけど、マルちゃんが西側には今回の事態をもたらした帝国があるから、牽制になると教えてくれた。そりゃ攻めたくなくなるわ。よくサラッと思いつくなあ。


 肩くらいの高さに軽く上げたバアルの手に、契約用の羊皮紙が現れた。契約内容を喋ると、金の光が自動的に書き記していく。

「私の名は、国王エディドヤ・ローゼンフェルト」

「俺はバアル。地獄の皇帝サタン陛下が配下の王の内、筆頭を務める者!」

 筆頭という言葉に、周囲がザワザワとした。筆頭って事は、王の中で一番偉いんだよね。その人が「上の方が怒ってる」って、言ったってことは、誰かはものすごい限られてるよね!


 予想以上の重大事件でした!

 この後もバアルは飲んで大笑いしていた。結果としては大きな被害もなく、私のルーツが少し分かって、国の王様が地獄の王と契約を結んじゃって大団円だね。宴会で楽しく幕引き。

 めでたしめでたし!

 ……かな?



★すみません、これからは週一更新になります。

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