第34話 地獄の王、襲来!

 現在、ルエラムス王国上空を飛んでおります! 同行するのは王宮顧問魔導師ミランダ・ドゥアルテ、目的はお城。

 大国だけあって、お城がすごく大きい! 外にはしっかりと警備兵が配置されていて、既に厳重警戒の態勢だ。

「わああ、町は人通りが少なかったけど、ここはスゴイですね」

「今は外出を控える様に、お触れが出ていますから」

 悪魔の目的がお城や召喚関係の施設なら、外だと狙われるというわけじゃないだろうけど、念の為国民に注意喚起しているのね。


 お城のバルコニーに直接降りる。普段は魔導師塔と呼ばれる彼女たちの生活の場に降りるんだけど、緊急事態だから広間に直接入ることを許されているんだって。

 私達が到着すると、近くの人が中から広い窓を開けて招き入れてくれる。重装備の兵や立派な魔導師が部屋にいて、重苦しい雰囲気を醸し出していた。

「どうだった? 何か収穫はあったか?」

「はい、この方々が協力して下さるそうです。召喚術師のソフィア様と、爵位を持つ悪魔でいらっしゃる、マルショシアス様です」

「……そうか、ご苦労だった。しかし相手は王だ、他にも手立てを持ち帰ってくれるものがあれば良いが……」

 そうなんだよね。マルちゃんだと王に対抗は出来ない。これは本人も解っている事。私はみんながミランダと話している間に、こっそりとロケットに嵌められている宝石に魔力を集中させて、心を籠めてバイロンの名前を読んだ。これで届くんだろうか、不安だな。でも先にちょっとお試しとかやってみたら、絶対に怒られるよね。


「陛下! 協力して下さる方です」 

 ルエラムス王国の、国王エディドヤ。魔法に長けた人物。

 真っ赤でふさふさのついた派手なマントに、大粒の宝石をたくさん使った宝飾品、白いズボン。赤い長袖の上着にも勲章だの何だのがついている。癖のある金髪で、わりと若いよ。

「わざわざご苦労だった。早速だが、君達の見解を聞きたい。我々は魔法部隊を展開し、防御に徹するつもりだ」

「正解だな。しかし情報が早いから知っているだろうが、雷を使うとんでもない破壊力を有する方だ。徹したから防げるとは、思えん」

 騎士姿のマルちゃんが答える。キングゥと話す時より、緊張しないみたいだね。

「……雷を無効化させる魔法を唱えろと言う者もあるが、どう思う?」

「無駄。むしろ悪い。アレは失敗すると、ほとんど威力を削れない。威力を抑えることに専念しろ」

 雷の無効化。そんな魔法まであるの。でも今回は雷を使う敵だけど、通常の防御魔法の方がいいみたいね。


「そして、その王はこの国に来ると思うかね?」

「もう移動を始めている。準備しろ、いらっしゃる」

 マルちゃんの断定に、周囲は騒めいた。悪魔だし、いち早く感知したのね。

「……聞いたか! 最大限の警戒をしろ。非戦闘員は、城から即刻退避!」

 バッと腕を横に振ると、ハイと返事をして数人が慌ただしく動き始めた。

「ミランダ、彼女達とこの後のことを相談して……」

「いやちょっと待て、用意しておいてもらいたいものがある。至急、とにかくできるだけ」

 マルちゃんが指示を出す為に移動しようとした王様を引き留めて、何やら提案している。王様は疑問に思ったようだけど、すぐに用意させると約束してくれた。

 城内は途端に慌ただしくなり、張り詰めて割れそうなほどの緊張感に満ちている。



 ものすごい速度で飛行して、男が姿を見せた。深い緑の髪に緑を基調にした服で、足には銀の脛当て。腰には白い布を巻いて、後ろで束ねられた長い髪が揺れている。

 男は城を見ると、ニヤリと笑った。

「何も知らずに死に行くのも不憫か。大国のようだしな、ある程度は把握しているだろうが。貴様らが揉めている相手が、召喚をしようと地獄の深部にまで騒ぎ立ててな、上の方が酷く御不快に思われている。ちぃっと黙らせる為に来た。人の争いに地獄の王を引っ張り出そうとした我らへの冒涜、償わせる!!」

 マルちゃんが来たがらないわけだ! 言いたいだけ言って、こっちの話なんて聞こうともしないんだけど! 話し合いでどうこうしようなんて、レベルじゃなかった!

 話の途中から、こちらはもう防御魔法の詠唱に入っている。そうでなければ間に合わないから。まずは外にいる人たちが、数人ずつ四チームで同じ魔法を唱えた。


「神聖なる名を持つお方! いと高きアグラ、天より全てを見下ろす方よ、権威を示されよ。見えざる脅威より、我らを守護したるオーロラを与えまえ! マジー・デファンス!」

 神聖系で、攻撃魔法を防御する魔法。場が神聖化するので、悪魔の力は少し削がれる。とはいえ、確かに圧倒的な魔力を感じる。これは力を少しくらい減らしたところで、人にとってみればほとんど変わらないかも知れない。


「神秘なるアグラ、象徴たるタウ。偉大なる十字の力を開放したまえ。天の主権は揺るがぬものなり。全てを閉ざす、鍵をかけよ。我が身は御身と共に在り、害する全てを遠ざける。福音に耳を傾けよ。かくして奇跡はなされぬ。クロワ・チュテレール」

 今度は光属性の、攻撃と魔法に対する強固な防御魔法。マジー・デファンスの内側に、さらに重ねて銀色の壁が出来た。詠唱したのは王宮顧問魔導師のミランダを含めた、二人だけ。使い手が少ない魔法みたい。

 全部が防げればいいんだけど。


「雲よ、鮮やかな闇に染まれ。追放するもの、豪儀なる怒りの発露となるもの! ヤグルシュよ、鷹の如く降れ!!」


 真っ黒い雲が城の上に厚く渦を巻いて、ゴロゴロと雷鳴が聞こえる。空は突然夜が訪れたのかと思う程、暗くなった。閃光が幾つも筋を作り、それが中央に集まり白く輝き、一つの塊となって城を目掛けて容赦なく落ちる!

 叩きつけるような轟音が鳴り響き、窓がガタガタと揺れた。この世の終わりでも来たかのよう。雷の魔法でこんな威力が出るなんて信じられない、見たこともない太い恐ろしい雷が、襲いかかって来る。

 マジー・デファンスは一瞬で砕け散り、クロワ・チュテレールの銀の壁もたわんでバリンと割れた。一発で!?

 衝撃のあまり地面から振動が走り、お城の一部がガラガラと崩れる音が響く。人の叫び声がしているけど、人的被害はなく防げたみたい。

 と思って、急激に雲が晴れていく空から視線を移して前を見ると、男は尊大な目で笑いながら、城に近づいてくる。

「バアル閣下、本気過ぎないか……!」

 マルちゃんが呟く。バアルって言う名前の悪魔なのね。


「ほう、俺の雷を防ぐとは。いい防御だった。特別だ、王の首だけで許してやろう」

 それでも王様の首は取るの!?

 室内で待機していた第二陣がプロテクションを唱えるけど、降りながら足で踏みつけて難なく壊し、バルコニーに降りた。

「足止めにもならないなんて……」

「あったりめーだ。こんなもん、薄すぎて壊した気もしねえ」

 開け放たれた窓から室内へ向かう。歩くたびに、絶望の音がする。


止まれマミト止まれマミトこの禁令によりウツルト! 地獄の王よ、歩みを止めよ!」

 一か八か、出来るだけ集中して禁令を唱えた。もうこれしかない!

 パチンと空気が鳴って、足が止まる。効いたの!?

「……禁令。珍しいもんだな。だが、未熟過ぎる!」

 瞬きをして、次の瞬間には既に魔法の効果は失われていた。

「……っ」

 マラカイト色のグリーンの瞳がこちらを見て、思わず息を飲んだ。

 手をスッとあげると黄色い閃光が走り、私の前で守ろうとしてくれていたマルちゃんに当たって、バチンと弾ける音と共に叩かれたようにお腹を引っ込め、足元から頭まで一瞬にして稲妻が走る。

「グッ……!」

 衝撃に耐えかねて膝を折り、床に手を突くマルちゃん。

「ほう、マトモな契約をしているようだな。お前は?」

「……侯爵、マルショシアスと、申します」

 痛そうにしながら答えてる。バアルは目を細めた。

「お前の契約者には手を出さん、安心しろ」

 視線はすぐに国王陛下へと向けられる。

 陛下の周りでは護衛騎士が身構えているんだけど、対峙すればただ殺さるだけになることは、みんな理解していた。

 カツンと、一歩進む。


「おい、あれ!」

「なんてこった……、悪魔だけでもヤバいのに」

 外からガヤガヤと声がしてる。今度は何なの?

「……ん? 外が騒がしくねえか?」

 バアルも気になったようで、外を振り返った。

 ほどなく窓枠の向こうに、真っ白い龍が姿を現した。蛇のような体は長く、手は人を軽くつかめるほどに大きい。

「手柄だな、ソフィア……」

 ちょっとふらつきながらも立ち上がったマルちゃんが、長く息を吐いた。


「地獄の王よ。これ以上は及ばずならば、私が相手をしよう」

 覆いかぶさるように響く、龍の声。

「……バイロン。こりゃケンカの相手には、向かねえな……」

 龍は城に近づくと人の姿になり、バアルの隣に降り立った。真っ白な長い髪に、袖が広くて裾の長いコート。着物のようなひらりとした服を着ている男性だ。


「ソフィア、久しいな」

「あれ、あ、……お久しぶりです……? 助けて下さって、ありがとうございます」

 そういえばティアマトから助けてくれた人なら、彼は私を知っているんだ。全然記憶にないけど、とりあえず久しぶりと挨拶しておいた。

「あの頃の君は、まだ子供だったからね。そろそろ私と君の関係を、説明をしようか。人間の王よ、我々だけで話す場所を用意できるか?」

「それは、もちろん。攻撃が収まるのでしたら、いくらでも」

 バイロンの提案に、王様は二つ返事で頷いた。護衛の兵や魔導師も、終わったのかとお互いに顔を見合わせている。


「俺もバイロンに調停に入られちまったら、これ以上の無理は出来ん。龍神族とやらかしても、一つも得はしねえ」

 だからマルちゃんはバイロンの名前を聞いて、いけるって言ったんだ。種族として揉めるわけにはいかないのね。じゃあこれで、この事件は終わりだね!

 ところで、バイロンと私の関係ってなんだろう。

 バアルが終息宣言をしたら、すぐに部屋の準備をいたしますと、魔導師達が動き出した。女官や雑用の人は、みんな避難しちゃってるから。聞かれたくない話なんだろうか?

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