第33話 緊急事態です!

 後ろには森が広がっている。

 長閑な村を眺めながら、誰かを待っている昼下がり。突如ドドドと土が流れて、がけ崩れの異様な音が響いた。直後に、黒い大きなものが翼を広げて飛び出してくる。恐ろしい刺すような風が吹き、小さな氷が刃となって渦巻いている。

 震えて動けない私を木の影に隠した白い影は、黒い何かが上空を進むその先を眺めていた。しばらくすると誰か来たからと言い残して、姿を消してしまった。

 

「人間たちが来た、もう大丈夫だ。何かあったら、私を呼ぶように。私の名は……」

 聞こえないよ。貴方は、誰……?



 事故のあった村に行ったからか、すごく久しぶりにあの当時の夢を見た。以前は黒い何かに覆われる夢だったけど、助けてくれる人が確かにいたのね。男性だった。白く見えたのは、髪だったのか服だったのか。確かに、名前を聞いた気がする。


 翌朝、再びシャーレの前を通りかかった。帝国の様子が気になっているのか、もうボチボチ人が集まっている。

 不意に女性が空から降りて来て、慌てて中に駆け込んだ。

「どなたか、召喚術に詳しい方! 特に悪魔の制御や交渉を得意とされる方はおりませんか!? 緊急事態なんです」

 切羽詰まった様子の女性は、紫色の髪を一つにまとめていて、高そうな装飾品をつけて立派なローブを着ているので、かなり高位の魔導師じゃないだろうか。


「私はルエラムス王国の魔導師です。ギヌム帝国で地獄の王が召喚されたと、報告がありました。王はギヌム帝国の城を破壊し、召喚施設を攻撃しているのです。次に我が国に来る恐れもあります、どなたか国防にご協力ください……!」

 悲痛な叫びだけど、シャーレは沈黙していてそれに応える声はない。

 地獄の王だとハッキリ解っているようだ。とてもじゃないけど、対応できる人なんてほとんどいない。昨日まで一緒にいたキングゥやティアマトくらいじゃないだろうか。前に会った天使ウリエルも戦える筈だけど、このクラスが争うと天使と悪魔が集まって来て総力戦に発展し、最終戦争が引き起こされる恐れがある。地上で口火を切られるのは避けないといけない。


「……どうしよう、マルちゃん」

「どうしようもない。王だけでもヤバいってのに、よりにもよってあの方を召喚するんじゃなあ……。止めようがないが、ひと暴れすれば収まる。嵐が通り過ぎるのを待て」

 マルちゃんは召喚されたのが誰か、勘付いているんだ。でも、どうしようもない。ティアマトから私を助けてくれた人なら、対処できるんだろうか。うーん、名前名前……、解らないよ……。


 失意の女性がシャーレを後にして、とぼとぼと歩く。私の近くまで来た時、マルちゃんに視線を合わせた。じっと見てる、気付いてるかな……。

「あの、この方は立派な悪魔ではないですか?」

「えと、それは……」

「お願いします! 一緒に国に来てとまでは言いません、対策を教えて下さい。せめて被害を最小限にする方法を知りませんか?」

 何とか力になりたいけど、私には手に余るんだよね……。

「…………城や施設からの避難くらいしか、浮かばん」

「マルちゃん、人助けになるよ」

「命をかける気はねえよ!!」

 と、言いつつも人間の姿のなったマルちゃん。とりあえず喫茶店にでも入って、話を聞くことにした。付き合いがいいな。


「私はルエラムスの王宮顧問魔導師、ミランダ・ドゥアルテと申します。ギヌム帝国に潜入している間諜から、地獄の王が召喚されて城などを攻撃していると緊急の報告が入りました。王であることは召喚された悪魔自身が名乗っていて、確かなようです。帝国は我がルエラムス王国を攻撃したがっていました。その悪魔も我が国について聞いていたようで、そっちは後だと申していたと……」

 うわあ、確実に来るね! この話ってきっと、お城か召喚施設でのやりとりだよね。そんな場所にもスパイがいるものなのね。


「まずは戦力を城に集中させ、飛行魔法を使える者は手分けして近隣に協力を求めることにしたのです。ギルドで防御魔法が得意な冒険者を集めたり、悪魔に詳しく怒りを宥められる人材を探したり……、しかし時間がありません」

「そりゃあ、そうだろうなあ。まあひと暴れすれば収まる御方だ、城を好きに壊してもらって、待つ方が安全だ」

 お城に八つ当たりするの!?

「しかし王は、城を棄てることは許されないでしょう」

「命あっての物種じゃないのかよ。面倒だなあ」

 気になる。気になるんだけど、どうしたらいいだろう。

「ねえマルちゃん、マルちゃんが交渉とかできないの?」

「出来るわけないだろッッ! それこそ俺の身が危ない」

 交渉で済めば早いんだけど、そうもいかないみたい。戦うのが危険なら、戦いを避けられたら一番いいのに。


「でもいくら戦いの為に召喚されたからって、ミランダさんのルエラムス王国は関係ないんじゃないの? 巻き添えは可哀想だよ」

「それなんだよな~。喧嘩両成敗だろうな、理由とか原因は関係ない。そういうサッパリしたタイプの性格をされた方でな」

「それってサッパリしてるって言うの!?」

 大雑把すぎるというか……。理由は大事!

「そんなわけだから、ひと暴れしたら収まるって言ったんだよ。だいたいお前は、身内を探すんだろ。寄り道ばっかりしてると探せないぞ」

「身内? どなたかお探しで?」


 私達の話を聞いていたミランダが、気にかかったみたい。簡単に私の事情と旅の目的を説明した。

「それで、母親は貴族じゃないかって」

「なるほど。貴族であれば簡単です。国で聞いてみれば、該当する女性が我が国に存在したのか、すぐ調査できますよ」

 そうなの!? 手掛かりナシより、いいよ! これで違ったら、水の国ウルガスラルグに行けばいいんだもんね。マルちゃんは話をするんじゃなかったと、後悔している表情だ。俄然行きたくなってきた!


「行こうよ! バイロンが助けてくれる」

「…………バイロン……?」

「あれ? 夜、過去の夢を見たからか、急に頭に浮かんで」

 勝手に口をつき、この名前が出た。なんでなのか解らないんだけど。マルちゃんは口に手を当てて、黙って何か考えている。

「……いける」

「来て下さるんですか!?」

「おう。間に合うかも解らんし、かなり厳しいだろうが……、行ってみよう。王の被害を防いだとあれば、かなりの善行だ!」

 マルちゃんとしても、目的に沿っているのね。

 そうと決まれば、まずは目の前のホットケーキを食べなくちゃね! 何でも頼んでっていうから、いちごの乗ったのと暖かい紅茶を頼んだよ。頂きます。


 お店を出たら狼姿になったマルちゃんに乗って、翼を広げてルエラムス王国の王城へ。ミランダは飛べるから、すぐ前で案内してくれている。さすがに高位の魔導師だね、飛ぶスピードが速い。これなら今日中に目的地に着きそう。

 現在その地獄の王はまだギヌム帝国に留まっていて、これからルエラムス王国に来るかは不明。でも来そう、来なくてもいいよ!


 王城に案内されたら、まず私はこっそりとバイロンに呼びかける。召喚術を知らなかった私が、召喚して送還なんて出来なかったはず。

 マルちゃんの見解だと、本当にバイロンならば、ずっとこの世界に居たんだろうという。どうやらバイロンがどんな種族で、どういう性格か知っているみたい。自ら呼べと言ってくれたからには全力で助けてくれる、そういう相手。

 これで記憶違いだったら大変だよね……。

 間違いでありませんように……!

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