第32話 ムノン共和国へ出発!

 マルちゃんに乗って空を飛んでいる。ムノン共和国は国土が狭く、横に細長い国なので、空からならあっという間に飛び越えられそう。とはいえ、主要都市くらいには寄ってみようと思う。通っただけなら両親の手掛かりはないだろうけど、どっちの国に行ったらいいか、参考になることはあるかも。強大なルエラムス王国、大きな湖が観光名所になっている水の国ウルガスラルグ。


 さて、いつも通りギルドとシャレーで情報収集から。

 レンガ造りの可愛いシャレーが建っている。となりにはギルド。まずシャレーに入ってみると、数人の人が居て噂話をしている。

「……ヤバいらしいな」

「実力的には十分だって言うからな。どこまでがハッタリかは解らないけど」

「手応えがあって、あと一歩のところだって、マジか?」

「解らないわよ、帝国は遠いもの。噂が来ても、もう全部終わった後になるかも」

 ……帝国? 帝国って、今から行くか迷っている、ルエラムス王国の隣の? 水の国ウルガスラルグとは反対側にある隣国だよね。

「あの……、何かあったんですか?」

「ああ君、知らないの? いま帝国で、国の高位の召喚師が悪魔を召喚しようとしている事」

「噂では、強い悪魔を召喚しようとしている国があるって聞きました」

「それだよ。成功しそうなんじゃないかって噂なんだ。帝国はルエラムス王国に攻めたがってた。君は旅の人? ルエラムス王国とギヌム帝国には、行かない方がいい」

 そんな事になってたの!? 寄って良かった、じゃあ行き先は水の国ウルガスラルグに決定だね。

「ありがとうございます! そちらには行かない事にします」

「……おい、ソフィア。ちょっと表に出ろ」

 マルちゃんが狼姿で、私のズボンを咥えて引っ張る。何か緊急事態なの?

「うん、じゃあ失礼します!」

「気をつけてな」


 誰も居ないシャレーの裏手側にある、井戸の近くまで行った。

「……いいか、大声を出すなよ。今から言う事をよく聞け。そのギヌス帝国だがな、どうやらヤバい方を召喚して怒りを買ったらしい。悪魔と聞いてそっちに集中してみたが、とんでもない魔力が行使された気配がする。隠しもしてねえし、見せしめの意図もあるんだろう。近寄るもんじゃねえ」

 マルちゃんが忠告してくるなんて、これはかなり危険なんだ。キングゥとも別れちゃったし、気を引き締めよう。

「……うん、解った。水の国の方に行くことにするし、危なそうならいったん国に帰るよ」

「それが一番だ」

 とりあえずギルドも寄ってみよう。一つくらい仕事を受けてから、行くか戻るか決めようと思う。


 広いギルドの施設内には、依頼終了したばかりのパーティーや、サロンで談笑したりメンバーを募集している人がいた。依頼ボードにはまだ依頼が貼ってあって、魔物退治らしきものも幾つかある。

「うんと~、私が受けられるヤツ。あった、犬っぽい魔物退治。これまた抽象的な」

「受け付けで聞いてみたらどうだ」

 ランク問わずの依頼があったので、内容を詳しく聞いて考えよう。

 カウンターは三つあり、一つ空いていたからすぐに話を聞けた。

「それかい、素早く動く深緑色の犬っぽい生物らしいんだ。荒野で商人が野営中に、どこからともなく不気味な吠える声がしたんだって。いったん護衛も皆テントの中に集まって相談している間に、姿を消していたそうだよ。正体は解らないけど、見張りがみた犬っぽいのが声の正体じゃないかって。その辺りでは旅人が獣に噛み殺されていた事があったし、退治してもらうべきだと思ってね」


「なるほど。じゃあ受けます」

「もし危険だと思ったら、どんな魔物なのか、一体だけか複数か確認するとか、それだけでもとりあえずいいから。正体を確かめるのも大事だよ」

「一つ聞くが、それはどんな声で何度吠えた?」

 狼マルちゃんが、下から尋ねる。受付の男性はアレって顔をしたけど、そのまま答えてくれた。

「岩の間を通る風みたいな不気味な声で、二回聞こえたって話だ。他にも不気味な遠吠えを聞いたって証言がある」

「ほおん、なるほどなあ」

 心当たりがある魔物なのかな。


 魔物が出るのは夜で、場所はここから西にある荒野。なので今日は荒野で野宿です。私はテントを持っていないから、本当にそのまま野宿するしかないの。

 町で買って来た食べ物を持って、火を焚いて硬い土にちょこちょこと小さな草が生えるだけの荒野で、ぽつりと魔物を待つ。杖はずっと持っていて、毛布にくるまって日が暮れるまでに眠っておく。夜はなるべく寝ないようにする。

 それにしても何もない場所で魔物を待つのって、何処から現れるか不安だし、不気味。下の空が紺色に染まり、オレンジの夕日が今日の最後に雲を染めた。もう薄白い月が、丸くぽっかりと浮かんでいる。

「マルちゃん、帝国に召喚された悪魔って、知ってる人?」

「……俺はなあ、偽証はしない主義だ。悪魔ってのは基本的に、上のランクの者の事を、軽はずみにバラしちゃいかん。だから何も答えないぞ」

「そっかあ……」

 マルちゃんは侯爵だから、その上。よく解らないけど、偉い人なのね。


 地平線が暗く沈むころ、ガラガラと車輪が回る音が響いて、町を目指して少し離れた場所を走る荷馬車があった。夜になるから、急いでいるのね。

「グオオォォォ……ウ」

 犬っぽい声がするけど、馬車の後ろの方な気がする。

「もしかして、この声が依頼の……!?」

「あっちに出たか! 気を付けろ、アレは人を殺す妖精犬、クー・シーだ! 三度吠えてから襲ってくる!」

「じゃあやっぱり、旅人を殺した獣……!?」

 マルちゃんが駆けだす。今は騎士姿だけど、やっぱり早い。私も走るけど、さすがにマルちゃんには追い付けない。


「グアアァオオオォォ……」

 二回目の遠吠え。荷馬車には三人の護衛が居て、辺りを見回し警戒を強めている。

 話に聞いた深緑の犬が、馬車のはるか後方に姿を現した。暗いからほとんど黒に見えるけど、アレで間違いないだろう。大きさは牛より少し小さめくらい。けっこう大きい!


「グアアアア!!!」

 咆哮をあげ、クー・シーは地面を蹴って突如風のように速く走り、馬車への距離を詰めた。足音も立てず、馬よりも早く。マルちゃんでも間に合わないかも。

「プロテクション!」

 魔法使いが居たみたいで、プロテクションを唱えた。ガツンと大きな音を立てて深緑の毛むくじゃらの犬がぶつかり、薄いプロテクションの壁が割れて崩れる。

「すごい突進力だ! 下がっていろ、こいつは危険な妖精犬だろう」

 馬車を護衛している槍を持った男性が、クー・シーと向き合った。もう一人も隣で構えている。魔法使いは弓に持ち替え、狙いを定める。魔法を温存しているのか、あるいは防御や回復だけで、攻撃魔法は持っていない人なのかも。


 いったん足止めしてくれたことは、本当に良かった!

 ここからなら魔法が届く。


「水よ我が手にて固まれ。氷の槍となりて、我が武器となれ。一路に向かいて標的を貫け! アイスランサー!」

 ヴァンダに教えてもらった、アイスランサー。ストームカッターとかよりも攻撃できる距離が長いから、教えてもらえて良かった。風の魔法を遠くまで飛ばすのは、けっこう集中力と訓練がいることなの。慣れれば問題ないんだろうけど、私は焦っちゃうとすぐに風の魔法が霧散しちゃうからね。確実にいくよ!


「ギャワン!!」

 犬にしては大きいクー・シーの体に当たり、跳びかかろうとしていた体が飛ばされる。でもちゃんと着地してるから、そこまでダメージはなかったみたい。よろけたクー・シーは、怒ったように吠えて冒険者に口を開けて襲い掛かる。

「くっ! 力が強いな!」

 二人がかりでなんとか抑えているけど、長くは持ちそうにない。魔法使いが離れた場所から矢を放ち、体に刺さったのに猛攻は止まらない。

「離れろ!!」

 マルちゃんが叫ぶと、二人は一斉に強く押し返してから、左右にするりと避けた。

 空いた正面から、黒い騎士が飛び込んでいく。直後に悲鳴を上げ、血を流して倒れるクー・シー。斬りつけた傷跡にとどめとばかりに炎をぶち込んで、煙が上がる。


「やった……、ありがとうございます!」

「気にするな。俺達が受けた依頼の標的だ」

「はあ、はあ……全力で走ったから、疲れた……」

 突然疾走すると、いつもより疲れるよね。

「ねえ、貴方達もこの先の町に行くの? 一緒に行かない?」

「あ、そっか、……ふう。依頼もこなしたし、もう町へ戻っていいんだっけ」

「では是非ご一緒に! お礼もしたいですし」

 この荷馬車の持ち主かな? 中年の男性が笑顔で馬車から降りて来た。


「野営の片付けをしてくる、お前は休んでろ」

「え、私も行くよ」

「遅くて手間がかかるだけだ」

 邪魔だと言わんばかりに、マルちゃんは一人で野営場所へ向かった。辺りはもう暗いから、黒いマルちゃんは走るとすぐ闇に溶ける。弓を仕舞った女性も、足の速さに驚いていた。

「せっかくの好意だし、待ってようよ。町で宿は取ってあるの?」

「ないです、野営する予定だったし」

「なら一緒に行って探しましょう。助けて貰ったんです、宿代くらい出しますよ!」

 やったあ! 商人が嬉しい提案をしてくれる。マルちゃんもすぐに始末してくるだろうし、ここはお世話になっちゃおう。ギルドと商人からで、報酬の倍取りだね。得したなあ。

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