第28話 一座の護衛

 ギルドの人に、舞姫の一座が住んでいる家まで案内してもらった。私達もこのまま出発できるんだよね。一座は広めの家にみんなで共同生活をしていて、馬車に楽器や旅の荷物なんかを積んだらすぐに出られると、慌ただしく動き出す。

 私達の所に腰まである長い髪で、下が膨らんだ可愛いズボンをはいた、きれいな女性がやって来た。

「ヨロシク。アタシはライーサ、踊り子だよ」

「うちの看板、舞姫ライーサだ。何があっても、彼女には絶対に傷一つ付けないようにな。男どもは多少しょうがない」

 一座の座長の言葉に、みんな笑っている。仲が良さそうでいい雰囲気。

「よろしくお願いします、私はDランクの冒険者でソフィア。契約してるマルちゃんと、キングゥ様です」

「キングゥ様?」


 様付けしないとマルちゃんに怒られるんだけど、どうもこの紹介は護衛としておかしいよねえ。

「気にするな。秘密の一つ二つくらい、君達のような職業ならば慣れっこだろう」

「違いないね。まあいっか、キングゥさんもよろしくね」

 アッサリ納得してくれた。キングゥもさん付けで怒らない。

 和やかに出立。移動距離がちょっと長いから、途中で二泊する。大事な楽器や衣装を積んでいる為、移動速度はゆっくりめで。


 護衛の内、歩くのはマルちゃん。村に続く山道に入るまでは、特に危険な場所はないから、マルちゃん一人が外を警備してる。御者を務めるのは一座の人で、御者台には男性が二人。あとは馬車の中で歓談していられる。

「いやあ立派な方が護衛に就いてくれて、心強い!」

 団長が笑顔だ。マルちゃんとキングゥは、いかにも強そうだからね。

「ほんと、いい男だしね。アンタ、いっそ専属護衛にならない?」

「……断る」

 先ほどのライーサは、キングゥを気に入ったみたい。きりっとした目元がカッコイイし、風格があるんだよね、やっぱり。


 最初の日は特に問題がなく、予定の行程を進むことができた。見通しのいい平野で野営する。見張りは一座の男性も交代でやってくれる。野営なんかも慣れていて、テントの準備は手伝う間もなく終わっちゃった。

 夕食後はみんな楽器や踊りの練習をするから、外の方が気兼ねなくていいみたい。さすがに舞姫と言われるだけあって、ライーサの踊りは色気があってキレイ。指先の動きが誘うように滑らかで、くるりと回っても軸がぶれない。そのままトンッと軽やかにジャンプする。

 出来に満足しているようで、隣で目元を綻ばして眺める中年の座長。

「すごい、きれいですね! 当日が楽しみです」

「ありがとう。君達も是非、見て行ってくれ。その前に、きちんと村に送り届けてくれよ」

「勿論です!」

 そう言えば送り届けて、帰りはどうするんだろう? 片道しか聞いてないよ。


「お祭りの後って、どうされるんですか?」

「ああ、次の予定も入っているからね。この近くの村で、近々また公演があるんだ。昼間にちゃちゃっと移動するから、護衛はまた帰る時に雇うよ。悪いんだけど、雇い続けるとなると、色々と物入りになるからね……」

 そうか、護衛の食費とかも払わないとならないものね。何日も逗留するのに、雇いっぱなしにするのは大変だから、行きだけなんだ。

「いえその、気になっただけなんで。私達はこの後、南側に行く予定です」

 目的地にだいぶ近づいて来てる。 

「そうか、あっちの方が魔物が強いって噂だし、気を付けて。君達の旅が、良いものになりますように」


 次の日はメインの街道を外れて、少しガタガタした道になった。馬車が揺れる。

 顔と体の一部が女性で、禿鷲の羽根と鷲の爪を持つハルピュイアが襲って来たけど、マルちゃんが簡単に撃退してくれた。

 夜は私も見張りに加わる。何もしないのは申し訳ない。最初に番をして、途中でマルちゃんと交代。私の時に、キングゥも一緒に番をしていた。


 そしてあとは村までの細い道。今日のお昼くらいには到着しそうだ。

 ヘルハウンドが数頭出たから私が攻撃魔法を使って、残りはマルちゃんが倒して終わった。キングゥが出る程の事はなかった。

「到着~! ありがとう、祭りは明日だから。ゆっくりして行ってよ」

 村の人達が馬車を見て、集まって来た。みんな楽しみにしていたみたい。


 村には食堂と、雑貨や日用品、野菜まで置く何でも屋、それから民宿がある。民宿の受付で、なぜか薬まで売っている。泊まった冒険者の人向けかな。お店はどれも一軒ずつだけ。

 民宿は三部屋しかなくて、一座の全員は入りきらない。

「ああいい、俺達はテントで慣れてるから。ソフィアさんと、女性たちは宿に泊めてもらえ。あとキングゥさんとマルちゃんさん」

 マルちゃんさん……。

 座長の言葉に、またマルちゃんに睨まれてしまった。でもキングゥもいるから、簡単に声を荒げたりしない。


「キングゥ様、宿でお休みください。彼らがテントで過ごすならば、護衛の仕事をいたします」

「それでいいなら、そうするが」

 キングゥが頷く。座長は申し訳なさそうに頭を掻いた。

「村の中だし、そんな気にする事はないですよ?」

「最後まで責任を持つのが仕事だ。祭りまでの間、護衛をする」

 マルちゃんは町の広場に張られたテントの外で、真っ暗になるので焚火を焚いて見張りをすることにした。

「私も代わろうか?」

「お前は休んでおけ。まだ先は長いからなあ」

「いいの?」

 真面目な上、意外と気遣い屋なんだよね。


「……キングゥ様と同じ部屋よりは、気が休まる」

 本音が出た!

 夕飯は町に一つしかない食堂で頂いた。ちょっと人数的にキツイ感じだったんだけど、何とか入り切ったよ。

 宿は女性で二部屋、キングゥが一人で一部屋。全部で三部屋。

 踊り子が五人、うち一人は歌も歌い、二人は鈴を持って踊ったりする。楽器を演奏する女性が二人、下働きもする見習いが二人。


「ねえ、どっちが本命?」

「は? 何がですか?」

 一緒の部屋になった楽器を演奏する女性が、話し掛けて来た。

「キングゥ様とマルちゃん。やっぱりマルちゃん? 仲良さそうだもんね」

「え、と……、マルちゃんは契約しているからで、いつも怒られてます。キングゥ様は……」

 説明しようとして止まってしまった。キングゥのお母さんが私の両親を殺した関係で、現在一緒に旅しています。これって、なんかすごく複雑な事情っぽい! 記憶を失くして両親の事を覚えていないし、全然実感がわいていないんだけど……。そりゃキングゥも気にしてくれるようね。改めて考えてみると、すごい縁だった。

「ごめん、身分違いなんだよね」

 勘違いされたけど、これで話題が変わったから良かった。


「わあああ!」

 夜中に突然響く、男性の叫び声。

 寝ていたところだったけど慌ててカーディガンを羽織って、杖を持って急ぎ部屋から出る。キングゥもちょうど、出てきたところだった。私が迂闊に外に飛び出しても危ないし、一緒だと心強いね。

 他の人達には部屋から出ないよう念を押して、キングゥとマルちゃん達のテントへ向かった。途中ではぽつぽつと家が建っていて、何事かと明かりを灯し、窓やドアを少し開けて住人が様子を窺っている。


 広場で最初に目についたのは、大きなフクロウ!? 足には鋭い鍵爪が生えている。爪からは血が出ているから、誰か襲われたようだ。闇を飛ぶこげ茶色の不気味なフクロウを見たキングゥが、隣で呟く。

「ストリクスだ。普通は廃墟などにいるものだが、餌を求めて来たな」

 翼を広げると、人間よりも大きいくらいに見える。魔物も体に傷を負っているので、マルちゃんが攻撃したのかも。

 いったん枝に止まったストリクスが、こちらを光る眼で凝視している。

 周りを見回すと、一座の人が怪我をしてしまったらしく、マルちゃんが周囲を警戒しながらテントの中へと連れて行ったところだった。

 キングゥが走り出すと、ストリクスはバサッと飛んでキングゥを避ける様に旋回した。そして、こっちに来る!? 狙われてるのは私なのね!


「大気よ集まりて固まれ、我が敵を打ち滅ぼす力となれ! 風の針よ刃となれ! 鎌となり、剣の如く斬りつけよ! ウィンドカッター!」


 素早く発動できるよう、弱いけれど使い慣れた魔法を唱える。

 翼の付け根に当たって、ストリクスがバランスを崩した。そこにキングゥが跳びあがって剣を振り、着地すると同時に真っ二つに斬られたストリクスの体が、地面に落ちた。

 これで大丈夫! 一座の人の所へ行こう。

 よりにもよって利き腕をやられたみたいで、鋭い爪のつけた痛々しい三本の傷から、まだ血が流れていた。

「回復魔法を唱えます」

 深い傷だからこれで完全に治ることはないだろうけど、それなりに良くなるはず。


「柔らかき風、回りて集え。陽だまりに揺蕩たゆたう精霊、その歌声を届け給え。傷ついた者に、再び立ち上がる力を。枯れゆく花に彩よ戻れ。ウィンドヒール」


 腕の周囲に柔らかい風が吹いて、ふわりと花の甘い香りがする。出血は止まって、少しは傷も小さくなったけど、治ったと言う程じゃない。すぐに動かしたら、良くなさそうだ。

「これじゃ……、笛が吹けない……」

 楽器を演奏する人なんだ。これはちょっと難しいかな……。

 他の人達も集まって来た。傷口を洗ってから薬を塗り、包帯を巻いて治療している。私はもう寝ていいよって言ってもらえた。


 トイレに行きたくなって、テントを出た所を襲われたんだって。闇に紛れたフクロウに似た魔物の強襲に、さすがにマルちゃんも間に合わなかった。明日はもうお祭り、演奏できるくらいまで治るといいんだけど。

 中級ポーションくらいはないと厳しそうだ。買っておけば良かった。護符を買った町に売っていたのに、マルちゃんもいるし大丈夫かなと思って、買わなかったのが悔やまれる。

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