第29話 村のお祭り

 今日は村のお祭り。外にテーブルを出してスープを配り、まぜご飯のおにぎりや焼いた肉を挟んだパンを安く販売し、ちょっとした露店が並ぶ。近隣の村からも見物人が来たりするから、行商人もこの日に合わせてやって来るんだ。 

 

 踊りの舞台は午後だけど、演奏は午前中からなので、今から中級のポーションを買いに行っても間に合わない。折角練習したのに、やはり彼は無理そうだ。他に笛を吹く人が男女で二人いるけど、笛の種類が違っちゃう。

「横笛は見習いのヤツ一人だと不安だが、仕方がないだろう」

「すまん、油断した」

「マルちゃんさん。護衛はもう終わっていいと言ったのに、ついていてくれたじゃないですか。そのおかげで命は助かった、本当に感謝しています」

 謝罪するマルちゃんに、座長さんの方が頭を下げた。

 とにかく、これでいくみたい。突然全部が出番になっちゃった見習いの人は、緊張して笛を強く握っている。本当なら一曲だけ一緒に演奏する予定だった。


「……仕方ない。笛を貸せ」

 キングゥがため息をついて、怪我した人に手を出した。

「……吹けるんですか?」

「まあな。稽古を聞いていた、何とかなるだろう」

 受け取った笛を持って息を吹き込む。フー、プーっと空気が通る音がして、ピイイときれいな音色に変化した。指を動かして音階を確かめ、知らない曲を演奏している。ええ、キングゥって楽器の演奏もできたの?


「母上が音楽を好まれるからな。兄弟達も皆、一つくらいは楽器を嗜んでいる」

「ええ、すごい!」

 私はマルちゃんを見た。もしかしてマルちゃんも!?

「……俺は音楽はからっきしダメだぞ」

 なんだ、見た目通りだった。

 とはいえ一度や二度聞いただけで合わせられるのかなと思ったんだけど、キングゥは借りた楽譜をめくりながら、周りの音を聞きつつ難なく演奏している。

 演奏に合わせて数人の村の人が二本の棒を持って踊り、時々カンカンと合わせて音を立てる。だんだんと観客が集まって、行商人の露店にもお客の姿があった。

 私もお店でさつま芋のスティックを買って食べたよ。美味しいね。


 いったん音楽が少し静かになって、吟遊詩人の語りが始まる。国の歴史や、召喚された天使や悪魔の話を詩にして語ったりするので、子供たちも聞きに集まった。

 今回は日照りで困る村に龍が雨を降らせた話、天使が悩む貴族の青年を救って旅に出た話、可愛い妖精が孤独な少女を癒した話。

 終わるとお昼の休憩になり、それから舞姫ライーサの登場。衣装も鮮やかな色で、気合が入っている。後ろで四人が踊って、そこにもみんなの演奏が入る。キングゥの笛は好評で、少し違った個所もあったみたいだけど私には解らなかったし、とても即興とは思えなかった。


「キレイだねえ、マルちゃん」

「そうだな。人間の演芸も大したもんだ」

 やっぱり綺麗な衣装で踊るのは、練習とは一味も二味も違うね。くるりと回るとグラデーションになった長い巻きスカートが揺れて、花が咲いたみたい。縫い付けてあるビーズがキラキラ反射して、後ろの踊り子が腕に付けている鈴のついた腕輪が、シャラシャラと小気味よく鳴る。

 とても素敵だった。惜しみない拍手と歓声の内に、演目は終了した。


 舞台で皆がお辞儀してるけど、キングゥは笛を持ち主に返して、早々に人の輪から抜け出した。

「やれやれ。人間の世界で笛を吹くことになるとは」

「とても素敵でしたよ!」

「お疲れ様でした。南下して途中で何処かに泊まれば、明日にはモルドブ村の跡地に着く事でしょう」

「そうか、そこで君達とは別れるんだったな」

 そうだった、キングゥとは途中までだったんだよね。そう考えると、なんか寂しいなあ。


「アンタら、もう行くのかい? 慌ただしいねえ、もう」

 舞台を降りた舞姫ライーサが、観衆をすり抜けて衣装のまま歩いて来る。

「すみません、早く出発しないと町に着くのが夜になっちゃうんで」

「今から出ても暗くなると思うけどねえ、お別れくらいちゃんと言わせてよ。達者でね。皆ありがとう。キングゥさん、見事な演奏で驚いたよ」

「本職に認められるとは光栄だな」

 軽く手をあげて、踵を翻した。もう出発だ。

「キングゥさん、また共演したいね。いつでも一座に入れるよ!」

 ライーサは本当はキングゥに、残って欲しかったみたい。護衛兼、音楽家。便利な人材だよね。

 キングゥは苦笑いしていた。


 村が見えなくなってから、私は狼姿になったマルちゃんに乗って、低空飛行。キングゥは走ってそれについてくる。歩くよりマルちゃんで飛ぶ方がよっぽど早いから、日が暮れる前には町に着けると思う。上空を大きな緑色の鳥が飛んで行く。

「ん? アレは……」

 マルちゃんが地上に何かを見つけた。街道から少し逸れた場所に、人らしき三つの姿。一人は身を屈めて、何とか歩いているみたい。二人がそれを補助しながら、少しずつ進んでいる。

「気になるな、声をかけてみる」

 キングゥは真っ直ぐその人たちの方へ向かった。私とマルちゃんも地面に着地して、降りて歩いて近づく。


「どうした」

「あ~、腹痛だよ。よく解んない木の実なんか食うから……」

「知らない種類で気になったんだ、仕方ないじゃん」

「仕方なくねえよ!」

 間抜けな理由だった。木の実を食べてお腹が痛くなってるの? 毒じゃないよね?

「あの、薬飲みます?」

 このままのペースじゃこの人達、町に着くのは夜になっちゃうよ。効果があるかは解らないけど、持ってる薬をカバンから出した。

「うう……、苦いのイヤだなあ。さっきも飲んだんだけど、効果ないし」

「「飲め!!」」

 仲間の二人が大きな声で叱る。

「ありがとう、代金はちゃんと払うから」

 紙に包まれた薬を渡すと、水を用意して飲ませている。


「にがあああい! 飴をくれえ!!」

「うっせえ! お前もこの子にお礼を言え!」

 三人とも男性で、二人は剣士と棍棒を持った冒険者。痛いとお腹を手で押さえているのは、魔法使いっぽい人。爽やかな水色の髪をしている。

「……苦い薬をありがとう……。僕はオルランド。『若き探求者の会』に所属する、召喚術師兼、魔法使い」

「私もです!ソフィアって言います。この子は契約してるマルちゃん」

「…………」

 マルショシアスだと言ってるだろと、目が訴えている。狼の姿だと、ついうっかりしちゃうんだよねえ。

 オルランドと名乗った彼は、フードのついたモスグリーンのローブを着ていて、白いズボンとブーツを履いていた。私より少し年上だと思う。

「あ、珍しいなあ。同じ会の人だ」

「私は最近加入したばかりなんです。よろしくお願いします」

「後輩だね、僕に頼ってくれていいよ」

 挨拶はしたけど、頼りになりそうには見えないなあ。冒険者ランクは、なになにCなのね。三人ともCだ。


「少しはマシになったみたいだな。歩けそうか?」

 オルランドの顔を覗き込んで、尋ねる男性。なんだかんだで、本当に心配してくれている。

「そういや、さっきよりマシだ。頑張る~」

「乗せてやればどうだ、マルショシアス。その方が早い」

 虚勢を張っているような様子に同情したのかな、キングゥがマルちゃんに提案した。もちろん、拒否権はないものと思われる!

「ま、まあ構いませんが……」

「喋った!?」

 嫌そうだなあ。二人は喋ったことに驚いているけど、オルランドは頷いている。

「そっか、マルちゃんは悪魔か」

 すぐに解るのね。召喚術師としては有能な人みたい。


 オルランドがマルちゃんに乗って、私達は速足で歩いた。暗くなると魔物が出やすくなるし、町で宿も探さなきゃならないから、明るい内の方がいい。

 日暮れごろに町に着いて、彼らが宿泊している宿まで同行した。ちょうど部屋が空いていたので、チェックインしちゃった。お礼に夕飯を奢ってくれるんだって。嬉しいな。マルちゃんはお肉が好きだから、オルランドを運んだお礼なんだし、お肉にしてもらおう。


「いやあ、ありがとう! もう絶対に到着は夜になると思ってたよ」

「アイツは寝かせてある。全く、困ったやつだ。ジャガイモのスープとバナナを置いて来てやった」

 オルランドはさすがにお腹の調子が悪いんだから、お肉なんて食べさせられないもんね。あの薬で効果があったし、毒ではなかったみたい。良かった。でも知らない物を、簡単に口に入れちゃダメだよ……。

 マルちゃんは人間の姿で、骨付き肉に被りついているよ。

「しっかしこの騎士様が、さっきの犬ねえ」

「狼だ」

 こだわりらしい。キングゥはワインを片手に、やり取りを楽しそうに眺めている。

 楽しく盛り上がって、夜も更けた。


 さて、明日はついにモルドブ村の跡地に着きそう。ここでは依頼を受けないで、さっさと向かおうと思う。さすがに気持ちが急いてきたよ。

 何か私の出生が解るような、手掛かりがつかめますように。

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