第30話 母上さまとの再会

 オルランド達と別れて、南へ向かう。

 彼らはあの町を拠点に仕事をしていて、しばらく滞在する予定。Cランクの三人で集まっただけで、固定のパーティーというわけではないそうだ。

 街道ではたまに人や獣人とすれ違い、隊列を組んだ立派な商人の馬車も通って行った。何か特産品でもあるんだろうか。


 南へ続く広い道路からくねくねした山道に入り、ついに到着した最初の目的地である、モルドブ村の跡地。

 森は広範囲に渡って木が不自然に薙ぎ倒されたままになっていて、これはティアマトがブレスでもはいて上空を通ったせいなんだろう。丘から緩いカーブを描く下り坂が続き、眼下にはだいぶ片付けてはあるものの、村があったであろう痕跡が残っている。草だらけの花壇に屋根のない小屋、下の方だけ不自然に残っている塀や、村の外れには家の土台だけが、そのまま放置されていた。村の中央付近に見える大きな黒い石碑が、慰霊碑なんだろうな。

 思っていたよりも、何もない。とりあえず坂を下って、石碑を目指した。町で花束を買ってあるから、これを捧げて来ようと思う。

 

 なんだか手が冷たくなった気がする。よく解らないけど、知ってるような……、そして少し怖い。記憶にはなくても、全然覚えていないわけじゃないみたい。

 石碑の前には花やお菓子が手向けられていて、古くなったものや新しいものが混ざっている。今でも誰かが来てくれているのね。

 たくさん刻まれている名前は、犠牲者のものだろう。本当に多くの人が、ここで亡くなったんだ。手を合わせると、涙が出そうになった。


「……お前はどうして、ここに居るの」

 突然女の人の声がした。振り返ると背が高くて、踵に届きそうなほど長い青みがかった灰色の髪をした、金の瞳の美女が立っていた。体にフィットした白い清潔な衣装で、肩が露出している。

「母上! お久しぶりにございます」

 キングゥの母上ってことは、母親って事は……

 ティアマト!?

 確認しようと思ってマルちゃんを見たら、凝視したまま固まっている。これは間違いないね! でも嬉しそうなキングゥと反して、彼女は不機嫌なんだけど。


「久しぶりではないわ! 里を空けて何をしているの、キングゥ!!」

「は、母上を探しに参りました。長く人間界に滞在されておりましたので……」

「私は旅を楽しんでいるのよ。全く……、お前はいつになったら黒竜の長としての自覚に目覚めるの……」

 旅の間も美味しいものがあると、母上に食べて頂きたいとか言ってる時があったんだよね。私もさすがにちょっと、お母さん大好き過ぎないかなって思ってた。

「……申し訳ありません……」


「で、その娘は?」

「そうでした、彼女は……」

 キングゥはティアマトに近づき、そっと耳打ちした。

 友達ですとか、そう言う軽い紹介でもいいんだけど。

「それは悪い事をしたわね」

「いえ、その、特に記憶もなくて……」

 うわわ、こんな怖そうな美女から謝られても困るなあ。どう反応していいか困っていると、離れたところで私と同じかもう少し下かなという歳の女の子が、手を振って声を張り上げる。


「お姉さま~、やはり施設は完全に土に埋まっていますわ」

 綺麗な淡い金の髪が揺れている。腕にはブレスレットかな、揺れると光に反射してキラリと輝いた。ティアマトって妹いたの?

「……あの女、まだ母上に付きまとっていたのか」

 不愉快だと眉根を寄せるキングゥ。嫌いな人みたいだ。彼女は小走りでこちらにやって来る。タタタっと小さく軽快な足音をさせて、しなやかに。

「お前も変わらないじゃないの」

「違いますよ、母上! アレは……」


「アレとは何よ、お姉様のダメ息子」

 え、もう着いたの? やっぱり人間じゃないのね、すごく速い。かと言って、竜とも違うような……??

「誰がダメ息子だ!」

「さあ、どなたかしらねえ? あ~いやだわ、旅行先まで追いかけてくるなんて」

「貴様こそ……ッ!」

 キングゥは今にも剣を抜きそうな剣呑な雰囲気なんだけど、この子はどこ吹く風! ちょっとすご過ぎる。ケンカになるの? どうしよう!? マルちゃんも目を丸くしている。


「キングゥ、ミクズ!! いい加減になさい!」

 怒気に空気はビンビンと張り詰めて、風が起きて埃が舞う。

「ハ、失礼しました」

「はあい、お姉さま」

 鶴ならぬ竜の一声ですぐに静まっちゃった。さすがの貫禄。

 ティアマトを挟んで一触即発だった。これケンカになったらきっと、私とマルちゃんだけが被害を受けるんだよね。こんな態度をとるくらいだし、この子は平気そう。いったいどんな子なんだろう?

 私が不思議がって眺めていると、ミクズと呼ばれた子と目が合った。彼女は考えを見透かしている様に目を細め、トンッと一歩前に進む。


「私は恐ろしい野蛮な暴漢から、お姉様に助けて頂いたの。それからお姉様の為に、つくしたいと思っているのよ」

 なるほど、命の恩人!

「……誰が恐ろしい野蛮な暴漢だ」

「え! キングゥ様、こんな可愛い子を襲ったんですか!?」

「人聞きの悪い言い方をするな!!」

 怒られちゃったけど、ミクズは楽しそうに眺めている。

「失礼しました、なにぶん世間知らずなもので……」

 またマルちゃんが謝る役目になっちゃった。


「……その娘は、あの丘にいた子供かしら?」

 不意にティアマトが、村の入り口の方に視線を向けた。丘には木が沢山折れて枯れてしまい、無残な切り株が残っている。

「えと、記憶がないので私がどこにいたかは解らないんですが、なんか……、そんな気もします。丘から大きな黒いものを見たような……」

「そう。あの男はどうしたの?」

「あの男?」

 誰かと一緒にいたのかな、私。助けてくれた人が居るの?

「母上、彼女について何か御存知で?」

 ティアマトは答えを渋ると言うより、何か言いあぐねているようだ。

「……詳しくは話していいか解らないわね。契約をしてはいないようだし」

 契約!? じゃあ、異界の存在と私は一緒にいたの?


「そうか、それで……」

 キングゥの視線が私の胸元におりた。いや、ロケットかな。マルちゃんも魔力を感じたみたいだし、ずっと一緒にいたから勘付いていたんだ。このロケットに嵌め込んである宝石に残された魔力が、私と一緒にいた男性のものなのかな。

「いやだわ、いやらしいこと。女性の胸元を凝視するなんて」

「この女狐めがッ!!!」

 柄に手をかけたのも解らなかったくらい、突然斬りかかったキングゥの剣を、ひらりと躱す。

「ふふ、ああ怖い、短慮な男」

 楽しそうにしてるよ! この子も怖い!!

 

「……白面、金毛……」

 マルちゃんがボソリと何か呟いている。こんもう?

「正解よ。地獄の方」

 余裕げにマルちゃんに答えてるけど、キングゥの剣がミクズを捉え水平に振るわれた。真っ二つ!?

 と、思ったんだけど、途端に彼女の姿は掻き消え、ティアマトのすぐ脇からクスクスと笑う声がした。幻だったの、今の!?

「私は白面金毛と呼ばれた、九尾の狐。昔、送還された時の術者が未熟な腕でねえ、よりにもよってティアマトお姉様の治める、黒竜の里に送られたのよ。それを敵と勘違いしたそこの暴漢が、私に問答無用で襲い掛かって来たわけ」

「……あの時は霜の巨神族と揉めてたんだ、仕方ないだろうが!」


「情けない。仕方なくないわ。その程度の判断もできなくて、どうするの」

「母上……」

 この二人といると、キングゥの方が分が悪いのね。大好きな母上に叱られて、ちょっとしょんぼりしてる。

「全くお前達は、会うたびにケンカばかり……。もういいわ、それよりもキングゥ。お前の契約者に会わせなさい。お前が契約するに相応しいか、この母が見極めましょう。下らぬ者であれば、お前はすぐに里へ帰りなさい」

「解りました。しかし、母上のお眼鏡にかなうと存じます!」

 名誉挽回とばかりに、元気に答える。

 やっぱりここでお別れだね。

「俺の契約者は、セルファース・ドミニク・フォルジェという。何かあれば、いつでも訪ねてくるがいい」

 確か王様じゃなかったっけ。キングゥはこう言ってくれてるけど、訪ねて行ったからって、会えないんじゃ!?


「別れる前に、その娘に何か詫びをしなくてはね」

 今度はティアマト。何かと言われても。

「お詫びならば、いいものがありますわ。はい、ソフィア」

 ミクズは白い容器に入った、何かをくれた。軟膏かな。

「何のお薬ですか?」

「ふふ、アムリタ軟膏。痕になった傷も消えるし、火傷にもいいわ」

「四大回復アイテムの一つで、作るのが困難な、かなり高価な品ですよね!?」

「私達はね、こういう製薬は得意なの」

 悪戯っぽく人差し指を顔の前に出した。キングゥと話してる時以外は、気さくで可愛い、普通の女の子みたい。

 せっかくだし貰っちゃった。マルちゃんも受け取るように言うし。


「じゃあね、また見掛けたら声をかけてね」

「達者でな。マルショシアス、しっかり契約者を守れよ」

「……お前はあの丘の上で、あの男に庇われて生き残ったのよ。折角の命、無駄にしないようになさい」

 三人はそう残して、道じゃない方へ進んだ。東に向かっていくけど、その国はそっちにあるのかな? キングゥとミクズは、また何か言い合っているみたい。怒鳴るようなキングゥの声が届き、ミクズは軽やかに動いてティアマトのすぐ脇に逃げ、腕に触れている。


「……行っちゃったね」

「…………」

「マルちゃん?」

「ぶわあああ!! やっと楽になったあァ!」

 うわあ、本当に神経を張り詰めてたみたい。両手を大きく上げて、開放感に溢れている。

「寂しくなるねと思ったんだけど」

「お前なあ、ティアマト様とキングゥ様と、九尾の狐だぞ! とんでもない組み合わせだよ……。九尾ってのは、狐の中でも最高位の狐でな。地獄だと公爵、いや王とかにならない限り、そうそう化けてるのを見分けられんくらい、魔力が多く扱いに長けてるんだよ!」

「でもマルちゃん、解ったみたいだったけど」


「俺から見ても、まるっきり人間だった。アレだけ完璧に化けて、キングゥ様と対等に張り合うようなのは、消去法で白面って事になるんだよ。キングゥ様が女狐と仰ったしな。今はミクズと名乗っとるのか、覚えたぞ」

 そっか、そんな存在はほとんどいないものね。

 狐のお姉様がドラゴン。マルちゃんには悪いけど、面白いからまた会いたいな。

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