第102話 出発!
「オーガも討伐が終了したらしい!」
会話をしていたら、情報が飛び込んできた。わあわあと皆が歓声を上げ、抱き合って喜んでいる。夜はもうすっかりと明けていた。
マルちゃんとシムキエルも無事に帰還したよ!
「おっと、オルランドのヤツはここじゃねえのかよ」
「それが、オルランドさん……」
私は腕を無くしてしまった経緯を伝えた。シムキエルは口元を歪ませる。
「マジかよ……! ふざけやがって、あの鬼神族のヤロウ……!!! 殺してくれと懇願するまで、いたぶってやりゃあ良かった……!!」
発言が天使じゃない!! 周りもドン引きだよ!
マルちゃんが落ち着けと、肩を叩いた。
「オルランドの様子を見に行ったらどうだ。この後のことも考えないとならん」
「それだよ、目的地の町にエリクサーを作れる人がいるかも知れないの! だから、できれば一緒に行った方がいいと思う」
「そうしてください。移動は辛いだろうし買えるかも解らないが、可能性がないわけじゃないでしょう」
商町の防衛に協力して腕を失ったのだから、商人も放っておくのは気が引けるようだ。私もこのまま別れるのは後味が悪い。私を庇ってくれたんだもん。
「……悪いな。オルランドにも伝えて来る」
シムキエルは呟いて、オルランドの元へと急いだ。
「さあ、朝食にしよう。オーガを退治して終わったんだ、これで出発できるはずだ!」
規制が解かれたら、すぐにでも移動することに決定。気分を変えるように、パンパンと手を鳴らす。
馬車の確認や必要なものの買い出しをしたりして、いつでも出られるように準備しておかないと。
マルちゃんはシムキエル達が気になるみたい。バイロンは、にこにこしながら横にいる。もうちょっと心配してあげてもいいのに。
「バイロンはどうするの?」
「私もその町へ行こう。大事なソフィアを守ってくれた人だからね、エリクサーの購入で力になれることがあれば、してあげたい」
あ、一応考えてくれていた。勝手にメンバーを増やせないだろうから、依頼主の商人に伝えに行かないと。貴族とでも勘違いしたのかも、なんだか対応が丁寧。困惑しつつも、どうぞと承諾してくれた。
オルランドも引き続き同行することになった。
私達は防衛に協力したお金を受け取り、オルランドには見舞金も支払われた。現在は討伐隊の兵や高位冒険者も集まって、治療や討ちもらしがいないかの捜索がされている。
マルちゃん達に、ギョッとしたような顔を向ける人もいた。
まだ混乱している部分はあるけれど、規制は解かれたよ。開門を待たずに、多くの人や馬車が付近に集まっている。
何とか私達も、午前中に無事に出発することができた。
冒険者や商人、近くの町へ移動する人などが歩いていて、道がにぎやかだ。
左手側にはオーガの集落ができていた山。深い森が続いていて、発見が遅れるのも仕方ないな。
分かれ道の度に減っていき、東へ向かうのは隊商ばかり。同じオークションを目指す商人もいそうだね。
それにしても、オルランドが苦しそう……。
「痛み止めの薬、やっぱり効かないかなあ……」
揺れる荷馬車の余ったスペースに、横になってもらっている。この揺れも良くないかも。
「回復なら私も多少できるけれど、腕がないのは治せない」
バイロンがそう言って、オルランドの寝ている荷馬車に飛び乗った。頭の脇に膝をついて、額に手を当てる。
同じ荷馬車で待機中の、専属契約をしている冒険者の女性が気になったんだろう。じっと眺めている。
バイロンの指の間から、白い光が淡く漏れた。
「う~~~……。少し痛みが減った……」
温かい魔力が流れて、オルランドの苦しそうな呼吸が穏やかになった。
「一時的なものだよ。眠っておいた方がいい」
「ありがとうございます、バイロン様」
おおお、シムキエルが普通の天使みたい。さすがにバイロンの前で、ヒャッハーはできないのか。強いなバイロン。
その日は特に問題もなく、穏やかだった。草原で野営する。
私が夜の見張りをしようとしたら、バイロンが寝ていなさいと代わってくれた。断ったらむしろ隊商に怒りそうだから、大人しくテントに戻る。マルちゃんとバイロンが見張りなんて、心強いね。
そっと振り返る。
「マルショシアス君、ソフィアが随分と危険な目に遭ったね……」
「申し訳ございません」
私が離れた途端に、バイロンがマルちゃんに説教を始めたよ!
「君は彼女の契約者だ。鬼神族を倒すよりも、彼女を守る方が大事ではないか? 討伐隊よりも町よりも、ソフィアが大切ではないのかな?」
「は、面目次第もございません……」
「バイロンやめてよ! マルちゃんは頑張ってくれたよ!」
これはヒドイ。……ないわ。さすがに止めに入った。
「ソフィア、これは私達の話だから。君は気にしなくていいんだよ」
「鬼神族を退治するのが大事に決まってるじゃない。それに、ちゃんと危険そうならバイロンを呼べって言われてたし。バイロンが来てくれるから、マルちゃんが離れられるんだよ」
「……ソフィアはマルショシアス君よりも、私を頼りにしてくれた、ということなのかな?」
ちょっと嬉しそう。マルちゃんも同調しろと、言葉にはせずに圧を掛けてくる。
「そうだよ、もちろんだよ!」
一生懸命頷いた。バイロンは満足したようだ。これでもう、マルちゃんがイジメられないだろう。安心してテントへ戻った。
オルランドのテントからは、短い呻き声がもれている。早く治るといいなあ……。
さあ朝だ! 朝食を食べて、広い道に馬車を走らせる。
晴れた空、白い雲、ビロウド色の翼を広げた生き物。
「ワイバーンだ!!!」
のんびりしている場合じゃなかった!
護衛の仕事だよ、ワイバーンが下降してこちらへ向かっている! ドラゴンの種類で、飛竜。飛ぶのは速くて小さめな分、小回りが利く。馬や牛を食べるから、狙いは馬車の馬かも?
こちらも空を飛ぶとか強い魔法があるとかじゃないと、ドラゴン種の中では弱いとはいえ、わりと厄介。
「なんだ、ワイバーンか」
バイロンがスイッと空に浮かんで、ワイバーンに対峙した。ワイバーンはそれだけで、回れ右して逃げてしまった。アッサリ終了だ。
さすがバイロン、龍神族。
「わ、ワイバーンが何もせずに逃げた?」
戦闘準備にかかっていた他の護衛の人達が驚いて、遠くへ消えていくワイバーンの姿を見送っている。
「鳥と大差ないね」
「違うよ!!!」
思わずツッコんでしまった。これが龍神族の認識なの?
「ワイバーンはわりと知能があるんだよ。私達に攻撃することはないし、人間に懐くこともある。騎乗が欲しければ、今からでも捕まえよう」
「やめてよ、いらないよ」
ワイバーンに乗る人なんて、会ったことないよ。マルちゃんに乗るから十分。
……もしかしてバイロンは、私がマルちゃんに乗るのも不満なのかな。私に乗らないか、とか聞かれた気がする。変な対抗意識を燃やすんだなあ……。
バイロンって時々、残念な面が垣間見えるよね。ロンワン陛下にまた心配されちゃうよ。
戦いにならずに済んで、馬車は止まることなく行程をこなした。
順調だなあ。途中でお昼を食べる時に、商人がバイロンに気を使っていた。バイロンは、お昼は飲み物と食べ物を少しだけしか取らない。
ちょっと休んで、また移動する。
暗くなる頃には、目的の町に着きそうだ。オルランドは微熱があるみたい。あまり食事も喉を通らないみたいだし、心配だな。
オルランドの乗る荷馬車から、進む先へと視線を戻す。反対側から来る馬車も、護衛をしっかり連れていた。
弱い魔物は少し現れたけど、皆でしっかり対処できている。私も仕事ができるようになってきた、うんうん……、あれ?
近づいて来る馬車の荷台から、布をめくり上げて誰かがこちらを眺めた。かと思えば、すぐに引っ込む。なんだったんだろう?
双方がガラガラと進み、だいぶ距離が近くなった。
「かかれ、オークションに参加するヤツの馬車に違いねえ! お宝を積んでるぞ!」
商人の馬車に偽装した、盗賊だ!
ホロで隠された荷台から、人がどんどん飛び降りる。
私達の前にも馬車がいたのに、あっちは襲わなかったようだ。ランクの高い護衛をしっかり雇っていたのかな。観察してるなあ……。
「敵襲、馬車を止めろ!」
魔法剣士や隊商の護衛が、馬車の前に立ちふさがった。相手方が矢を放ち、初級の魔法を詠唱する。魔法使いもいるんだ。氷の槍が飛んできた。
「プロテクション!」
まずは矢と氷の槍を防御魔法で防ぎ、それから防御を切ってこちらも攻撃だ。
シムキエルは馬車を守るだけで、マルちゃんが前線に立った。斧だの槍だのを持った盗賊は、こちらの何倍も人数がいる。二台の荷馬車に分かれて乗り込んでいたのね。
「ここは俺に任せとけ」
マルちゃんを援護しようとした他の護衛に、馬車の近くで待機するよう告げる。
「しかし、あまりにも人数が……」
「大丈夫、マルちゃんに任せてください。こちらの守備を固めましょう!」
下手に分散してしまった方が不利になるかも。
不意にバイロンが私の後ろに立ち、片手を肩に置いた。
かざした手のすぐ前で矢が止まって、地面に落ちる。
「可愛いソフィアを狙うとは……」
「バイロン、ありがとう。大丈夫だよ……??」
雰囲気がちょっと怖い。
「ソフィアが怪我をしないように、殲滅してこよう」
「バイロンはいいから!!! ここで私を守ってね、依頼で私が護衛してるのっ!」
出たな、バイオレンス・バイロン!
何をするんだか分かったもんじゃないよ。必死で引き止める。
盗賊にまで気を使わないといけないとか、展開がおかしい!
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