第101話 討伐完了!

 オルランドが片腕を失ってしまった。地面に倒れて苦しんでいる。

 こんな状態じゃ、彼は魔法を唱えられない……!

 目の前には鬼神族のオンラ。木よりも高い巨体が、ひどく恐ろしく映っていた。

「くおおおお!」

 兵の攻撃は軽くあしらわれてしまう。

「さあて、誰から喰らおうか……」

 ゾクリと背筋が凍る。食人種カンニバルの鬼神族……、こんな大きさじゃ何人でも食べられそう。オルランドを抱えて逃げるのもできないし、どうしよう!!

 オンラが手を振り回して近くにいる人間を叩きのめし、こちらに再び顔を向けた。

「お前達のあの、不可思議な防御は不愉快だ。先に殺す」


 標的を私達に絞っている!

 禁令は連続で何度も発動させるものじゃないし、効果がずっと続くわけでもない。もう一回使っても、すぐにまた動いちゃうんだよね……! 持続時間を伸ばす方法とか、ないのかな!??

 焦っているうちに、長い爪が私達のすぐ近くまで迫っていた。

「きゃああああ!」

「う、ぐううぅ……っ」

 オルランドは痛みに顔を歪めている。無理に動かせない。どっちにしても逃げる時間がない……っ。

 思わず肩をすくめて目を閉じた。


「ソフィア!」

 

 背後の空から名前を呼ばれて、まぶたを開ける。長い白い髪、フワリとひるがえる裾の長い服! バイロンだあああ!!!

 バイロンが私達の前に防御壁を張ってくれて、オンラを弾いている。

「……お、お前は……」

「失せろ」

 バイロンの聞いたことがないような、低い声色。こっちも怖い。

 スイッと私達を庇うように前に来て、オンラの腹に手をかざす。魔力が真っ白い光を帯びて集約され、パアンとオンラを貫いた。

「うぐあああぁあ!!!」

 弾かれたように飛ばされるオンラの巨体。空中で光の筋から逃れて、町の外の地面に落ちた。衝撃でドスンと町が揺れたよ。

 オーガ達と戦っていた近くなので、兵達だけではなく、オーガまで思わず注目している。


「ひいい、アレはヤバイ……ッ!」

 さっきまで我が物顔で振る舞っていたオンラが、お腹を押さえてよろよろしながら遁走を始めた。親玉が逃げているので、オーガ達が顔を見合わせている。

「痛い、いつううぅっっ!」

 目の前で痛みから逃げるように転がるオルランドの叫びで、我に返った。突然の展開に呆気に取られてしまったよ。

「オルランドさん、大丈夫!? バイロン、どうしよう。私を守ってくれたオルランドさんの腕が……っ!」

 バイロンにはオンラを追ってもらった方がいいのか、オーガを倒す手助けをしてもらうべきか。それよりもオルランドの腕がない、どうしよう!!

 こればかりは回復魔法でも治らない……!


 私が焦っていると、バイロンが優しく頭を撫でてくれた。

「落ち着きなさい、ソフィア。マルショシアス君は?」

「マルちゃんは、鬼神族の討伐に行ったんです。そしたら町にも鬼神族がいて」

「……なるほど。誰かと一緒だね、近くまで来ている。あの鬼神族は、マルショシアス君に任せよう」

 あ! 集中して追ってみれば、マルちゃんはもう町の近くにいるよ! となると、残る問題はオーガとオルランド。

「止血します、退いていてください」

 兵が数人、こちらに集まった。私とバイロンは、少し離れて見守る。

 オルランドのローブを脱がして患部を出し、持っていた水で清めて、タオルで丁寧に拭く。それから包帯をきつく巻いた。まだ出血が続いているので、脇の下辺りを押さえている。別の人は薬を取り出した。痛み止めとか、そういうのだ。

 

「……腕を復元するには、秘薬エリクサーが必要です。しかし簡単には手に入らないでしょう。今できることは、感染症を防ぎ、血が流れ過ぎないようにするしかない」

 兵達の中には足や腕を失う人がいるので、応急処置は慣れているね。私はうろたえるだけで、全く役に立たなかった……。

 せめて汗と涙が流れるオルランドの顔を、タオルで拭いた。

 バイロンはすぐ近くに立ち、守ってくれている。オーガは順調に倒されて、あと少しになっていた。


「いたぜええぇ、鬼神族!!!」

「バイロン様が来てくださったか」

 シムキエルとマルちゃんだ! オンラが森に逃げ込む前に、間に合った!

「あの天使と悪魔が、もう戻るとは。これは並のヤツラじゃない……っ! くそう、せっかくここまで上手くいったのに、こんなことになるとは……!」

 マルちゃんが手から、真っ赤に燃える火の玉を放つ。火とともにオンラ前に下りて、斬りつけた。腕で防ぐけれど、まっすぐな傷から血が流れた。

「くううっ」

 オンラが慌てて白い息を吐いて逃げようとする。

 その先にはシムキエルが!


「主よ、父なる神よ、万物を造る偉大なる宇宙の芸術家よ! 虹の光彩を与えたまえ! 秩序を乱すよこしまなる者に戒めを、かえりみぬ者に罰を与える!」


 シムキエルの剣が輝いて、体が淡い光に包まれる。真っ白い翼が大きく羽ばたいた。本当に天使みたい! 天使だけど!

「来るな、来るなあぁ!!!」

「遅えよ! テメエは確実に葬るッ!!!」

 払うように振り回すオンラの両腕を斬り、そのまま首に一閃を浴びせた。

斬られたところから光が漏れて、オンラが膝をつく。

「ぐくああぅぅぅうぁぁ…………」

 断末魔の声は徐々に小さくなり、ついにオンラはサラサラと粉になって、散って消えた。後には何も残らない。


「や、やったのか……」

「あとはオーガだけだ! 力を振り絞れ、勝利は目の前だ!」

 オーガと戦っていた人達も勢いがついて、掛け声が重なる。オーガの方は鬼神族が討たれ、騒然としていた。

 残りはあと少し、マルちゃん達もいるし問題ないね!


 オルランドは応急処置が終わり、支えられて移動する。静かな場所で横になって、休ませてもらった方がいい。

 私とバイロンも付いて行き、場所を確認してから隊商のテントへ戻った。商人は早く出発したいんだよね、オルランドの状態を伝えないと。

 テントには誰もいない。門の方へ避難しているかな。あちらからは騒ぐ声がしていて、まだ混乱しているんだろうと予想がつく。

 進むたびに、だんだんと人が多くなってきた。


「助けてくれ、町から出して!」

「町の外もオーガ討伐が続いています、まだ門を開けられません」

「このままじゃあのデカいのに殺される!!」

 押し寄せる群衆に、門を守っている兵が苦慮していた。こちらには討伐されたとか、情報が回っていないのね。人手が足りないみたいだったしなあ。

 やみくもに外に飛び出されても守り切れないし、こうなっちゃうと判断が難しいものだ。私が伝えないと!

「皆さん、落ち着いてください! 鬼神族……あの、おっきなオーガは討伐されました! 町の中は安全です。ただ、怪我人が多いんです。治療ができる方がいましたら、お手伝いをしてください。外のオーガも、あと一息で全部倒せます!」


 出せるだけの声で、必死に叫ぶ。バッとたくさんの目が振り返った。

「本当か!? それなら家に戻れるか?」

「大丈夫です。兵隊さんの邪魔にならないようにしてくださいね」

 おお、と歓声が起きる。勝手に答えちゃったけど、帰っていいんだよね、きっと。集まっていた人達が、パラパラと家に帰り始めた。

「とんでもない魔物が現れたと聞いたが、本当に討伐されたのか!?」

 兵隊の一人が、私のところへ確認に来た。

「はい、ただ犠牲者や怪我人が多いんです。外のオーガももう少しでした、治療やオーガの片づけも大変だと思います」

 あのオーガの群れの死体を、片付けるんだよね……。鬼神族のオンラだけは、消えちゃったな。

「討伐隊もこちらに駆け付けてくれるだろう。人手が増えれば何とかなる」


 そうか、別にこの町だけでどうしろってわけでもないんだっけ。ちょっと安心したよ。兵はここの責任者に、私からの報告を伝えに向かった。まだ状況を掴めていない民にも説明しないと。

 ただここには最小限の人数しかいないので、持ち場は離れられない。治療などの手伝いには、人員を割けないだろう。

 さて次は、依頼主の商人を探そう。

 たくさんの人が交差する中で、誰かを見つけるのは大変だ。この様子なら野営のテントに戻るだろうから、結局テントで待つことにした。


 しばらくして、ようやく護衛達と一緒にゆっくりと歩いて来た。

「ソフィアさん! 解決したんだね」

「はい! ただ、ちょっと大変なことになって。相談に来ました。マルちゃん達はまだ外で戦っています」

 隣では魔法剣士が警戒している。魔物がいなくなっても、どさくさ紛れの人間の犯罪もある。注意しないといけないのだ。

「ちょうどこの後の相談を、皆としなければと考えていた。で、その方は?」

 私の後ろに立つ、真っ白い髪のバイロンに視線が行く。変わったキモノを着ているし、優雅な佇まいをしているから、一般人には見えないか。


「私はバイロン。ソフィアの保護者みたいなものかな」

 優しく笑うバイロン。美形だ。朝焼けに似合う爽やかな容貌をしている。

「どうも、初めまして。ソフィアさん達に護衛を依頼している者です」

 おっと、和やかに紹介している場合じゃないよ。

「実はオルランドさんが、片腕を無くしてしまったんです。こういう場合って、どうなるんでしょう……?」

「片腕を!? 彼は今どうしているんだ?」

 商人が目を見開いた。他の護衛にも動揺が走る。


「兵隊さんが、応急処置をしてくれました。安全な場所で休んでいます」

「……そうか。彼は召喚師だ、契約している天使が引き続き守ってくれるなら、護衛の契約を続行できるよ。しかし移動に耐えられるかな……、もう一日も休んでいられない」

 馬車での移動が、どのくらい体の負担になるのか……。一緒に行くのは問題ないそうなので、後は本人次第かな。

「天使のシムキエルさんも戻られてから、話し合うのがいいでしょう。俺は同行することを勧めます」

 魔法剣士が神妙に意見を述べた。商人も頷く。

「……大きな声では言えないが、私はオークションに出品する高価な品も運んでいるんだ。そのオークションは『ヘルメス振興会』という会のお膝元で開催される」


「ならば、エリクサーが出品されるのでは?」

「そうです、ええと……バイロンさんでしたかな。かなり高額なので買える見込みは薄いですが、オルランドさんは高位の天使と契約しているんでしょう。いい仕事を選んでいけば、届くかも知れない」

 目的地でエリクサーが買えるかも!?

 あ、めちゃくちゃ高いんだっけ。オルランドは、お金はどのくらい持ってるかなあ。私を助けてくれたんだから支援したいけど、足しにならないかも……。

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