第100話 鬼神族・オンラ
「ウオオオォォォアア!」
鬼神族の叫び空に響いた。塀の外に展開している兵も、驚いて思わずこちらを振り向く。
最初は子供の姿で現れ、たちまち家の屋根よりも高い、毛深い白いオーガへと変化した。咆哮でビリビリと空気が震える。まさかこっちに現れるなんて。マルちゃんもシムキエルも、鬼神族を倒しに行ってしまった!
バイロン……っ!
翡翠に魔力を籠めて、心の中で強く呼ぶ。間に合って、バイロン!!
「く……、まずはオーガを討ち取ることに集中しろ! 第五部隊は門へ回り、事態を告げて援護と住人の避難をするんだ!」
「はいっ! 行くぞ」
隊長が命令をすると、指示された人達は速やかに行動に移した。残った兵は中断されていた攻撃を再開する。少しでも早くオーガを倒して、こちらに来て欲しい!
町外れに立つ巨大な鬼神族の存在に気づいた住民が、悲鳴を上げて逃げ惑う。防衛に協力していた低ランクの冒険者は、戸惑いながらも門の方へ逃げるようにと誘導していた。
「……鬼神族……ええ……。ヤッバ~……」
オルランドもさすがに顔をこわばらせている。
「放てっ!」
弓兵が鬼神族に矢を放つけど、腕で軽く払われてしまった。
「対称の炎、照準を定めよ。我が手より放たれ、前進せよ。二つの道は一つに交わり、出会いて膨大に展開するべし。融合し、狂猛なる火難となれ! クローサー・フゥー!」
オルランドの攻撃魔法だ。両手の平の上から火の玉を出して、放物線を描きながら飛んでいく。そして鬼神族でちょうど一つに交わり、直撃してボンっと大きく燃えた。
少しはダメージがあるのかな……!?
「とにかく時間を稼ごう……! シムキー達が、戻って来るまで!!」
「そうだねっ、もう少しの辛抱だよ!」
マルちゃんとシムキエルがいれば、絶対に倒せるよね! バイロンも気づいてくれるかな、どっちが早いかな。
持ちこたえないと……! 私も魔法を唱える。
「大気よ渦となり寄り集まれ、我が敵を打ち滅ぼす力となれ! 風の針よ刃となれ、刃よ我が意に従い切り裂くものとなれ! ストームカッター!」
風の刃で斬りつける魔法だ。詠唱が早く終わるわりに攻撃力が強いので、使い勝手がいい。しっかりと鬼神族に当たって血が流れている。
「この程度の魔法でどうしようって言うんだい?」
傷は与えたものの、痛そうでもないよ……!
鬼神族は手を伸ばして適当な人間を掴もうとする。
「う、わあああ!」
弓を構えていた兵が慌てて逃げるけど、巨体がドスンと歩いて、あっという間に届いてしまう。
「
オルランドが叫ぶ。鬼神族の手は、男性を使む僅か手前でピタリと止まった。
「……体が、動かない。奇妙な術だ」
「あ、あ……ありがとうございます」
「早く逃げて、そんなに長くもたないから」
男性は難を逃れた。でもまだ相手の攻撃はこれからなのだ。防戦一方でもいいから、頑張らないと。あのヒャッハーが懐かしい……!
動けないでいる鬼神族を、町の中で警戒してた槍兵が長い槍で突く。大きな相手なので、足にしか攻撃が当たらない。
「グウウ、よくも……っ!!!」
イライラして叫ぶ鬼神族。グワっと目を見開くと、足を大きく上げた。動けるようになったのだ。まだ近くにいる兵を思い切り蹴ると、壁を越えて飛んで行ってしまう。
「我が名はオンラッ! 人間どもよ、この名を刻み込めええぇェェ!!!」
怒りに満ちた絶叫に、空気が震える。肌がビリビリするよ、これは尋常な敵じゃない……!
人々の悲鳴が飛び交い、家から飛び出して門の方へ我先にと逃げている。落ち着いて避難するんだ、と叫ぶ冒険者の声は空しく掻き消された。
私達の雇い主も逃げただろうか。どうやって止めるの、こんな敵……!
隊長の指示で初級の攻撃魔法や矢が鬼神族を狙うけれど、軽く払われてしまう。外では主力部隊がオーガと交戦中で、有利に進めてはいるものの、すぐに戦いが終わるような気配はない。
第五部隊、早く到着しないかな。門から入るしかないから、かなり遠回りだ。
鬼神族のオンラは手の平を開いて、虫でも叩くように地面を打った。バキンと大きな音がする。逃げられなかった人は背骨が折れて、体の形が変わってしまった。
こんなのを受けたら、助からない……!
「うわああ……!!!」
兵達にも動揺が走り、槍の柄を地面についてやっと立っているような有様の人もいる。圧倒的な力の前に、なす
今度は大きく手を水平に振り上げた。
「荒野を彷徨う者を導く星よ、降り来たりませ。研ぎ澄まされた三日月の矛を持ち、我を脅かす悪意より、災いより、我を守り給え。プロテクション!」
魔法兵が防御魔法を唱える。淡い光の壁が鬼神族と兵の間にできた。間に合ったと思ったのに、簡単にパキンと割れて何人もの兵が一気に弾き飛ばされた。
「これは僕達の手に負える事態じゃないよ……」
オルランドがいつにない真剣な表情で、冷や汗をかいている。
不意に鬼神族が顎を上げた。息をゆっくりと大きく吸い込んでいる。
「なんか……、ドラゴンがブレスを吐く時みたいなんですけど……」
「僕もそう思う。でも、魔力が集まっている。ブレスのようで、魔法の力……なのかなあ」
「何か来るぞ! 退避してもう一度プロテクションを張れ!」
隊長は身を守れと指示をする。どうやって防御するかも難しい。
私は魔法の力だというオルランドの指摘に従い、魔法専用の防御魔法を唱えた。物理と魔法の両方に効果があるプロテクションよりも、魔法攻撃に対する効果はこちらの方が高い。
「逆巻く仇の風、ここより出でて我に向かう一切を遠ざけよ。恐れと
牙の生えたオンラの口から、真っ白いブレスのようなものが放たれる。
プロテクションで最初は少し防げたものの、白い霧は簡単に溶かすように消してしまう。私の防御魔法に届くと、防御の壁に阻まれて左右に流れて薄くなった。
効果ある! やっぱり魔法扱いの技なんだ! しかも風属性の防御魔法だから、相性が良かった。霧なら流しやすい。
ただ、さすがに全員は入らなかった。壁の外になってしまった人は、苦しそうに喉を押さえて倒れ込む。
こ、怖い。吸ったらいけないヤツだ……!
「ううグウウゥゥ……」
複数の呻き声が重なっているけど、これ以上は私にはどうしようもない。むしろ防御が壊れそう、頑張って、もって!!!
ついに防御魔法が途切れて、足元に白い霧が流れてきた。
幸いにも、霧は途切れたところだった。足首を掠めるゾッとする感触を残して、空気に混じっていく。
視界が広がると、何人もの兵が苦しそうな表情で倒れ、そのほとんどが既に事切れていた。まだ息がある人の救援に向かう兵も、オンラの動向に注意している。
「思ったより防げるなあ。まあ、こうでないと楽しめないよねえ」
相手はまだまだ余裕だよ。こちらは攻撃の手段がない……!
「かかれ!」
町の方から声がして、剣を持った兵がオンラに斬り掛かる。
門を守っていた部隊の一部も、第五部隊に合流していた。応援が来た! オンラが新たに現れた兵と戦っている間に、オルランドが魔法を唱えている。私はプロテクションの準備をしておいた。禁令はまだとっておこう、一日に何回も使えないから。
「燃え盛る
オンラのすぐ近くに三本の燃え盛る灼熱の柱が立ち、皮膚を焦がす。毛が燃える匂いがして、一部が茶色く焦げている。
「ぐおお、熱い!!!」
痛がりつつも、鋭い視線がオルランドを刺す。次の瞬間、火の柱にぶつかりながら強引に越えて、オンラがオルランドに攻撃を仕掛けてきた。
「プロテクション!」
私と同時に、一人の兵が防御魔法を唱えてくれた。
二つの防御のお陰で攻撃は届かなかったけど、もう両方割れてしまった!
オンラはなおも近づき、オルランドに勢いよく顔を突き出す。
「マミト、マミト、ウツルト! オンラよ、止まれえええええ!」
今度は私が禁令を唱える。大きな牙を光らせ、オンラの口がオルランドの手前で止まった。
「た、助かった……」
オルランドも命の危機とあっては、飄々としていられないね。でもこの後だ。動き出したらどうしよう……! オルランドはその場から素早く避難した。
兵が敵の背中に向けて矢を放ち、幾つか突き刺さる。それでも大したダメージではないような……!?
「ぐうううぅう!」
鬼神族の腕が動き、私の方へ向かってくる!
慌てて逃げるんだけど、すっかり体が動くようになったオンラが追い掛け、間に合わない。
鋭い爪を持つ手が迫る。
「ソフィア!!!」
オルランドが私を突き飛ばして、代わりに鬼神族の手に腕を掴まれた。
「うわあああぁ!!!!」
痛みから悲鳴を上げるオルランド。腕が捩じ切られる!
肘の上辺りで先がなくなり、血がドバっと地面に流れた。
ど、どうしよう!? どうしたらいいの……!?
★★★★★★★★
ありがとうございます、マルちゃん100話目です!
……こんなことになっちゃいましたけど!
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