第99話 鬼神族(シムキエル視点)

 ヒャッハー! 鬼神族だぜ、相手にとって不足はねえ!

 人の倍以上の背があるカラフルなオーガどもが、夜闇に紛れて町を目指し地上を進んでいる。ぼんやりと色の見分けはつくぜ。

 町の場所を把握していやがるな、アレは。鬼神族にも人と同じような姿があるからな、下見でもしたんだろう。

「おいシムキエル、お前が戦うんだな?」

「おうよ。オーガに町を襲わせる鬼神族とくりゃあ、俺達の領分だぜ!」

 マルショシアスなら、俺の邪魔はしねえな。こいつはその辺をわきまえた男だ、悪魔にしておくのはもったいねえ。俺の部下に推薦してやるっつってんのになあ。


 空から確認しているが、やはりオーガの群れには鬼神族らしき姿はない。老婆がオーガと仲良し小好ししてたら目立つだろうから、見落としじゃねえだろう。あんなのがいたらオルランドの野郎には分が悪い。

 この俺が契約者を死なせるような失態は、できねえ。

 町から離れた山の裾で、火の柱が燃え上がる。討伐隊が戦ってるのは、あの場所か。魔法を使っていやがるな。暴風を起こし、氷の刃がオーガに向けられる。

 こちらは善戦していて、助力する必要はねえな。

 しかし肝心の鬼神族はどこだ。答えろ俺の獲物!

「鬼神族の姿がないな」

 マルショシアスも探しているが、見つからないようだ。

「……隠れて指示する、タチの悪い輩みてーだな」

「必ず探し出すぞ。こんな襲撃を計画するヤツだ、野放しにはできん」

 お前はどうでもいい話だろーが。

 とはいえ、役に立つ。便利だから放っておこう。


 交戦しているオーガ達の、後ろ側に降り立った。木の間に注意深く視線を巡らせるが、やはりいない。まずはこのオーガどもを討ち取っちまうか。数が減れば、動きがあるだろう。

 俺達に気付いた緑のオーガが、斧を振り上げて襲ってくる。

 振り下ろすよりも先に腹を斬りつけ、よろめいたところに魔力をぶち込んで後ろへ倒した。首に剣を突き立てて、とどめを刺す。

 あっけねえな、やっぱ普通のオーガはつまらねえ。鬼神族を探しながら、攻撃してくるヤツを返り討ちにした。

 奥で人間がこん棒に打たれそうになってやがる。

 マルショシアスがオーガの腕を斬り落として助けていた。アイツ、人助けも趣味なんじゃねーか。なんで悪魔やってんだよ、意味分かんねぇ。


 ドスンドスンとオーガのデカい図体が倒れて、当たった木が折れる。その先にいた人間の魔法使いを助けようと、マルショシアスが木を支えてやっていた。タダ働きの便利屋にしか見えなくなってきたぜ。

 人間を助けるなんてのは俺の本来の仕事にも、今回の契約にも入ってねえからな。俺は関係ない。

 ……しかしおかしい、ここに鬼神族はいないんじゃねえか?

 こりゃハズレだ。となると、どこに? 近くにいるのは確実なんだよな、小悪魔が姿を確認してる。

「ぐおああぁぁ!!」

 倒れていくオーガが、山の奥に顔を向けた。

 もしや、集落の場所にいるんじゃねえか?

「おい、マルショシアス! 鬼神族はここじゃねえ、集落に戻ったに違いねぇ!」

「チ……、動きが読めないな」

 マルショシアスは目の前に立ちはだかる黒いオーガをぶっ殺して、空へと浮かんだ。アイツも来るのか。ここで人間と遊んでていーのにな。


 人間のリーダーだろうか。指揮を執っていた男が俺達を見上げた。

「ここは任せてください、集落には別の隊が確認に向かっています!」

 任せるもなにも、もうほぼ倒し終えてるがな。マルショシアスは、律儀に答えを返す。

「了解した。そうか、人間の分散を狙ったに違いない」

 なるほど、そーゆーコトか。先に言えよ、鬼神族め。

 俺達はすぐに集落を目指した。

 夜明けが近づいた薄青い闇の中に細い煙がたなびき、バンと爆発するような音も聞こえる。なるほど、こっちでも戦闘の真っ最中だ。

 こちらはオーガこそ二体だが、白と黒の、つまり光と闇の上位のオーガだけがいた。老婆の姿をした鬼神族が、その二体を従えている。人間の魔法をやすやすと防ぎ、放たれた矢を手で掴んで、弓もないのに投げ返しやがる。

 人間の部隊は先ほどの半分にも満たない数で、鬼神族と戦うなど全くの想定外だったんだろーな。


 老婆の鬼神族は、見た目に似合わない俊足で討伐隊の一人に接近し、爪を長く尖らせて切り裂こうとしやがった。

「うわああああ!」

「お前の相手は、こっちだぜ!」

 俺は鬼人族の首根っこを掴んで、後ろへ放り投げた。人間は震える足でやっと立っていて、目をでっかくして俺を凝視する。

「て、天使……」

 それどころじゃねえわ。すぐに鬼神族に向き直る。

「まさか天使とは……、これは本気を出すしかないねえ……」

 老婆はたちまち、木よりも高くてぶっといオーガの姿になり、二本の角と黒い体をして俺を睨んだ。


「いいか、これは俺の獲物だ。マルショシアス、オーガを一体やれ。もう一体は人間どもにやらせろ!」

「分かってる!」

 マルショシアスは白いオーガと向かい合った。黒は人間に任せるんだろう。

「た、助かります……! 皆、心強い援軍だ。これならば勝てる! 態勢を整えろ、俺達は黒いオーガに専念する!」

 オオと、歓声が上がる。やっとやる気が出たのかよ、さっきまで悲壮だったな。

 人間どもは詠唱をし、発動までの間に矢を黒いオーガへと一斉に放った。続いて攻撃魔法を唱え、槍の部隊五人が駆ける。これまでに怪我をしたヤツは、後方で回復させていた。悪い動きじゃねえ、任せられそうだ。

 マルショシアスは文句ねえな。炎と剣で戦っている。どっちが死んでも、どーでもいーか。


「こっちもいくぜ、ヒャッハー!!!」

「ウオオオオッ!」

 鬼神族は咆哮を響かせて木を引っこ抜き、俺に投げつけた。

 片手で受け取って、横に投げ捨てる。すぐに剣を両手で握り直し、懐へ飛び込んだ。

 さすがにオーガみたいに簡単にはいかねえ。俺の接近を、腕を振ってはばむ。太い腕を避け、俺は鬼人族の肩の高さまで飛んだ。

 フッと、息を吹きかける鬼神族。息が無数の黒い槍のようになり、こちらに飛ばされる。それを躱すと、待っていたようにさっきとは反対の手で叩きつけてくる。

 すり抜けなら、通り過ぎるタイミングで斬りつけた。鬼人族が痛みからか下がって、距離が空く。

 逃がさねえぜ!

 間合いを詰めて、突進した勢いのまま剣で腹を突いた。鬼神族の手は、必死で俺を掴もうとする。構わず、魔力を一気に剣に集中した。

「グ……エアアァァアア!!」

 

 腹から白銀に輝く光属性の魔力が溢れ、鬼神族の手は空を掻いた。そしてゆっくりと、背中から地面に倒れる。まだ苦しそうに息をしていやがるぜ。タフだな、この野郎。

 呻きながらも身を起こそうとする首を斬り、これでとどめだ!

 デカい図体は灰と化し、サラサラと風に散った。

 マルショシアスも倒したようだな。人間どもは上手く包囲して顔を矢で射って、暴れる白いオーガに怯むことなく剣と槍で攻撃、辛くも討ち取った。

 鬼神族を含めた敵と戦ってたわけだ、既に満身創痍だったろう。命を落とした者もいたようだ。

 

「まー、良くやったな。安心して治療しろや、俺達は町に戻る」

「ありがとうございました、お陰で全滅をまぬかれました……! 町からいらしたのですか?」

 こっちのヤツらは、オーガどもの集落がもぬけの殻だと伝令が来ただけで、町への襲撃までは聞いていねえようだ。逃げたオーガを追う部隊と、集落の確認に分かれたわけか。襲撃に気づいたのは、その後ってトコだな。

「オーガは討伐に気づき、町を目指していた。俺達はその町へ通達に来た小悪魔から、鬼神族も紛れていると教えられて討伐に来たまで」

 マルショシアスが剣を仕舞いながら説明する。楽でいい。


「これは……、町も大変なところを、鬼神族討伐に出向いて頂き、本当に助かりました……! しかし討伐隊は間に合ったでしょうか、町が心配です」

 隊長は町の様子も気掛かりなようだ。まあそうだろうな、討伐予定のオーガご一行が突然の訪問じゃな。

「町には誰かが召喚したのがいたろう。防衛は問題ないと考えたが」

 俺達も、他に助けがいるようだから契約者を置いて来てんだよ。こっちの鬼神族はマジでヤベエしな。隊長は不思議そうに首を捻る。

「いないはずです。めぼしい方には声を掛けました」


「……おかしい、悪魔ではない気配を感じた」

「天使でもねえ………」

 応援をつのった後から着いたのか? 町の中にいても問題はなかった、危険なものとは思わなかったが……?

 マルショシアスが何かに思い当たり、眼光を鋭くした。

「まさか……、鬼神族は確認されたのが一人……、だがそれだけとは限らない!!!」

 やられた……っ! いたのは鬼神族か!?

 あの町を狙った理由は、内部からも攻撃を仕掛けるから……!!!


「っざけんな……、急ぐぞマルショシアス!」

「言われるまでもない! 無事でいろよ、ソフィア……!」

 くっ、予想が違えばいいが、外れる気がしねえ。面倒なことに、こういう時の勘は良く当たるモンだ……!!!

 朝が近い、低い雲が白い光に照らされている。時間が経っちまったな……!

 俺達は飛んで町へと急いだ。

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