第98話 町の防衛戦

 マルちゃんとシムキエルは、鬼神族と戦うつもりになっている。作戦とかはどうなってるのかな。

 兵達の隊長らしき人が慌ててやって来て、マルちゃんに一礼する。

「地獄の貴族の方ですね、伺っております」

 さっきの小悪魔が説明してくれていたみたい。こっそりと耳打ちした。

「で、どの程度の規模だ」

「少なくとも、五十体はいるようです。一部は討伐隊と交戦していて、鬼神族はあちらにいるとのこと……」

「いたぜいたぜ……っ! 鬼神族は任せときな!」

 嬉しそうにするシムキエル。倒しに行ってくれるのかな、むしろ獲物を見つけた猛獣みたいな反応だ。


「あの~、僕とソフィアは魔法が使えますよ~。お手伝いすることはありますか?」

 オルランドが隊長に申し出る。魔法使いは足りているのかな。

「それは頼もしい! しかし契約しているお二人は首魁の討伐を優先してもらいます、何かあったら申し訳が立たない。塀の内側からの援護をお願いします」

「りょうか~い!」

「私も頑張ります!」

 私達は安全な場所から後方支援することになった。兵達は配置につき、迎え撃つ部隊は外で整列している。門はしっかりと閉められ、厳重な警備がなされた。

 町に入られたら、被害が大きくなる。塀があるから、中に食人種カンニバルがいても住民は逃げられない。


 緊張で喉が渇くなあ。水を飲んで、来るべき時に備えた。

「ねえマルちゃん、バイロンを呼んだ方がいい?」

「……まだやめておけ、ここのヤツらがどういう連中か分からんからな。塀や門を突破されそうなら、来て頂いた方がいい。危険だと感じたらためらうな、早めにな」

「分かった。そういえば、竜神族とは揉められないって言ってたような。鬼神族はいいの?」

 マルちゃん達がいれば、安心だよね。でも戦っていい種族なの? 兵達は戦闘の準備をしているので、私達を気にしているような人はいない。

「鬼神族は戦力的に、そこまで重要視されていない。しかも人間を食するのもいるからな、天使からしたらそういうのは誅伐ちゅうばつの対象になる」

 シムキエルはこれも仕事になるの? それで張り切ってるのかな。


「怖い種族なんだね」

「人間と友好関係を築きたい、穏健派もいるぞ。俺達はともかく、天使が戦う場合はそこを見極めてからだな」

 悪魔は揉めちゃいけない種族以外は、気に食わないから倒すくらいでいいのか。やっぱりマルちゃんより、シムキエルの方が悪魔みたい。マルちゃんは私と会話しながらも、オーガが来る方に神経を集中させている。

「今回はシムキエルさんも戦っていいんだよね」

「……徒党を組んで襲ってくる穏健派が、いると思うか?」

「いません……」

 言われてみれば確かに、どう考えても穏健派じゃない。討伐対象だ。

「とにかく気を付けろ。お前が食われたら俺の責任問題だ」

「了解っ!」


 マルちゃんが塀の向こうへ飛んで行ったあと、私はオルランドを探した。オルランドは隊長と相談をしていた。魔法を使うタイミングとかかな。

 私はオルランドと一緒に行動する。喋り方は気が抜けているけど先輩だし、戦闘は慣れていそうだよね。指示してもらおう。

 町の塀の内側には、兵達が魔法を唱えたり矢で攻撃する用に足場を設置していた。ここに立てば、塀の外の平原が一望できる。

 弓を持った兵や魔法使いが何人か、それと槍を装備した兵も集まっていた。外ではいくつかの部隊に分かれて、兵が待ち構えている。ただし町に攻められるのは想定外だったので、人数はそこまで多くない。応援要請はしてあるらしい。


 夜がうっすらと白み始める頃、ついにオーガが姿を現した。

 赤、青、黄色や茶、緑。カラフルだ。ちなみに順に火属性、水、土、風と色が属性に対応している。白が光、黒が闇で、まだこの二色の姿はない。上位属性だし、いない方がいい。

「では~、打ち合わせのとおり、まず僕が魔法を唱えます。僕を攻撃しないでね~」

 地面に座標を描くオルランド。力ある名前を書き入れ、杖を掲げた。


「閉ざされし異界の扉よ、開け。神秘なる名において。草原の風を運びたまえ。契約に基づき訪れよ、イーンヴァル!」


 パアっと座標が光って、草原を抜けるような爽やかな風が吹いた。

 現れたのは、たてがみが金色で体は白っぽいクリーム色をした、オルランドが契約している馬。体がほんのりと輝きを帯びている。

 彼はすぐに跨り、イーンヴァルを走らせた。馬は軽々と高い塀を飛び越え、オーガに向かって走る。

「そろそろかな。では唱えます~」

 台の上に立つ弓兵と魔法兵も、言葉を合図にして戦いに備えた。


「赤き熱、烈々と燃え上がれ。火の粉をまき散らし灰よ散れ、吐息よ黄金に燃えて全てを巻き込むうねりとなれ! 燃やし尽くせ、ファイアー・レディエイト!」


 中級の火属性の攻撃魔法らしい。杖から真っ赤な火が噴き出し、扇状に広がる。最前列にいたオーガが炙られて悲鳴を上げた。

「ウグアアアァ!!!」

 倒すとまではいかなかったとはいえ、ダメージは大きい。魔法が途切れると、後ろにいたオーガが熱さと痛みに悶えるオーガの脇を、通り抜ける。それでも軽い火傷くらいは負っていた。

 オルランドは馬の首を返して、そのまま引き返してくる。

 今度は魔法兵が土属性の攻撃魔法を唱えていた。


「地表に峻険しゅんけんなる山を隆起させ、刺し貫く尖塔を築け。針の如く突け、林の如く伸びよ、くちばしの如く鋭くあれ!! 神殿の柱となりて敵を打ち、檻となりて隔絶させよ! スタッティング・ピック!」


 オーガ達がいる場所に四本ほどの尖った土の柱が立ち、地面から盛り上がる時に上にいたオーガを串刺しにした。仲間が串刺しになろうが、オーガは構わず避けて進む。

 ただ柱や火を浴びて苦しんでいる個体が邪魔になり、一気にたくさんは攻められない。

「弓隊、構え!」

 壁の内側にいる副隊長が手を上げると、一斉に矢をつがえて壁の外を狙う。

「放てっ!」

 魔法に当たらなかったオーガが、矢の雨を浴びた。青いオーガも血は赤っぽい。敵が怯んだ隙に兵が突進して、とどめに槍で勢いよく刺す。

 何体かは倒せたけれど、まだ後ろにたくさんいるよ。

 

「まずは順調だねえ」

「お疲れ様です!」

「鬼神族の姿は分からなかった~」

 オルランドは活躍しても、相変わらずののんびり口調だ。前線は戦っていて、オーガのこん棒に打たれた兵が弾き飛ばされ、後ろにいる別の兵にぶつかって、一緒に倒れ込んだ。

「私も役に立ちたいんですけど、今は攻撃魔法を使っても、味方に当たっちゃいますね……」

 そこまで操作に自信がないからなあ……。うっかり狙いが逸れでもしたら、大変すぎる。

「ん~、回復や防御に備えた方がいいかもね~。オーガの攻撃は強いし、この町に回復アイテムがたくさん常備されてるとは思えないから。強い冒険者や有力な魔法使いは、討伐でここから離れてるハズだし」

 シャレーはすいていたし、ギルドにいたのは低ランク冒険者ばかりだった。

 防衛に協力をお願いしてはいたようだ。ただし住民が混乱しないように見守りや誘導と、後方支援が主なお仕事。

 回復魔法を使う人が、何人かここに集まっているよ。


「うぐああぁ!」

 叫び声がして、また人が宙を舞う。オーガの攻撃ってすごいね……! 斧を持ってるタイプの攻撃に当たったら、真っ二つになっちゃうんじゃ……!?

 仲間が助けに行って後方に運び、ポーションで回復している。オーガのこん棒が直撃したのだ、苦しそうに胸を押さえていた。ひどく痛そうだし、これはあばら骨が折れているのかも……!

「もう少し壁際にお願いします、私が中級の回復魔法を唱えます!」

「それは助かる! 任せるよ。ほら、大丈夫か?」

「うう……っ」

 うめきながら、移動してくれる。完全に効果範囲に入ったと思う。覚えたばかりで、まだあまり使っていないから、実際どこまで届くか分からないんだよね……。

 深呼吸して、気持ちを整えた。

 

薫風くんぷう巡りて野を謳歌おうかする。かごに摘みたる春に、恵みよ溢れよ。華めけ、満たされしもの。痛みも辛苦も、汝に留まる事はなし。ブリエ・ウィンドヒール」


 吐息のような柔らかい風が吹き、瑞々しく甘い香りがする。

 怪我人を風が包んで、怪我はみるみる治っていく。よし、成功だよ!

「おお、……痛くないし、息苦しさも消えた!」

「これは助かった! ありがとう」

「いえ、頑張ってください」

 オーガの数は半分近くまで減っているよ。

 塀の外にいる魔法使いが、青いオーガにファイアーボールを唱えて、火の玉を飛ばした。反対属性が一番、攻撃の効果があるんだよね。


 私は回復と防御魔法を唱えて、援護を続ける。守備兵から供給されたマナポーションが二本あるので、まだイケるよ!

 マルちゃん達はどうしてるだろう、鬼神族を倒せたかな。

「順調みたいですね」

「うん……って、ダメだよ。家の中にいないと!」

 声を掛けてきたのは、まだ十歳になるかならないかという男の子だ。血気盛んな年頃なのかな、見物に来ちゃったの!?

 兵の一人が男の子の肩に手を置いて、町に戻そうとする。

「ここは危ないよ。お母さんのところへ戻ろう」

「……はははっ、優しいおじちゃんだね……」

 男の子の声が、途中から野太く耳障りに変わっていく。


「離れるんだ……! まさか、こっちに!」

 オルランドが叫んだ時には、男の子に近寄った兵士の腹が真っ二つに裂けて、血が噴き出した。

 そして男の子だった姿が変化した。オーガよりも大きな、毛深い鬼に!

「気づくのが遅かったな!」

「鬼神族が、町の中に入り込んでいた……!!!」

 まさかこっちに、もういたなんて……!! 辺りは悲鳴が飛び交っていた。

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