第97話 オーガ!

 大規模討伐って、どういうことだろう?

 女性の率いる隊商はここから南へ向かうので、このままお別れ。私達は詳しい情報を求めて、この町にある小さなギルドへ。

 門扉を開くなり、雇い主の商人が受付に直行した。

「すみません! この先で大規模討伐があると聞いたんですが……」

「ああ、明日のヤツね。東側の山中にオーガが棲みついたらしくて、兵士や高ランクの冒険者を集めて討伐するんだ。東に行くのか? 早くても討伐後の確認が終わる明後日までは、次の町までしか行かれないよ」

 受付の男性は危険情報の書かれた張り紙を指し、次の町で足止めが多いだろうから、そっちでは宿が取れるか分からないと言う。

「明後日……納期に間に合わなくなる!! 今日でも通れないのか?」

「兵士が道を封鎖してるハズだから、完了するまで無理だろうなあ……。東だろ? 迂回するとなると、オーガの山を避けなきゃならない。かなり遠回りだ」

 

 うわあ……、絶望的。討伐は明日でも、すぐには通れるようにならないんだ。明後日の解除も予定だもんね、確実じゃないんだろうね……。

「なんてこった、ここまで来て……」

 雇い主の商人は、ガックリと肩を落とした。ずっと横に付いている魔法剣士の男性も、顎に手を当ててどうするべきか考えている。

「とりあえず、次の町まで行ってみては? どこか道があるかも知れませんし、討伐の状況によっては、解除が早まる可能性もあります」

「……オーガねえ。チイッ、今は護衛依頼を受けてっからな。さすがに討伐には加われねえな」

 シムキエルは討伐に参加したかったみたい。


 オーガは、たまに群れを作って襲ってくる魔物。体は人間より大きいけれど、巨人ほどではない。森の中に集落を作ることもある。棲みついたとなると、オーガの集落ができてしまい、そこを強襲する計画なのかな?

 人間を食べるから、優先順位の高い討伐対象だ。先生の塾も山中にあったので、こういう魔物は警戒していた。

「そうだな……。ここにいても仕方ない。次の町まで行って、新しい情報がないか確認しよう」

 次の町は同じように足止めされた人でごった返しているかも知れないので、食料などをしっかり買い、野営になってもいいよう準備をしてから出発した。


 次の町は大きくて、しっかりとした塀に囲まれていた。門では検問が行われ、東へ続く道は封鎖されている。

「大規模討伐があるんですか?」

 雇い主の商人が、身分証を確認する兵に問い掛けた。

「明日決行の予定だ。立入禁止の区域内にある村の住民達が、この町を含め近隣に避難している。宿は満室だろう。泊まる場所を探すなら、移動した方がいい」

「いえ、早く東へ行きたいのです。討伐を待つよりも早いルートはありませんか?」

「ないだろうなあ。オーガの数が増えて、厄介らしい。無理をせず、町の中にいた方がいい。日が沈む前にこの門も閉鎖される」

 やっぱりダメなのね。むしろ大人しくしていた方がいいと、警告された。

「そうですか……」

 さすがにハッキリと言われて、商人は諦めたようだ。

 町は人が多く、荷馬車を止めるところもいっぱい。今日はやっぱり野営だな。外で荷馬車の番をしなければならない。


 一応ギルドでも話を聞いてみたけれど、結果はこの町で待つしかないだろう、ということだった。ここは町にしては頑丈な塀に囲まれていて、比較的安全だ。

 討伐隊は既に、住民が避難した後の山麓の村などを拠点にして、準備をしている。明日の日の出とともに作戦開始らしい。

 シャレーでは今回討伐するオーガについて教えてもらった。オーガは元々この世界にはいない、召喚されて繁殖しちゃった種族なのだ。

 属性は色々で数はかなり多く、今のところまだ被害者は出ていない。ただし、旅人が殺されて行方不明扱いになってたりしないかは、これから調べる。森を破壊したり、動物の死がいが転がっていたりもない。

 オーガが棲みつけば被害が発生して判明しそうなものなのに、不思議なことに集落になっているなど誰も気づかなかった。唐突に大群で移動しても目撃証言が出て、注意喚起がされそう。少しずつ集まったのかなあ?

 どうしてここまで発見されなかったか、分からないそうだ。


 集落に気づいたきっかけは、女性の冒険者パーティーが襲われそうになったこと。数体のオーガが、こん棒を振り上げて追いかけて来たらしい。

 そこからオーガの調査がなされた、と。

「どうもキナくせえな」

「お前もそう思うか、シムキエル。オーガにしては行動に統率がとれている。冒険者を襲ったのは、浮き足立った下っ端だろうな」

 マルちゃんとシムキエルが怖い分析をしている。単なる集落じゃないってこと?

「明日の討伐、失敗したりしないよね……?」

 不安になった私を笑い飛ばすように、シャレーにいる召喚師の女性が明るく大丈夫だよと答えた。

「兵士の動員に加えて、高ランク冒険者の参加もあるし。見たでしょ、町とかにも兵がしっかり配備されててさ。オーガの集落付近は、逃げられないよう小悪魔が見張りについてるんだって。小悪魔との契約者とかも、お呼びがかかったんだよ~。仕事にありつけて、うらやましい!」

 彼女は家事妖精と契約していて、この町でお店を開いている。しかしお土産物屋だ。今はみんな買い物どころじゃなく、売れないとぼやいている。


 宿の部屋は空いていないので、野営にいい広場を教えてもらい、そちらへ移った。

 数組がテントを張っている。飲食店もごった返しているので、ここで夕食も食べることにした。商人は気が気じゃなく、他の人とどうしたらいいか深夜まで相談していた。

 荷馬車の番をする私達から、商人のテントからもれる灯りが、いつまでも見えている。ボソボソと会話する声も聞こえているし、結論が出ないんだろう。

 そろそろ交代かな、と焚火を眺めていたら。

「……誰かくる」

 マルちゃんが低い声で呟き、空へ飛んだ。暗くてマルちゃんの姿まで闇に消えちゃうよ、何がいるの!?

「ぎゃわあああぁっ! え、貴族の方!??」

 あ、小悪魔かな? 魔力で分かったんだ。


「お前はオーガの見張りとやらか? どうした」

「はぅ、その通りです……! 実はオーガが討伐を嗅ぎ付けて、集落から離れちゃったんです! 人間達も出陣して応戦してますが、夜中なんで出遅れで! こちらに向かってますです!!」

 ええ、オーガの群れがこの町を目指しているの!?

 二人は空でまだ話している。町の周辺は静かで、そんなすぐに到着はしないようだ。

「オーガの群れに、違うモノが混ざっていなかったか?」

「それがですねえ、人間の老婆のような姿があって。オーガはソイツに従っていました。なんだか不気味な感じで、もしかしたら……」

「……鬼神きじん族か」

 鬼神族。初めて聞く種族だな。それがオーガをまとめてるの?


「やっぱりですよね、そうですよねっ、ね!」

「報告に行け。俺達は門番に知らせて警戒に当たる」

「ありがとーッス!! 鬼神族がいると、人間にはちとヤバヤバかなって」

 小悪魔はマルちゃんに敬礼してから、ぴゅうっと飛んだ。町長とか、警備隊の隊長とかのところだろう。マルちゃんはまず、雇い主の商人のテントへ入った。

「緊急事態だ。オーガがこちらを目指しているらしい。町にいる連中にはどのタイミングで告知するか分からん、正式な発表があるまで騒ぐな」

「ま、まさかここへ……!?」

 隊商の人も、集まっていた専属の警備の人達もがく然としている。オーガの群れとなると、敗北したら殺されて食べられる……!

「お前達は守りを固めておけ、悪いが討伐に加わる」

「こちらは任せてくれ。オーガが町に入って混乱してしまっては、どうなるんだか予想が付かない」

 魔法剣士が請け負ってくれて、商人も頷いている。雇い主に拒否されると行きづらい。

「ああ、オーガは人を食べるんだろう? 町に入られないようにするのが最優先だ」


 町を守れば、結果的に雇い主も守れる! バッチリ! 

 シムキエル達も呼んで、説明するために門へ向かった。数人の兵が退屈そうに立っているのが、かがり火に照らされていた。

「おい、全員起こせ。連絡の小悪魔がやって来たぞ、こっちにオーガが向かっている」

「は? お前達は……?」

 端的たんてきに告げるマルちゃんを、疑うように聞き返した。うーん確かにアヤシイ。

 シムキエルが街なかでは仕舞っていた、白い大きな翼を広げる。

「俺は天使シムキエル。嘘はつかねえ、降格されるからな。オーガに備えろ、俺達も討って出る。絶対に入れるんじゃねえぞ!」

 

 天使って効果絶大だなあ。シムキエルなのにすぐに信じてもらえて、兵がすぐに動き、仲間を起こしに行ったり、見張り台へ知らせに登ったりしている。

 バタバタしている間に、小悪魔から連絡を受けた守備隊長が、オーガ来襲の通達を送ってきた。

 明け方までには、到着するだろうとのこと。

 まさか、こんなことになるなんて!!!

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