第69話 登場! 母の義母!

 馬車を玄関の前につけてくれて、ついにお母さんの実家である、ファーナー伯爵家の前に立った。入るぞ、と気合を入れていると、扉が執事の手で開かれる。

 わあ、開けてもらっちゃった。

 広いロビーでは、メイドがクッションカバーを持って歩いていた。交換かな。

「お帰りなさいませ。そちらがお嬢様ですか?」

「ああ、大奥様にすぐお知らせしろ。応接室に案内する」

「かしこまりました」

 メイドはすぐに走り、途中で出会った他の使用人にも私達が来たことを教えて通り過ぎた。来るのは解っていたものね。


 応接室には立派なシャンデリアがあり、広い窓からは午後の日差しが差し込んでいた。意匠を凝らしたソファに座って待つよう促される。白い大理石で作られたサイドテーブルには、赤い花が飾られていた。

 執事と魔導師も一緒に部屋に入り、入り口付近で家人を待っている。

「うう……、豪華すぎて居心地が悪いね」

「貴族の家だぞ。普通だろ、このくらい。ルエラムス王国の王城の方が華やかだったろうが」

 そんなところも行ったっけ。バアルが怖かった印象しかないよ。

 マルちゃんは気にした様子もなく座っている。そういえば侯爵だっけ。


「ねえ、マルちゃん」

「なんだ?」

 声を潜めた私に、マルちゃんは怪訝そうにする。

「侯爵と伯爵って、どっちが上?」

「……侯爵だよ、一応な」

 ならマルちゃんの勝ちかな!? 

 ただ伯爵は国によっては最も古くから存在する爵位で、歴史や強い権力を持っている時もあるから、一概には言えないそうだ。

「お待たせしました」

 やって来たのは義祖母ではなく、その息子夫婦だった。現伯爵である旦那に続き、奥さんも挨拶をしてくれる。家でもドレスで過ごすんだ。

「いらっしゃい、ソフィアさん」

 意外にも笑顔で迎えられてしまった。

「初めまして、ソフィアです。こちらは悪魔のマル……ショシアスさんです」

 セーフ! マルちゃんて言いそうになったよ。


「マルショシアスさんも、よろしくお願いします。まだ飲み物もお出ししていないじゃないか。早く用意して」

 伯爵は控えているメイドにお茶とお菓子を持ってくるよう、指示している。

 そして大きくて立派な絵画の前にあるソファーに、夫人と腰掛けた。

「お義母様が無理を仰ると思いますけど、気にしないで下さいね」

「ああ……、龍を呼べた記録なんてないんだから……」

 この二人も困っているみたい。申し訳なさそうにしている。

「あはは……、私も無理かなあって思います」

「そうだろうね。あとで姉上の部屋へ案内させよう。物はあまり残っていないけど、気になるだろう」

「そうですね、旦那様」

 名案だとばかりに、夫人が両手をパチンと合わせた。伯爵夫妻は、すごくいい人達だ! 母親違いの私のお母さんを、姉上って呼んでくれているんだ。


「ありがとうございます」

 せっかくだし、見せてもらおう。ちょうど飲み物が運ばれてきた。温かい紅茶だ。籠に入った焼き菓子もある。おいしそう!

 思ったよりいい雰囲気だよ。フィナンシェが焼き立て。ここで作ってるの!?

 もっと殺伐としているかと思っていたのに、夫婦も仲が良さそうで気が抜ける。

 ほんわかした空気を壊すように、扉がバタンと開かれて杖を突いた初老の女性がカツカツと歩いてきた。

「その娘がソフィアね。さあ、龍を召喚して頂戴!」

 これがお母さんをイジメた、私の義祖母! 明るいグリーンの髪は、きっと染めているんだろう。意地悪そうな顔をしてるわ。


「母上、そんな無体な」

「そうですよ、大奥様。異界の扉を開くのは、慎重にしなければならない作業です」

 魔導師が宥めてるんだけど、異界の扉……?

 そうか、ここの人達はバイロンがこの世界にいるのを知らず、異世界から召喚しようとしていたんだ! それじゃバイロンがどんなに心を傾けても、気付かないね。無人の家に声を掛け続けるようなものだもん。

 血の繋がりもあるのに、全然通じないのはちょっとおかしいと思った。マルちゃんは笑いそうになるのを堪えていた。この勘違いに乗らない手はないわ。


「ええと、魔法円マジックサークルはどうしましょう」

 魔導師と相談することにした。彼の意見を取り入れれば、真面目にやってるみたいだよね。

「今回はもし通じても召喚せず、話だけするようにしよう。マジックミラー・サークルを用意してある。これならなくてもいいだろう」

 マジックミラー・サークル。通称マジックミラー。

 異界と通信する道具で、高位の存在をいきなり召喚するのではなく、幻影や声などで連絡を取るもの。こちらに来られて暴れたりする危険を減らす為だよ。

 三角の中に力強い名前が書かれていて、中心に鏡がセットしてある。魔導師はこれを、大理石のサイドテーブルの上に置いた。飾ってあった花瓶はメイドに手渡し、移動させた。


「名前は誰も知らんのか? 名前が解れば、確率が上がるが」

「それが伝わっていないようだ。そちらに口伝で伝わったりは、していないか?」

 マルちゃんが先に尋ねるから、本当に知らないみたいな感じがするね。魔導師は苦笑いをし、伯爵夫妻も首を横に振る。

「ダメだ、コイツは六歳の時に事故で両親を亡くしている。それ以前の記憶はない」

「六歳で……」

 あ、伯爵夫人が申し訳なさそうな顔をしているよ。

 とにかく、さっさと済ませちゃお!

「とりあえずこれをお借りして、やるだけやってみます」

 バイロンの力を帯びた私の翡翠は、影響を与えないようにマルちゃんに渡してある。ロケットを受け取り、用意されたマジックミラーの前で気持ちを集中させた。


「神秘なる秘跡により、虚空より現れ出でよ! 閉ざされし扉よ開け、雲の先に広がりし世界よ。龍よ、我にその声を聞かせたまえ!」


 しいん。マジックミラーには何の変化もない。

 もう一度唱えたけど、やはり鏡は天井を映しているだけだ。

「大奥様、やはり反応はありませんよ」

 魔導師が言外に無理だと告げる。

「まだよ、まだ諦めるんじゃないわ! 召喚術師でしょ、何とかなさい!」

 ええ~、無茶だよ。

 仕方なく、またチャレンジしてみる。それでも反応はない。

「母上、諦めた方が……」

「お前の為でもあるのよ! 直系じゃないとバカにされて、それでいいの!?」

「お義母様、誰も気になさっておりませんわ」

 伯爵夫妻が宥めてくれるけど、義祖母は杖で床をバンと突き、黙れと叫んだ。


「龍が呼べたら、もっと要職に就けるのよ! お前ときたら、亡くなった旦那より下なんだから。黙って私の言う通りになさい!」

 黙っていても喋っていても、バイロンはもうこの世界にいるんだけどな。

 伯爵は強く拳を握りしめ、口を噤んだ。夫人が気遣って寄りそう。

 伯爵夫妻が可哀想になっちゃったよ……。とにかく、もう少しやってみよう。魔力と集中の関係でそんな長く続けられないことは、魔導師も理解してくれている筈。


「応えたまえ……っ!」

『しつこいな。誰だ』

 ……え!? 誰か答えてくれちゃった!

「おお……、ついに反応があったのね。ソフィア、名前を尋ねなさい!」

 義祖母は大興奮で名前を聞けと迫る。男性なのは解る。龍だろうな。

「ソフィアと言います。お名前を伺ってもいいですか?」

『断る。要件くらいは聞いてやろう。何故、幾度も呼ぶ』

 怖そうだけど、怒らせて終わらないようにしないと。マルちゃんはジッとマジックミラーに目を凝らすけど、幻影は全く現れない。

 交渉する気はあまりないのだろう。


「私はソフィア・ファーナーと言います。その、龍の血に連なると聞いて、お話を聞けたらと思いまして」

 答えがくると思っていなかったから、理由なんて考えてないよ。交渉は召喚師がしなければならない。バイロンの名前を出さずに話さなきゃ。

『連なる……』

 呟いた後、相手はしばらく黙ってしまった。張り詰めた沈黙に、心臓がドキドキと大きく鼓動する。義祖母は嬉しそうだけど、魔導師は息を飲んでいるよ。

「あのお……」

『魔力を感知した。そうか、お前はアレの血に連なるものだな』

 解ったの? これはやはり、かなり高位の存在だね。アレってきっと、バイロンのことだよね。

「多分そうです」

『残念だな、アレは人間の世界に出ている』


「まさか、この世界にいると言うの!?」

 義祖母が声を張り上げた。やめて、会話を乱さないでよ!

 バイロンがこっちにいるの、バレちゃったよマルちゃん!

『人間の世界は一つではない』

 嘲笑が混じった言葉。この世界に来ているのは、知っていそうだけど。

「まあいいわ。お前か、その者の名を教えなさい」

『……今、何と言った。教えろ、だと……?』

 声に怒気が混じり、ぐにゃりとマジックミラーの上の空間に歪みが生じた。鏡には何も映っていない。裏に白い紙を敷いた、ガラスみたいになっている。


「ソフィア、ヤバい。下がれ」

 マルちゃんが私の腕を引いてマジックミラーから離れさせ、前に出た。

 義祖母は不穏な空気に気付かず、杖をつきながら近寄ってしまう。

「母上、危険です……っ」

「大奥様、まずは謝罪を!」

 止める魔導師の言葉に耳も貸さずに、ガンと杖で地面を打つ義祖母。

「名を名乗れと言っているのよ。私は伯爵」

『くどいっ!』


 言いきらない内に、魔力が籠められた相手の言葉が届く。

 駆け寄った魔導師は、義祖母を抱えるようにして慌てて逃げた。杖が手から放れ、カランと落ちて転がった。

「きゃあああっ!」

 伯爵夫人の悲鳴が響き渡る。

 義祖母のいた場所は一瞬にして天井に届くほど燃え上がり、青白く消えていった。床に残された杖は火に包まれ、生き物のようにまとわりついて焼き尽くす。

 内部に火が入り込むように、するりと収まった時には、杖はすっかり黒い炭になっていた。

「な、に……」

 火とともに通信は終わり、部屋の中は沈黙が走る。

 さすがに義祖母も驚いたらしく、目を丸くしていた。

「大奥様、相手は龍族です。怒らせたら我々の手に負えないんですよ!」

 魔導師が思わず怒鳴り、伯爵夫妻も恐ろしいと囁き合っている。


「火を操ったし、やはり龍神族の長、龍王ロンワン陛下か……。ソフィアめ、引きが強すぎる……!」

 私の耳元で、他の人には聞こえないようにマルちゃんが呟いた。

 龍神族のトップ……?

 なんでそんな人が答えてくれちゃうの!?

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