第68話 実家に到着!
私達を乗せた馬車が出発。
マルちゃんは騎士姿になって、腕を組んで私の隣に座っている。
村の出口付近にある広場では、子供達のはしゃぐ声が響いていた。ニーナとニコルがいて、竜人族のアンドレイとデイビットも一緒に遊んでいる。いい大人だろうになあ。
「あれ、ソフィアお姉ちゃん?」
ニーナが私に気付いた。手を振ると、皆が馬車に手を振ってくれる。
「ちょっと出掛けてくるね! また戻るよ」
「え~! 絶対だかんな、待ってるからな!」
駆け出したニコルだったけど、途中で諦めたようで、立ち止まって見送っていた。
「……おい。あの見慣れない種族は解るか」
執事が話し掛けたのは、隣に座る魔導師だ。彼は今回も来ている。ただマルちゃんが怖いらしく、交渉中は家の外で待っていた。歩くのは大変だから、今は諦めて一緒の馬車だ。
従者が一人と護衛が数人、彼らは前を行く馬車に乗っている。
「……珍しいな。竜人族でしょう。人間よりも戦闘能力に長けた種族です、敵に回すと厄介ですよ。何故こんなところで、子供の相手をしているのか……」
首を捻る魔導師。確かにおかしいよね。
「ヤツらは友達が欲しかったんだと。強盗と間違えられて討伐依頼が出てしまっていたが、取り下げてもらった」
「討伐……、陳情に上がっていたアレか。大奥様がそれどころではないと、後回しにした。こんなことなら、早く手段を講じれば友好関係が築けたのに……!」
領主である伯爵に陳情がいっていたのね。執事が悔しそうにしている。
でも下手に兵隊を動かした方が、揉めるモトなんじゃないかな。
特に問題もなく馬車は進み、今日の目的地に着いた。
出発が午後になってからだったしね、途中で一泊するのだ。宿代も食事代も向こう持ちで。さすがに由緒ある伯爵家だけあって、レンガ造りのオシャレな宿に泊まる。
部屋も二間続きで寝室は別だし、騎士姿のマルちゃんと一緒でも大丈夫。
部屋に入ると何故か、翼の生えた狼になっちゃうんだけど。マルちゃんは本当にこの姿が好きだなあ。
フカフカのベッドに寝転んでみる。うわあ、気持ちいい!
「いいかソフィア、明日は気を抜くなよ」
「うん。私に任せて」
「……任せられるなら、いちいち言わん。バイロン様は、明日は応じないことを承知して下さっている。わざと手を抜く真似をするな、魔導師に見抜かれる」
「大丈夫だよ、しっかり失敗するね!」
マルちゃんは本当に心配性だ。失敗するなら目を瞑ってても出来るよ!
力強く宣言したのに、まだ眉を顰めている。
「質問された時はなるべく俺が答える。お前は六歳の時の事故でその前の記憶がないのは真実だからな、それを強調しろ」
「アイアイサー!」
「お調子者小悪魔の真似などするな!」
場を和ませようとしたのに、怒られてしまった。
寝るまでマルちゃんのお説教と注意が続いた。やっぱりバイロンの方がいい……。
朝食はブッフェ形式。やっぱり冒険者相手の宿とは違うね!
何を食べようかな。川沿いには田んぼも多かったし、お米が名産なのかな。朝食にはリゾットと握ったご飯が用意されていた。焼き立てパンもあって、スープも二種類、サラダだって好きに盛れる。楽しいな。ポテトサラダは必須だね。
お皿にソーセージとスクランブルエッグを乗せ、トングでフライドポテトも取る。小さい煮込みハンバーグと、グラタンも盛り付けた。野菜の煮物の場所がないぞ。
私は楽しんでいるけど、マルちゃんはお肉中心で、あとはパンとスクランブルエッグ。グリルチキンが山盛りだよ。
「マルちゃん、サラダはとらないの?」
「肉が一番いい。取り放題はいいな、次はハンバーグにポテトだな」
チキンだけかと思ったら、順番に食べる気だ。
席はたくさんあるけど、半分も埋まっていない。最近は強盗が出たり魔物の鳥が出たり、物騒だったからかな。
執事達は別のテーブルを陣取っていて、家に着いてからの相談をしている。あの悪魔を怒らせたらいけないと、魔導師が忠告していた。
マルちゃんがいて良かったな。心強いね。
そのマルちゃんはもう食べ終わって、おかわりに行く。早いな。
窓際のテーブルでは、上品な貴族の女性が食事をしていた。
まずはサラダを食べていて、お付きの人が飲み物などを取りに行っている。リゾットを盛りつけているのも、従者のようだ。隣では男の子が、楽しそうにポテトを選んでいた。
「ダメよ、落とすから気を付けて……」
よそ見をする男の子に注意して立ち上がった女性が、伸ばし掛けた手を戻す。
指先でこめかみの辺りを押さえ、ふらついて椅子をガタンと鳴らした。
「奥様!」
立ちくらみでもしたんだろうか。倒れそうになったのに気付いた従者が叫んだ。
近くに侍女も待機していたんだけど、テーブルの反対側だったので椅子が邪魔をして、間に合わない。
「……おっと」
ガシッと黒一色の男性が支えた。マルちゃんだ。上流の宿の食堂だから鎧は身に着けていないけど、やっぱり黒なの。
「母上!」
従者の隣にいたのは、この女性の息子さんなのね。振り向いて固まっている。
「……助かりました、ありがとうございます」
弱々しくお礼を言って再び座る、女性の顔色は白っぽい。調子が悪そう。
「いや。貴婦人にみだりに触れるものではないが、緊急だったからな」
「本当にありがとうございます。大丈夫ですか、奥様。お掛け下さい」
侍女がマルちゃんに頭を下げてから奥様を支えて、ゆっくりと椅子に座らせた。細い方だし、大丈夫か心配だよ。
執事達も料理を取るのを止めて、奥様の元へ急ぐ。マルちゃんは大丈夫だと判断したんだろう、おかわりの食べ物を取りに向かった。
「坊ちゃまは我々にお任せ下さい。今日は特にお辛そうです、食事の後は部屋で休みましょう」
「ごめんなさいね、心配を掛けるわ……。夕べはよく眠れなかったの」
「ファーナー伯爵家の馬車を目にしたとはいえ、気にしすぎですよ」
……それって、私が乗って来た馬車? お母さんの実家と関係のある人?
男の子も執事の後から奥様の方へ小走りに進んでいるが、マルちゃんとすれ違いざまに止まった。
「あ! 馬車から助けてくれた、狼の人!」
「馬車の前に飛び出していた坊主か」
知り合いだったのね。あれ、持ってたトレイがないよ。
男の子のトレイはブッフェ台に置き忘れられて、さっきまで隣にいた従者が、それを回収していた。
侍女は飲み物の方へ行き、グラスに氷を入れて水を注いでいる。
「この子を助けて下さった方ですか? 何とお礼を言ったらいいか……」
また立とうとして、執事に止められる。マルちゃんは男の子と一緒に、再び奥様の席へ行った。
「気にするな。それよりも自分の体を大事にしろ。子供に心配を掛けるぞ」
「……はい。ごめんね、ちょっと疲れただけなの。大丈夫よ」
子供の頭を優しく撫でる。男の子は安心したように頷いた。
「あの、ところでファーナー伯爵家を知っているんですか?」
ちょっと気になったので、聞いてみよう。馬車を見たら眠れなくなるって、何かあったのかな。
奥様と執事は顔を見合わせ、困ったような表情をした。
「居合わせただけで立ち入った質問をするな、礼儀のなってないヤツだ」
「だって、お母さんの実家のことだし、気になったんだもん」
私が唇を尖らせていると、奥様は目を大きく開いて驚いていた。
「お母さん? あの、貴女は……?」
「ソフィアと言います。お母さんはファーナー伯爵家の人だったらしくて」
「まあ、お姉様の! お姉様も帰っていらしているの? 駆け落ちしたと聞いて心配していたの、私は昔、とても良くして頂いたのよ」
お母さんのお友達なんだ! お姉様って呼ぶなんて、かなり親しいのね。
嬉しいけど、でも……。
「あの、……申し訳ないんですが、父と母は事故で亡くなりました。……私だけです」
喜んでくれたのが一転し、目の前の女性は顔色を失った。
具合の悪い人に教えたくなかったけど、仕方ないよね……。
「奥様」
執事が心配そうに声を掛ける。
「あ、あの。でも父と母は、仲良く荷馬車で行商していたそうです。亡くなるまでは、幸せでしたよ」
きっとそう! せめてもの慰めになればいいんだけどなあ。
「……そう、なのね。ごめんなさい、ソフィアさん。貴女の方が辛いわよね……」
頬に一筋、流れる涙。私は記憶もないし、辛くなくてごめんね……!
「母上、悲しいのですか」
男の子が両手を握った。優しい子だ。
「大丈夫、大丈夫よ……。ソフィアさん、宜しかったらお姉様のお話を、聞かせて下さいね」
「え、と……」
聞かせるも何も、記憶がない……!
「コイツは用があって、そのファーナー伯爵家に向かっているところだ。また今度な」
「そうなの。その後にでも、うちの屋敷を訪ねてね」
マルちゃんナイス! と、思ったけど家に誘われちゃった。
バイロンが待ってるんだけどなあ、行った方がいいかな。断ったら今度こそ倒れちゃいそう。線が細い人の頼みは、断り切れないね。
奥様は子爵夫人で、ここより南に住んでいると教えてくれた。実家の後に、寄らないとなあ。お話はここで終わりにして、食事の続きをする。
終了時間になっちゃうからね、おかわりしないと!
子爵家の場所は伯爵家の執事達も知っているから、行くのは問題ないよ。
ご飯もしっかり食べたし、張り切って出掛けるぞ。
町を出てると田んぼが青々と広がっていた。まだ植えたばかりかな。
反対側から四頭立ての大きな定期馬車がやって来た。この広い道は定期馬車の運行ルートで、見通しがよく安全。商人や旅の人も多く使っていて、追い抜いたりすれ違ったりしている。
出発が予定より遅れたけど、昼過ぎにファーナー伯爵家に到着。
二階建ての広いお屋敷で、庭ではバラや大輪のダリアが華やかに出迎えてくれた。
鉄の門を門番が開いてくれて、馬車が滑り込む。
さて、待っているのはどんな人達か。
マルちゃんと一緒だもん、大丈夫だよね!
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