第73話 叔父さんち!

 帰ろうかと思ったんだけど、お食事を用意しているからと、子爵夫人に引き止められた。そろそろお昼なんだな。ダイニングを兼ねた広い応接間へ移動した。

 男の子は先に椅子に座って、待っている。女の子はいないね。自室で食べるみたい。やっぱり私達がいない方が、いいんじゃないのかな……?

 今更断れないし、勧められるままに席に着いた。

 ご飯をご馳走になりながら、お母さんの昔話を聞く。


 夫人は小さい頃からお友達で、お互いの家でお茶会を開いて招待し合ったりしていたらしい。義祖母が来てからはあまりお茶会が開催されなくなり、家に居辛そうにしていたお母さんを元気づけようと、用事を考えてはこの子爵邸に招待していたんだとか。

「それで、この押し花の栞や、花茶を頂いたのよ」

「栞は私も頂きました」

 花茶も好きだったのね。お花の好きな、オシャレな人だったようだ。


「全然わからない話ばっかり。狼の人、うちのお食事はどうですか」

 男の子には退屈だったね。ステーキをナイフで切っている。

「うまい。やはりステーキだな」

「僕はハンバーグの方が好きです」

 私もハンバーグの方が好きだな。付け合わせにふかしたジャガイモがついていると、もっと嬉しい。

「お口に合って良かったですわ」

 夫人はクスクスと笑っている。ちょっと元気が出たみたいで安心した。あとは薬がちゃんと効果を発揮することを、祈るしかない。


 食事の間、男の子はマルちゃんに旅の話をしてもらっていた。

「いいなあ、僕もこの国から出て冒険したい!」

「その為にはしっかり食べて、訓練と勉強もしろ」

「勉強も~?」

 そういえば来た時も先生から逃げようとしていたよ。勉強は苦手なんだな。ニンジンをフォークで刺しながら、不満そうにしている。

「知識は必ず役に立つ」

 マルちゃんが言うと、説得力があるわ。私も頑張ろう……。


 食事の後にデザートのプリンとフルーツも美味しく食べて、花茶を頂いた。ジャスミンのお茶は白い花が浮かべてあって、爽やかな香りがする。味は……、うん、なんかお茶だ。とにかく香りがいい。

「ご馳走様でした!」

 ふっくらと綻びかけた花のつぼみのような形をしたティーカップを置いて、席を立つ。


「では、お父さんの実家に帰ります。ありがとうございました!」

「また来てね、狼の人とお姉さん」

「しっかり勉強もしろよ」

 夫人と男の子、それから数人の使用人に見送られて外へ出た。玄関を過ぎたところで、マルちゃんはまた羽の生えた黒い狼の姿になった。

 私が乗ると、二、三歩助走して空へ駆けていく。

「お気をつけて」

 玄関先で見送ってくれている。二階の窓からは、女の子が白いレースのカーテンの隙間から、こちらを覗いている影が浮かんでいた。


 東にはウルガス湖が広がっていて、キラキラと反射する湖面が遠くに見えている。

「は~、なんか随分と色々あった気がする! バイロンへのお土産話が、たくさんあるね」

「……お土産話どころじゃない。ロンワン陛下への謝罪を、仲介してもらわないとならない。お前、あのまま済ませるつもりか」

「えっ、ダメなの?」

 怒らせたのは私じゃないのに……。だから代理で召喚するのって、リスクがあるんだよ。もう。

「当たり前だ! バイロン様のお立場も考えろ、相変わらずのノーテンキめ!」

「ふぁ~い……」

「気の抜けた返事をするな!」

「はいっ!」

 なんか怒られてばっかりだなあ。マルちゃん、短気すぎない?


 馬車と違って、マルちゃんに乗って飛ぶのはやっぱり速いね。もう村が見えて来たよ。近づくと、また竜人族の二人が子供と遊んでいる姿が目に入る。

 彼らはヒマなの?

 と思ったけど、雰囲気がちょっと違う。もう一人いるね。

 アンドレイとデイビッドより背が少し低く貫禄たっぷりの、巻きスカートをはいた竜人族が、腰に手を当てて仁王立ち。二人はその前で小さくなっている。

「いつまで遊んでんだい、このバカ息子共が!!!」

 お、お母さんなんですね……。ご立腹です。そりゃそうだ、兄弟は立派な大人だと思う。子供と一緒に遊ぶ年齢ではない。

「母さん……」

 二人も母親が怖いらしく、弱気な声で呟く。

「ろくに狩りの獲物もないし、おかしいと思った。遊びほうけているとはね……。帰ったらお仕置きだよ!」


「ごめんよ、魚を獲って来るよ」

 兄のアンドレイは、泣きつかんばかりの勢いだ。余程怖いらしい。

「兄者は漁だな。僕はちゃんと、動物を探す~!」

「じゃかあしいわ! 帰るよ!」

 子供達はポカンとしてる。あれ、叔父さんの子の、ニーナとニコルがいないな。塾は午前中の筈だし……、家でお手伝いをしているのかな?

 二人が恐怖の大王に連れ去られる、その時。

「兄ちゃん達は、お手伝いをサボって遊んでたの? それはダメだよ、みんな家の手伝いや勉強をしてから遊んでるんだよ」

「そうよ、私もちゃんとおうちのお手伝いをしたわ」

「オイラはこれから」

 大変、子供の方がしっかりしている。援護じゃなくて、集中砲火でした。これじゃ二人は、反論もないだろう。


「聞いたかい。人族の子供だって仕事をしてんだよ。お前達と来たら、サボることばっかり考えて」

「……ごめん……」

 さすがに少し反省したみたい。村の中でマルちゃんから降りたけど、話し掛ける雰囲気じゃないよ。

「おばちゃん、兄ちゃん達もお手伝いしたら、一緒に遊んでいい?」

 子供の一人が、母親竜人族に尋ねる。この兄弟って、なぜかこの村の子供に人気なんだよね。来られなくなったら寂しいんだろう。

「いいけどねえ、あたしらは他に頼らず、自分達で食料を確保するようにしてるんだよ。ただでさえ大食らいのクセに、この子らが遊んじゃったら食いっぱぐれるんだ」

 ……責任重大だよ。何遊んでんの、二人は。マルちゃんは冷ややかな視線を向けている。


「食べ物……。そうだわ。村の畑の近くにある、ブラックベリーを一緒に摘もうよ。みんなの木なの。食べる分くらいなら、採ってもいいんだよ」

「本当? なら僕も、貰っていいかな」

 女の子の提案に、弟のデイビッドが乗っかる。

「川の向こうの森の方が、狩りの獲物がいるって父ちゃんが言ってた。畑を手伝うと、野菜や果物を貰えるよ」

「へえ、野菜や果物が。アンドレイ、どっかで畑を手伝って来な。あたしは肉を獲ってくる」

「解った、母さん」

 母親は兄弟にしっかり仕事をするよう言いつけて、森へ向けて去った。

 それぞれ食料を得る為に、二人は子供達の案内で別々に移動する。


 私はマルちゃんと、お父さんの実家へと戻った。バイロンへの報告はこの後で。彼は私のいない間、何処かへ出掛けている。

「ただいま~!」

「お帰り、ソフィア。大丈夫だった? 嫌なことはされなかった?」

 お婆さんが心配して、すぐに玄関まで迎えに来てくれた。

「大丈夫。伯爵様の夫婦は、いい人達だったよ」

「やっぱりバアさんだけが問題なんだな。大人しく隠居すればいいのに」

 叔父さんはお婆さんの後ろで頭を掻いている。いつもの元気な子供達は?

「これでもう解決ですから。ところで、ニーナとニコルはどうしたんですか?」

 遊びに出てるにしても、外で見掛けていないよ。


「実はねえ、ニコルが高熱を出してちゃったの。念の為に、ニーナも家で大人しくしているのよ」

「薬はありますか?」

 教えてくれたお婆さんに尋ねる。高熱か、それは心配だよ。私の持っている薬だと、ちょっと弱いかも知れないな。

「……それが、熱冷ましの効果が無くてな。シシンヌ草やシュヌー樹の実が欲しいと、薬草医に言われたんだ。東の森の奥で採れるんだが、奥まではなかなか……」

「私が採ってきましょうか? 冒険者ですし!」

 これは役に立てそうな予感! 高熱が続くのは危険なんだよね。私の持っている解熱の薬を渡して、これも試してもらう。その間に、薬草をゲットだよ!


 すぐに向かおうと玄関で回れ右したら、後ろからお婆さんが呼び止める。

「今日はもう日が暮れちゃうから、明日になさい」

「でも、急いだ方がいいですよ!」

「あのな、ソフィア。夜の森で薬草なんて見分けられないぞ……」

 そうだ、真っ暗だもん! 叔父さんが呆れた声だ。マルちゃんはと言うと。

「試してみればいいんじゃないか。一人で」

 見放された~! 私だって山奥に住んでたんだもん、冷静になれば夜の闇の深さくらい解ってるよ!

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