第74話 兎人族の村
薬草探しは明日の早朝に出よう。まずはニコルの部屋を覗く。
奥さんがついていて、汗を拭っていた。顏も赤いし、まだ高熱が続いているみたい。布団を掛けているけど、熱に浮かされた様子で寒いと呟いている。
「寒いのかあ……、そうだ魔石は?」
魔石に火の属性を入れて、暖を取る方法があるよ。
「まだ寒い時期じゃないから、用意してなくて……」
そうか。何も入ってない魔石でもあればなあ。
「これから入れてもらうのに、石はいくつかあるのよ。自分で石を用意した方が、安上がりだから」
あった。なら出来るよ! 先生の塾では、生徒が交代で入れていたもん。
「なら俺が入れようか。火だろ」
「本当ですか!? 助かります、お願いします」
奥さんは喜んで、石を取りに部屋を出た。手柄を取られてしまった……。
これは薬草を手に入れて、いい所を見せないとね。
薄く開いたままの扉からは、姉のニーナが顔を出していた。
「ソフィアお姉ちゃん、ニコル……大丈夫かな……」
「大丈夫だよ。明日、私が薬草を採ってくるね!」
「本当!? ありがとう、冒険者ってかっこいいね」
安心して自分の部屋へ戻って行く。やっぱり心配なんだね。
入れ違いで奥さんが、魔石を持って戻った。マルちゃんが魔石に火の属性を入れると、魔石は熱を帯びて仄かに赤く光る。熱い程じゃないな、マルちゃんは調整が上手だな。これをタオルに包んで布団に潜らせると、ぽかぽか温か!
ちなみにすぐに使わない時は、魔力を通したら温かくなるようにする。これが職人さんの技なのです。
その夜ニコルはお粥を少し食べて、私が持っていた薬を飲んだ。
奥さんは夕べも、あんまり寝てないんじゃないかな。日が昇るのが待ち遠しいよ。
朝、お婆さんが私におにぎりを持たせてくれた。お弁当だ!
「森には村があるのよ。棲んでるのは獣人族なの。人を警戒するところがあるから、揉めないように気を付けてね」
「兎人族ですね。この前の蛇退治で会いました。びっくりさせないようにします」
森に棲んでいるなら、薬草の生えている場所を知っているかも。兎人族の村を目指す手もあるね!
太陽が地平線から姿を現していて、空の紺が白く染められていく。夜は遠くへ追いやられる。村の外で冒険者らしき一行が夜営をしていた。
空に出るとすぐ視界に入るくらい、森は近い。もう出発している荷馬車は、遠くへ出かける商人のだろう。
森の中の適当な空き地に降りる。
まだ薄暗い場所も多く、朝露に草が濡れている。
「森の奥で採れる薬草らしいけど……、どの辺かなあ」
「歩いてみるしかないだろうな」
私はその薬草を知らなかったんだけど、マルちゃんが覚えていた。またもやマルちゃん頼み。夕べの内に絵に起こしてもらって、勉強はしたんだよ。ただ、マルちゃんの絵が下手過ぎて、よく解らなかった。
歩いても歩いても、誰にも会わない。目当ての薬草もない。毒草なんかを見掛けているから、採取する時は間違えたら大変だね。探し歩いて、けっこうな時間が経過していると思う。そろそろいったん休もうかな。
「うーん……、薬草はないが、話に聞いた兎人族の村らしきものはあるな」
木が少なくなったと思ったら、人の背ほどの柵に囲まれた村が現れた。
何軒か家が建っていて、敷地内に畑や井戸、それから壁のない屋根の下には薪がたくさん。背が低く、細い葉が幾つも集まったような、白っぽい木もあちこちに生えている。
「薬草の情報を聞けないかな」
「そうだな、情報が得られたら助かる」
「じゃあ挨拶してみるね。おはよーございます、どなたかいらっしゃいますか~!」
門の前に行って、なるべく大きな声で呼び掛けた。返事がないね。内側から鍵がかけてあるのか、全然開かない。空から入っちゃおうかと思うんだけど、それじゃ不審者になっちゃうか。
「人族だな、何の用だ!」
ついに第一村人発見! でも歓迎されていないような。
「おはようございます。薬草を探している冒険者です。シシンヌ草と、シュヌー樹の実がどこにあるかご存知ですか?」
「……シュヌー樹は、我々が育てている木だ。また奪いに来たのか!?」
質問しただけなのに、怒らせちゃったよ! 略奪した人がいるのかも。
森に普通に生えているんじゃないのかな、そういうのの生息地を教えて欲しいだけなのに。誤解を解かないと!
「奪うなんてとんでもない、自生しているのを探します」
弁解しようにも、兎人族の男性は仲間を呼んでいる。家の中から武器や鉄の農具を持った、兎人族の男性が次々と姿を現した。弓を持つ人もいて、臨戦態勢です!
「どうしよう、マルちゃん」
「……お前はトラブルを呼ぶ天才だな」
マルちゃんは丸っきり他人事。関係ないとばかりに、そっぽを向いている。
不可抗力だよ、こんなの~!
「喋る魔物だ、注意しろ!」
兎人族の警戒が強まってしまった。話すほどドツボにハマるような!?
とはいえ彼らは門の中で、私達は外だ。接触しなければ大丈夫だろう。
仕方ない、このまま入らないで通り過ぎよう。村にあるんだし、きっとこの近くにも生えているに違いないよね。
「行こうか、マルちゃん」
「それが一番だ。判断が遅いと怪我をするぞ」
ならマルちゃんから、諦めようって言ってくれてもいいのに。
村から離れようと、柵の横を歩いてまた森へ入って行く。後ろを向くのが怖いな。何か飛んできそう……。
「あっ、この前の人族と魔物! みんな、この人は悪い人族じゃないよ」
蛇退治の依頼で会った、キュロットパンツを穿いたピンクの髪の、兎人族の女の子! 救世主に見える!
「え? じゃあ、あの人がお前を助けたって人か?」
「そうだよ。あの魔物も、襲ってなんかこないよ」
いきり立ってた人達の雰囲気が和らいだ。女の子が一生懸命、私を庇てくれている。疑いが晴れたかな?
「むしろ恩人だから、追い返さないで~!」
「そうです、私は悪い人間じゃないんですよ」
私も柵の外から無害をアピールして、両手を開いて顔の高さに上げる。
「うん、単なるちょっとアホな子か。誤解してごめんよ」
安心したら、これだよ。アホな子に謝ってよ!
「そうだ、ちょっと頭と危機感の足りないアホな子だ。コイツは騙して奪うなんて高等技術は、持ち合わせていない」
マルちゃんがフォローにもならない弁明をした。兎人族は近くの人と顔を合わせて、良かったと肩の力を抜いて話をしている。誰かそんなことないよって、庇ってくれないかな~!
一人がすぐに、門の鍵を外してくれた。
紆余曲折があったものの、村の中へ招き入れてもらえたよ。こうなるとみんなフレンドリーで、気軽に声を掛けてくれる。
「あの子を助けてくれてありがとう」
「ささ、こっちへ座って」
村の広場にある椅子とテーブルの所へ案内され、飲み物まで用意してもらえた。なんでクルミをくれるんだろう?
さっき私を助けてくれたピンクの髪の子が、他の人を追い払って近づく。
「ビックリしたでしょ、ごめんね。警戒は強いけど、本当は仲良くしたいのよ。ただね、シュヌー樹の実は高熱の薬になるから、どんどん採られちゃって。私達のまで奪いに来る人がいるの。村の大事なお薬なんだ」
皆で大切にしてるんだね。女の子の横に、最初に奪いに来たのかと疑いを掛けた人も並んだ。申し訳なさそうに、頭を下げてくれる。長いお耳がシュンと曲がってるよ。兎人族はポーカーフェイスが難しそうだね。
「依頼で来るような冒険者には、ロクな倫理観のない奴がいるからさ。ええと、何ちゃんだっけ」
「ソフィアです」
「ソフィアちゃんね。一つ二つなら、分けてあげるよ」
情報だけでも良かったのに、実物が貰えちゃうの!? やった!
「本当ですか、ありがとうございます! 従兄弟が病気なんです、その子の分だけでいいの」
「従兄弟の為に!? これは立派な人族だ……」
「病気の子供の薬を、森の奥にまで採りに来る……、簡単に出来ることじゃねえ」
あれ、何で泣きそうになってるの? 目頭に指を当て、周囲の人が大げさに感動している。劇の見過ぎじゃない!?
「聞いたよね、みんな。シュヌー樹の実をあげよう! それと、シシンヌ草って言ってたよね」
「う、うん。シシンヌ草。どこに生えているか知ってる?」
あまりの展開に、忘れかけたわ。ちゃんと両方持って帰らないと!
ピンクの髪の子の問い掛けに、近くにいた男性が一歩前に出て答えてくれる。たれ耳兎族。体はガッチリ体型なのに、耳が可愛い。
「川の方で、森から出る直前くらいによく生えてる」
「本当!? 助かります、採りに行ってくる!」
この広い森を探すんじゃ、大変だと思ってた。これで早く見つけられるね!
「じゃあこれ。シシンヌ草もあるといいね」
「ありがとうございます!」
村の人がシュヌー樹の実を二つ、持って来てくれた。大きな梨くらいの大きさの、固そうな木の実だ。
さあ次はシシンヌ草を手に入れるよ。
せっかくのジュースを飲んで、出発! 野いちごジュース、濃くて美味しかった。
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