第116話 ついにサバトが開幕!

 私のじゃないけど依頼も済んだし、今朝はゆっくり起きた。冒険者にはまだ休んでいてもらって、私は約束した朝食の準備を開始した。

 火を起こして、野菜を切る。

「おはよ~、どうだった? あれ、冒険者さんは?」

 畑の持ち主だろうか。鍋を持ってこちらに来る人影がある。

「それがですね……」

 

 私は昨日のいきさつを説明した。

 泊まる場所がなかったのでここで休ませてもらい、ともに魔物を討伐したこと。そしてカリカンツァリという山羊の魔物が現れたけど、畑を荒らしていたのはただのタヌキに違いないという結論を伝えた。

「そりゃありがとう! タヌキか、ネットを張るよ。それとその魔物、もしかしたら近くの村で森を荒らして、家畜を食べた魔物じゃないかな。そんな山羊の魔物の噂を聞いてる」

 やっぱり今回の依頼とは関係なかったね。ギルドに依頼を出すと話していたらしい。近くの町のギルドで報酬が出るだろうと、教えてくれた。

 約束なので、今回の依頼主さんからも報酬が少しもらえる。冒険者を起こして、この先の相談は当事者同士でしてもらおう。


「あ、これはスープ。多めに作って良かったよ、一緒に食べくれ」

「ありがとうございます! お野菜も頂きました、とっても美味しかったです」

 鍋を受け取ると、農家さんはテントの中へ入って行った。

 私は朝食作りの再開だ。卵とトマトの炒めものを作り、ハムと頂いたキュウリを買っておいたパンに挟む。朝食の完成だね。スープに使う予定だった玉ねぎは、そのまま焼いて食べちゃおう。

「肉がない」

 マルちゃんが不満をこぼす。

「今日はないよ。ハムとスープ用だったベーコンで我慢してよ」

「ハムもベーコンも、薄いなあ……」

「サンドウィッチだもん、こんなもんだよ」

 お肉はしょっちゅう食べてるのに、まだ食べたいのかな。


 マルちゃんがごねている間に報酬額が決まったみたいで、依頼主の農家さんが出てきた。続いて冒険者と小悪魔も姿を見せる。

「お嬢さんも手伝ってくれたんだってね、わずかだけど報酬を用意するよ」

「いらん、場所を借りた礼だ」

「でも悪いから」

 勝手に断られた。ここで私が頂戴っていうのもなんだかな。

「……そうだ、野菜を分けてください! サバトの手土産になりそうなの」

「野菜か。それならトウモロコシとトマトをあげよう、皆で食べるといいよ」

「やったー、ありがとうございます!」

 朝食を食べている間に、農家さんが収穫してくれる。私からお願いしておいてなんだか悪いけど、とりあえず食べちゃおう。


「うわーい、美味しそう! いっただきまーす!」

 冒険者と小悪魔は完成した朝食に喜んで、適当なところへ座った。火にかけておいたスープをよそって、台の上に並べられたサンドウィッチを取る。

「美味しい!」

「新鮮なお野菜っていいよね」

 多めに作ったはずが、すっかり完食。私達が野菜を喜んで食べるのを、農家さんは嬉しそうにしていた。大きなカボチャも一つくれたよ。

 夕方からはサバトだ。会場はここから徒歩二時間くらいかかかる。

 サバトでまた会いましょうと、彼らとはいったん別れた。


 しばらく時間を潰して、早めに待ち合わせをした村の入り口で待つ。この村に案内してくれた冒険者が、引き続き会場まで案内してくれる。先に着いたのは私達だ。

「お待たせ!」

「いえいえ、宜しくお願いします!」

 程なくやって来た二人と、ついに会場を目指す。前にも後ろにも悪魔連れが歩いてる! 尻尾が揺れて角や羽が生えてる小悪魔。ワクワクするね。

「うひゃー、貴族が参加するサバトなんて久しぶり……! 皆の反応が楽しみだな」

 小悪魔はニヤニヤと意地悪い笑顔を浮かべている。

 森へ続く砂利道を、どんどんと奥に進む。夕方なのに薄暗いよ。

 しばらく歩いたら、ついに開けた場所に着いた。ここが会場だ!


「どうも、あ……!」

「来た……、いやいらっしゃった、貴族の方だ!」

 受け付けをする人が、前の人が渡した招待状を落として慌てて拾う。

「招待状はないんです。参加させてください!」

「もちろんです、契約者様でしょうか?」

 おお、私まで様付けだ。

「はい、ソフィアです。こちらはマル……」

「マルショシアス。侯爵だ」

 騎士姿になりながら名乗るマルちゃん。私がマルちゃんって言っちゃうと思ったんだね。正解だよ、危なかった。


「侯爵様だ!」

 会場は一気に盛り上がる。確かにいるのは小悪魔ばかりだ。

 どうぞと案内されて、用意してある席に座った。主催がすぐにあいさつに来て、お酒を運ばせてしまって申し訳ありませんと平謝り。

 迂闊に引き受けて、悪いことをしちゃったな。

「構わん、ついでだ。俺も飲むしな」

 すぐにマルちゃんのお酒が用意され、おつまみのチーズや枝豆がテーブルを飾る。

 マルちゃんにあいさつしたい人がどんどん集まって、私まで契約者様ってちやほやされちゃうよ。これはスゴイ。

 毎回ここで開催されるから、森の中なのにレンガで釜を作ってある。今焼いているのは、ピザだ! これは楽しみ。


「侯爵様、こんなところまでようこそおいでくださいました!」

「マルショシアス様、もっとお飲みになりますか? すぐにお持ちします」

「契約者様もどうぞ、遠慮なさらず!」

 私もお酒を勧められたので、果実酒を頂いた。さっきの村で作っている特産品だと説明してくれる。美味しいし気分がいいなあ。

「マルショシアス様じゃないッスかー! 堕天したってマジだったスねえ」

「……そういえばお前も堕天してたな」

 ビールを片手にマルちゃんが呆れた声を出した。天使時代からの知り合いかな? 小悪魔にしては魔力がある感じなので、デーモンの上の階級、デビルだろう。

 マルちゃんの嫌そうな表情にもヘラヘラした笑顔で、全く動じた様子がない。

「マルショシアス様も悪魔、似合ってますよ!」

「ほっとけ。お前らが堕天して、俺まで堕天したと勘違いされて天を追い出されたんだからな」

 

 どうやらこの小悪魔は、天でのマルちゃんの部下だったらしい。

 部下がたくさん堕天して、マルちゃんも堕天したと勘違いされ天の籍を抜かれて帰れなくなたっと、以前話していた。

 堕天にされちゃった一因じゃない、よく平気で話し掛けるなあ。

「天だと規律が厳しかったッスからね、楽しみましょうや」

「ご機嫌だな。他の連中はどうしてる?」

「だいたい地獄で好き勝手やってますよ。ノルマでヒイヒイあがいてるのもいるッスねえ」

 小悪魔は上納金を払わなきゃならないんだよね。人間の世界には出稼ぎに来ているようなもの。マルちゃんは、そういう苦労はもうない階級だ。代わりに上の人達に振り回されたりするわけだ。


「こちらが契約者の方! マルショシアス様はこう見えて世話焼きで、見捨てることができない性分なんッスよ。もう安泰ですね、いいな~」

「うるさい!!!」

「マルちゃん、部下にも見抜かれてるね」

 なんでマルちゃんって、元部下の小悪魔にもからかわれてるんだろう。このくらいで本気で怒らないし、優しすぎるんだねえ。うんうん。

「おおい、侯爵様がおいでなんだし、皆で踊ろう!」

 誰かが声を掛けて、小悪魔が輪になって踊り始める。勝手に飛び跳ねたり回ったりして、動きはバラバラ。でもそれが不思議なバランスで面白い。

 マルちゃんの元部下の小悪魔も、輪に加わって自由気ままに踊っていた。


 小悪魔が馴れ馴れしく接したからか、緊張していた人達も最初よりマルちゃんに親し気に話し掛けるようになった。

「契約者様、私が焼いたクッキーです」

 女性の召喚師が、ハンカチに包んだクッキーをくれた。そうだ、私も差し入れがあったんだっけ。いきなり騒がれちゃったから、渡しそびれていたよ。

「今更なんですけど、これトウモロコシとトマトです。それとかぼちゃ。皆で食べてください」

「ありがとうございます! 侯爵様の契約者様から、差し入れです~」

 会場がわあっと盛り上がる。

 トウモロコシは焼いて、トマトは生のまま丸かじりする。

 

「侯爵様だったんですね……、失礼しました!」

「知らなくて、すみません~!」

 私もトマトをかじっていたら、畑で一晩ともに過ごした冒険者と女の子の小悪魔が、マルちゃんに謝罪にやって来た。特に失礼とかはなかったよ。

「気にするな」

「契約者さんがマルちゃんと気軽に呼んでいるから、下位貴族なのかなって軽く考えちゃいました……」

 うわ、マルちゃんの視線が冷たい。お前のせいだと言っている。

「だって、マルショチアスって言いにくいんだもん」

「マ・ル・ショ・シ・ア・ス、だ! お前は俺の名前も呼べないのかッッ! 正しく発音しなければ、地獄へ戻ったら召喚には応じないからな」

「お酒を飲んだからだよ、普段はちゃ~んと言えるよ」

「どうだか」


 呼ぶ練習をしておいた方がいいかな。

 周りの人達は、私達のやり取りを楽しそうに眺めていた。

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