第115話 畑を荒らす魔物
村外れにはテントが何張か立っていた。サバトに参加する人かな。
ぽつぽつと家が離れて配置されている、人口の少なそうな村の居酒屋は大盛況。お客は小悪魔と人間だし、やはりサバトが目当てだろう。
宿は既に満室で、本日は泊まれない。一日だし野宿でいいか。
のほほんと皆のテントから離れた場所を探した。雑木林の間を抜ける道を歩いていると、反対側から小悪魔と人間が歩いてきてすれ違う。どっちもマルちゃんを振り返ったから、契約者の方も貴族って分かったのかも。
貴族だって勘付く人と気付かない人がいるから、見ていて面白いな。
薄暗い道を抜けるといきなり視界が開けて、数軒の民家がぽつりぽつりと明かりを灯していた。
低い木が整列しているのは、果樹園かな。置きっぱなしの木箱が積んである。見ると茂った葉に隠れて、小さな実がなっていた。これはナシだ、これから成長するんだね。下草が畑の途中までキレイに刈ってある。
細い道が伸びていて、果樹園の先は広い畑だ。花が咲いているもの、ただの草みたいなもの。色々な作物が植えてある。背丈より高くて細い茎が、壁のように何列も伸びている。
「こんなところで寝泊まりしたら、野菜ドロボウと間違えられちゃうかな」
「まあな……、収穫時期の作物も多そうだしな」
野営するのは良くないかも。火を勝手に焚くのも気が引けるな。
薄闇に包まれた畑には、野菜の影が濃く落ちているだけで人の姿はない。誰かいたら尋ねたいんだけど……、おっと野菜の向こうにテントが。
「誰かいるね。ちょっと行ってみよう」
空いた土地にテントを張り、細い枝を集めて焚火の準備をしている男性を発見。小悪魔と一緒なので、やはり明日のサバトの参加者だ。この村にたくさんいるんだね!
「お、アレか?」
私達を確認した男性が、抱えていた小枝を地面に投げてこちらを向いた。
「違うよ、貴族悪魔だよ」
「貴族!?」
女の子の小悪魔と話をしている。誰かを待っていたのかな。二人の視線の先には、狼姿のマルちゃんが。
「あの、ここら辺で野営してもいいんでしょうか? 宿がいっぱいで」
「そういうことか~。俺の近くなら問題ないよ。畑を荒らす害獣が出るから、見張りを受けたんだ。なんか見掛けたら教えてね」
「了解ですっ!」
なるほど、依頼を受けて畑にいるのね。それなら野菜ドロボウと間違えられることはないね。土が固められている耕作地ではない場所に、身を置かせてもらうことにした。火も使わせてもらえるし、助かるね。
しかも依頼主の農家さんから売れない野菜の差し入れがあったと、私達にも食べさせてくれる。スープ、鉄板焼き、夕飯は野菜がたっぷり。これはお礼に、しっかりと見張りのお手伝いもしよう。
依頼は見張りだけだと、お小遣い程度しかもらえないそうだ。害獣を駆除したり、正体を確かめたりできれば追加報酬がもらえる。これは気合が入るね。
「村にはサバトに行く人がたくさん集まってますね」
「ここが一番近いからね。開催は明日の夜からだけど、昼から集まって遊んでるヤツらもいるよ。半年に一回だからね、本当に楽しみにしてるんだ」
「偶然この辺りを通り掛かって、ついてました!」
期待値が上がるね。夜通し騒ぐみたいだから今晩はゆっくり寝ておいて……、ってわけにはいかないんだっけ。
「強い天使がいるから、貴族悪魔はこの国に居付かなくてな。貴族の参加があるなんて、皆が喜びます!」
マルちゃん大歓迎だ。マルちゃんはまあな、と軽く返事をしただけだった。私だったらこんなに期待されたら照れちゃうのに、マルちゃんはクールだな。
見張りを途中で交代しようと申し出たけど、自分で受けた依頼だから大丈夫だと断られた。退屈だろうから夜更けまでお話しして、明日の朝食を私が用意することにした。
焚き火に葉や枯れ枝を投下する。脇には集めた枝の他に、刈り取って枯れた草が積んであった。とはいえ焚き火をするには暑い季節だ。
「ふあぁ~」
大きなあくびが出てしまった。もう眠いや。
「僕らのことは気にしないで、休んでください」
「ワタシも見張ってるし! 明け方には仮眠を取るから、平気よ」
冒険者と小悪魔が気を遣ってくれる。遠慮なく休ませてもらおう。立ち上がって、私の小さなテントへ入ろうとした。
「待て。ついにご登場だ」
のんびりしていたマルちゃんもスッと立ち、畑と民家が途切れた方へ視線を向けた。闇に光る、小さな二つの金色の瞳。
「魔物か、ネコや犬よりも背が高そうだ。油断するなよ」
「おう! ワタシの活躍の時間だよー!」
小悪魔の女の子は、そう叫ぶと巨大なコウモリに姿を変えた。黒い羽を動かして、魔物へとまっすぐに飛んで行く。
マルちゃんはまだ様子見をしていて、敵の正体を探っている。
バサバサと羽の音が続いた。接触したのか、魔物の鳴き声と地面を蹴って暴れる音も聞こえてきた。
「ヴェェエエェ!」
バタンバタンと物音はすれど、目を凝らしても闇の中では何が起きているのか、ほとんど分からない。
パコン。
当たったのかな? コウモリが出す音じゃないから、攻撃されたのは小悪魔だろう。コウモリが慌ててこちらへ逃げてくる。
「キイ、チチチ……」
「危険な魔物みたいだな……」
「鳴き声からして、山羊系か?」
冒険者の呟きに、マルちゃんが答える。焚火がパチパチと拍手のような音で燃えている。
「ぴゃあ、凶暴なもじゃもじゃ山羊だよ。
巨大コウモリはすぐに女の子の姿になった。コウモリだと喋れないのかも。
魔物の姿が徐々に光に晒される。
後ろ足で立って歩く毛深い山羊。あご髭が長い。蹄は二つに割れていて、背は人間より少し高いくらいかな。
「……カリカンツァリ。森や作物を荒らし、果ては家畜を殺し人も
「そんな危険な魔物なんですか!? 夜のうちに畑が荒らされる、としか話がなかった……。人や家畜の被害は聞いてない」
冒険者が驚いてマルちゃんを振り返った。マルちゃんは狼姿のままで、カリカンツァリを見ている。
「……魔物に荒らされた、というには妙だな。被害が少な過ぎる」
「じゃあ、他にも畑を荒らす魔物がいる?」
確かにこんな大きな魔物が夜な夜な畑を徘徊したら、もっと分かりやすい破壊の痕跡が残りそう。ここに着いた時はもう薄暗かったけど、パッと見で目に入るほどの被害はなかった。
ともかく、まずは現れたこの魔物を退治しないとね! 人間も食べる魔物らしいし、逃したら大変だ。
「お二方は隠れていてください、僕らが受けた依頼なんで!」
「気にするな」
マルちゃんも狼姿のままだけど、やる気を出しているね。迫るカリカンツァリに、私は魔法の詠唱をした。
「ストームカッター!」
風の刃が飛んでいくけど、避けられてしまった。腕をかすり、軽く皮膚が切れたようだ。怯んだ隙に、冒険者がメイスを振りかざす。
「おりゃああ!」
スマートなコップを二つ、口を合わせたような形の武器で、カリカンツァリの山羊頭をメコッと叩いた。
「グゲエェ!!!」
叩かれたカリカンツァリは勢いで前につんのめり、そのまま四足で立った。冒険者が追撃しようとするのを察して、前に進んで頭突きを喰らわせている。
マトモにぶつかって、よろける冒険者。
コウモリ姿の小悪魔が敵に体当たりをして助けに入る。
「キイイイ!」
カリカンツァリの動きが横にそれて、冒険者は倒れずに済んだ。
タタッと走ってきたマルちゃんが横からカリカンツァリの体を銜えて、火を吐く。たまらずに暴れる相手を投げ捨て、もう一度炎をボウッと口から噴き出した。
「今だ、とどめを刺せ!」
「はいっっ!!!」
冒険者のメイスが横向きに倒れるカリカンツァリの焦げた体にめり込んで、魔物はついに絶命した。
「やった、倒したね!」
コウモリから女の子の姿の戻る小悪魔。手を叩いて喜んでいる。
「予想より危険な魔物だったな……」
「でも、畑を荒らしてたのは違うんですよね?」
私が尋ねると、冒険者は悩みながら頷いた。
「昼間も畑を確認したが、蹄の跡はなかった。食べられていたのはトウモロコシが多くて……」
畑のトウモロコシに視線を移すと、トウモロコシの木の一番上にあるススキの穂に似た花が揺れていた。何かいる!?
すぐに再び大きなコウモリに変身した小悪魔が、動いているトウモロコシの茎へと飛んだ。直後に鳴き声が響く。
「ウユーーン!!!」
今度はどんな魔物!? 焚火の火は消えていて、燃え残りの黄色い余韻が存在を示していた。
畑はしんと静まり帰っている。女の子の姿に戻った小悪魔が、小さな動物を抱えて作物を踏まないようにこちらへ歩いてきた。
「タヌキだった~」
魔物ではなく、普通のタヌキ。
「……ネットでも張ってもらうかな」
「そうですよねえ……」
結局カリカンツァリは今回の依頼とは関係なくて、偶然現れただけ!?
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