第10話 王国の危機を救え!?

「そっちに行ったぞ!」

 背が二メートル近くある、毛むくじゃらで人間のような形の、ウッドワスという魔物。今はこれを討伐している。二体をマルちゃんが倒してくれたところ。

 ヴァンダ達と別れてから、近くの町で依頼を受けて来たの。


「大気よ渦となり寄り集まれ、我が敵を打ち滅ぼす力となれ! 風の針よ刃となれ、刃よ我が意に従い切り裂くものとなれ! ストームカッター!」


 新しく買った魔法は、今まで使っていた風の刃で敵を斬る魔法、ウィンドカッターの強化版。効果が強いし、幅も広くなる。こっちは円形の刃。

 これがウッドワスにヒット……、あれ、腕に掠っただけで飛んで行っちゃった!

 ビックリしてると、風の刃は拡散して音もなく消えた。

「集中しろと言ってるだろーが!!」

 マルちゃんが後ろからウッドワスに火を噴き、のけぞったところに噛みついた。

 結局三体とも倒したのはマルちゃん。

「あのなあ、歩いてくるのを相手に魔法を外すなんざ、三流以下だ!!」

「ごめんなさい……」

 また怒られた。


 とはいえ、依頼は終了。ギルドで処理してもらって、報酬を受け取る。考えてみれば全部マルちゃんの手柄だ……。シーブ・イッサヒル・アメルは高く売れたけど、知っていたのも採取したのも、マルちゃん。私ももっと頑張らないと。

 ボードを見たけどちょうどいい依頼はないから、新しく受けずにギルドの外へ出た。ふと何かが視界に入った気がする。建物の裏側を見ると、長い尻尾が揺れていた。猫かな。二本足で立つ猫が、行ったり来たりして見え隠れしている。

「あの、どうしたの?」

「にゃああ、人間か!!」

 近づいたことに気付いていなかったみたいで、驚いてササッと後ろへ下がった。さすがに猫、動きが早い。


「ケットシーなの? 誰かと契約してる?」

「にゃにゃ、いかにも僕はケットシー。契約はまだない。僕らはこの町の外れの方に王国を作って、ひっそり暮らしてるのさ」

 猫の王国? ひっそりと王国を作れるの??

「ケットシーってのは、群れると国だと言い出す生き物なんだよ」

 後ろから狼の姿のマルちゃんが、ゆっくり歩いて来た。

「にゃわわ! 悪魔、さてはお前も僕たちをいじめに来たな! だが負けない、僕は役目をもらって来てるんだから!!」

「マルちゃんはいじめないよ、私と契約してるし。ところで、役目をもらってるの? 何をするの?」


 二本足で立つ猫はハッとして髭をピンと伸ばした。

「そうだった、僕たちの王国を壊そうとする魔物を、退治して欲しいんだった。人間にはギルドってのがあるだろ、そこで依頼すればいいんだろ?」

 ケットシーの依頼って、受けてもらえるのかしら。その辺の規定は解らないわ。獣人の依頼は受けるらしいんだけど。お金さえ払えばいいのかな?

「なんだ、魔物退治。それなら俺たちがやってもいい。話を聞かせろ」

 マルちゃんが乗り気だ。

「にゃんと、本当か? それなら助かる。ヘルハウンドが襲ってくるんだ、食べ物も奪われる。あんなの僕らにゃ倒せない」

「ヘルハウンド?」

「ブラックドッグとも言われる、黒い犬だ。夜にしか現れないが、人も殺すくらいには獰猛だな」

 じゃあ猫なんてイチコロね。この黄色っぽい毛の猫に案内されて、猫の王国へ向かった。


 人通りの少ない道の暗い路地を曲がると、何故か突然景色が変わる。反対側まで見通せる家と家の間の細い道が急にひらけて、低い家が並んで色とりどりの屋根が並んだ、小さなかわいい町になった。

「ここが僕らの王国さ。普通の人間にゃ来られない」

 不思議な空間なのね。これじゃこの町の人にも、このケットシーの王国の事は気付かれないね。

「お帰り! 強そうな魔物がきたね、安心したにゃ」

 近くにいた猫が声を掛けてくる。道を歩くのはみんな、二本足で立つ猫! お店も猫のお店。人間には小さな町を歩いていくと、前に大きい館があった。

 中から出てくるのも、毛並みのいいケットシー。


「まあ、よくやりました。この方たちがヘルハウンドを倒してくれるのね!」

「はい、伯爵さま」

「こんにちは、ソフィアです。こちらはマルちゃん。マルショシアスです」

 あぶない、でも言い直したからセーフ。私達の姿を確認した金の目をもつ黒いネコは、嬉しそうに笑っている。猫の伯爵なのね。

「よろしく頼みます。既に怪我人も出ているし、死者が出るのも時間の問題だったわ。アレは夜しか来ないから、日が暮れるまでお待ちください」

 とはいえ、猫の家は私が入れる程大きくない。外で待つしかないね。噴水のある中央広場で待つことになった。女伯爵も一緒に待っていてくれる。


「なんだかチュチョに似てるなあ」

 猫の見分けなんてつかないから、同じように見えるのかも知れないけど。

「……チュチョ? チュチョをご存知で? 私は姉のチョチョ、父から伯爵を継いだのよ」

 なんと姉弟でした。チュチョのお姉さんケットシーなのね!

「私はチュチョが契約している、エステファニア先生の弟子なんです。チュチョがケットシーだって知ったのは、つい最近なんですけど」

「あの子は騙すのがうまいのよ。やあよねえ、口ばっかり達者になって」

 いや、今まではニャアニャアしか喋ってなかったよ。でも騙すのがうまいのは本当だよね、ずっと普通の猫だと思ってたもの!

 マルちゃんは横でつまらなそうに、あくびをしている。

 

 なんだか話が弾んで楽しくなった。夕方になって、ここに食事と飲み物が運ばれてきた。ケットシーは人間と生活していたのも多いから、私が食べられる物は解っているのね。タレをつけて焼いた鶏肉とジャガイモの茹でたの、それにパンが出て来た。美味しそう。マルちゃんはお肉が好きだから、鶏肉を喜んで食べている。

 食事の後にはフルーツまで出てきた。いい待遇だなあ。


 辺りがすっかり暗くなり、家々には明かりが灯って、外を歩く猫たちの目が光って反射するようになってきた頃。

 ニャアアという悲鳴が上がった。

 ついにヘルハウンドが現れた! 普通はケットシー以外は入れないんだけど、一度外から戻ったケットシーに続いてこの中に入ってしまい、それから入り方を覚えられちゃったそうだ。

 赤い目をした普通の犬より一回り大きな真っ黒い犬が、口を開けてケットシーの王国を走り回る。噛もうと襲って来たのを、間一髪で三毛猫ケットシーが躱した。逃げようとして転ぶケットシーもいて、他の猫が慌てて助けに行く。


 ダダッとマルちゃんが走り、グリフォンに似た翼で羽ばたいて、逃げてくるケットシー達を飛び越え、ヘルハウンドに前足の一撃が炸裂。

「ギャウン!!」

 黒い犬が後ろに転がって、地面に倒れた。四本の足でタタタッと追いかけ、大きく口を開くと横になったままの体に喰らいつく。口の端から炎と煙が漏れ、噛まれたままの体がバタバタと暴れたけど、そのまま動かなくなった。


「終わった」

 ペッと、吐き出すようにヘルハウンドを投げ捨てる。

 逃げまどっていたケットシー達はあっけなく倒された仇敵にポカンとして、近くにいるのと顔を見合わせ、やがて割れんばかりの歓声が響いた。

「やった~、黒い犬が倒された!」

「これで平和が戻るニャ!」

「ありがたや。お犬様、万歳!!」

「おいっ! どさくさに紛れて、お犬様とはなんだ! 俺の体は狼だ!!」


 喜びに声を張り上げるケットシー達には、マルちゃんの怒号は聞こえていなかった。みんな嬉しそうだし、めでたしめでたし、だね。チョチョからも厚くお礼を言ってもらえて、報酬として小さな宝石と、お土産の煮干しを貰った。

 王国も救われたし、いいことをしたなあ。私達は引き留められつつもケットシーの王国を出て、町で宿を探した。

「そういえば、王様には会えなかったね。あのチョチョちゃんが仕切ってたけど」

「女伯爵がトップみたいだったなあ。元の世界の国には王が居るんだろうが、こっちはいないんじゃないか?」

「王様が居ない王国?」

 なにその炭酸がないソーダみたいなの。


「ケットシーなんざ、そんなもんだ」

 マルちゃんはそう言って、宿の部屋でドデンと寝た。召喚された獣系と一緒の部屋に泊まると、獣のベッドとして大きいクッションが置いてある。ここのはフワフワでいいって喜んでいる。

 ケットシーは基本的に力はなく、人間とも仲良くなりやすい善良な種族。魔力もネコマタなんかよりない。これも善行になったかな!?

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