第9話 『神秘なる魔女の会』のヴァンダ

 朝の気持ちいい光の中を、マルちゃんのに乗って飛んでいる。目指しているのは、森の奥の方にある村。緊急のお手紙を届けるので、普通よりもお金がいい。こういうのって、受け手が居ない時はどうするのかしら。届けられないよね。

 街道から随分奥に入った山の裾に、村が見えた。マルちゃんが連れて行ってくれてるから、きっとあの村でいいんだろう。空だと表示もないし、どのくらい進んだのか全然解らないよ。


 村の入り口に降りて、木の柵が巡らされた中に入って行った。あまり高くないから、イノシシとかの獣避け何だと思う。

 ここにはギルドはないから、直接相手の家を探すの。道を聞いておいたマルちゃんが、獣の姿のままでトコトコと歩いていくから、後を付いていく。時折村人がこちらを見ていた。あんまり訪問する人はいないのかも。歩いている間にあったお店は、色々なものが置かれた雑貨のお店と薬屋さん、こじんまりした飲食店くらいだった。


「キョロキョロばかりしてるがな、目的地はここだ」

 マルちゃんが鼻を向けてすぐ先の家をさす。木で出来たこじんまりした家で、煙突から煙が出ていた。

「あ、うん。行って来る」

 家の周りは木の柵で囲ってあって、庭が小さなハーブ園になってる。玄関の扉をノックして息を吸った。

「こんにちは、配達に来ました」

「は~い、すぐ行くよー」

 女性の声だ。パタパタと歩く音がして、玄関の扉が開く。女性の足元には茶色いネコが居て、にゃあと小さく鳴いた。

「これ、お手紙です」

「お手紙? 私に? ありがとう、師匠からだ」

 

 手紙を確認してもらって、受け取りにサインをしてもらえば依頼は終了。ギルドで報酬を受け取る。

 さ、次の町へ行こう。クルリと後ろを向いて足を一歩、出した。

「シーブ・イッサヒル・アメル!? そんなのあるわけないよ!」

 その場で手紙を読んでいた女性の、大きな声が響く。

 何事? 思わず振り返ると、マルちゃんがゆっくりこちらに歩いて来た。

「薬草だ。お前は一生、使う時は来ないようなモンだな」

「難しいお薬を作る薬草?」

「そう言う事だ。たとえば、アムリタだな。とはいえアレは水の中にあるから、採取も面倒なんだよな」

 アムリタって言うのは、四大回復アイテムの一つ。四大回復アイテムは全部特別な呪文を使うから、高度な知識と技術を持つアイテム職人さんにしか作れない。


「……水の中? 若返りの草が、水の中にあるの!?」

 さっきの女性が出てきて、すごい剣幕で聞いて来た。私は知らないよ。

「こっちだ、こっち。なんだ、知らないのか?」

「知らないどころか、シーブ・イッサヒル・アメルは専門に採取する人が居て、その人達しか生育環境を知らないの。秘密にされてるんだよ!」

 女性はマルちゃんに、必死に訴える。どうしても欲しいみたい。話を聞きたいからと、家の中に案内された。


「私はヴァンダ。『神秘なる魔女の会』っていうカヴンに所属してる、召喚術と薬草魔術をするウィッカだよ。私の先生がとても重傷の患者を診ていて、薬を作る為にシーブ・イッサヒル・アメルが欲しいらしくて。使い魔を飛ばしたりして、探してるんだ」

 使い魔でも間に合わないから手紙まで書いているなんて、よっぽど欲しくて色々な人に聞いているのね。ちなみに若返りの草って言うのは、この薬草の通称だって。

「ほう~ん。召喚術師か、それでケットシーと契約してるんだな。どうするんだソフィア、教えていいのか?」

「治療に使うんだよね。協力しようよ、善行になるよ」

「本当!? お願い、先生の力になりたいんだ!」

 すごく解る。私もエステファニア先生が困ってたら、何を置いても協力したいもの。


「私はソフィア、『若き探求者の会』に所属してます。この子は契約してる、マルショシアス。マルちゃんです」

「マルちゃんはいらん」

「よろしくマルちゃん! この子はケットシーの、ゾラ」

 さっきから彼女の近くをウロウロしている茶色い猫を紹介してくれる。猫は二本足で立ちあがって、前足で顔を掻いた。

「さすがに悪魔だね、一目で見抜かれた。ゾラだよ、よろしくね」

 年配の女性の猫だった。

「え、魔物じゃなくて悪魔?」

「なんだいヴァンダ、気付かなかったのかい。この子はお前より立派な召喚師だよ」

 

「理解したなら、マルちゃんはよせ。で、シーブ・イッサヒル・アメルだろ。この辺の山にもありそうだがなあ」

「あるの? 山にあるの!?」

 ヴァンダがしゃがんで、マルちゃんの顏に大接近。マルちゃんは嫌がって、ちょっと下がった。

「澄んだ水の中にある。そういう泉とかを知っていれば、可能性はある。少し深い場所に生えるからな、泳げなければ採れないが」

「泳げ……ない!」

 潜らないといけないと知ったヴァンダが、ケットシーのゾラに顔を向ける。

「ちょっと、アタシはイヤだからね。水は御免だよ」

 私もそんなに泳げない。となると、マルちゃんは……

「……報酬次第だよな。泳ぐのは好きじゃない」

 泳げるのね! みんなの視線がマルちゃんに集まった。報酬の交渉は、自分でヴァンダと始めた。


「まあなあ、相場を知らんから金はいらん。余った分のシーブ・イッサヒル・アメルを俺達がもらう。それと、遅くなるだろうから泊めてもらうぞ。ステーキとビールを出せ、それならいいだろう」

「ステーキとビールだね、ちょっと待ってて!」

 ヴァンダはそう言うなり、青い髪を振って外へ飛び出して行った。買って来てくれるのかな。でもまだ薬草があると決まったわけじゃないし、早いと思うんだけど。

「相変わらずの慌てん坊ね。ドアも開けっ放し」

 ため息をつくゾラ。ゾラの方が、保護者みたい。ケットシーは二本足で立てるけど、さすがに扉を閉めるのは無理だよね。私が閉めておいた方がいいのかしら。


 しばらくして、バタバタと走ってヴァンダが帰ってきた。

「お待たせー! 聞いて来たよ。ちょうどお肉もあるから、用意できるって!」

 どうやら村に一軒あった飲食店に、聞きに行ってくれたみたい。十日くらい前に解体した牛のお肉が、そろそろ美味しくなってちょうどいいんだって。明日予約が入っている宴会の為のお肉なんだけど、全部使うわけじゃないからと、料理してくれることになった。

「やる気出た。森へ行くぞ!」

 早速採取に向かう。まずはヴァンダが森で何かする時に挨拶する木があって、そこに声をかける事から始める。

 

 細い道をしばらく歩いて、分かれ道をヴァンダに付いて進んだ。ケットシーのゾラはお留守番。薄暗いのに清涼で、この森は怖さがない。聞こえるのは獣の声と、鳥の羽音。

「ここだよ」

 行き止まりになっていて、細くてたくさん枝を伸ばした木が、陽だまりの中に生えていた。若々しい緑の葉がザワザワと風に揺れる。


 ふと見ると、幹の前に立つ女性の姿があった。

「メリアス。トリネコの木の精霊だな」

 木の肌に似た薄い茶色の髪をしている、線の細いきれいな女性。彼女はマルちゃんの言葉に、柔らかい微笑みを浮かべた。

「ようこそ、地獄の方」

「メリアス、薬草を採りに来たんだけど、今日はちょっと違うの。キレイな泉っていったら、どこかな? どうしてもシーブ・イッサヒル・アメルが必要なんだ」

 祈るようなヴァンダの言葉に彼女は目を閉じ、まばたきと呼ぶにはゆっくりした動作でまつ毛を震わせた。


「私の後ろの坂を、もっと上ったところに泉があるわ。そこに生えているはずです」

「ありがとう!」

 トリネコの細い枝のような腕がしなやかに山奥へ向けられ、方向を教えてくれた。そのままスッと溶けるように姿が消える。

 精霊って師匠の山にもいたけど、もっと元気だったな。メリアスはなんだか儚く見えた。


 教えられた道とも言えないような獣道を、草を踏みながら奥を目指し、更に山登りをする。木の根っこに躓きながら、なんとか泉に辿り着いた。

 木漏れ日が水面にキラキラと反射して、とても神秘的。水は透き通っていてキレイで、手を差し入れると冷たく気持ちがいい。対岸も見えているし、あまり大きな泉ではないけれど、深さはそれなりにありそうだ。

 バシャン!

 着いた途端にマルちゃんは飛沫しぶきを飛ばして、湖に飛び込んだ。狼の姿のまま。水を掻き分けて、スイッと奥に潜っていく。飛び込んだ時の波は少しずつ収まり、波紋が広がって、岸辺で水が揺れていた。

 

「長いね」

 二人で座って大人しくまっていると、ヴァンダがぽつりと話し掛けてきた。

「うん、よく息が続くよね。私はそんなに潜れないし、むしろ溺れない自信がなかったから、マルちゃんが行ってくれて良かった」

「悪魔と契約したんでしょ、でも小悪魔って感じじゃない。すごいね」

「偶然だよ。何度も失敗してて、やっと召喚できたの」

「いい偶然を引き寄せるのも、力なんだって。うちの先生が言ってた」

 引き寄せるのも、力。認めてもらえたみたいで嬉しい。確かにマルちゃんとは私にも都合のいい条件だったからすぐに契約できたけど、他の悪魔だったらどうなったか解らない。マルちゃんって怒りっぽい所があるけど、あれで親切なんだよね。


 ザバンと水から上がったマルちゃんが、銜えていた薬草を岸に落としてまた水の中に姿を消した。ヴァンダはすぐに立ち上がって、それを確認する。

「これ、これえぇ! こんな所にあったんだ。泳ぐ練習、しようかなあ……」

 濡れた黄緑の草を大事そうに両手で持って、真剣に悩んでいる。自分で潜れれば、いつでも採取できるものね。

 それからマルちゃんはもう二回、薬草を運んできた。二人で分けてマルちゃんを乾かそうとしたら、自分で何とかしちゃった。火属性だから、濡れた体にまとわりつく水分を蒸発させるくらい、簡単なんだって。


 いったん家に帰って薬草を仕舞い、予約しておいた村に一軒しかない飲食店で、約束のステーキをご馳走になった。さすがにマルちゃんは人間の姿で行き、分厚く切られたお肉にとても喜んでいた。ビールなんて人のお金だと思って、何杯も飲むんだから。恥ずかしいな。

 でもヴァンダも嬉しそうで良かった。今日は泊めてもらって、明日出発。

 シーブ・イッサヒル・アメルは、彼女が自分で先生に届けると張り切っている。ヴァンダとゾラも、明日の朝発つ。途中までは一緒に行かれるね。

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