第8話 林業の町の困りごと

 次の町は杉の森がすぐ後ろに広大に広がっている、林業の従事者が多いところ。道幅が広くて、太くて長い木を何本か乗せた台車を、大きくて力が強そうなカバみたいな獣が引いている。少し先に材木置き場があるよ。

 さすがに立派な木を使用した家が多くて、大通りに店を構えるのは、木を使った雑貨のお店やオシャレなカフェ。材木屋さんの近くには、定食屋やすぐ食べられる麺のお店が、必ずと言っていいほど店を構えていた。


「かわいい。木のスプーン、いいな。ドリアみたいなあつあつの食事を食べる時、金属のスプーンだと熱いんだよね」

 雑貨屋さんで買い物をしようとすると、マルちゃんがおいおい、とため息をついた。

「まずは依頼を探すんだろ。少し金が入るとすぐにこれとは、お前は絶対、気が付いたら残金が尽きているタイプだ」

「後になったら、買い忘れちゃうもん」

 スプーン一本くらいで大げさだな。でも後にした方がいいかな。後でゆっくり買い物しよう。焦ると選びきれなくて、買い過ぎちゃう。


 さて、ギルドの依頼は。

「ええと、護衛はCランク以上。これはダメ、まだDランクになったばかり。配達は反対側、討伐もううん……、あとは木の伐採と運搬の手伝い、緊急のお店番」

 林業従事者は多そうなのに、日雇い感覚で依頼が入ってるのかな?

 他の依頼も見ていると、サロンの方から話し声が聞こえて来た。

「……また伐採の依頼か。護衛で出せばいいのにな」

「護衛の方が高くつからだろ、ケチらなきゃいいのに。まあ戦えるのが一緒にいるってだけで、林業の奴らにも安心感がでるんだろう。あんまりヤバければ、その内ボイコットされるぞ」

 また? 護衛? つまり森に何か魔物が居るから、冒険者を探してるの?

「森に危険なモノでもいるのか? 林業関係者が困ってる?」

 マルちゃんが狼の姿で、冒険者に話しかけた。一瞬ビクッとしたけど、そう言う魔物だと思ったみたいで普通に答えてくれる。

「そうみたいだよ。森でおかしな声を聞いて迷ったり、沼に落とされたりするヤツが増えたらしいんだ。ここら辺の林業の奴らはグループで仕事するのが普通だから、迷うなんて有り得ない。少し離れたくらいで見失うんだ。こりゃおかしいだろ」


「ほう、そりゃ難儀だな、大変だ。ソフィア、この依頼を受けよう。力になってやらんとな!」

 どうやら、これを解決するのは善行だと考えたみたい。依頼を受けたいところだし、じゃあこれでいこ!

「うん、受けてくるね」

 窓口に札を出すと、受け付けの女性がランク章を確認して心配そうにする。

「この依頼、危険じゃないかしら。皆の話を聞いたでしょ、本当にしてもらいたいのは魔物退治なのよ。依頼主にも注意したんだけどね。原因が解っても、手に負えないようだったら諦めて戻って来てね。それだけでも増額があるわよ」

「ありがとうございます、とりあえずその森に行ってみます。マルちゃんも一緒なんで、大丈夫です」

「そう? ならいいけど……」

 森に慣れていない人が道に迷ったら、遭難しちゃうからね。林業の人でも惑わされるんじゃ油断できないけど、マルちゃんなら飛べるもの。


 町の裏側にある森へ行ってみると、伐採作業が行われている。近くにいる人に挨拶して、被害が多い場所を教えてもらった。現場監督さんからも危険だったらすぐに引き返してと、心配されちゃった。

 切り株が顔をのぞかせる細い道を辿り、道のない方へと分け入ってみる。歩いたような跡がある場所を選んで。

 マルちゃんが一緒にいると現れないかも知れないから、少し離れた場所で付いてきている。ちょっと不安だけど、ゆっくりめに歩いて、何を見ても慌てないようにしよう。


「……そこは道じゃないぞ、右だ……」

 森に響くような、男性の声。これが謎の声ね!

 辺りを見回しても、誰も居ない。笑い声だけが木霊する。

「俺がどこにいるかは、お前には解らない。俺にはお前が丸見えなのに」

 なんだか怖い。これは確かに不安になって、知らない場所にでも足を踏み入れてしまいそう。

 

「ほらよそ見をすると、切り株に足をぶつける。左に行けば帰れるよ……」

 危うく転びそうになりながら、この声に従うべきか考えた。沼に落とされた人がいるって事は、そういうイタズラ目的なのね。怪我人は出ていないけど、一日中森で迷わされたという人もいるみたいで、冗談にしては悪質すぎる。

「こういう嫌がらせをすると、林業の人が困ります。もうやめてもらえませんか!」

 精一杯大な声を出してお願いしてみた。でも何処にいるかもわからないし、笑う声は収まらない。かと思えば風の音をひゅうひゅうと真似てみたり。

「人が困っても、俺は困らない。さあ右か左か、前へ進むか? 止まっていると日が暮れる。夜の山は危険がたくさん」

「夜になる前には終わらせる」


 木をぬうようにマルちゃんが飛んできて、男性の悲鳴が聞こえた。

 居場所を特定できたのね! さあ、正体は何!?

 ザザッと落ち葉の上に着地したマルちゃんが口に銜えているのは、青白い肌で体は細く、緑の顎髭を伸ばしていて長い髪はボサボサ、植物の皮で出来た靴を履いた、小さめの男性。

「レーシーだ。森に棲んで悪ふざけをする奴らだな。人間と違って、影がないだろう」

 言われて見てみると、確かに彼には影がない。

「ま、魔物め……! この俺の森から無事出られると思うなよ!」

 レーシーは怒りに目を見開いて、体を大きくさせる。マルちゃんが離すとすぐに背が木と同じくらい高くなったけど、細身なのはそのまま。


「体が変わるのは、お前だけじゃない」

 マルちゃんが黒い騎士の姿になり、驚くレーシーを素早く鞘から抜き放った剣で斬りつける。体は真っ二つ、倒れた時には先程みたいに小さくなっていた。

「討伐終了。この体を持って行けばいいか」

「うん、倒すのはあっという間だったね」

「森の精ごときが、俺に敵うわけがない」

 さらに縮んだレーシーの体を、マルちゃんが人間の姿のままで抱えた。


 森の入り口付近で作業していた人達にその事を伝えると、とても喜んでくれた。不気味だったから、森の奥に入るのは控えていたの。

 これで依頼終了でいいって職人さんが言ってくれたから、ギルドに行こうとマルちゃんの方を見た。一応伐採の仕事になってたからと、騎士姿のマルちゃんが太い杉の木を三本ほど剣でサクンサクンと切り倒したところだった。

「木を、剣でこんな簡単に!?」

「やはり伐採の依頼とあったなら、木を切らねば終了ではない」

 木がゆっくりと、器用に他の木の間をぬって倒れた。林業の人も驚いている。

 変なところで真面目なのね。

 

 ギルドで報告したら、レーシーという魔物の存在は知っていたみたいで、遺体ですぐに解ってくれた。悪戯が悪化するといずれ死者が出たろうと、感謝されて報酬を受け取る。無事以来終了! やったね。

 ずいぶん山道も歩いたし、今日はこの町に泊まることにした。ギルドにあるシャレーで魔物と一緒でも泊まれる宿を確認をする。

「それにしても、やるねえ。レーシーは自分から姿を現さなきゃ、場所が解り辛いだろ」

 依頼の終了を見ていた召喚師の人が、話し掛けて来た。

「私には全然解らなかったんですけど、マルちゃんが見抜いてくれて」

「いい魔物と契約したね」

 魔物ではないんだけど、どうやらこの勘違いは正さなくていいみたい。

 ふふんと耳を動かしてる。


「偶然なんですけど、今はとても感謝してます」

「召喚できたんだ、もっと自信を持ちな。この辺りは『神秘なる魔女の会』の会員が多い地域だよ。ここは林業メインだけど、いい薬草が採れる山もあるしね。薬を買うなら、この付近で探した方が安くていいものがあるよ」

「ありがとうございます、簡単な薬しか作れないんで、探してみます!」

 病気になった時のために、薬を持っていた方がいいよね。私は本当に初歩的な薬しか作れないし。そうだわ、ハニーから買っておけば良かった!


 飲食店や雑貨屋さんが軒を連ねる表通りからちょっと細い道を入ると、こじんまりとした魔法薬のお店が数軒ある。マルちゃんがここがいいかって勝手に選んだお店に、とりあえず入ってみた。

「こんにちは~」

 お店に入ると椅子が二つ並んでいて、カウンターがすぐにある。カウンターの下に軟膏が並べてあって、後ろには小さな引き出しのたくさんついた棚があった。

「いらっしゃい、何の薬が必要なの?」

「傷薬と、熱の薬を下さい。弱いのは作れるんで、ちょっと効果の強いヤツを」

 上手く説明できてない気がするけど、中年のおじさんが頷いて、くるりと後ろを向いた。棚から薬を取り出してくれる。


「旅をするなら、薬は持ってなきゃね。こっちが熱の時の飲み薬、こっちは傷に塗る軟膏。傷口はキレイにしてから塗って、もちろん汚れた手で使っちゃダメだよ」

「はい」

 薬を受け取って外に出る。スムーズに買い物できたし、良かった。次は教えてもらった宿に行こう。荷物の袋に薬を入れて、少し歩いたら割と近い場所にあった。さあ、ゆっくり休もう!

 


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