第4話 食い逃げを阻止せよ!

 今度もまた、都会的な町。いい仕事があるといいな!

 マルちゃんと一緒に、お店が軒を連ねる大通りを歩いた。武器を持った冒険者や魔法使いらしき人、小悪魔や猫っぽい獣や、ユニコーンを連れた人など、色々な人が行き交っている。ここは東西南北に続く大通りがぶつかった場所にある町で、旅の人がよく寄るらしい。宿や飲食店も沢山ある。


 まずギルドに行って、依頼を探した。出来れば南東に行くものがいいんだけど、今日はなかった。私のランクでも出来そうなものは……

「食い逃げ犯を捕まえる?」

 マルちゃんが素っ頓狂な声をあげた。

「これ? 報酬は出来高と、食事。単価は高くないかわりに、食事も貰えるのねえ」

「それ、できれば受けてあげてほしいんだけどさ。山の中腹くらいの場所で、村外れにある定食屋さんなんだけど、無銭飲食が増えて悲鳴を上げてるんだ。あの辺りは採取の冒険者も行くから、なくなると困るヤツも多くてね」

「その人たちは、受けてあげないの?」

 声をかけて来たのは、ギルドのカウンターにいる男性職員。今は他に、あまりお客はいない。


「……まあねえ、食い逃げを待って捕まえるとなると、拘束時間のわりに報酬がないって事になるからなあ。それに腕前までは解らないが、剣を持ってる輩も居るんだ。採取しかまだできないような初期の冒険者には、荷が勝ちすぎるんだよね。その点、君のその魔獣なら強そうだから」

 割のいい仕事ではないから、さすがに少し気まずそう。

 とはいえ私は、マルちゃんが居るから安心よね。無銭飲食の犯罪者を捕まえるなら、善行にもなるハズだし!


「どう、マルちゃん」

「受けてもいいんじゃないか。上手い飯なら気になる」

 意外と食い気があるのよね。お肉とビールが好きなんだって。

「じゃあ、受けます!」

「有り難い! 結果は他のギルドじゃなくてここに伝えに来て欲しい、失敗したらすぐにまた募集しなきゃならんから」

「解りました」

 受注の処理をしてもらって、仕事の詳しい内容についてや定食屋さんの名前なんかを聞いた。場所はマルちゃんに説明を聞いてもらう。私だと、たまに間違えるから。今まで同じ場所しか行かなかったから気が付かなかったけど、わりと方向感覚がないみたいなの……!


 マルちゃんに乗って、早速その定食屋さんを探す。山を東北側に登ったところの開けた場所に、ぽつぽつと民家があって村を形成している。家が途切れたところに、定食屋さんはあった。二階建てで住居とお店を兼ねた作りになっていて、字の消えかけた木の看板が掲げられている。

 今はおやつを食べるような時間なので、お客さんはいないみたい。

「こんにちは、食い逃げ犯を捕まえる依頼を受けてきました!」

「まあ、ありがとう! 最初にお金を払わない人が出てから、真似して暴れて逃げる人が増えて困ってたのよ」

 五十代くらいのエプロンをした恰幅のいい女性が、やっと来てくれたと喜んでくれている。奥から旦那さんらしき人も姿を見せた。

「助かるよ、あまりお金は払えないけど、出来るだけでいいから」

「はい、お任せください!」


 食い逃げ犯は、いつ来るんだか解らない。

 ここに泊まりながら待つことになった。三食しっかり食べさせてもらえる。プロの料理はおいしい! お昼と夜は、お客に混じって普通に注文していいの。営業が終了する時間が早めだから、夜ご飯は早めになる。

 最初の日は普通のお客だけで、みんなお金を払ってくれた。これは確かに、受けたら困る依頼だ……! 深く考えていなかったけど、拘束時間が長くなりそうよね。何人捕まえれば終わるんだろう?



 次の日、早速食い逃げ犯の一人目が現れた。お金を払わずに出ようとしたところで、騎士姿になったマルちゃんが肩を掴んで相手を止める。

「……代金を支払っていないだろ?」

「な、何だアンタ!?」

 夫婦二人のお店と思っていただろうから、かなり焦ってる。マルちゃんは三十代の、強そうな黒い鎧の騎士に見える。

「ここの用心棒だ。剣で示せというのなら、のってやるが?」

「……いや払う、払うよ。忘れてたんだ、アハハ……」

 自信ありげなマルちゃんの表情に、相手はお金をテーブルの上に投げて、慌てて逃げて行った。


「簡単な仕事だな」

 お金を集めて、おかみさんに渡した。

「ありがとうございます。この騎士様は、どちらから!?」

「彼はマルちゃん……、あの羽の生えた犬が、人間に化けてます」

「マルちゃんはやめろ!! それに犬じゃなくて狼だ、化けてるわけでもない! こっちが正しい姿なんだよ!!!」

 マルちゃんって怒りっぽいよね。

「うん、ごめんごめん。狼でした」

「反省してないだろう、お前……」

 そんなこんなで、その日は二組の食い逃げ犯を撃退できた。



「あ、あの男女!」

 次の日、スキンヘッドに豪華なマントを纏った背の高い男性と、美人で胸が大きくて、体にフィットしたセクシーなドレス姿の女性の、二人連れがやって来た。

「ハニー、今日は何が食べたい?」

「ダーリンと一緒なら、何でも美味しいわ」

 恋人同士みたい、寄り添ってダーリン、ハニーと呼び合っている。恥ずかしくないのかな……? それとも名前、忘れちゃった?


「あの二人が、諸悪の根源だ! たびたび来ては食い逃げをして行くんだ。それから、食い逃げが増えて!」

 旦那さんが指をさすけど、マルちゃんは動かない。どうしたんだろう?

 扉を開けてお店に入ってきた二人に、声をかけてみた。マルちゃんばかりが仕事してるし、まずは話し合いをしてみよう。

「すみません、お二人さん。このお店で飲食して、お金を払っていませんよね?」

「金? この俺が、何故払わなければならない」

「……悪いとは思ってるけど、お金がないのよ。この辺だと、魔女って仕事がないの」

 払う意志がない人と、払えない人。うーん、黒髪のハニーと話をすべきか。


「アスモデウス様! 尊き御方が無銭飲食とは、あんまりな犯罪ですぞ! どうせならば国を奪うとか、人間を一気に罪に堕とすとか、もっと大きな罪を……!」

「マルちゃん、お知り合い?」

「知り合いの態度に見えるかっ!! 地獄のド偉い御方だよ!」

 スキンヘッドの男性は、騎士姿のマルちゃんを眺めて顎に手を当てた。

「……ん~、確かマルショシアスだったか。契約者か?」

「そうなんですが、山奥の育ちでどうも世間知らずでして」

 申し訳なさそうな態度のマルちゃん。

 でも、まずは無銭飲食問題を解決しないといけないのよね。そうだ、悪魔なら強いよね。ここの食い逃げ犯を捕まえるのは依頼だから、それを譲ればいいんだわ。


「手持ちがないのでしたら、用心棒をしたらどうでしょう!」

「ほ~う、用心棒。まあやることもないしな、しかし」

「ダーリン用心棒になるの!? 素敵、カッコいいわ!」

 ハニーは乗り気! 喜ぶハニーをみたダーリンは、一気にまんざらでもない表情になった。

「ハーッハハハ、任せたまえハニー! 君が望む何にだって、俺はなるぞ!」

 お店の夫婦は顔を見合わせているけど、食い逃げよりはイイって思うよね。旦那さんが複雑な表情で、厨房から出て来た。

「なら、お願いしたいが……」

「お昼頃が多いのかしら?しばらく二、三時間ここで待ち伏せて、報酬はお食事。これで如何かしら?」

 ハニーの提案に、納得してくれた。食い逃げ犯が居なくなれば、一人二人分無料で提供したところで問題ないし、今までお金を払ってなかったから、確保の報酬は別にいらないんだって。冒険者を雇うより安上がり。私は報酬も貰って行くよ!


 話がまとまりかけた時だった。

「なあ、薬はないか!? こいつがすごい熱で」

 二人が挟み込むように一人の男性を抱えて、息を切らしてやってきた。熱を出した男性は顔が赤くて、意識が朦朧としてるみたい。夕べからこの状況で、山の採取地からやっとここまで来たんだという。

「お金さえ払うなら、お薬があるし治療もするわ」

 なんとハニーだ。そっか、彼女は魔女って言ってたわ。悪魔と契約してて、薬草魔術も使える人ね!

「払う、かなり危険なんだ」

 必死に頷く男性に、ハニーは煎じ薬を渡した。

 おかみさんが白湯を持って来てくれて、椅子に座らせて飲ませる。


「この石を握ってね」

 紺色の中に金の模様が混じる、ラピスラズリ。

「ガダ・タリドゥ、ガダ・タリドゥ。憤怒する者、天から下り桶の水のように流れ、再び流れ戻る事なし」


 魔法を唱えてお金を受け取り、病人はしばらくこのお店の奥に寝かせてもらえることになった。荒かった呼吸が整って、穏やかに眠ってる。

「私は魔女。ウィッカよ。『サバトの主催者会』に所属してるわ。召喚術は適正がなくて出来ないんだけど、サバトでダーリンと出会って、お互い一目惚れでね。契約しちゃったの。契約があれば、カヴンに所属できるのよね」

 テーブルを私達とハニーとダーリンで囲む。店主の夫婦はハニーが薬草医として腕がいいのを見て、評価を一変させた。

 ウィッカって言うのは基本的に自然崇拝で、占いをしたり薬草魔術を使って人を病気やケガから助けてくれる、いい魔女のこと。


「ならお薬を販売されたら、どうでしょう?」

「でもねえ、この辺だと魔女ってよく思われないのよ。『サバトの主催者会』も、怖い会だと思われてるしね。サバトって言っても、単なる飲み会みたいなんだけどねぇ」

「ハニーは立派な魔女なのにな。場所を変えるかと提案するんだけどな」

「お母さんの跡を継いで魔女になったの。あの庵がいいのよねえ」

 どうやらこの山の奥に、ハニーの庵があるみたい。さっきの魔法は、お家に伝わる秘伝の呪文なのね。


 ダーリンとハニーのやり取りを聞いていたお店のおかみさんが、そうだ、と手を打ち鳴らした。

「なら、ここでお薬を販売してみませんか? こんなに効果のある薬なら、人気商品になっちゃいそう!」

「いいの? 嬉しいわ、置かせてほしい」

「手数料は二割でどうですか?」

「もちろん、問題ないわ!」

 すごいわ。これなら今までの赤字も一気に埋められそう!

 食い逃げも、ダーリンとハニーからは逃げられそうにないし。


 これで問題なし!

 依頼を受けた町へ飛んで戻って行く途中で、ボソリとマルちゃんが呟いた。

「……解決だけどなあ。よくお前、地獄の王に用心棒とか勧めたな……」

「え、なにマルちゃん。何か言った?」

「いい、知らない方がいい事もある」

 飛びながらだと空気の音がビュウビュウするから、小さい声じゃ聞こえないよ。


 私達はギルドに経緯を報告して、終了の処理をしてもらった。お金はお店で貰って来てあるよ。この町で一泊して、明日に備えよう。

 となると、シャレーで人間以外も泊まれる宿を紹介してもらわなきゃね。マルちゃんが人間の姿なら問題ないのに、なんでか犬の姿が好きなのよね。

 あ、犬って言うと怒られるんだった。狼ね!




★★★★★★★★★★★


参考書籍

古代メソポタミアの神話と儀礼 著者・月本昭男 岩波出版

ハニーちゃんの熱を治す魔法は、この本を参考にしました。

まだ出てないけど、ソフィアの“禁令”の短い呪文も、メソポタミアです(^^)/

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