第123話 反逆の天使から逃げろ!
ウリエルの背中が大きく見える。私は一安心して力が抜け、背後の木に寄りかかった。唐突な展開に気持ちが付いていかないよ。
イブリースが放つ金色の魔力を、ウリエルが防いでくれる。防御の外にある木は折れ、葉っぱがすごい勢いで揺れた。とんでもない、これは人間に防げるの……!?
ウリエルがチラリと、こちらに視線を寄越す。
逃げてろって合図かな。
魔力が途切れたのを見計らって、倒れた木を踏み台にして飛び越し、必死で逃げた。開けた平野ではマルちゃんが戦っているし、森の奥に逃げると木が倒れたら潰れちゃう。逃げ場所も難しいよ。
「ソフィアさん、こちらへ!」
「あ! ウリエル様の契約者さん!」
ウリエルに遅れて空を飛び、彼もやって来てくれた。彼と合流して、森と平原の境い目を走り続ける。バキバキと音がして、また木が倒れる。
イブリースが追い掛けようとしてウリエルに阻まれ、
「うわあうわあ、魔力を使われるまでもなく殺されそう……!」
「まさかあの天使が追っているのが、ソフィアさんだったなんて。キングゥ様と言いましたっけ、黒竜の彼はどうしたんですか?」
ウリエル達と会った時は、マルちゃんは別行動でキングゥが一緒だったんだよね。マルちゃんはウリエル様に会いたくないとぼやいていたけど、やはり会っちゃう運命だね。
「キングゥ様は、契約者がいる国へ帰りました。こちらには用事があって来ていただけみたいです」
無難に答えておく。彼はそうでしたかと頷いて、それ以上は尋ねてこなかった。
「ウリエル様でも、イブリースを抑えきる自信はないと仰っていました。周囲の被害も大変なものになるでしょう、とにかく離れないと。はあ、……人が少ない場所で良かった……ですよ」
「走るのは自信がありますが、飛ばれたらすぐに追いつかれますよね……っ!!!」
私を誘導している彼の方が、先に息が切れているよ。運動とか全然しない、室内にこもってるタイプの魔導師っぽいよね。
「わ、私はあまり走れなく……申し訳ない」
早くも速度が遅くなった。全然距離を稼いでいないよ!
「光よ、わが身に降り注げ。私はイブリース、まっすぐな道の途中に立つ者。ゲヘナの火よ、罪を飲み熱く猛れ!」
「浄火よ、我が手のうちに燃え上がれ。俺はウリエル、神の炎たる者。罪に裁きを、懺悔に慈悲を!」
魔力を最大限に使う為の、二人の宣言がされた。これからは本気の戦いになるよ!
ドカンと大きな音がして、たくさんの木が同時にメキメキと倒れる。槍を持ったイブリースと剣のウリエルが空中に躍り出て戦い、直視できない程に眩しい赤と金色の光が、横たわる木々を照らしていた。
雲は去り、上空はすっかり晴れている。
マルちゃんとマステマも、二人の戦いを振り仰いだ。
「……おいマルショシアス、ここでやり合ったら巻き込まれないか」
「巻き込まれるだろうな。少し移動しよう」
意外と冷静な人達だ。いや、あちらの戦いを目撃してクールダウンしたかな。いっそ休戦にして、マルちゃんをこっちに帰してくれないかな!
槍と剣での攻防に続き、イブリースが魔力を放ってウリエルが防ぐ。
魔力が地面に届くとクレーターが作られるという、大規模な戦闘を繰り広げている二人から、マルちゃん達はそっと離れた。マルちゃんは腕に、マステマは脇腹に傷を負っている。
「ひい、はぁ……っ」
マルちゃんの様子を気にしながら駆けていたら、ウリエルの契約者さんを追い越しちゃったよ。脇腹を手で押さえて、息も絶え絶えだ。少し走っただけで、こんな風になっちゃう? もっと運動した方がいいよ。
「大丈夫ですか……? 攻撃の範囲からは離れましたし、歩きましょう」
「はあ、もふ、も、申し……訳ない……。はっ、ふう……、息を整えておかないと、いざと……、いう時に、困ります、からね……」
今まで見た人の中で、一番体力がないよ。頼りになるのか不安になってきた。
「飛べば良かったんじゃないですか? その方が楽ですよね」
「さすがに、走っている女性を連れて、一人だけ飛ぶのはどうかと……」
そんな気遣い、いらないから!
「ゆっくりめに飛んでください、追い掛けます。へばっちゃったら意味ないですよ」
「それもそうですね、では失礼して……」
止まりかけていた歩みを再び開始しかけた時だった。
「星々は落ち、山々は砕け散る。海洋の煮えたぎる熱よ、天を熱く潤せ。魂よ、己が所業に悲嘆せよ!!!」
イブリースの叫びとともに光が炸裂し、世界がプラチナ色に塗り替えられた。
「呪法です……、伏せて!!!」
ウリエルの契約者が血相を変えて私の肩に手を伸ばし、押されるままに身を低くした。まぶしさにとっさに目を閉じ、手を顔の前にかざす。ギイインと、耳を塞ぎたくなるような高音が鳴り響いている。
凄まじい爆風と光が、一瞬で通り過ぎた。
さすがに最上位の天使の争い、人知が及ばないわ。光が過ぎ去ってから振り向いた私の目に映るのはイブリースだけで、対峙していたウリエルの姿がない。
攻撃で吹き飛ばされたんだ!!!
「ぎゃああ、きっ来ますよ! ウリエル様が場外です!!!」
とっさに口をついた表現はおかしかったけれど、十分に伝わったようだ。ウリエルの契約者は、こちらに狙いを定めたイブリースに体ごと向き直る。
「神秘なるアグラ、象徴たるタウ。偉大なる十字の力を開放したまえ。天の主権は揺るがぬものなり。全てを閉ざす、鍵をかけよ。我が身は御身と共に在り、害する全てを遠ざける。福音に耳を傾けよ。かくして奇跡はなされぬ。クロワ・チュテレール」
銀色の壁が私達の前に構築された。光属性の魔法と物理を防ぐ、最大の効果を持つ防御魔法だ。さすが、こんな強い魔法も使えるんだ。
「私の後ろにいてください」
「は、はい……」
イブリースはこちらに急行してくる。
飛ぶ速さもかなりのもので、光の壁に到達すると勢いよく槍で突いた。ガキンといったんは弾いたものの、続いて打ち込まれた金色の光の魔力で、壁は呆気なく崩壊した。
「こんなに容易く崩されるとは……」
「私の攻撃を一度防いだだけでも、人間にしては見事だ。見逃そう、ここから去れ」
高圧的に見下ろしてくる。ウリエルの契約者の男性は口を結んで息を飲んだ。こちらはこれから防御魔法を唱えても、間に合わない。
「……お心遣いはありがたいですが、罪のない人が被害に遭うというのに見捨てることはできません」
「殉教者の心意気だな」
イブリースは槍に魔力を籠め、柄の底の
「マミト・マミト・ウツルト! イブリースよ止まれ、攻撃は届くことなかれ!!!」
精いっぱいの大声で禁令を唱えると、オルランドの先生からもらったスピネルが淡く光を放つ。
体を包むこみ様な魔力を感じ、髪がフワフワと揺れた。
槍の穂先からこちらにドオッと押し寄せる光が、弱まって私達を避けて通る。物凄い圧力だ、これは私一人ではどうしようもないよ……!
「……人間が防ぐとは。しかし他に手はないようだな、悪あがきはやめろ」
「あがくくらいしかできないものですよ」
もう一度、同じ防御魔法を唱えてくれている。禁令の効果はそんなに長くない。しかしこの宝石のお陰で、またこの強い効果を出せそう!
禁令が解けた頃、再び強固な壁が展開された。
「無駄だと教えてやろう! くおおおぉ……!」
イブリースは銀に輝く防御魔法の壁に手のひらを当てて、思いっきり魔力を
力技だよ。素手で壊すとかありなの!?
「くうう、時間稼ぎもできないものなのか……っ!」
「頑張って、ウリエル様がこっちに来てますよ!」
鎧が壊れた状態で、ウリエルが飛行している。ほんの少しで助かる!
期待したのも束の間、何とか保っていた壁が一気に崩れ落ちた。
「惜しかったな!!!」
これじゃあ間に合わない。ウリエルは炎をぶつけようと、手に集めてイブリースに飛ばした。イブリースが視線だけで軽く確認してそちらに手を振れば、ウリエルの放った炎は半分に分かれて、天と地へ弾き飛ばされた。
契約者の人が私の前に両手を広げて立ってくれている。
そんな彼の心臓目掛けて、イブリースが槍を突く。これは無理、私まで串刺しコースかも……!
私は必至で彼の腕を掴み、引っ張って一緒に脇に倒れ込んだ。
光を帯びたイブリースの槍が肩に
殺されずに済んだけど痛い。見上げるとイブリースはすぐに体勢を整えていて、今度は両手で握った槍の穂先が私に向いている。
万事休す……っ!
禁令、禁令を喋るのすら間に合わないかも知れない。
「マミト・マ……」
言い掛けた私の目の前を、白く長い巨大な何かが通り過ぎ、一瞬でイブリースの姿は掻き消えた。
「バ、バ、バイロン……!!!」
白い龍が、イブリースを銜えて通り過ぎたのだ。
やっとバイロンが来てくれた~!
ウリエルもこちらに着いたし、形勢逆転かな!??
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