第124話 バイロンの宣言

 白い龍体のバイロンは、くわえていたイブリースを上空で離した。

 イブリースの体は金の輝きに包まれ、膨れ上がった光をバイロンにぶつける。

「キュシャアアアァァ!」

 バイロンの咆哮と金の光がぶつかり、相殺そうさいされている。ただ、イブリースの方が強く、消しきれない光がバイロンの体にぶつかった。

 バイロンが後退し、長い体をくねらせる。


「龍……、この白く強大なドラゴンは龍神族のバイロンに違いない。人に好意的な龍らしいが、まさかここで介入するとは」

「……イブリース。ソフィアは私の可愛い可愛い、可愛い子孫。むざむざと傷つけさせはしない……!」

 可愛いが多い。カッコ良さが急に消えたよ。

 ウリエルと契約者の男性が、同時にこちらへ顔を向けた。説明しなくては。ウリエルは鎧が壊れ、腕から血も流れていた。至近距離で呪法を喰らい、全身が打たれたようになっている。

「……なんか、そうらしいんです。バイロンとは契約しているわけではないんですが」

「契約をしていない!? 言われてみれば確かに、彼は誰とも契約していないようだな……。致命的だ。簡単な契約でいい、俺が時間を稼いでいる間に結べ。イブリースが人間を騙して契約するのも、力を得る為なのだから」

「あっっっ!」

 真剣に契約を促すウリエル。このままだと、まだ分が悪いんだ!

 バイロンは呼んだら来てくれるだけで、契約に関しては口にしていない。大昔の人と契約したとしても、その契約は相手が亡くなった時点で自然に解消されているだろう。


 バイロンはイブリースの槍を躱して、手で攻撃する。簡単に避けられ、槍を構えたまま下がった相手に長い尻尾をぶつけようとした。しかし腕で弾かれてしまう。

 あの巨体の尻尾が当たって、ほとんど痛くもないみたい!

 睨み合う二人の間に、ウリエルが翼を広げて割り入った。

「龍神族といくさをするつもりか!? 俺が相手になる、イブリース!」

「くっ……、ここで引いても追い付かれるのは必至。ならば目的を果たすまで! 人間など攻撃に当たれば簡単に死ぬ、脆弱な生き物だ!」

 流れ弾でもいいから、こっちにぶつけようという寸法かも。諦めてよ~!

 バイロンは巨大な体をひるがえして私に向かい、人間の姿になって降りてきた。長い髪と、コートみたいなヒラヒラしたローブのすそが舞っている。

「ソフィア、このままでは君を守り切れない。契約をしよう」

「うん!」

 頬が赤くなっている。さっきの攻撃が当たったからかな。肩も痛そう。

 バイロンの手に、羊皮紙が現れる。

「この戦いで君を守る。ソフィアは、そうだな……」

「ええとええと……、バイロンに食事を奢るよ」

「は?」

 ウリエルの契約者が間の抜けた声を発した。

 うん、私も命を守ってもらうのに、いくらなんでもつり合いが取れないのは理解してる……。他に思いつかないんだもん。


「それでいいね、了解する。……早く承諾しないと」

「そうだった。うん、私、ソフィアも承諾します!」

 羊皮紙が白い光沢を放った。光が線になって文字を綴っていく。

 あっという間に契約が結ばれたよ。マルちゃんとバイロン、二人との契約になった。なんか体が重くなった気もする。

 ちょっと許容量オーバー気味かも。だからバイロンは、契約の話を出さなかったのかな。しかも今日は禁令も使っているし、無理し過ぎると体や魂に負担がかかるんだろう。

「無事に締結された。ソフィア、しっかり隠れているんだよ。マルショシアス君は堕天使と遊んでいたね……」

「違うよ、あっちも敵だよ! マルちゃんが戦ってくれているんだよ! イジメたら怒るからね!」

 バイロンって、どうしてマルちゃんにはこんなに意地悪なんだろう。

「あの程度の敵をすぐに倒せないとは、未熟な」

「マルちゃんも強いよ。でもバイロンが強すぎるんじゃないかなあ」

「! そうか、そうかな? 私がソフィアを守るから、安心して待っていて」

 強いが嬉しかったのね、顔がにやけているよ。よし、もう一押し!


「うん、頼りにしてるよ」

「ああ……陛下、私はソフィアに頼りにされる男になれました……!」

 何故か感動しているバイロン。

 上空ではイブリースの槍を躱したウリエルが、懐に飛び込んで剣で斬りつけている。しかし魔力を纏った片手で防がれ、ウリエルは炎を至近距離からイブリースに浴びせた。

 イブリースは炎にもひるまず、太陽のような激しい光を放って目をくらませている。

「くっ!」

「うおおおお!」

 ウリエルが眩しさから反射的に目を閉じた一瞬の隙に、イブリースは槍を構え直して思い切り突きを繰り出す。


 危ない!

 戦闘体形である龍になったバイロンが、イブリースに体当たりをする。

 体勢を崩したのを逃さず、無数の風の刃がイブリースに向かった。槍を横にして両腕を肩幅に開いて柄を握り、魔力を籠めて防ぐイブリース。

 風の刃が途切れるとともにウリエルがバイロンの背後から飛び出し、イブリースへと剣を振り下ろす。

 ウリエルが窮地を脱して、バイロンがまた少し離れた。


あまつ風、四季吹く風を集めて降り来たれ。私はバイロン、く翔ける者。地よ豊穣の黄金こがねに満たされよ」 


 これがバイロンの宣言か。さっきは取り急ぎ契約だけしたのね。

 バイロンの力が今まで以上にみなぎっている。イブリースはさすが動揺していた。

「イブリースの力が弱まったら、私が送還を試みます。強い反発があると難しいので、まだその状態にはなっていません。ソフィアさん、あと少しの辛抱です」

「はい! 絶対に逃げ切ります!」

「しっかりと乗り切りましょう。……それにしても」

「え?」

「龍神族を相手に、怒るよとは。意外と気が強……、いや向こう見ず? とにかく、驚きました」

 言い換えてまで口にしなくていいよ、恥ずかしいな……。

「あああ……、つい……。バイロンは私には過保護なんですけど、マルちゃんをイジメるんです」

「貴女とずっと一緒にいられる契約者を、うらやんでいるんでしょうね」

 バイロンはマルちゃんがうらやましかったの? そんな理由で意地悪しないで欲しいなあ。マルちゃんが真面目に対応しちゃうし。


 そのマルちゃんは、マステマと一進一退の攻防を続けていた。

 マステマの翼は欠損していて、飛び方が安定しない。

「くそう、粘るなこの野郎……っ」

「お前こそ、さっさと退却した方がいいんじゃないか。バイロン様とウリエル様が揃ったんだ、不利なのはそっちだぞ」

 撤退を促すマルちゃんだけど、片方の脛当てと肘当ては割れている。

「うるっせえ、喰らえ!」

 マステマが剣を振り上げ、マルちゃんに躍りかかった。剣で防ぎ、カンカンと数回打ちあってから、鍔迫つばぜり合いになる。

 双方の顏にピッと細い線が入って、いったん離れた。

 至近距離になるから、顔を怪我しやすいみたい。

 こう着状態になるのかと思ったら、マルちゃんが剣に火を纏わせてその場で振った。剣筋から飛ばされた炎がマステマに襲い掛かる。


「お前の相手ばかりしていられん!」

「チイイ!」

 マステマは避けようとしたのか一瞬体を動かしたが、その場で目の前に氷を作って防いだ。火を追うように迫ったマルちゃんが、剣を横薙ぎに払って氷を切り裂く。

 移動したら即座に追って攻撃するつもりだったんだろう、氷を切ったせいでワンテンポ動きが遅れた。振り切ったところにマステマが、無数の小さな氷を尖らせて、マルちゃんに向けて放つ。

「グウッ!」

 鎧から出ている腕や腿に浅く刺さり、マルちゃんの火で溶けて流れる。続いてマステマが、剣で斜めに斬り上げた。

 剣で防ぐのは間に合わない。

 マルちゃんはとっさに体を進めてマステマの腕を手で押さえ、そのまま体当たりをした。怪我はしていないかな!??


「ソフィアさん、伏せて!」

 マルちゃんの戦いに目を奪われていた私の体を、ウリエルの契約者が強引に低くさせる。

 私達の上を光が通り過ぎ、地面に接した途端にドカンと爆発した。

「コワ……、ありがとうございます……!」

「優位になったとはいえ、流れ弾には注意しないと」

「はいいい!」

 バイロン達に集中しなきゃ。

 振り向くと、一瞬イブリースと視線が合った。肩当てが壊れていて、四大天使と龍神族を相手に戦っているのに、私の視線に気付いて不敵な笑みを見せる。

 巻き添えじゃなくて、わざとこっちを狙ってる……!

 バイロン、早く倒しちゃって〜!!

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