第152話 煮干し祭りの歌姫

 ケットシーの王国で、煮干し祭りが開催された。

 広場の中央に火を焚き、ケットシーが火を囲むように輪になって、手をヨイヨイと上げながら練り歩く。

 周囲には屋台が並べられ、その一つに煮干しが山と積まれていた。番猫が小さな桶いっぱいにすくって、入れものを出したケットシーに渡していく。すぐに行列ができた。


 他の屋台にはキュウリやレタス、茹でたサツマイモが置かれていた。レタスは欲しい人が自分で一枚ずつむいて、食べている。私も真似して一枚貰った。新鮮なレタスの味がするよ。

 今度は台車に大きな平たい樽を載せて運んでくる。樽の中には真っ白なミルクがたくさん揺れていた。脚立に上ったケットシーが、コップを受け取ってお玉で汲んだ。掬いやすいように、高さが低いんだな。

 私はコップを持ってない……!

「……即席のお祭りだからね……。食べものが素材そのまま」

 キュウリやレタスに使う、お塩が欲しい……。

 炊いたお米を小さなおにぎりにして、配り始めた。やはり味付けはなし。


「茹でた鶏肉があるじゃないか」

 マルちゃんにはケットシー達が、英雄様だ~と鶏肉を届けてくれている。狼に貢ぐ猫達。意外と煮干し祭りを楽しんでいるなあ。マルちゃんは一人鶏肉祭りだけど。

 あ、マルちゃんのお肉にはケットシーがお塩を振ってくれてるじゃない!

 ずるい、私も~! キュウリをケットシーに出して、お塩を振ってもらった。お塩でいい、味が欲しい。

「おいしくな~れ、にゃんにゃん」

 尻尾も一緒に揺れている。ちょ、出過ぎだよ塩!


「素晴らしいね、チョチョ伯爵。皆の笑顔が輝いている。やはり君の国が、私の求める王国だよ」

「ありがとう、アーク様。ケットシー紳士にそう言って頂けるなんて、光栄だわ」

 チョチョとアークは仲良く肩を寄せ合っている。アークはしばらくここに暮らすと決めたらしい。

「もっと立派な見世物があればいいのに、これが精いっぱいだわ」

 踊るケットシーと、笛と太鼓で曲を奏でるケットシー。猫がトントン太鼓を叩いているのも可愛いよ。

「見世物……、そうだ。魔力を乗せて歌う天使がこの町に来ている。招待すれば、歌声で祭りに華を添えてもらえるよ」

「天使の歌! 素晴らしいわ、誰か猫を寄越しましょう」

「じゃあ私が行ってきます!」


 周囲を見回すチョチョに、片手を上げて立候補した。猫じゃないけど。

 淡白なケットシーの食事だけでは寂しい。こってりとした味の濃いものが恋しい! 呼びに行くついでに、食べものを買ってこようっと。

「お客様に悪いわねえ」

「顔も名前も知ってますし、任せてっ!」

 胸を張って引き受ける。

 私とマルちゃんとアークで、テリエルを探しに行くことになった。

 アークは女伯爵チョチョからの招待状を預かっている。ケットシー、文字も書けるんだ。封は肉球マーク。


 王国から一歩出ると、そこはいらないものが積み上げられている、狭い路地裏。急に景色が変わるから、とても不思議だ。

「一番いそうなのは、ギルドかシャレーかな」

 宿にこもられてたら見つけられないよ、いるといいな。

 いつの間にか日が傾いている。わりとケットシーの王国に長居していたなあ。


 最初に覗いたギルドには姿がなかったので、シャレーにも顔を出した。

 そこに小人と話す天使がいた。ピンクの髪、テリエルだ!

「やっぱりこの国って悪魔多めだよね」

「だがよ、気ぃ付けるのはルエラムス王国だ。あそこの王が地獄の王と契約したってのは、有名な話だからな」

「何そのヤバい話!!! 知らない、教えて!」

 バアルの話をしている。さすがにあれだけ目立ったし、噂が広まっているんだな。テリエルも驚いてるね。


「宮殿まで建立こんりゅうするってんで、小悪魔どもやドワーフのヤツらも集められてな、すげえ速さで造られてるぜ」

「地獄の宮殿、主張版! 怖ぁ……。そっちは絶対行かない……! どの王かな、悪魔の名前は分かる?」

「さあ。そこまでは知らん」

 マルちゃんがジロリと私を睨む。答えるなという合図だろう。シャレーにいる他の小悪魔も、わざとらしくそっぽを向いた。

 話を逸らしちゃっていいよね。

「テリエルさん、先ほどはどうも。アークからお誘いがあるんです」

「あ、ソフィアって娘。……もしかして、また私の歌が聞きたい?」

「ありえないっしょ~」

 契約者は軽く手を上下に振って違うよと笑っているが、残念ながら正解なのだ。ただし聞きたいのは私ではない。アークが狼マルちゃんの背中で、帽子を取って口上を始めた。


「やあ天使のレディ! ボク達の王国で、歌を披露してくれないか? 今、煮干し祭りを開催中なのさ。これが招待状だよ」

 片足を後ろに引いて、胸に手を当てるアーク。テリエルはアークから招待状を受け取り、両手で招待状を掲げて喜んだ。

「……ケットシーちゃん! 行く行く、どこへでも行っちゃうよ! 肉球……、封筒を開くのがもったいない~!」

 いざ猫好きの楽園へご招待。

 でもいいのかな、テリエルの歌はお世辞にも褒められないよ。あ、声が大きいとか、息が長いとかいい点はある。

 契約者の人は文句なしに上手いから、歌ってもらえるのかな。


 天使を連れて、再びケットシーの王国への入り口をくぐった。

 広場に集まるたくさんのケットシーの楽しそうな姿に、テリエルは歓喜の悲鳴を上げた。

「猫猫猫天国!!! 隠されたエデンの園……、輪になって踊る猫、屋台で働く猫、お祭りを楽しむ子猫! 全て可愛い、至福の国~!」

「あはは、テリエル大感動!」

 契約者も猫が好きなのかな、とても楽しそう。

「ステージを用意したの、こちらで歌ってね」

「はーい!」

 チョチョ伯爵に案内されて、並べた木箱の上に板を敷いた、即席ステージにテリエルが上がった。

 天使だ天使だと後を付いて歩いていたケットシー達が、ステージの前に陣取って歓声で迎える。まだ何が始まるか知らないのに、みんな集まれと呼び込みまでして。


「コホン。お祭りにお招き頂き、ありがとうございます。私、天使テリエルがケットシーの歌を歌います!」

「お~!!!」

 大拍手が巻き起こる。ケットシーに歌なんてあるんだ!

「ね~こねこ、ケットシー。ピンとおひげを伸ばして、尻尾をふよふよ、毛づくろい。二本の足でシャナリと立つよ~。今宵は煮干しの夢を見よう、三日月型の~小さなお魚」


 テリエルのケットシーの歌は大人気。

 やはり下手なのに、大きな拍手と褒め言葉が飛び交う。良かったねテリエル、ケットシーに認められているよ!

「とてもステキ。急に音が高くなるのが、ハラハラ楽しいわ」

「ゆっくりだったり早くなったり、ネズミを狙う猫の気持ちがよく表現されているよ」

「声が途中で大きくなったり、飽きない工夫がされている」

 本気のべた褒め……! そういえばアークもテリエルの歌を気に入っていた。これは種族に寄る趣向の違いだ……!

「テリエル大人気~」

 契約者は喜んで手を叩いている。ご招待してもらったんだしと、テリエルの後に契約者がステージに立った。今度は打って変わって、猫達はしいんと静まり返った。


 やっぱり感性の違い?

 先ほどまでの賑やかな活気がなくなり、これは歌いにくいだろうと、テリエルの契約者を見た。続いて手拍子もやめてしまったケットシー達に視線を移す。

 彼らはポカンとして、じっくりと歌に耳を傾けていた。

「名曲だ……」

「感動的な歌……」

「胸を打たれた……本日の業務終了。煮干しは勝手に取ってって」

 良かった、ちゃんといいものも判断できるんだ。


 それから二人は何曲も歌い、歌謡ショーは大喝采かっさいで幕を閉じた。

 チョチョ伯爵もベタ褒めで、とても喜ばれていた。

「猫天国だった……、あああ、また来たい」

 猫大好きなテリエルは、恍惚とした表情を浮かべている。

「歌姫にまた来て頂けると、嬉しいわ。そうだわ! 貴女方をこの国の名誉国民にしましょう!」

「本当!?」

 ケットシーの王国の名誉国民の天使。なんだか不思議な組み合わせが。テリエルと契約者が、何度も両手でパチンとタッチして、喜んでいる。

「そうですわ、犬の英雄様も名誉国民になってくださいね。にくきゅう勲章の授与式をしないと」

「すごいねマルちゃん、名誉国民だよ!」

「嬉しくない。それに俺は狼だと何度も」


「やったー、やったー、バンザーイ!!!」

 マルちゃんの不満は、両手を挙げてはしゃぎ続けるテリエルに掻き消された。ケットシーも集まって、一緒に万歳をしている。なんで。

「……アレと同じに見られたくない」

「それはそうだね……」

 私もにくきゅう勲章は羨ましいよ。でもテリエルと一緒にされるのは、ちょっと……。

 にくきゅう勲章はケットシーの王国に尽くした他の種族に与えられるもので、これを持つとケットシーの王国に入れるようになる。ちなみにここだけじゃなく、他の王国にも入れちゃうよ。どこにあるかは知らない。

 マルちゃんは別に入れなくてもいいと、授与式を待たずに王国から出てしまった。

 私はにくきゅう勲章、欲しかったな~!

 

「レディ、それと狼君! お礼を渡していないよ」

 王国から出て路地を抜けようとしたら、アークが慌てて追い掛けて来た。

「大丈夫、お祭りでたくさん頂いたから」

 お礼は煮干しとお魚だし、わざわざ貰わなくていいよ。

「達者でな」

「君達も、元気で。いい旅を!」

「弟のチュチョに、たまには王国に遊びに来なさいと伝えてね~!」

 アークの後ろで、女伯爵のチョチョが手を振っていた。

「うん! チョチョちゃんもお元気で~!」

 大通りに向き直ると、通りがかった人が猫と別れを惜しむ私を訝し気な瞳で眺めていた。うっわあ、他人に見られると恥ずかしい……。

 

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