第151話 ケットシーの王国に到着!

 町からは冒険者が何組も出発している。いっぱい泊まってたんだなあ。進むほどに人が減り、定期馬車が私達を追い越していく。

 ふと後ろを見ると、ピンクの髪をした愛の天使テリエルの姿があった。


「あー! さっきの悪魔とケットシーちゃん!」

「……うるさい天使か」

 マルちゃんはうんざりと一瞥して、前に向き直った。

「こんにちは。貴女も同じ方向? 縁があるね~」

 天使の契約者は、普通に挨拶してくれる。狼姿のマルちゃんは、そ知らぬ振りで歩いている。

「なるほど……、全て理解した。先回りしたのね。さては私に惚れちゃったのね、ストーキング行為は犯罪よ!」

 マルちゃんを人差し指でビシッとさすテリエル。

 私達は先を歩いているのに、どうしてそういう発想になったの!?

 シャレーでも一人で騒いでいたし、妄想癖でもあるんだろうか。シムキエルとは違う意味で危険な天使だ。


「狼君は、天使のレディが好きなんだね」

「そんなわけないだろう」

 アークが本気にしそうになっている。猫だから騙されやすいのかな。

「私が可愛いから……、これはもう宿業なんだわ……」

「かもかも、そうかもー」

 テリエルの契約者は面白半分にあおっていた。無責任な人だ、だからテリエルにピッタリなのかも。そうかもー。

「私は愛の天使だもの、この魅力が武器であり欠点ね」

「愛の力でノックダウン! ていうかあの狼って、そんなスゴイの?」

 尋ねるテリエルの契約者はあっけらかんとした表情で、ただ楽しんでいるだけみたい。侯爵マルちゃんを何と心得る!


「高位貴族だよ、あのアブダシウスだって紙より簡単にぐっちゃぐちゃよ」

「気になってたんだけどさ、アブダシウスにも勝てないのにケンカ売ってて、いつかテリエルがメッキョメキョにされない?」

「愛は全てにまさるのよ!」

「攻撃的な愛だねえ」

 ずっと聞こえてくるこの緩い会話は、かみ合っているのかいないのか。

「愛の力は偉大だよね」

 アークが納得しちゃってる。愛は攻撃できないし、身も守れないよ……!

 方向が同じみたいで、人が減っても後ろには二人が歩いている。マルちゃんは前だけを見て歩いていた。


 疲れてきたのか、それとも単に話題がなくなったのか、だんだん後ろからの会話が途切れてくる。静かになったのも束の間、今度は前の方で騒いでいるよ。

「何かあったのかな」

「魔物がいるわけではなさそうだ」

 数人が集まっていて、前を歩いていた人も駆け寄った。

 うめき声がするような。私も小走りで近付くと、ざわめきだった声が聞き取れるようなった。

「ポーション使う?」

「怪我人は何人いるんだ?」

 複数の怪我人が出ているんだ。じゃあ私が回復魔法でも唱えるかな? ただ、一度に回復するのはせいぜい三人が限界かなあ。


「ここは私の出番ね! 私は回復を得意とする愛の天使よ」

「はいはーい、テリエルが直しますよ。範囲は広くないから、集まってね」

 集まっていた人達が注目する。魔法で回復できるならポーションは残しておきたいから、いったんお預け。

「助かるよ~! 六人もいるんだ。二組で討伐をしててね、対象は全部倒したがこちらも痛手だった」

 回復アイテムも使い切るような戦いだったみたいね。

 テリエルは咳払いをして、堂々と語り掛ける。


「え~、私は歌に魔力を乗せて回復させます。歌いますのでご清聴ください」

「歌で。オシャレ!」

 私は思わず拍手した。他の人達も拍手をして、パチパチという音が重なる。テリエルは目を閉じてこの空気を満喫してから、おもむろに歌い始めた。

「主よ~、慈しみを~。導きたまえ、いと高き場所に玉座を据えし御方~。恩寵が世界を満たしますようーららら~」

 神様を讃える歌だ。選曲が天使らしい。

 ただし、下手だった。どうしてあんなに自信満々だったのか。この音で合ってるの、と聞きたくなる謎な音程。テンポもおかしい。


 契約者は私の横で、にこにこ笑いながら眺めている。

「テリエルは歌うのが好きだけど、上手くはないんだ。独特で私は好き」

「好きなんですか……」

 バカにしているわけではなさそう。変わった感性の女性だ。

 素晴らしい歌を期待してしまった冒険者達は、笑った顔で固まっている。

「ではコーラスの出番だわ。祈りよ届け、我が心に安らぎの日差しが差し込むよう。主よ、主よ、貴方の栄光は永遠に輝き続ける」

 ……うっまい。え、すごい上手い。心が洗われるような歌声……!

 下手だけど楽しそうに歌うテリエルと、心に訴えかけるような響きを持った契約者の声が合わさり、感動が半減するのに心地いい。謎のハーモニーだ。


 地面がほのかに輝き、怪我をした人達の傷口はゆっくりと塞がった。こんなキレイな歌声じゃなく、調子はずれのテリエルの歌で回復するのが、どうにも表現しがたい気持ちにさせる。

「歌で治った、不思議だなあ」

「ありがとうございます、全員回復しました。もう大丈夫です」

「良かった、オッケー! じゃあ次の曲いきま〜す!」

「え」

 終わりにしてくれという冒険者の願いも空しく、テンションが上がったテリエルはそれから五曲続けて歌った。皆で静かに拝聴させて頂く。私は関係ないけど、抜け出しにくい……!

 マルちゃんは諦めて眠り、アークは喜んでいるよ。

 治療してもらった人達が素っ気ない態度をとれるわけもなく、曲が終わるごとに愛想笑いと盛大な拍手を浴びせていた。


「終わった……」

「楽しかったー!」

 ご機嫌のテリエルは、翼を動かしてちょっと飛んでいる。冒険者が回復の代金を支払おうとすると、天使として当然だと、彼女達は断わった。

「それじゃ、お金にならないですね」

「うん。軍とか組織からの依頼だったら、払ってもらってる。テリエルが嫌がるんだよねえ。まあ歌を聞いてもらうお礼だと思ってる」

 歌う方が払うお礼かぁ。テリエルは頬を膨らませていた。


 冒険者は私達と反対側へと去っていった。

 ご満悦のテリエルの目的地は、同じ町なんだって。到着まで一緒だよ……!

 その後は問題なく、町に到着。この町にケットシーの王国があるよ。場所は知られたくないだろうから、入り口で二人と別れる。

「……俺も行くのか」

「せっかくだし、最後まで付き合ってよマルちゃん」

「ついに王国に……、緊張するね」

 嫌がるマルちゃんと反対に、アークは胸を高鳴らせている。アークと一緒なので、ケットシーの王国の門は開かれるのだ。


 路地裏の細い道にある異空間。町にあっても人には見つけらない猫の楽園、ケットシーの王国。

 突然景色が変わり、色とりどりの屋根の小さな家が並んだ。

 私の姿を見た住人がにゃっと悲鳴を上げて、小さく跳ねた。王国では皆、二本足で行動しているよ。

「人間が来たにゃ!?」

「やあ、ボクはアーク。さすらいのケットシー紳士さ。彼女達に案内してもらったんだ、悪さはしないよ」

「こんにちはー」

 私も挨拶をすると、茶トラケットシーはマルちゃんに目を留め、にゃ~と鳴いた。

「ケットシー紳士様と、犬の英雄様だ!」


 覚えられていた。でも狼だとは理解してくれなかったらしい。マルちゃんは盛大にため息をついた。

「面倒臭い……」

「まあ、冒険者の方、犬の英雄様、それからケットシー紳士様まで!」

 黒猫女伯爵のチョチョだ。ケットシーがどんどん集まってくる。

 ケットシー紳士って、特別なの……? 疑問に思ていると、チュチュがそうでしたわ、と説明してくれた。

「人の方には馴染みがないものね。ケットシー紳士とは、王様から優雅で立派な挨拶ができ、魚を上手に獲れると認められた貴族の称号なの。皆の憧れなのよ」

 魚を獲るのがたしなみ……、なるほど!

 周囲に集まった女の子のケットシー達が、熱い眼差しでアークを見詰めている。アークが手を振ると、にゃあぁと黄色い悲鳴が響く。大人気だ……!

 犬の英雄マルちゃんなんて、拝まれていた。


「レディ、ここまでありがとう! お礼の煮干しと、魚を獲らないとね」

「いいよいいよ、私も楽しかったし!」

 むしろ貰っても、どうしようもないよ。猫の煮干しを奪ったりしないよ!

「せっかくいらしてくださったんだもの、歓迎の宴を開きましょう」

「にゃ~い」

 肉球を合わせて皆が喜んでいる。宴、いいね。私達が食べられるものも、きっとあるよね。宴の準備だ、と張り切るケットシー達。

「煮干し祭りよ」

「大歓迎だね、ありがとうチョチョ女史! いや、今は伯爵だったね」

 アークは嬉しそうにお辞儀をする。

「すげえ」

「やったー!」


 ケットシー達が歓喜の渦に飲み込まれる中、私は冷めた気持ちで、尻尾を揺らしてはしゃぐ猫達を眺めていた。

 煮干し祭り……、もっと他にないの!??

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