第153話 マルちゃん、逃走
「さて、次はどうする」
ケットシーの王国から出た私達は、大通りを歩いていた。アークとも別れたから、またマルちゃんと二人に戻ったよ。
もう日が暮れていて出発するような時間じゃないから、まずは宿探しかな。
「出発は明日の朝だね。『神秘なる魔女の会』のヴァンダの家に、寄って行かない? 久々に国に帰ったんだし。この近くだよね、マルちゃんに乗ればひとっとびだよ」
「……まっすぐ塾へ帰ると言うかと思えば、寄り道ばかりだな」
「だって挨拶くらい、したいもーん!」
「帰って来たんだ、いつでもできるだろ……」
マルちゃんがどうするか聞くから答えたのに。
道に宿の客引きがいるくらい、部屋が空いている。選び放題だね。マルちゃんと一緒に泊まれて、朝食を付けてくれるところにした。
次の日、まずはギルドに寄って依頼を確認する。冒険者はぼちぼちいるね。
『神秘なる魔女の会の方に素材をお届け 急ぎ』
ちょうど尋ねたいと思ってた、ヴァンダの家だ! すぐに札を外し、受付に並んだ。
「これ受けよう、マルちゃん。寄り道じゃないよ。仕事だからね!」
「……お前の得意気な顔はどうもイラッとする」
マルちゃんは狼姿のまま、奥のサロンスペースでぐでんとしている。小さいギルドなので、テーブルが幾つかあるだけ。サロンというより待機場所かな。
ヴァンダへの配達依頼は受ける人がいなかったので、受付の職員に喜ばれたよ。受注をして、早速マルちゃんに乗ってヴァンダの村へ! 空には尾の長い鳥が飛んでいた。遠くに魔導師も飛行している。
目的地は山裾にある
「ゾラ、久しぶり! ヴァンダはいる?」
「おやまあ、ソフィアじゃないかい。いるよ、森で採ってきた薬草をキレイにしているところさ」
そう、この猫はヴァンダと契約しているケットシーなのだ。私が話し掛けると二本足で立ち上がり、こちらへ歩いてきた。
ゾラに案内されて家に入る。
「お届け物でーす!」
「待ってました~!」
小走りでトタトタと廊下を走る音がする。
「この声はこの声は!」
そしてもう一人。マルちゃんが露骨に嫌そうな顔をした。
「もしかして、ヘルカ?」
「やっぱり、マルショシアス様! このような
マルちゃん大好きヘルカが、祈るように手を合わせる。私もいるよ!
「寂れてて悪かったね」
有頂天のヘルカには、ヴァンダの言葉なんて耳に入らないみたい。
ヘルカはヴァンダと同じ、神秘なる魔女の会の会員だ。犬好きでヴァンダとあんまり仲が良くないみたいだったのに、自宅を訪ねているなんて意外だな。
「はいこれ、依頼終了のサインもちょうだいね」
「ありがとー! ヘルカと一緒に、会で集めている薬を作ってるんだ。なんかねえ、どっかの国で内乱があって、傷薬とかが足りないんだって」
「大変だね。うちの会は通達ないなあ」
ヴァンダにサインをもらって、荷物を渡す。ヴァンダが箱のフタを外すと、キレイに洗ってしっかり水を切った薬草が数種類入っていた。採取依頼を受けた人が、いい仕事をしてくれているね。
神秘なる魔女の会は、薬を作って世の為に貢献することが会の理念なんだよね。
ヘルカはマルちゃんの横でニコニコしている。
「そいえば最近、ハゲワシみたいな体で、グリフォンみたいに立派な翼の鳥が飛んでるんだ。危険な魔物かな?」
「ヘリオドロモスだな。さほど危険でもないが、小さな家畜や人が怪我をして弱っている時などには襲ってくる。退治した方がいいな、してこよう。じゃあな」
早口で説明して、マルちゃんはさっさと外に出て飛び立った。ヘルカから逃げたんだ。
「マルショシアス様ぁ、私も連れて行ってくださいませ……!」
ヘルカも玄関の外まで追い掛けて、マルちゃんの姿が見えなくなるまで見送っていた。余計に戻って来なくなるよ……!
そのうち室内に戻るだろうから、気が済むまで放っておこう。
私は届いた薬草を種類ごとに分ける作業を手伝った。一部はヴァンダが
「そういえば、イーロは?」
「薪割りをしてくれてるよ。保管場所があるんだ、そっちで作業してる」
イーロはヘルカと契約している、攻撃系のドワーフ。ヘルカはお髭も大好きだから、このデコボココンビは仲がいいのだ。言われてみれば、どこからともなくカコンと板を割るような音が響いていた。
薪はしっかり乾かないと使えないから、割ってから一年くらいは乾燥しないといけない。
「仕事が済んだのにマルちゃんが逃げちゃったよ、どうしようかなあ……」
「じゃあさ、薬作りを手伝ってよ。あの様子じゃ、ヘルカはしばらくダメだし」
「そうだね、勉強にもなるし。指示してね!」
「あーりがとー!」
私はヴァンダの傷薬作りを手伝うことにした。専門家だけあって、手際がいいな。
ヘルカはお昼ご飯の時間になるまで、外でマルちゃんを待っていた。ケットシーのゾラに待っていても仕方ない、それより仕事をしなと注意されても、頑として聞き入れない。想像以上にガマン強かった。
昼食を食べに戻ってきたイーロに促されて、ようやく家に入ったよ。
「……嬢ちゃん、いい加減諦めろよ」
「何を言いますの、イーロ。マルショシアス様は照れていらっしゃるのよ。後一押しですわ!」
「いやいや無理っしょ」
ヴァンダも呆れている。私も可能性はほぼゼロだと思う。
昼食が終わるとイーロはまた出掛けて、私達は薬作りの続きだ。
夕方にはヘルカが、マルショシアス様の分もと気合いを入れて料理をしていたけど、マルちゃんは夕食の時間になっても姿を見せなかった。
「変だなあ、すぐに帰ってくると思ったのに……」
「ヘリオドロモスが見つからなくて、探しているとか?」
真面目なマルちゃんなら、ありそう。辺りはすっかり真っ暗だ。
「今から宿探しをした方がいいかな……、この村って宿ある?」
「うちに泊まれば? ベッドは足りてないから、床に雑魚寝でもいいなら」
「十分だよ、ありがとう! 今日はお泊まり会だね」
「明日はいらっしゃるかしら……。せっかくマルショシアス様に食べて頂こうと、お料理を頑張りましたのに」
ヘルカが肩を落とす。
鶏肉の照り焼き、オムレツ、自家製ピクルスや煮物など、豊富な品数が並べられたテーブル。料理をしていた時の、ヘルカの張り切りようが目に浮かぶ。マルちゃんの代わりに、イーロがどんどん食べてくれているよ。
「食材使いすぎたよ、ヘルカ! 明日の食事はどうすんの!?」
「何とかなりますわ」
マルちゃん以外のことも考えてほしいよ。でも料理は上手だな、とっても美味しい。
「やれやれ、仕方ない娘だねえ」
ゾラが前足を舐めながら呟いた。
夜は毛布を借りて、客間の絨毯の上に寝転んだ。ヘルカとイーロも一緒。ヴァンダは寝室にベッドがある。
ヘルカがマルちゃんについて語り、イーロからもう寝ろよと言われてた。半分以上も妄想だしね……。
朝になってもまだマルちゃんは帰らない。
軽い朝食をとって、薬作りの続きをする。今日も来なかったら、移動しよう。ヘルカと離れるのを待ってるわけじゃないよね。
外では誰かがバタバタと走っている。朝から元気だなぁ。
「おうおう、ずいぶん騒がしいな」
「本当ですわね、イーロ。体力が有り余っているのかしら」
皮の硬いパンを千切りながら、ヘルカがため息をつく。
「朝からこんなにうるさいことなんてないよ。何かあったんじゃないの」
言われてみれば、何か出たとか叫んでる。
魔物かも、と耳を傾けた。
「ミノタウロスが出たぞ!!!」
ミノタウロス! 牛の頭をした魔物。攻撃的で、人間も食べるよ。
「ヤバいね、倒さなきゃ!」
ヴァンダが立ち上がる。
「皆で協力すれば、やれるよね!」
「私達も行きますわ。ね、イーロ」
私もやる気十分だよ! ヘルカとイーロも続いた。
「気をつけて行ってくるんだよ」
ケットシーのゾラには戦えないから、家の中で待っている。
マルちゃんがいなくても、やれるってところを見せなきゃね!
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