地獄の侯爵と契約したので、故郷を探す旅に出ます

神泉せい

第1話 召喚と契約

 召喚術という術を知っているだろうか。

 儀式魔術とか儀礼魔術と言われる術で、決まった所作を正しく行い、異界から人間ではない存在をび、契約を交わすことによって身を守って貰ったり、何かしてもらったりする。契約だから、もちろん代償も必要になるんだけどね。


 私はソフィア、十九歳。

 幼い頃両親を亡くし、魔法や召喚術を教える先生に育ててもらった。

 召喚術師は、術師の会に入ることが多い。

 先生は『森の隠者の会』という召喚術師のカヴンの、会員になってる。カヴンていうのは、召喚術師が集まった会の事。たくさんのカヴンがあるみたい。

 『森の隠者の会』は、その中でもとても格式高い会と言われていて、条件は三体以上と契約を結んでいる事、国に仕えない事、人の里に住まずに研鑚を重ね、一人以上の弟子を育ててこの術を繋いでいく事。大きくこの三つ。


 私はそろそろ一人前の召喚術師として召喚を成功させて契約を結び、旅立たないといけない。いつまでも先生のお世話になっているわけにはいかないし。他の生徒たちはみんな、お金を払って弟子になっている。私だけ先生が引き取ってくれたから、無料なんだ。

 さすがに申し訳ない。

 とにかく立派な契約を結んで、卒業しないと!


 召喚用の離れの施設で、対象を召喚する為の座標を描き、魔法円を書いた紙を広げる。座標は二重に円を描いて、その中にコンパスで方角を確認しながら五芒星を描き、四つの方角に四つの力ある名前を入れる。対象がここに来るんだよって解る為の、目印だね。


 魔法円マジックサークルの役目は、召喚された存在から身を守るためのもので、決められた動作をして入ると、固い防御の壁が出来るの。ここにも円周に色々な文字と、中心に四角、東西南北に六芒星が描かれている。

 床に敷いたら、お香を焚いてキャンドルに火をつけて、魔法円の四隅に設置。

「神聖なる聖四文字テトラグラマトンに示される御方、我を導きたまえ」

 まずは神さまへの言葉を告げ、円の手前で四方の鍵を開ける。

「東の門よ、かんぬきを外せ」

 言いながら五芒星を描く動作を、東西南北に向かって行う。それからこの円の中に入る。なぜか先生の猫がやって来て、一緒に入った。

 まあいいや、今日こそは道中で身を守ってくれるモノを召喚しないと!


「神秘なる秘跡により、虚空より現れ出でよ! 閉ざされし扉よ開け、悪臭も騒音もなく訪れよ。四足のもの、我を守りし獣。我が前に姿を見せよ!」


 まだ何も起こらない。喚ぶ対象の名前とか種族がはっきりしてればもっと成功率が高いんだけど、なるべく知られていないものをという先生の注文なの。

 魔力を籠めて繰り返していると、ふうっと風が吹いて来た気がした。

 扉が、開いた!?


 前に妖精を召喚した時のような手応えがあった。

 まだもっと薄いんだけど。

「我が声に答えたまえ! 来られよ、神の名において!」

 ビュッと闇が座標に満ちて、黒っぽい炎が螺旋状に噴き出した。

 この反応って、何!? ごうごうと燃える音が部屋に木霊する。


「俺を喚ぶのは、お前か」

 黒い闇が翼のように広がり、炎が天井に消えた。

「きゃあああっ!!!」

 恐怖に心臓がドクンと大きく脈打って、膝が震えて立っていられない。尻餅をついた私の前に立つのは、グリフォンの翼に蛇の尾を持つ、狼の姿の……魔物?

「ぐはははは、恐れろ、人間よ!」

「悪魔~!!」

 ……ん? すぐ後ろから声? 私が思わず振り返ると、先生の猫が毛を逆立てて叫んでいた。


「え? 喋るの、この子! 知らなかった」

「……待て、なぜケットシーを気にしてるんだよ。違うだろ、もっと恐れろ」

「ケットシー? 猫じゃないの?」

 猫はゴホンと似合わない咳ばらいをすると、二本足で立ち上がった。

「……バレたら仕方ない。僕はケットシーの貴族、チュチョ。ここへは留学の為に来てるんだ。エステファニアと契約して、猫のフリをして弟子たちの様子を探ってたわけだ」

 エステファニアは私の先生の名前。素敵な女性なの。

 飼い猫じゃなくて、監視猫だったの!?

 ……と、今は召喚術の途中だったわ。


「えと、そういえば悪魔さんなんですね」

「……おう。この地獄の侯爵を無視して猫と戯れるとは、とんでもないやつだ」

「侯爵様ですか! これは失礼しました、私はソフィアです」

 窓がなく隙間から入る光と、ランプと儀式用のキャンドルだけに頼った、昼でも薄暗い召喚術用の石造り部屋は、緊迫感が一気にとんで微妙な空気になった。


「一緒に旅をする相棒を探してる?」

「ソフィアはこの塾を出て行かなければならないが、天涯孤独の身なんだ」

 ケットシーのチュチョまで会話に加わっている。

「身を守ってくれて、騎乗できればもっといいと思ったんです」

「ほう。俺は実のところ、いつか天に帰るのもいいかと考えていてな、点数稼ぎをしたいんだ。神の道に沿う事をするなら、別に構わない」

「もちろんです! 私は故郷を探しながら、自分の腕を磨いていきたいです」

「故郷を探す?」

 私の言葉に、悪魔は不思議そうに聞き返して来た。


「この子は八歳で事故に遭って、それ以前の記憶がないんだ。両親は行商人で、滞在していた村がティアマトに壊滅させられた。その時の生き残りで、エステファニアが同情してなあ」

「ティアマト様はまだいるのか?」

「送還されてないという事は、居るんだろう。山にある洞窟を利用した軍の地下実験施設で召喚され、だいぶ悪い対応だったみたいでね。激怒されて、実験施設も彼女たちが居た村も壊滅、付近も空を通った場所が数十キロに渡って見て取れる程の被害だった」

 猫の方が、私より知的な話し方をしている。人間としてのプライドが揺らぐわ。初めて会った悪魔とも普通に会話してるし、コミュニケーション能力の高いケットシーだな、チュチョって。


「怒らせたら手が付けられんからなあ……。黒竜の姿で侮られる事はないだろ、人間の姿だったんだろうな。背の高い美女だ」

「で、契約はどうされる?」

「旅の間の護衛だったか? 別にいい。旅もいいよな。ただし、契約は一年ごとの更新で、目に余るようなら破棄もある」

「……はい!」

 そう言うと、悪魔は突然人の姿になった。黒い髭を生やした、髪も瞳も黒で黒い鎧を着た騎士。彼の手に契約用の羊皮紙が出現する。

 高位の悪魔や天使は、自作の契約書を持っているの。

 やったわ、契約が結べる! ケットシーのチュチョが半分以上話をしてくれちゃったんだけど、いいよね。

 

「では名を」

「ソフィアです」

 契約書には魔力により、文字が勝手に書かれていく。

「俺は旅の護衛をする。お前は俺の食料を用意し、目的を果たす手伝いをする」

「目的ですか?」

「先ほど言っただろう。天に帰る為の点数稼ぎだ。要するに徳を積め」

「解りました!」

 悪魔と契約するのに、いい事をしろと言われるとは思わなかったわ。でもこれなら、会の規約に反しないし問題ないわね。私がこれから入会する会は、人の為になる行動をするようにって規約があるの。


「とりあえず俺も、これでいい。俺はマルショシアス、悪魔の侯爵」 

 パアッと契約書が光った。契約が締結される。

 契約書の光が収まると、マルショシアスは小さなメダルのような丸い金属のプレートを私に渡してきた。不思議な模様と、円周には彼の名前。

「俺の印章シジルだ。持っていろ」

 契約の証、みたいなものだそうだ。ただし誰にも見せないようにしないといけない。いったん地獄に戻してから再度召喚する時とか、お願いをする時とか、あると便利みたい。



「先生! 悪魔と契約できました」

 再び獣の姿に戻ったマルショシアスと、ケットシーのチュチョと一緒に、成功の報告に行った。私が今まで契約できたのは、家事妖精だけ。まさかこんなに大成功するなんて!

「……立派な悪魔ね。爵位を持っていらっしゃる」

 先生には一目で見抜かれてしまった。さすが!

 先生の紫色の瞳が覗き込むようにマルショシアスをじっと捉える。

「なかなかいい腕の術師のようだな、お前の師匠」

 マルショシアスは私の方を見て茶化すように言うと、スッと先ほどと同じ、騎士のような男性の姿に変わった。

「合格よ、ソフィア」

「当たり前だ、この俺と契約を結んだのだ!」

 これで、旅に出ることは決定ね。

 少し寂しいけれど。



 通常一人前になると、弟子は師匠と同じカヴンに入会できる。でも師匠が所属するカヴンは特殊で、条件を満たさないと会員になれないの。その為に弟子たちのカヴンがあって、そこに所属できる。

『若き探求者の会』

 私はこれからこのカヴンに所属できる。所属の証になる証明書が師匠から貰えて、これを持っていると通信を使い魔が届けてくれるようになる。町でカヴンの支部なんかがあると、情報交換や仕事のあっせん、口利きとかもしてもらえる。


 ついにこの山奥の庵から出て、都会へ行くんだわ! ドキドキする。

 最初の目的地は、私が発見された村。今は誰も済んでいなくて、慰霊塔があるらしい。まずはそこに行ってお参りをして、付近の村に聞き込みよ!

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