第2話 旅立ち

 旅立つ前日、準備をしていると先生がやって来た。

 私の部屋では、獣の姿のマルショシアスがだらりと横になっている。

「ソフィアに私からの、最後の教えよ」

「……はい」

 先生はこの時、禁令と呼ばれる短い呪文を教えてくれた。古代の言葉で、色々な攻撃を防ぐ防御の呪文。言葉の意味を、信用できる弟子だけに教えることが許された、『森の隠者会』の秘伝の呪文らしい。


 それから、少しの沈黙の後に言い辛そうに口を開いた。

「言っておかなければ、ならない事があるの……」

「……なんでしょう?」

 また口ごもってしまったけど、意を決したように話し始める。

「私はある貴族の娘でね、領地の村長の息子と恋に落ちたの。でも身分違いで、許されないものだったわ。だから二人で軍に所属して、魔法や召喚術を覚えて出世して、認めてもらおうって思ったの」

 二人で入隊することもない気がするけど、さすがエステファニア先生だわ。静かに語る先生は、とても悲しそうな表情をしている。


「それが仇になったのね……。私の方が才能があって、彼はとても焦っていた。だんだんと溝が出来て、すれ違っていったわ」

 出世して貴族である先生と結婚できるようにと思っていた恋人より、先生の方がうまくいっちゃったなんて。仕方がないことかも知れないけど、皮肉な話だな。

「彼はついに、召喚術で異界の強い悪魔やドラゴンを召喚するプロジェクトに加わってしまった。私はやめてと訴えたんだけど聞いてもらえず、軍から退役して彼との連絡も断ったの。でも、これは間違いだった」

 高位の存在の召喚。かなり危険を伴う実験だわ。私が召喚しちゃった爵位を持っている悪魔も、もちろん危険なんだけど。


「山の洞窟を利用した地下の実験施設で、本当にドラゴンを召喚できてしまった。そして怒りに触れて施設は壊滅、付近の村も多大な被害を受けたわ」

 その話って、もしかして……

「貴女の両親も巻き込まれた、あの黒竜ティアマトによる、史上最大の召喚事故と言われるものよ。止められなくて、本当にごめんなさい……」

 先生は泣きながら私を抱きしめた。

 引き取ってくれたのは同情じゃなくて、贖罪のつもりだったんだろうか。


「……先生の、せいじゃないです。軍の実験なら、個人が止められる訳がありません」

「もし私がもっと強く訴えてたら、彼やその友人をメンバーから外せたら、結果は違っていたかも知れないわ」

「それは……、解りません。でも、一つ解りました」

 抱き締めていた腕が緩み、濡れた紫の瞳と視線が合わさった。


「先生は、私と同じで被害者の身内なんです。だから優しくしてくれた。私はとても、幸福でした」

 本当に、先生の弟子で良かった。失くした家族を、もう一度手に入れたと思っていたの。だから先生も苦しまずに、幸せになってほしい。

 心からそう願った。



 次の日の朝、私は出発した。他に三人いる先生の弟子が見送ってくれたんだけど、同じ年のリアナだけはプイッとそっぽを向いていた。ライバルみたいに見られていたのよね。私が先に卒業してカヴンに加入するのが、悔しいのかな。仕方ないわ。

 まずはマルショシアスと山道を歩く。半分くらい山を下りたところに村があって、そこで物々交換なんかで品物を手に入れたりしていたから、挨拶に寄った。

 村の人達が旅立ちを祝ってくれて、ついでに麓の町に届ける手紙を預けてくれた。

 これが私の、最初のお仕事ね!

 少しはお金も持ってるけど、稼がないといけないなあ。お仕事あるといいな。


「おい。ところでお前は、何を首から提げてる?」

 山道を下っていると、マルショシアスが話しかけてきた。

「これ? 形見のロケットよ。模様が彫ってあるから、何か私の出生を知る手掛かりにならないかなと思ってるんだけど」

「そっちじゃなくて、ついてる宝石の方だ。何かと契約した印じゃないか、それ。名前さえ解かれば喚び出せそうだが、それは彫ってないな」

「そうなの? 両親か誰かが、召喚師だったのかしら」

「解らんが、それもあまり他人に見せない方がいい」

 エステファニア先生くらいにしか見せてなかった気がする。そういえば、必要になるまで誰にも見せずに大事になさいと、先生が言ってくれていた。先生も何かを感じ取っていたのかも。

「気をつけるね」



 ふもとの町も以前、何度か来た事がある。預かったお手紙をギルドの受付に出せばオッケー。これはこういうお仕事を一手に引き受ける所で、色々な依頼が張り出されている。

 ここのギルドの一角には召喚術師のカヴンの窓口になる、『シャレー』と呼ばれる場所がある。召喚術師専用で、カヴンに所属したら誰でも使える。術師への依頼や相談は一般の人でもできるけど、お金がかかるらしい。

「久しぶり、挨拶に来ました」

「あらソフィアさん! ついに一人前になったのね。おめでとう!」

 窓口の女性は私と何度も会っているから、さすがに顏見知り。手に入れたばかりの召喚術のカヴンの会員証を見せた。まさに召喚術師です、って感じ!

 ちなみに今までは、先生の弟子って事で必要な時に使わせてもらってたの。召喚術師の弟子だって証明されたら、先生の用事でなら利用できるの。


「これからどうするの?」

 女性が尋ねてくる。

「うん、まずは事故の場所に行ってみようと思ってるの。家族の事とか、解ったらいいなあ」

「難しそうだけど、がんばってね」

「でも国のずっと南東なのよね。しばらく戻れないね」

 別れを惜しみつつ、握手をした。


 次にギルドで依頼を見る。ちょうど南東の町への配達依頼があるわ。

「すみません、これ受けたいんです」

「あ、有り難い! 期日が迫ってるけど、平気かい?」

「大丈夫です。この子で飛んでいきます!」

 マルショシアスを見ると、退屈そうにあくびをしてる。

「ほう、こりゃ珍しい魔物だな。じゃあ任せたよ、しっかりな!」

「はい!」

 ギルドカードに依頼を受けたことを機械で記録してもらって、コインみたいなランク章を確認の為に見せる。ランクが上の仕事は受けられないの。

 私はまだあまり仕事をこなしていない、Eランク。

 しっかりと配達して、ランクも上げていこう!


 今の所持品は、召喚師のカヴンと呼ばれる、会に入った証明書。これで一人前の召喚術師として、世間的に認められるの。私が所属したのは、『若き探求者の会』という、比較的新しいカヴン。

 それと前から持ってるギルドカードとランク章。これは、お仕事を受ける為のもの。誰か解らない人に、大事な仕事は任せられないものね。以前は冒険者ギルドと呼ばれていたけど、今は単にギルドって呼ばれてる。どっちでも通じるよ。

 あとは日用品や着替えがちょっとくらいで、大した荷物はない。


 町の外に出てから、マルショシアスに跨った。翼を大きくはためかせて、宙に浮いていく。空を飛ぶなんて初めて。すごい!

 次の町までひとっとびね。途中でペガサスに乗っている人を見掛けた。すごい速度で飛んでいくのは、魔導師の方。魔法で空を飛べる人なんて、本当に一握りしかいないの。


「景色がキレイ! すごいね、マルちゃん!」

「待て! 誰がマルちゃんだ!!」

「だって、マルショシアスって長いから」

「長くてもちゃんと呼ばんか、バカ娘!」

 マルちゃん、可愛いのにダメかなあ。確かにあの騎士姿にマルちゃんって言うのは、おかしいけど。


 そういえばマルちゃんとの契約で、善行を積むんだよね。

「善行って、困ってる人を助けるとか、そう言う事でいいのよね?」

「困ってるのが悪意のない人間なら、な」

 困ってるのがいい人とは限らない! それもそうだ。

「いい人が困ってるといいね」

「望むな!! 人の不幸を願うのは悪行だ!」

 難しいなあ、もう。契約を守りたいだけなのに~。

 通り過ぎたペガサスが、私がさっきまでいた町へと降りた。


 私の目的地も近づいて来た。さっきよりもさらに大きな、都会と言える町。

 ほとんど先生の庵で過ごしてたし、人口の少ない山村か、さっき寄った規模の小さな町しか言った記憶がないから、都会なんて緊張する。人がたくさん道路を歩いているのが見えるわ。獣人や召喚された獣や、小悪魔なんかも混じってる。あんまり広い町だと、道に迷わないか心配。


 まずはギルドに品物を届けて、召喚術師のシャレーでマルちゃんと一緒に泊まれる宿を聞くんだ。

 これからは生活するお金も稼がないといけない。失敗しないように気を付けよう!

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