第80話 ハニー、危機一髪?

 川辺や森の入り口付近で薬草採取をして、お昼に竜人族兄弟と合流。おにぎりをあげたら、木いちごを分けてくれた。森で木を見つけたんだって。

 食後に兄弟の薬草を確認して、日が暮れるまでには戻らなきゃ。バイロンは静かに、私と薬草採取をしていてくれた。


 早めに村へ戻り、先生のお宅を訪ねたけれど、やっぱりまだ帰っていない。

 勝手に入るわけにもいかないし、家で薬草を洗おう。扉に背を向けたところで、バタバタと足音がした。見れば、六人ほどの兵隊が険しい表情で辺りを警戒していた。

 さすがに治療の応援じゃないだろうし、事件でもあったんだろうか。

「ここに怪しい人物が来なかったか!?」

「いえ、特に見てませんけど」

 近くにいた女性が答える。潜んでいると危険だからと、兵達は声を掛けながら村を廻り始めた。

「強盗が一人、移送途中に逃げた! スキンヘッドで背の高い男だ、見掛けても近寄らないように!!」


 強盗の容姿が危険な人に似ている。間違えられたら大変と知らせに行こうとしたのだけれど、ダーリンが見つかってしまった!

「おい、そこの男! こっちを向け」

「……それは誰のことだ」

 ダーリンこと地獄の王アスモデウスは低い声で唸り、振り向きもしない。

「あの、その男性は違います!」

 私は慌てて声を張り上げた。一緒にいるバイロンも、困ったねと苦笑いだ。

「確かに……、逃走犯はこんな豪華なマントなんて付けてません」

「別人か? 言われてみれば、あの犯人より体格がいいな」


 すぐに理解してくれた。大事にならずに済んだとはいえ、地獄の王の機嫌はそれで直るものでもない。顏を向けたアスモデウスは、明らかに不快な瞳をしていた。

「失礼しました、スキンヘッドの強盗が逃走しておりまして」

「俺を強盗だと言いたいのか?」

 食い逃げはしたけど、強盗ではありません!

 ……今は余計なことを喋ったらダメな時だね。

「どうしたのダーリン、怖い顔して」

 ちょうど治療を終えたハニーが出てきた。輝いて見えるよ……!

 マルちゃんもハニーと一緒だ。狼姿で荷物を銜えている。険悪な雰囲気に、緊張しているのが見て取れた。

「申し訳ない、人違いをしまして」

「アンタら、変な言い掛かりをつけるのはよしてくれ。この方々は、流行り病の治療の為にわざわざ来てくださっているんだ」

 即座に謝罪する兵に、ハニーを送り出した家人も、苦言を呈してくれた。


「それは立派だ! 本当に申し訳ない。武器を隠し持っていて、見張りの兵が大怪我をさせられたんだ。危険な犯人が逃げているから、つい焦ってしまった」

「あら、大変なのね。お仕事ご苦労様。でもダーリンなら簡単に倒してくれるわ。ね、私の可愛いコケモモビルベリィちゃん。だから大丈夫よ、坊や達」

 ハニーはダーリンの太い腕に自分の腕を絡めて、ヒラヒラと手を振る。

「まあいい、さっさと行け。俺が滞在している間は、そんなものに好き放題させん」

「失礼しました。あ、領主様が医療支援をされるとか。外の領地からも物資や人が派遣されます、もう少しの辛抱ですよ」

 兵達はそれだけ告げて、そそくさと移動した。そして近くの人に村長の家の場所を教わって、脱走犯の注意喚起に行く。

 病の方もこれで落ち着きそうかな!?


「揉めごとになったら、どうしようかと焦った……」

 黒騎士姿に戻ったマルちゃんが、疲れた顔をしている。相変わらず気を使う性格だよね。

「そういえばマルショシアス、お前は何をしているんだ?」

「はい、このソフィアと契約して旅をしておりまして。ここが目的地でした」

「これからの予定はあるのか?」

 続くダーリンからの問いに答えあぐねて、マルちゃんが視線をこちらに寄越した。

「もともと住んでいた、先生のところへ報告に帰ろうと思ってます」

「ほう。ならここは任せて、もう行っていいぞ」

 思いがけない提案だ。状況が収まるまで、お手伝いするつもりでいたよ。マルちゃんは少し考えてから、返事をしてくれた。

「ありがたいお言葉です。応援が近い内に来るとの話でございました。到着されてから出立することに致します」


「そうか、相変わらず勤勉だな」

 ダーリンは、もう普通に笑っている。

 そこまで遠くないし、早ければ明日にでも来てくれるんじゃないだろうか。そうだ、家族に伝えないといけない。なんだか寂しくなるな。

「それはそうと、アスモデウス様。隣国であるルエラムス王国に、バアル閣下が滞在されております。人間と契約もなされましたので、しばらくこちらの世界にいらっしゃるのではないでしょうか。ご挨拶に伺った方が宜しいかと」

「バアル閣下が! ……確かに、僅かにだが魔力を感じるな。収束次第、顔を出そう」

 地獄の王様も挨拶に行くんだね。大変だ。

 ダーリンとハニーは、次のお宅へ向かう。私はマルちゃんとバイロンと一緒に、家に帰った。薬草を洗っていると、竜人族兄弟も籠を持って薬草を届けてくれた。


「後は任せた!」

「じゃあねえ、また明日」

 元気に去る二人。こちらも選別して、キレイにしないと。

 ザルに並べて水を切っておきながら、皆にそろそろ出立することを告げる。

「せっかくお姉ちゃんが来てくれたのに……、もっと遊びたい」

「そーだよ、熱を出しちゃってあんまり遊べなかった!」

 ニーナとニコルが、まとわりついてくる。

「ワガママ言わないの」

 奥さんが二人を引きはがしてくれると、姉弟は今度はマルちゃんにひっついた。

「ゴメンね、でもまた来るから」

「いつでも来てくれよ。ここはもう、ソフィアの家だからな!」

「待ってるからね」

「はいっ!」

 叔父さんもおばあさんも、優しくしてくれて嬉しいな。


 次の日も薬草を採りに行って、そしてついに明くる日のお昼頃。

 先生と薬を作っていると、薬や薬草を積んだ支援部隊がやって来た。連なる馬車の内の二台だけが村に入り、残りは別の町を目指してそのまま通り過ぎた。

「この村は薬草医がいるとの話だったので、薬が専門のアイテム職人と、薬や素材などの物資を持ってきた。もう他の村に往診に行く必要もないぞ」

 護衛の兵隊が薬草医の先生や、村長に伝える。これで私のお手伝いも終わりだね。


「いやあ、助かります。この村は魔女さんも来てくれたんで、あとは薬が少し足りないくらいですよ。新しい患者も出なくなってきました」

「魔女さん?」

 村長の説明に、馬車を降りたアイテム職人が尋ねる。

「そうなんです、あの方の契約者で……」

 診察しているハニーを外で待つアスモデウスを、先生が紹介しようとした時だった。

「きゃああ!」

 ハニーの悲鳴が響き渡った。

 細い道の奥にある家へ行っているので、手前の家が邪魔でハニーの姿は見えない。アスモデウスは、すかさず向かおうとする。


「大人しくしろ!」

「放しなさいよ!!」

 見知らぬ男性に剣を向けられたハニーが、捕まった状態で家の脇の道を、脅されながら歩いて来る。スキンヘッドで薄汚れた旅装。

 この男が逃げている凶悪犯だ!

「ちょうどいい、馬車があるじゃねえか。おい、この女に怪我をさせたくなければ、その馬車を俺に寄越せ。食い物も乗せてな!」

「黙れクズが。薄汚い手をどけろ!!」

 ダーリンから発せられる、背筋を凍らせるような視線と殺意すら感じる声。

「うっ……」

 気圧された犯人は思わず言葉を詰まらせ、剣がハニーから少し離れた。

「よりにもよって地獄の王に睨まれたんだ。魂にまで恐怖は刻まれる」

 マルちゃんが解説してくれる。ただ怖いのとは一線を画した恐怖にさいなまれるようだ。

 

 ダーリンが走り出してすぐに距離が縮まり、ハニーはガバッとしゃがむ。

 次の瞬間、アスモデウスの拳が犯人の頬を殴った。男は防ぐ間もなく後ろに飛ばされて、勢いで体を変に捻って地面に倒れた。そのまま気を失ったようだ。

「大丈夫かい、ハニー」

「ええダーリン。とってもステキだったわ! ダーリンは私のヒーローよ」

 立ち上がったハニーと熱い抱擁を交わす。

「……っ、捕らえるぞ!」

 一瞬の出来事で呆気にとられた兵が、ハッと我に返り他の兵へ号令を出す。三人ほどいるよ。倒れたまま動かない男の生存を確認して、縄で縛った。

 荷馬車の荷物を下ろしたら、牢のある町まで荷台に乗せて連行だ。


「アスモデウス様は魔法が得意だからなあ、殴られて済むなんて運のいい」

 マルちゃんが感心したように呟く。

「え、あんなにゴツイのに魔法系なの?」

「そうだ。杖をお使いになって、武器を持っている姿は見たこともない」

 打撃系魔法使い! なんとも珍しいな。


「契約者を害したのだ、てっきり命で償わせるものとばかり」

 バイロンが不思議そうにする。私も地獄の王だし、そのくらいするのかなって思ってた。

「ハニーが怖がるから。人間の女性は繊細なんだ」

「ダーリンの紳士なところ、好きよ」

 仲睦まじい恋人達に、バイロンが何故か頷く。

「なるほど、ソフィアが私を怖いと言ったのは、消すとの言葉に対してだったんだね……!」

 おにぎりで竜人族兄弟を消す発言の話だ! 今頃?

 その場にいなかったマルちゃんも、それとなく察したようだ。

 顏を背けていた。

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