第149話 ペガサスと交渉

 召喚師である依頼主の男性と、召喚されたペガサスの交渉は、通訳ケットシーのアークを介して続けられていた。予想外のペガサスの強気な発言と要求に、依頼人は既に気圧けおされている。

 しょっぱなで威圧するのが、話し合いの勝ち方かも知れない。

「休み……、仕事のない時は休みだよ」

「ノンノン、具体的に一ヶ月に何日とか、そういう話みたいだね」

「ペガサス便の仕事がどのくらいあるか、まだ想像がつかないなあ」

 冒険者もそうだけど、定休日とかは決まってなくて、具合が悪い日や依頼がない日がお休みなんだよね。


「ヒーン、ヒヒヒン」

「とりあえず、月のうち最低でも五日は休みにする。スケジュール管理はそちらでしてもらうって」

「分かった」

 ちなみにアークは黒猫で背が低いので、マルちゃんの背に乗って通訳をしている。手ぶりも加えて、気合が入っているよ。

「ペガサスは長時間飛べないから、適度な休憩も与えてね」

「もちろん。ところで馬の食事って、乾草や切り藁じゃないの? 人参やカボチャも与えてるよ」

 今度は依頼人さんからの質問です。私も人参くらいしか浮かばないな。

 

「ヒヒン、ウォヒヒン」

「おやつにリンゴ、仕事の後には角砂糖を所望する。労働者の権利だ、と訴えてるね」

「待って、メモする。リンゴと砂糖ね。食べたいものは先に教えて」

 依頼人はメモ帳を開いて、ペンで書き入れていた。メモ帳の表紙には“ペガサスの飼い方”と書かれている。彼なりに勉強しているようだ。

「ヒヒヒンヒーンヒン」

「ほうほう。美しいボディコンディションを保つ為に、たまには飼い葉と一緒に油を摂取したり、黒糖で煮た亜麻仁を食べさせて欲しい、だそうだよ」

「なんか難しい注文がきた」

 どんどんワガママにならないかな、ペガサス。依頼人は頭を悩ませながら、しっかりとメモしていた。


「ブルブルヒヒン」

「あと、キャベツはやめろ、レタスはいいって。スイカも美味しかった、こういう気の利かせ方をしてくれたまえってさ」

「キャベツはダメね」

 食の話はこれで終了だ。あと馬小屋の要望だね。

「ヒヒヒン」

「寝床の藁が足りない、衛生面も宜しくない。これがビジネスパートナーへの対応だとしたら、お前のパートナーになりたがるペガサスはいないだろう、だって。酷評だね」

 ペガサスが怖くなりそう。依頼人の方が、ペガサスに使われるようになっちゃうんじゃ。契約する時はきちんとできるか、不安になってきたよ。


「……私は宿を探しておくね」

「ここは任せておいてくれレディ、最高の成果を君に捧げるよ」

 笑顔でちらりと見えた歯が光った。

 宿を探したら、慰労の煮干しを買っておいてあげよう。

 私は一人で宿探しに向かった。今晩がアークと過ごす最後の夜だ。そう考えると、ちょっと寂しくなるね。


 繁華街に戻る手前の宿で確認したら、マルちゃんもアークも大丈夫だった。部屋が空いているし、ここに決めた。部屋に荷物を置いて、煮干しを買いに行こう。

 リュックから貴重品用のカバンと買い物袋を取り出して、いざ繁華街へ。

 干しシイタケが店先に並んだ、小さな食料品店に入る。

 商品は乾物が中心で、乾パンやドライフルーツもあるよ。冒険者には嬉しいお店だ。携帯食を何種類か選んで、アークの煮干しも買った。


 マルちゃんにも何かあった方がいいかな。

 繁華街を散策していると、悪魔と契約者が連れ立って歩いていた。悪魔は契約者より頭二つ分も背が高く、上半身がムッキムキ。いかにも力自慢そう。

 すれ違い様に、悪魔が持っていた袋から小さな石がコロンと落ちた。拾ってみると、属性の入っていない魔石だ。属性入れの仕事をするのかも。

「すみません、落としましたよ」

「ん?」

 二人が振り返り、私の手にある魔石に視線が集まる。

「おお、仕事の品を落とすとは。悪かったね嬢ちゃん、助かったよ」

 悪魔が受け取って袋に仕舞った。フレンドリーなタイプだね。

「ありがとう、君も冒険者? Dランクで一人? 仲間は?」

「今は一人ですけど、私も悪魔と契約しているんです」


「ほう、同胞と。しかしもう暗くなるというのに、女性の一人歩きは危ない。どうだろう、合流するまで私達が同行するというのは」

 この辺りはメイン通りから少し離れた場所で人通りは多くなく、路地の暗闇で男性が怪しげな商談をしたりしている。確かに私一人では不用心かも。

 お言葉に甘えちゃおうかな。私の身に何かあったら、マルちゃんがバイロンにイジメられちゃう!

「あとは契約しているマルちゃんにお土産を買うだけなんですが、ご一緒してもらえますか? 魔石、重そうですよね。置いてからにします?」

「このくらい軽い軽い。私は名をアブダシウス、地獄の子爵さ。小悪魔と違い、大木を根こそぎ抜いて投げられるんだよ」

 力持ちアピールなのか、ギッシリと魔石が入った袋を軽々と上げ下げしている。

「地獄の貴族と契約している冒険者なんて、ほとんどいないだろう。彼は俺の自慢さ!」

「大げさだな、相棒!」


 笑い合う二人。仲は良好だね、マルちゃんも貴族だけど伝える隙がないよ。

 偶然召喚されて気が合ったから契約したと、経緯を簡単に説明してくれている。話が途切れたので移動しようとしたが、アブダシウスの武勇伝に移ってしまった。

 自然発生して育ってしまった木の魔物、トレントを根っこごと引き抜き投げ捨てたとか、何かの犯人が逃げようと乗った馬車を持ち上げたとか。

「あのぉ、買いものがしたいんですけど……」

 このままじゃ一歩も進まないよ。

 なんとか割り込んで、会話を止めることに成功。

「そうだった、悪魔への褒美だったな。ビールとかでどうだろう?」

「宝石とか、上納品になりそうなものも喜ぶぜ」

 アブダシウスと契約者が提案してくれる。宝石は、私が簡単に買えるような品じゃ喜ばないのでは。マルちゃんが献上する相手なら、王様だろうし。


「お疲れ様くらいな意味合いなんで、お酒にします。飲み会は喜んで参加してますし、お酒は大好きみたいです」

「私達悪魔は、酒が好きな者が多いからね。サバトに酒は必需品なくらいに」

 うんうん、確かに。

 サバトの主催者の会の飲み会も、盛り上がっていたよ。ただマルちゃんは気を遣い過ぎる悪魔だから、地獄の王バアルとか、黒竜の若頭であるキングゥとかと飲むと、とても疲れるんだよね。

 酒屋に案内してもらって、アブダシウスに適当なお酒を選んでもらった。瓶を一本抱えて宿へ戻る。二人は宿まで送ってくれて、ちょうど入り口で別れる時に、交渉を終えたマルちゃん達が凱旋してきた。

 黒猫ケットシーのアークが黒い狼マルちゃんの背中に乗っていて、暗くなった周囲に浮かぶ、まっくろくろなシルエット。


「へえ、あの翼の生えた狼が君の契約した悪魔。かっこいいし強そうだな。な、アブダシウス。……アブダシウス?」

 契約者が感想を伝えるものの、相手は直立不動で返事をしない。

「なんだソフィア、そいつらは」

「マルちゃん、アーク、お疲れ。買いもの先でこの人達に会ってね、一人じゃ危ないからって送ってくれたんだよ」

「ア、アブダシウスと申します。子爵にございます、お見知りおきを!」

「おう。契約者が世話になったな」

 マルちゃんは挙動不審なアブダシウスに、短くお礼を伝えた。

「おい、どしたんだ?」

 契約者は不思議そうに、背の高いアブダシウスの顔を覗き込む。

 アークも首をかしげていた。黒猫が首を傾げると、可愛いなあ。


「マルちゃん……、マルショシアス様でいらっしゃいますよね?」

「いかにも」

 マルちゃんを知っている悪魔だった。契約者の方も事情を察して、どうもと頭を下げている。

 微妙な空気になっちゃったな。お腹もすいた。早いトコ、切り上げよう。

「じゃあ、これで失礼します。ありがとうございました」

「いえ、こちらこそ失礼します……、うわあ調子に乗ってトレントを抜いた話とかしてしまった……」

 アブダシウスは恥ずかしそうに肩を丸めて、去って行った。マルちゃんもトレントを抜けるのかな。

 私達は宿の門を潜り、二人を部屋に案内する。乾物とお酒の瓶を置いてから食事だよ。


 外からはアブダシウスの叫びが届いた。

「高位貴族を、ちゃん付けで呼ぶなあああぁぁぁ!」

 なるほど! マルちゃんって呼んでたから、小悪魔の契約者と勘違いされたんだ。悪いことしちゃったな。

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