第148話 アーク、依頼を受ける

 護衛として女性商人に同行することになった。

 マルちゃんは荷馬車を守っていて、私は女性商人と同じ馬車に乗っている。他の同乗者は、商人の秘書と商会の専属護衛が一人で、どちらも女性。アークは女性商人の膝で丸くなっていた。

「美しいレディに囲まれて、照れてしまうね」

「アークは本当に口が上手ね」

「ケットシー紳士は、嘘をつかないものさ」

 商人の膝の上でウィンクするアーク。急にタラシ猫になった。


 護衛に守られている商人と一緒ならアークも安全だと踏んでいたけど、それにしてもずいぶん楽しそうにしているな。

「そういえば、奪われた品は大丈夫だったんですか?」

「ええ。しっかりしたケースに入った、指輪でしたの。簡単に壊れるものじゃなくて良かったわ。これから行く町で貴族から注文された、魔法付与される特別な指輪ですのよ」

 ほほう、魔法付与用の指輪なんだ。じゃあ文字とかが彫られているのね。

 魔法付与する職人と、その為の媒体を作る職人は別な場合が多い。この女性商人が抱えている彫金職人の腕がいいんだな。

 貴族から頼まれるくらいだし、普通の指輪としても高価な品物に違いない。


「盗むのは悪いことだよ。ボクなら煮干しと魚をたくさん用意して、交換して欲しいとお願いするよ」

 アークの煮干しへの、この信頼は一体。煮干しと宝飾品を交換してくれる人はいないと思う。しかし他の人達には受けが良く、皆がさすがアークと笑っていた。

「アークとずっといられたら、楽しいわね」

「すまないねレディ、ボクはさすらいのケットシー。理想の王国を探して旅をするのさ」

「それもロマンだな」

 護衛の女性がうんうんと頷いている。町へ着くまで、アークを囲む会が続けられていた。


「あらあら、今度は狼の魔物なのね」

「狼ですか!?」

 私は反射的に窓の外に顔を向けた。羽がないし黒くない、マルちゃんじゃないよ。良かった。ついまた勘違いされたかと、心配しちゃった。

 魔物は簡単に退しりぞけられている。さすがBランクの冒険者だね。襲ってくる魔物退治は基本的に冒険者で、その間に馬車や荷を守り掩護するのが馬車の護衛と、役割が決まってるみたい。

 途中で休憩を挟んで、日が傾く前に町に着いた。ここが商人の目的地だ。


 商人の女性とギルドに行って、護衛をしたので手続きを済ませる。報酬はギルドにいったん納め、そこから手数料を引いて渡される。手間だけど、これをしないと評価にならないのだ。

 依頼人から直接報酬が渡される時は、依頼人が先にギルドで手数料を支払い済みだよ。

「ここでアークとお別れね……寂しくなりますわ」

「レディ、出会いに別れはつきものさ。縁があればまた会えるよ。この広い星空の下でも、レディの星が一番輝いているから」

「まあアークったら!」

 女性は嬉しそうだ。星空も何も、まだ太陽が沈んでいないよ。

 アークは受付カウンターに立って、女性に片手を伸ばしている。

「近くに来たら私のお店に寄ってね。アークなら、看板猫として雇うわ! 煮干し食べ放題よ」

「なんて魅力的なお話なんだっ! 王国を見つけたら、レディのお店にも顔を出したい。あぁ美しく華やかな芍薬の花の君、ボクを忘れないでいて欲しい」

「当たり前じゃない、アーク!」

 

 ……一人と一匹の別れを見せられる、私はどういう表情をしていたらいいの。そもそもここは、ギルドの受付の前。

「次の方がいらっしゃいますから、移動して頂きたいんですが……」

 受付嬢が盛り上がる二人に、控えめに声を掛けた。後ろの人が怒って……、ないや。楽しそうに眺めていた。アークはカウンターからトトンと下りて、二本足で立って片足を引いてお辞儀をする。

「お邪魔してしまったね。ではボクらはこれで失礼するよ」

 何故か周囲の人が拍手してくれた。劇と勘違いしていないかな。


 ところで商人の女性がとても上品だなと感心していたら、男爵夫人なんだって!


 微妙に注目を浴びたギルドを出てしまい、どんな依頼があるか確認していなかった事実に気付く。戻りにくいな。どうせこの町に泊まるし、明日の朝にでも覗けばいいか。

 シャレーの看板があったので、あちらに行こう。

 交差点の角地にギルドが立ち、横に伸びる道にシャレーの案内板の矢印が延びている。矢印の先へ視線を向ければ、ギルドの建物の先ですぐに、シャレーはこちらと書かれていた。お隣同士だ、近くて良かった。

 いざ入ってみると、隣どころかギルドの裏側が、シャレーの入り口ではないか。

 シャレーには小さなカウンターと椅子があり、奥のサロンスペースはギルドと共用で、繋がっていた。遠回りだったよ……。


「ようこそシャレーへ!」

 受付の男性に明るい声で迎えられる。シャレー側には誰もいなくて、暇だったんだね。

「どうもー。なんか依頼とかお知らせとか、あります?」

「あるよ、依頼。でも特殊だから」

 試しに尋ねてみたら、なんと依頼がある! 男性は掲示板を親指でさした。

「ええと、ペガサスの調教……?」

 確かに特殊だ。ペガサス専門の調教師なんていないと思う。

「ペガサスを召喚して、ペガサス便をしようとしてる人がいてね。ペガサスの訓練をしているんだが、上手く扱えないらしいんだ」

「ペガサスはプライドの高い馬だからな」

 狼姿のマルちゃんが頷く。狼がペガサスを語るのも不思議な感じだ。

 今ある依頼はこれだけだった。あとはカヴンの会員募集や、会合のお知らせが貼られている。


「ペガサスは利口で魔力の高い馬だからね、話を聞くくらいならできるよ」

 そうだ、通訳猫アーク。ペガサスの言葉も分かっちゃう!?

「アーク、馬とも話せるの!?」

「有能なケットシー連れてるな!」

「馬じゃなくて、ペガサスなら会話できるはずさ。ボクもペガサスも、知的で優雅な生き物だから」

 なんか凄い自信家になってるよ、アーク。元からだったかな?

 依頼を受けて、依頼主の相談に乗ることに決定。成功したら、報酬はアークと折半。護衛費にして欲しいというので、半分ずつで結論付けた。


 町外れにある依頼主の家には大きな家畜小屋が立っていて、柵に囲まれた中を鶏がコッコッコと闊歩かっぽしている。柵の脇を歩くと、鶏も人懐っこく一緒に移動してくる。三羽が付いて来ているよ。

「こんにちはー」

「コケーコッコ!」

 建物の近くで声を掛けたら、鶏が返事をして羽をバタバタさせている。ごめんね、君を呼んだんじゃないんだよ。

「シャレーの紹介で来ました~」

「はーい、すぐ行きますー!」

 ドカッ。

 ぶつけたような音だ。慌てて何か蹴飛ばしたのかな。


 間もなく若い男性が顔を出し、サンダルで玄関前の三段の石段を下りた。

「お待たせしました、ペガサスの件ですよね!」

 短い茶色の髪を掻き上げて、笑顔を作る男性。よれたズボンやシャツで、ラフな普段着って感じかな。

「はい、実はケットシーのアークが、ペガサスの言葉が解るんです。それで、話し合いをしてもらったらどうかと」

「ペガサスと話し合い! なるほど、言い分があるなら教えて欲しい!」

「ご紹介ありがとう、レディ。ボクがアークさ。さあペガサスのところへ連れて行っておくれ」

 ケットシーのアークが帽子を取って挨拶すると、男性は一瞬キョトンとしてすぐ我に返った。


「……ずいぶんしっかりしたケットシーですね、ええと、こちらです」

「ボクは紳士だからね、挨拶はたしなみさ」

 アークはヒゲを撫でた。とにかくお仕事だ、ゆっくりしてると夜になっちゃうからね。

 家の裏側にある馬小屋へ案内される。

 茶色い木の建てものの中に白く見える、アレがペガサスだね。翼をたたんで横になっている。

「やあペガサス君。お仕事に不満があるのかな?」

 アークが片手を振って挨拶すると、ペガサスが頭を上げて片目を開いた。

「ヒヒン?」

「通訳さ。ボクを介して、依頼主に要望を伝えるといいよ」

「ブルブルブル」

「ふむふむ」

「ヒヒヒン、ウォウン」


 二人の会話が全く理解できない! 交渉が進んでいるのかすら謎だ。

「ねえねえ、どうなってるの?」

「仕事の内容が詳しく説明されない、バカにしてるのかトンチキ、だって」

「トンチキ」

 依頼主の男性が繰り返す。まさか馬に罵倒されていたとは。

「そもそもこんなまずい食事で働かせようとか、お前の倫理観を疑う」

「倫理観まで」

 食事に倫理。いや、確かに美味しい食事は活力になる。

「しかも高雅な自分があばら家に置かれるなんて、不満しかない。設備費も掛けられない貧乏人こそ草でも食ってろ、だそうだよ」


 辛辣! プライドが高いとかの問題じゃないよ、このペガサス!

 依頼主は両手をブランとさせて、戦意喪失だ。

「うう……し、仕事の内容は説明したよ。荷物や人を運ぶ仕事でって」

「ヒヒン、ブヒヒン」

「ふむふむ。休日が何日かとか、一日の平均労働時間とか、最大積載量とか知りたいようだね」

 馬の最大積載量。ペガサスは重すぎると飛ぶのが大変らしい、心配はそこかな。


 この交渉は、一筋縄ではいかないね。頑張れアーク、しつかり依頼人さん!

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