番外編 バアル閣下の宴会・中編

 宴会場にはたくさんの悪魔と人、そしてドワーフもいた。ドワーフは宮殿建設を手伝ったからかな。ガッチリ体系で背の低いドワーフ達が、集まってビールをガンガン飲んでいる。

 テーブルの上には、たくさんの料理。ビュッフェ形式だよ、トレイやお皿もたくさん用意されている。

 薄くカットしたリンゴの入ったポテトサラダや柿とチーズの包み焼き、牛肉のタタキの下にオレンジが敷き詰められて、ガラスの器に涼し気に盛りつけられたものなど、マルちゃんが教えてくれたようにフルーツを使った料理が多い。デザートコーナーも充実している。

 バナナの蒸し焼きはなく、あったのはバナナと豚肉の炒めものだった。


 小悪魔達は立ったままで、会話をしながら食事を楽しんでいた。ドリンクは別のテーブルにあり、お酒は使用人が運んでいる。

 ドリンクの横には樽が置かれている。直接ひしゃくで小悪魔が注いでいるのも、お酒だね。

 誰も近寄らない、白いカバーが掛けられた丸いテーブルには、椅子が一つずつ。あれは王様の席なのかな。一輪挿しが飾られている。そこの床だけ一際高そうな絨毯が敷かれていた。

 私とマルちゃんは、背の高いテーブルを使わせてもらう。食事用に、四角いテーブルが並べられているよ。椅子は壁際にあるだけ。


 料理を眺めていたら、背後から肩を叩かれた。

「狼ちゃんと、ソフィアちゃん! 久しぶりね」

「こんにちは、お元気そうですね」

 地獄の王、アスモデウスの契約者であるハニーちゃんだ。裾が斜めのおしゃれなドレスに身を包んでいる。ネックレスには小ぶりのダイヤモンドがキラキラと透明に輝いていた。

「マルショシアス、ハニーが腕を振るえたと喜んでいたぞ! またいい仕事があったら紹介してくれ」

「は、ありがたき幸せ……」

 病人が多くて医者が足りなかった時、ハニーちゃんに往診してもらったことがある。ハニーちゃんは奔放そうな見た目に反して、真面目な女性だね。


「そなた、恋人のスネをかじっておるのかね? 相変わらずみすぼらしいことよ」

 赤い髪に黒い軍服を着た男性が、アスモデウスに絡んでいる。彼も王なのかな。目付きの悪い、それこそ今まで見た誰よりも凶悪な目付きをした男の人だ。アスモデウスは勢いよく振り向いて、男性を睨みつける。

「うるせえ、ベリアル! テメーこそ契約者はどうしたよ? 性格が最悪だから捨てられたんだろう!」

「阿呆が、どれだけの距離を移動すると思っておるのだね!? あのような小娘を連れて来られるわけがなかろう。そなたのように、女なら誰でもいつでもそばに置きたい変態と同類ではない」

「ハッ、この程度の距離なら大したことねえよ。お前の能力不足だろ?」

「筋肉で思考する男に言わる筋合いはないわ!」


 口喧嘩を始めちゃったよ。周囲の人も困っている。王同士だから近寄れない。

「ねえねえマルちゃん。あのベリアルって人が以前バアル様が言ってた、ロクでもない男?」

「ば・か・や・ろ・う、口を慎め!!!」

 こっそりと尋ねた私に、マルちゃんは器用に小声で怒鳴った。

「ソフィアちゃん、思っても口にしちゃいけないこともあるんだよ……」

 フォルネウスも小さく私をたしなめる。ロノウェは料理を選ぶフリをして逃亡した。

「ぶっははは、ロクでもない男! バアル閣下の見る目は確かだな〜」

「ぐぬ……、ぐぬぬ! この無礼な小娘めがっ!!!」

 ぎゃああ、聞こえてた! なんたる地獄耳! 赤い瞳が怪しく輝く。アレは殺人者の目だ……!

 マルちゃんもギクッと肩を震わせた。


「お~い色男、真実を突き付けられて逆ギレするなよ」

 アスモデウスはニヤニヤと楽しそうにしている。

「ダーリン、お祝いの席でケンカは良くないわよ」

 ハニーちゃんが止めてくれてる。相変わらずの常識人、ベリアルという王様も制止してください……!

「真実なものかね……、……ぬ? 龍神族の魔力を感じるではないかね」

 ベリアルという王様はとても鋭いよ。

 少し離れた場所で、王や貴族の雑多な気配の中で、バイロンが私の宝石に籠めてくれた魔力に勘付いた。

 彼がこちらに一歩踏み出したところで、建物の中央を貫く吹き抜けを、黄色く光る鋭い閃光が走った。ピシャン、バチンと落雷の音が轟く。

 激しい光に真っ白になった次の瞬間、吹き抜け部分に一人の人影が生まれた。


 一つに結んだ髪をなびかせ、腕を組んで堂々と立つ男性。マラカイト色の濃いグリーンの瞳が、周囲をねめつける。しんと静まり返った会場に、主催であるバアルが登場だ。

「よくぞ集まった! 好きなだけ飲んで食え、宴会なんぞ楽しんだもの勝ちだからなっ!」

 豪快に笑って、手すりを越えてストンと床に立った。近くにいた人間の使用人からグラスを受け取る。

「乾杯っっっ!」

 バアルの音頭で、周囲から乾杯の合唱が空気を揺らした。

 アスモデウスとベリアルって王のケンカは中断。私が怒られかけたのも、うやむやになったよ。助かった〜!


 バアルは琥珀色のお酒を一気に飲み干し、前を向いたまま空になったグラスを横に出した。近くにいた女性が、それをサッとトレイに載せる。

「これはバアル閣下、よい宴会日和ですな。ご機嫌うるわしゅう……」

「閣下、ご招待に預かり光栄です! ハニーと参りました、すばらしい宮殿ですな!」

 ベリアルとアスモデウスは、挨拶して口々にバアルを賛美した。バアルが一番偉いんだね。二人はバアルを褒めつつ、お互いに睨み合って牽制している。本当に仲の悪い人達だ。

「よく来たな。お前らのくだらんケンカも見飽きた、どうせやるなら芸でも披露しろ」

「芸……で、ございますか……」

 端正な顔をゆがませるベリアル。

 王様に芸をしろとか、バアルってすごいな。


「バアル様、楽団の準備が整いました。どのような曲になさいますか?」

 危険な雰囲気を感じ取り、執事の男性が声を掛けた。この国の王様がバアルに付けた人だろう。

「明るい曲だな。せっかくだ、この国で流行している曲を流せ」

「ではそのように、ご要望をお伝えさせて頂きます」

 執事が小走りで去り、程なく演奏が始まった。楽団の横には招待された大道芸人がお辞儀をして、各々おのおので芸を始める。

 ボールを器用に五個使って投げ合ったり、馬の鳴き真似をしたり、人形を動かしたり。

 笑顔の仮面を付けた人は、おどけた動作で小さく跳ねたりしながら、両側に愛想を振りまきつつ会場を一周する。

 仮面の男性の後ろには小悪魔が変身したネズミや猫が二本足で立って、前足を上下に動かしてくるりと得意気に回り、自由に踊って付いて歩いた。バラバラの動作が、むしろ可愛らしい。


 明るい音楽に包まれて、愉快な見せものを眺める。豊富に用意された料理や飲みものは、なくなればすぐ追加が運ばれる。すごい豪華な宴会だ!

 フルーツ料理は慣れないから、フルーツと料理を別にして欲しい気はする。スイーツがとにかく美味しいね、果物がどれもこれも新鮮で瑞々しい!

 王様達は席について、貴族が挨拶に並ぶ。マルちゃん達も並んだので私も……と思ったら、来るなと怒られてしまった。なので一人でお食事中。

 列が途切れたら、誘ってくれたバアルにだけ挨拶しようっと。

「剣舞が始まりますよ~」

 楽団から少し離れた場所で、女性が声を張り上げた。

 小悪魔や契約者が集まり、一番前にいる人達は座って開始を待った。私も見たいけど、料理が食べ終わらないよ。ベリーのパイには実がたくさん入っていて、食べ応えが抜群だ。


 必死に食べる私のテーブルに陰ができた。

 誰か戻ってきたかな。でも黒くないからマルちゃんじゃないね。

「ソフィア、貴女も招待されたのね。無事に塾に帰れた?」

「インロン様! 無事塾に帰って、今度は家を建てる資金集めです」

 オルランドの先生であるシュルヴェステルと契約している、龍神族の女性のインロンだ。水色の髪でかかとまでの長いローブを着用している。

 宴会に参加する龍神族は、インロンだったんだね。

「そうか、貴女はみなしごだったわね。頑張りなさい。……バイロン様はご一緒ではないの?」

 家族には会えたけど、わざわざ言わなくてもいいか。遠いから一緒に暮らせるわけでもないし。

「ありがとうございます、頑張ります! バイロンは出掛けちゃいました。ご用なら呼びますよ」

「気軽に呼んではいけない!!!」


 怒られた! 気軽に呼んでいいって言われてるのにな~。むしろずっと呼ばなかったら、泣きながら飛んできそうだよ。気が付いたら後ろにいた、とかありそう!

 自分で考えて、思わず振り返ってしまった。

 ちょうどマルちゃんが挨拶を終えて、王様の席を離れた。王様達の前には、まだ挨拶の人の列がある。王様も大変だなあ。あ、マルちゃんも小悪魔に声を掛けられて立ち止まったよ。そうだ、マルちゃんも貴族で侯爵だもんね。

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