番外編 バアル閣下の宴会・後編

「あ~肩が凝る……」

 マルちゃんが疲れた顔で戻ってくる。

「私もバアル様に挨拶をしてきます。地獄の王が三人も揃うとは、さすが王筆頭であるバアル様の宴会ですね」

「インロン殿、お疲れ様だな。まだ並んでいる、少し後の方がいいだろう」

「……それもそうですね。では、人間の剣舞でも眺めてみます」

 主催であるバアルの席には、まだ何人も並んでいるよ。

 わああ、と拍手と歓声が巻き起こった。剣舞が始まってるんだな。インロンは人垣……いや、人と小悪魔垣を目指して移動する。


「バアル様の宴会って、見るものもたくさんあって賑やかなんだね」

「大勢で騒ぐのを好む方だからな。まさか人間の世界に宮殿を建てて、大規模な宴会をもよおすとは想像もしなかったが」

「スケールが大きいよねえ。マルちゃんは何かしないの?」

「俺はそういう特技を持っていない」

 見たまんまだね。でもナイフ投げとかできそう。


 王様のテーブルでは、フォルネウスが挨拶を終えていた。

「では不肖、私フォルネウスがマジックを披露させてもらいます」

「おお、やれやれ!」

 大きく拍手をするバアル。

 フォルネウスってマジックができるの!? 似合うなあ。

「バアル閣下の配下は、閣下の目に留まろうと宴会芸を持ってるヤツが多い」

 マルちゃんが解説してくれる。

 確かに宴会が盛り上がるし、バアル自身も喜んでいるよ。でも、努力するのがそこでいいのかな。

 私も気になるので、近い場所まで行ってみた。マルちゃんが一緒だから、小悪魔達が場所を空けてくれる。


「はい注目! カップを三つ用意して、一つにボールを入れるね」

 慣れた手つきで、ボールを入れたカップを伏せるフォルネウス。

「シャッフルシャッフル! さあどれに入っていたか、覚えていられるかな?」

 フォルネウスはボールが見えないように、カップのふちをテーブルに付けたまま器用に移動する。何度も入れ替えたりして、カップの場所を変えた。

 素早い動きだけど、一番左に移って止まったのが見えたよ!

「はいじゃあソフィアちゃん、ボールはどこかな?」

「一番左~!」

「さて、あるかな??」

 ゆっくりとカップを持ち上げると、何故かボールはそこになかった。

「えええ? 絶対そこだと思ったのに~!」

「残念でした、実はここでした」

 真ん中から出てくる。そんなバカな。


「もう一回、もう一回チャンスを!」

「じゃあ違うのをやるね~。今度はちゃんと見ててよ」

 本当に合ってたはずなのに、なんで別のカップから出てきたんだろう。悔しい、このままでは終われないよ!

「ごく普通の銀貨と銅貨。よく見てね、何も仕掛けはないよ。コレを握る」

 裏もしっかりと観客に確認させてから、もったいぶって重ねたり離したりするフォルネウス。そして片手に銀貨、片手に銅貨を握った。

「どっちが銀貨?」

「これは簡単だよ、こっちの手」

 私が指をさすと、フォルネウスはにっこりと笑った。

「じゃーん」


 なんと、現れたのは銅貨……!

 おかしいよ、絶対こっちが銀貨だった! でも銅貨は何度見ても銅貨だ。鈍い赤茶色をしている。

「で、こっちは……」

 反対は銀貨の筈なのに、金色に輝いている。金貨になった~!

 観客からは割れんばかりの拍手。私も手を叩いた。

「すっごい、魔法みたい!!!」

「タネは見ていれば分かるが、俺にはできん。詐欺師だけに手先が器用だ」

 マルちゃんは感心しつつも悪態をついている。

「マルショシアス君、私は詐欺師じゃないよ」

「そうだよマルちゃん、詐欺師が器用なのは手じゃなくて口先だよ」

「ソフィアちゃんはあんなに喜んでくれたのに、私をフォローしないんだね!」

 すごいけど、フォルネウスなんだもん。

 フォローしたくないなあ。


「盛り上がってんな! せっかくだ、おいベリアル。お前も舞を披露しろ」

 バアルがテーブルで足を組んだまま、突然の無茶ぶりをした。

「……せっかくですがバアル閣下、我は衣装を持ってきておりませぬし、音楽もありませぬ故……」

「服なんて何でもいいだろ。それとも俺の宴会では舞を披露できない……そう言いたいのか? オイ」

 背もたれに寄りかかって、顎を上げて威圧している。こっわい!

「……いえ、やらせて頂きます。少々、準備の時間を頂きとうございます」

「おお、さっさとしろよ」

「お任せくだされ。……全く、とんでもない絡まれ方をするものよ……」

 ベリアルという王様は、小声でブツブツとぼやきながら音楽隊のいる方へ向かった。お互いに知ってる曲とか、あるのかな。


「なんか言ったか?」

「落成式の祝いでございますからな、気合いを入れねばと申したまで!」

「……文句なんてあるワケねえよな?」

「ふはは、ございませぬ」

 あんなに怖いベリアルだけど、バアルが苦手みたいだね。アスモデウスはニヤニヤと眺めているだけ。余計なことを言わないように、ハニーちゃんが止めている。


 ベリアルが去った王様達の席に、グレーがかった長めの髪を下の方で纏めた男性が訪れていた。学者みたいな悪魔だ。

「クローセル、お前まで来てたのか」

 挨拶を終えて辺りを見回しているクローセルに、マルちゃんが声を掛けた。お友達かな。

「ほほ。契約して、大陸の北側におるぞい。契約者というより不肖の弟子を育てておるわい。……ところで、ベリアル閣下はいらっしゃらぬのかの?」

「バアル閣下に舞を所望された。ご準備されている」

「閣下の舞は祝賀行事でもなければ、お目に掛かれぬからの。それは楽しみだわい」

 クローセルという悪魔は、とても嬉しそうにしている。ベリアルの舞って、そんなにスゴイの? ちょっと楽しみになってきた。

 マルちゃんはクローセルと気が合うらしく、ずっとお喋りしている。

 フォルネウスは別のマジックを披露していて、ロノウェは名刺を配っていた。こんなに大勢集まっているから、宴会よりも商売優先なんだね。ドワーフにまで配ってるよ。ドワーフは召喚術を使えないよ。


 待っている間に食べて食べて食べて飲んだよ。これからは節約しないといけないし、明日の分も食べてしまいたい。列が途切れてからバアルに誘ってもらったお礼を言おうと思っていたのに、すっかり忘れてしまった。

 気が付いたら音楽が変わっている。

 弦楽器がゆっくりと曲を奏でて、合図のように笛の音が高い音を鳴らした。

 きゃいきゃい騒いでいた小悪魔達が静かになる。


 ベリアルの舞が始まったよ!

 マントを外して、上は白で裾がオレンジ色の、ふんわりした裾の長いコートを着ている。借りたのかな。朱色の扇子で最初は顔を隠し、外すと同時にくるりと回った。コートの裾が広がって、花が開いたように華やかだ。

 扇子からはキラキラした細かい赤っぽい光がこぼれる。火の粉みたい。

 縦にくるくる回して、スッと横に動かしながら身を少し沈める。手首で優雅に一周させ、顔の前で扇子が泊まる。

 みやびな動きなんだろうけど、私には退屈だった。

 左右で大きく回して水平に出したら、なんと上に火の玉が!

 水平に開いたまま扇子を動かす。火の玉がずっと上にあるよ。こういうのの方が面白い。オレンジの光が、ベリアルの顔を照らす。

 

 バアルは満足そうに眺めていた。

 ハニーちゃんが喜んでいるから、アスモデウスはちょっとご機嫌斜め。マルちゃんも会話していたクローセルも、素晴らしいと感動していた。

 手を顔の高さに上げて扇子の先で天をさすと、扇子の上にあった火がくるりと螺旋階段みたいにベリアルの周囲を降りた。地面に触れる直前に細い火の龍に変化し、建物の中央にある吹き抜け目掛けて飛んでいく。

 吹き抜けに入ったら、真上に進んで消えたよ。

 視線を戻すと、ベリアルは扇子で顔を隠していた。手首を動かして投げる仕草をしたら、扇子が溶けるように無くなってしまった。


「すごいねえ、火が生きものみたいに! こんなの初めて見た、すっごいすっごいよ!」

 思わず興奮して、マルちゃんに感想を伝える。

「そうであろう。ベリアル閣下の舞は献上の舞だからの、特別であらせられるぞい」

 隣でクローセルが得意顔で語る。ベリアルの配下だっけ。

 会場が盛大な歓声に包まれ、ベリアルも満足そうな笑みを浮かべる。


 余韻に浸る私達の元へ、誰か足早に近付くよ。

「ソフィア、私も呼んでくれれば良かったのに……」

 バイロンだ。ついに呼んで誘われてもいないのに、登場だ!

「だって別れたばかりだったもん。バイロンも宴会に参加したかったの?」

「それはどうでもいいんだが……、移動の途中で大規模な宴会が開かれると、小耳に挟んだんだ。地獄の王が主催だとか。可愛いソフィアが貧相な相手と契約していると、見くびられて嫌な思いをしないか、心配で飛んできたよ」

「地獄の侯爵は貧相じゃないよ」

 むしろ大歓迎されるでしょ。ほとんどの人が小悪魔としか契約できないんだから。

 ここには王が三人集まり、貴族がたくさん揃って、とんでもない事態になっていたとしても!


「私なら胡弓という楽器を演奏できるよ。この世界には持ってきていないけれど」

「聞いたことないなあ。この世界には多分ないよ、その楽器」

「舞はどうだろう。音楽ほど得意ではないが」

「ベリアル様っていう王様が炎の舞を見せてくれた後だよ。バク転とかなら見たい」

「分かった! ソフィアの愛らしさを詩にしよう!」

「一番ダメなヤツ!!!」

 バイロンの謎のアピールは、本当に意味が分からない。

「子孫が冷たい……」

 ちょっといじけている。やめてよ、インロンもいるんだよ。またガッカリされるよ!


「ぷっははは、龍神族のコントとは珍しい! バイロン殿、居場所が特定できずに招待状を送れなくてな、失礼した。是非楽しんでくれ」

「バアル殿、ソフィアと楽しませて頂こう」

 バアルにコント扱いされちゃったよ……!

 それでいいのかバイロン。他の人達はどんどんお酒を飲んで、楽しんでいる。

 私も飲んじゃおー! マルちゃんがいるから、酔っても平気。きっとこの後、シラフで聞くには恥ずかしい話がバイロンの口から語られるんだよ……!


 ちなみにサバトじゃないので、一番鶏が鳴いても宴会は続いた。

 いつ終わるの、これ???



★★★★★★★★★★★★★★


宴会編はこれで終わりです。

来週あと一話、おまけをアップして完結予定です。

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