第113話 狼と食人種

 ティアマトとミクズは北へ旅立ち、侯爵フォルネウスは地獄にお引き取り頂いた。

 また私とマルちゃんの二人に戻ったよ。

 そろそろ国境を越えて、ついに天使ウリエルがいる国へ入る。オルランドから預かった、この国にいる先生への手紙を渡さないと。国の南西部らしいので、近い場所まで来ているかも知れない。

 『森の隠者の会』の先生方は山や森の中で生活しているから、探そうとしても目印がないんだよね。土地勘がない人が辿り着くのは、難しいんじゃないだろうか。

 まずはシャレーのある、大きな町を目指す。

 

 周囲にはだんだんと人が増えて、小悪魔を連れた冒険者も見受けられる。

 マルちゃんは翼の生えた黒い狼の姿になり、四本足で軽快に歩いていた。いつになくご機嫌。フォルネウスに仕返しできたからか、緊張する相手がいなくなったからか。まだ一番の問題は残っているけれど、まずは平和を満喫している。

「歩き疲れたからね。休憩にしようよ」

「そうだな。急がなくとも暗くなる前に宿くらい探せるだろう」

 マルちゃんが頷いたので、道の脇に逸れて座って水を飲む。

 後ろから歩いて来ていた小悪魔が、そそくさと私達の前を通り過ぎた。マルちゃんは知らない振りで、狼姿でのんびりと寝そべっている。


「ふ~。そろそろ近くに町でもあったら、寄ってみようか」

「無暗に歩いても仕方ないしな。下手に動いて天使に当たりたくない」

「こういう時って、むしろ会いそうだよね!」

「……冗談でもやめろ」

 寝ている姿勢のまま睨むマルちゃん。狼姿だとそんなに怖くないよ。

 誰かにこの辺の大きな町の場所を尋ねて、そこを目指そうかな。再び歩き出して、人を探した。近くに人がいるうちに、聞いておけば良かったな。

「あ、あれ! マルちゃん!」

 私達を追い抜いた小悪魔と冒険者が、魔物と戦っているではないか。休んでいた間にだいぶ距離が離されてしまっている。急いでそちらへ走った。

 人間が二人、小悪魔が一人という組み合わせだ。全員武器を持っているし、攻撃型っぽい。


 魔物は大きめの狼。一体とはいえすばしっこく、捉えるのも難しそうだ。

「あの人数だと討伐は難しいか。フェンリル狼の眷族、スコルだな。アレは火属性に強く、俺の炎はあまり効かない」

 フェンリル狼は、狼の最高峰だ。神族とも戦える、巨大でとても強靭な狼らしい。眷族であるスコルも、普通の狼型の魔物とは比べものにならないくらい強い。

 マルちゃんがタタッと私を追い抜いて行った。私も必死に走るけど、さすがに追いつけない。冒険者の一人が怪我をしたのだろうか、地面に座り込んでしまった。

 もう一人と小悪魔が庇うように前に立ち、スコルに対峙している。


「コイツ、やたら早くて力がある。油断するな、ここは人通りが多い道だ。持ちこたえれば助っ人が来るはずっ!」

「ググ、早過ぎてついて行かれない」

 冒険者の言葉に、小悪魔が苦い表情をする。かなり苦戦しているね。

 スコルの爪を何とか防ぎ、噛み付こうとする顔に横から剣を振る。攻撃を躱しても、またすぐに追撃してくるのだ。今度は小悪魔がそれを槍で防ぎ、二人で戦っても防戦一方だ。

「ウウゥ、グルルッ……!」

 スコルはいったん下がって、勢いをつけて突進する。避けると怪我をしたもう一人がやられてしまうし、二人は動くことができない。

「どーすんだよ、逃げらんね!」

「二人で止めるしか……!」

 迫るスコルに覚悟を決めて立ち向かう。前足で強く踏み込み、スコルはあっという間に目前に迫った。


「やっぱ無理、無理無理ムリー!」

 小悪魔が叫びながら槍を構えている。

「任せろ」

 ギリギリマルちゃんが間に合って、スコルの鼻の下辺りを手で押さえて止める。狼対決をするのかと思ったけど、騎士姿だ。

 スコルが進めずに後ろ足で地面で蹴った。マルちゃんは押し返して剣を抜き、なお向かってくるスコルに一太刀浴びせた。

「うおお、助かった……! 冒険者?」

「わわわ! 先ほどの……」

 小悪魔にはマルちゃんが貴族悪魔で、追い越したばかりの翼の生えた狼だと分かったみたい。膝がガクンとしたよ。


 私は怪我をしてよろよろと立ち上がろうとする冒険者の元へ急いだ。

 別の方向から女性が現れて、怪我人を目指している。良かった、手当てしてくれるのね。スコルにはマルちゃんがいるし、もう安心だ。あと少しだけど、走る速度を緩めた。

「……っ、おいコラ逃げろ! それ、人間じゃないぞ!」

 怪我人の様子に気付いた小悪魔が、血相を変えて騒ぐ。味方じゃないの!?

 言われた男性は近付く女性から逃れるように後ずさりし、ふらついた。

 正体がバレたからもう構わないといわんばかりに、女性だったモノは一回り大きくなり、人っぽい毛むくじゃらの姿に変身した。

「ペイだな、戦場で負傷者の血を吸う食人種カンニバル。スコルは任せろ、お前らは味方を救え」

「食人種がいたなんて……、すまんがここは頼んだ!」

 マルちゃんがスコルの腹を斬りつける。残りの二人、人間と小悪魔のコンビは大きく頷き、すぐさま標的とされた仲間の救出に向かう。


 私も急がなきゃ!

 攻撃よりも襲われている人に防御魔法を……、いや敵との距離が近過ぎる。動いてしまうし、これじゃ範囲指定がちゃんとできない。

 こういう時はどうしたらいいのかな。投てきでもできればいいのに、飛び道具を狙った相手にぶつける自信がない。いや、やれないことを考えていても仕方ない。とにかく目の前の人を助けるんだ!

 魔法使いは詠唱に時間がかかるから、現状を見極めて素早く判断しないと。

 先生に口を酸っぱくして言われていた。でも、いざとなると難しいんだよね……っ!


 人間より一回り大きなペイの影で、男性がぶるりと震える。

 足を怪我していて、移動もままならない。ブンと振り回された長い腕を、両腕で防いだ。男性は耐えきれずに地面に叩きつけられてしまう。

 倒れた男性をペイが蹴り、お辞儀するように腰を曲げて、傷口に勢いよく頭を近付けた。血を吸うつもりだ!

 服の脇腹が血に染まって体に張り付き、足からも流れて靴と防具を赤黒く汚している。

「ひい、うわあああ!」

 男性はがむしゃらにペイの頭や肩を殴るが、手で振り払われる。

 ここまで来れば距離に問題なし!

 私は魔法の詠唱を開始した。この体制になったペイも簡単には動かないだろう。ちょっと吸われちゃうかもだけど、我慢してね!


「大気よ渦となり寄り集まれ、我が敵を打ち滅ぼす力となれ!」


 ストームカッターなら素早く発動できる。硬そうなペイの皮膚にも効果があることだろう。焦らないで、しっかり意識して。

 ペイは男性の腕を掴み、足から血を吸おうとしている。

「ギィヤアアァ!」

 悲鳴を上げたのは、ペイだった。

 救助に向かう小悪魔が、持っていた槍を投げたのだ。これこれ、この投てきが緊急時に必要だよね。

「う、うわあ……」

 ペイの手が男性から離れた。男性は地面に座ったまま手足を動かして後ろに下がり、必死で距離を取っている。

 毛むくじゃらなペイは立ち上がり、刺さった槍を一気に引き抜いた。赤紫の血がボタボタと落ちる。


「風の針よ刃となれ、刃よ我が意に従い切り裂くものとなれ! ストームカッター!」


 私の魔法も完成!

 円形の風の刃がまっすぐに飛んだ。しっかりペイを捉えている。

 槍と小悪魔、そして獲物を意識していたペイは魔法に気付かない。無防備な背中を風魔法の刃で切り裂いた。成功だ!

「グオオオ、ギアァアア!!!」

「よっし、今だ!」

 小悪魔と一緒にいる冒険者が突進して、そのまま剣をペイの腹に突き立てる。

 ペイが引き抜いて手に持っていた槍が、地面に落ちてカラカラと転がった。

 そしてペイは倒れ、そのまま動かなくなった。


 マルちゃんに視線を移すと、狼スコルに火を浴びせていた。火はあまり効果がないんじゃなかったかな。スコルは炎をものともせずに飛び込んで、マルちゃんに喰らいつく。

 その瞬間を待っていたとばかりに、マルちゃんの剣がスコルの口を突き、喉から腹まで切り裂いた。

「キャン、キューーーー!」

 甲高い悲鳴を上げるスコル。ちょっと可哀想。

 とにかく倒せたよ、両方とも討伐完了! あとは怪我人の治療をしないと。私の回復魔法の出番だね。

 私、すごい活躍してない!? もう立派な一人前だね!

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