第112話 襲っちゃいけない相手です

 町でも手をこまねいているだけあって、盗賊団はかなりの大人数だ。

 マルちゃんが剣を抜く。私は前に出ないようにしつつ魔法を使おうと、指輪の護符に魔力を通して準備をした。


「大人しくすれば、余計な怪我をしないで済むぜ」

 そうは言っても、女性だけ捕らえて売り払うつもりのくせに。あまり関心のないようなティアマトの前に、ミクズがスッと踊り出る。

「ここは私に任せて頂きますわ」

「不快なやからね。存分になさい」

 ミクズは楽しそうに目を細めた。マルちゃんが私を庇って、動かないよう指示した。魔法も使わなくていいらしい。

「巻き込まれるな」

「広域攻撃魔法みたいなものでも唱えるの?」

「俺からすれば、もっと厄介だ」

 ニヤリとミクズの口の端が歪む。視線が盗賊団を絡めるように捉えている。


「蜃気楼の形なき影を踏め。砂塵の虚像よ真実の輪郭を削り取れ、我がいろどりに塗り替えよ」


 魔法? これも呪法ってヤツ? ミクズが唱えると呼応するように、ゆらゆらと空気が揺れている。でもそれだけで、発動した感じはしない。

 盗賊団はその間にも武器を手にして、迫ってきていた。まずはマルちゃんに標的を絞り、周囲にいる人間が逃げられないよう囲みを作る。

「ねえねえ、何も起きないよ? どうするの?」

「黙ってろ。もう始まっている」

 抑えた低い声で答えるマルちゃん。どうなってるのか分からなくて怖いけど、私も落ち着かなきゃ。

 ゆっくり私達に近付く彼らは、何故か全員が周囲をキョロキョロと見回し始めた。


「なんだこの声は。どこからだ……!? おい、兵が来たんじゃないか!?」

「本当じゃねえか、早過ぎる!!」

 突然騒々しくなった盗賊達。それぞれ違う方向に目を向けて、勝手に騒いでいる。兵なんてどこにもいないよ。

「捕まりたくなきゃ倒せ!」

「おうよ、さっさとずらかろう!!」

 今度は誰これ構わず、適当な相手に斬り掛かる。金属のぶつかり合う音がして、悲鳴が飛び交う。

 同士討ちが始まったのだ。

 奇声を上げて攻撃し、殺し合いをする盗賊達。それもあちこちで発生していて、かなりの混乱ぶりだ。うずくまって震える人や、狂気じみた目をして人でもものでも斬りつけ続ける人がいる。

「ふ……うふふ、あーっはははっ! 幻も見抜けないのね、ああ愉快!」

 

 ミクズの笑い声が響き渡った。幻覚を見せる術だったんだ……!

 盗賊達は兵が捕らえに来たと思い込み、味方と戦っている。そして誰もそれに気付けない……。マルちゃんが巻き込まれるなと注意するわけだ。どうやったらこの術が解けるの。

「うわああ、来るなああァ!」

「助けてくれ、助けてくれ……」

 単なる兵の幻に惑わされているのとは違いそう。混戦というにも雰囲気が異様。何かを振り払うように武器を振り回したり、虚空に攻撃を続けていたり。

 お互いに殺し合って盗賊はどんどん倒れていき、すでに半数以下になっていた。


「もういいかしら。行きましょう、お姉様」

「そうね。つまらぬ見世物だわ」

「放っておくんですか!?」

 思わず尋ねてしまった。このまま行っちゃうの……?

「大丈夫よ、徐々に正気に返るから。私は今はこの世界で契約していないし、宣言も使っていないもの。術も大した威力にはならないわ」

 効果てきめんみたいだけど、まだまだ弱いんだ……。

 確かにちょっとずつ静かになっている。でもそれは人数が減ったから、という気もしないでもない。

 二人は気にせずこの場から離れる。置いて行かれたくないよ、慌てて私も移動した。マルちゃんが私の後ろで守ってくれている。たまにとんでもない方向に矢や初級の魔法が放たれるから、危ないのだ。

 正気に返った時には、もう無事な人はほぼいないんじゃないかな。


 気を取り直して近くにある町のギルドに寄り、盗賊が仲間割れをしている、と目撃者をよそおって伝えておいた。兵が確認に入った頃には、幻覚の効果も終わっているだろう。

 町で食事をして、旅の続きをする。平野部を越えると、乾燥して岩が多い道になった。私が一番遅くなる……、って、私だけが人間だよ。

 雑草くらいしか生えていないから、冒険者の姿もない。小さな岩がゴロゴロしていて馬車が通れる道じゃないので、すれ違う人もいない。

「お姉様、頃合いですわね。どの辺りを旅します?」

「……大陸の北へ向かおうかしら。海の方がいいわ」

 辺りに誰もいないのを確認してから、ミクズがキツネの姿になった。竜のように大きな金色の狐で、ふさふさの尻尾が九本ある。これが九尾の正体!

 神族と違ってキツネやタヌキは化けているだけだから、こちらが本当の姿。人間の姿になる時は、好きな容姿に化けられるよ。


 その上にティアマトがまたがった。ティアマトとキングゥは、人の姿では飛べないのだ。ミクズに騎乗して、大陸の北側へ行くのね。

 この大陸の中央には、北と南を分断する荒涼地帯がある。雨がほとんど降らなくて環境が厳しいので、地上から越えるのは難しいのだという。とはいえ、竜神族なら徒歩でも余裕で踏破とうはしちゃうんじゃないかな。

「ではね、気を付けて旅をなさい」

「はいっ。そちらもお気を付けて!」

「ふふ、私とお姉様には必要ないわね。それよりも」

 ミクズの体がゆっくりと宙に浮いた。こんな大きなキツネが飛行していたら、目立ちそう。

「イブリースは遠くない場所にいるわよ。こちらに向かってきているのもいるし、しっかり対処しなさいねー」

「えっ!???」

 問う暇もなく、ミクズは北の空へ消えた。


「マルちゃん、どうなってるの!??」

「……イブリースの動向は、俺には掴めん。把握できているのは、九尾だからだろう。魔法にけた種族だからな。向かって来ているのは……、アレだ」

 西から人が飛んでくる。それは慌てた様子で、私達のすぐ前に下りた。

 紫の髪に片メガネ、革靴を履き、膝丈のマントが片側だけ胸の前へきている、エセ紳士風なこの男は。

 マルちゃんを鉱山で生き埋めにしようとはかって笑いながら逃げた、地獄の侯爵フォルネウス! よくこんなにすぐ、マルちゃんの前に顔を出せたよ。

 ただ服がボロボロだし、足やお腹も怪我している。また誰かおとしれて、今度は反撃されたのかな。


「マルショシアス君っっ! もしかして君なのかい!??」

「なんだ、やぶから棒に。それにしても痛めつけられたな、俺はお前のように恨みの安売りはしていない」

 うんうん、マルちゃんをフォルネウスと一緒にしないでほしい。

「イブリースだよ! ヤツに会ったんだ……、お前じゃないと言われた。契約者の女がライバルの不幸を望んだらしい。そいつと周りを殺し尽くすとか、物騒なことを言っていたよ」

「……契約で罪なき者の死を願ったとされると、魂は間違いなく穢れるな。……となると、やはり俺も巻き込まれるのか……」

 マルちゃんがガッカリしている。私が狙われているんなら、契約しているマルちゃんも一蓮托生だよ!

「狙われているのは、やっぱりマルショシアス君とソフィアちゃん? これは貸しだね」

「お前、俺を生き埋めにしようとしただろうが。忘れたか?」

「かわいい悪戯だよ」

 

 全然かわいくないよ。フォルネウスの服はともかく、傷は徐々に塞がっていく。どうやら自分で治せるみたい。普通に話もしているし、まだまだ余裕だね。

 もっと痛い目を見ちゃえば良かったのに……。

 二人は歩きながら、会話を続けている。ここにいると危ないと判断したのかも。

「ソフィアちゃん、私を地獄へ送還してくれないかな?」

「ええ~……、高位貴族って魔力を使うし面倒です」

「そこをなんとか! ほらこの宝石をあげよう。ブラックオパールだよ~」

 マルちゃんに意地悪した人だからなあ。渋る私にカフスボタンを差し出して、両手を合わせて頼んでくる。イブリースに会いたくないみたいね。どうしたらいいかな、マルちゃんに視線を送る。

「……地獄へ返しておけ」

「マルちゃんが言うなら」

 かえすのニュアンスが違うような気もする。やっぱりまだ怒ってるんだな。

 マルちゃんに協力してもらい、異界の扉を開いた。地獄のどこへ送っていいか、私では解らなかったから。

 

「神秘なる秘跡により、虚空の道よ繋がれ! 閉ざされし扉よ開け、地獄の侯爵フォルネウスを元の世界へ導きたまえ。悪臭もなく、影も残すことなく去れ」


「おお、繋がったよ。ちょっと狭いかなー。でもありがとう、ソフィアちゃん!」

 フォルネウスは元気に地獄へと戻った。怪我も元の世界にいた方が、早く治るんだって。

「マルちゃんは本当にお人好しだね。放っておけばいいのに」

「ふ……ふふふ……、慌てていて気付かなかったようだな。俺が導いた場所は、地獄の最下層コキュートスだ。凍えろ、フォルネウスめ!」

 侯爵を送るのは大変だなと思ったら、地味な嫌がらせを……!

 最下層には皇帝陛下の宮殿がある。そこからは離れた場所にしたらしい。

 やっぱりどこか気を遣ってるなあ。どうせなら宮殿のど真ん中にでも放り込んで、侵入者扱いさせちゃえばいいのに。

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