第76話 マルちゃん、東奔西走

 私は奥さんとニコルに飲み物を用意してから、夕飯の準備を始めた。ニーナは洗濯物を取り込んでたたむ。お婆さんは畑に行ってウチで食べるお野菜を収穫、叔父さんはお仕事の続き。

 奥さんも寝込んじゃったから、ここは私がしっかりしないとね!

 マルちゃんなら夕飯までには、薬草魔術の先生を連れて来てくれるだろう。薬を作ってもらえれば、しっかりと治るよね。


 慣れない台所だと、時間が余計にかかるな。病気の二人にはお粥だ。夕飯の準備も終わる頃、マルちゃんが先生を乗せて帰宅した。待ち遠しかったよ!

「先生、ありがとうございます」

 叔父さんが玄関まで出迎える。

「いやあ、こちらこそ。この魔物は会話が通じて空も飛べるから、いいね。最初は驚いたけど、馬車で往復するよりよっぽど早くて楽だよ」

 先生は五十代くらいの男性で、茶色いシャツを着ていた。大きなカバンに、治療の道具が入っているんだろう。

「これ、薬草です」

「おお、買い取るよ。これで治せるだろうけど、病人が多くてな……。お、アターイシュ草まである! 気が利くね」

 マルちゃんに言われて採っておいた薬草を目にして、先生が喜色を浮かべる。どうやら高熱に効果がある、今回使える薬草みたいだ。


「お薬作りで私に出来ることは、ありますか?」

「この下処理は君がしてくれたんだね? 薬を作った経験があるのかな。うちへ来て、手伝ってくれるかい?」

「はいっ!」

 やった、私も力になれそう。助手として先生のお宅へ一緒に行くことになった。少しでも早く、みんなの薬が作れるといいな。

「しかし他の村の薬草医からも手伝うよう声が掛かったんだ、幾つかの村で同じような状況なんだろうな。手が足りない……。ギルドに報告しておくんだった、近隣から人材が派遣されたかも知れない」

 ギルドがあった町にも薬草医がいるみたい。明日になったら、誰かに報告に行ってもらうしかない。


「……解った解った。俺なら夜だろうが関係ないからな、報告して来よう。しかし俺が訴えても説得力がない、一筆書くなりしてくれ」

「本当か、頼もしい魔物だな! すぐに書こう」

 カバンから筆記用具と紙を取り出してサラサラとしたためると、折たたんで封筒に入れた。マルちゃんが受け取って、すぐに玄関へ向かう。相変わらず面倒臭がりなのに勤勉な、変な性分だなあ。

「気をつけてね、マルちゃん。ついでに朝になったら、お薬買って来てよ」

「お前は本当にいい性格をしているな!!」

 怒って出て行っちゃった。

「ソフィアちゃんだったかな。これから一緒に、私の家まで来てくれるかな?」

 マルちゃんが去った後、先生が私を向いて確認する。

「はい、あ、でも……」

「今日は夜だし、明日から?」


「いえ、夕飯を食べてからでいいですか? 支度したところです」

 食べないと力が出ないもんね。客間で話をする私達を覗いていたお婆さんも、そうねと手を合わせた。

「先生もご一緒に、いかがですか? 孫がご飯を作ってくれたんですよ」

「そういえば私も腹ペコだ、頂こうかな。と、この子もこちらのお孫さんでしたか!」

「ええ、ソフィアです。最近訪ねてくれたの」

 先生とお婆さんは親しそうで、笑顔で会話をしている。

 私は叔父さんとニーナに食事だと告げて、台所で盛り付けをした。先生とお婆さんは客間でいいのかな。


 腹ごしらえをしたら、もう夜だけど先生のお宅でお薬を作るよ。

 一緒に村の暗い道を歩いて、畑に近い方へ向かった。先生の家の前には、暗くて影みたいな背の高い人が、立って中を覗き込んでいる。

「おーい、今帰ったところだ」

「あ、先生。ウチのおふくろが熱を出して……」

 どうやら新たな患者らしい。だんだん増えていくのね、早く対処しないと。

「そうか……、しかし薬も足りないんだ。今、ギルドへ報告に走ってもらっている。今日は暖かくしてご飯を食べて、水をしっかり飲むように」

「何とかならんですかね……」

「今は何ともならんがね、この子が助手をしてくれるから。もう少しの辛抱だ」

 先生が後ろにいる私を紹介する。大したことは出来ないですよ! 普通の風邪薬くらいしか作れないから。


「そうですか、じゃあ明日往診してもらえそうですか?」

「ああ、必ず行こう。しかし薬の材料が足りていない。買って来た分もあるが、全員にはまだ足りないだろうな……」

 なかなか問題だ。とりあえず一人ずつ治療していくしかない。

 男性には帰ってもらい、家へと入った。

 先生の家はあまり広くなくて、一人暮らしで部屋が余っている。隣には小さな倉庫。薬草なんかが入っている。実は隣の村の方が先に病が流行ったので、高熱の薬はまずそちらで使ってしまっている。だから早くも薬草不足なのだ。

 入り口からすぐのところに診療室、その奥に調合室がある。私が採取したのと先生が買ってきた薬草、それから倉庫から持ち出した薬草も合わせて、これから薬を作る。


「シュヌー樹の実をすりおろしてくれるかな」

 早速仕事を与えられたよ。丸くてクリーム色の、シーグラスという草で編んだ座布団の前に、色々道具が出しっぱなしになっている。

「了解です! まず皮を剥きますね」

「任せたよ」

 先生はチラリと目で確認して、シシンヌ草をハサミで切って鍋に落としている。ここにアターイシュ草も少し入れて、他の薬草も加えて沸騰しないように煮る。

 途中でシュヌー樹の実の汁を入れるわけだ。シュンシュンと白い湯気が立ち、部屋の中に薬草の青臭い匂いが充満する。これを濾して液体だけを使う。

 茶色っぽい緑になって、まずそう。


 大きな鍋がないので二回に分けて作り、完成したのを私が二人分貰って、家に帰った。先生は他の人の所へ薬を持っていく。

 シュヌー樹の実は一個しか使っていないけど、これじゃすぐに足りなくなる。もっと兎人族にもらえば良かったなあ。

 家に薬を持って帰ると家族は喜んで、二人にすぐ飲んでもらった。

 翌朝には二人とも少し楽になったようで、布団の中に魔石があると熱いと言い出した。寒気はしなくなったのかな、昨日より食欲も増した。もう一回くらい薬があるといいんだけど、足りてないくらいだものねえ……。

 私達がご飯を食べ終わって洗濯物をしている時に、マルちゃんが再び帰った。


「ギルドに知らせたがな、あっちの町でも病が起きてる。感染者は多いって程じゃないが、薬草医は来られない」

「ええ~! じゃあ、せめて薬は……」

「ない。不幸中の幸いというか、年寄りや幼子でもない限り、命には関わらないようだ。持病があると別だろうが、危険性は低い」

 薬が無いの……!? 危険性が低いのは良かったけど……。

 マルちゃんの説明によると、辺り一帯で高熱の人が増えているとか。領主に相談するって言ってたらしいんだけど、私の母方の実家だよね。それどころじゃないかも……。伯爵は精神的に安定しただろうか……。

「薬草医の先生、人と薬が欲しいみたいだったよ」

「……あーあーあー! 仕方ない。俺はそこまでするのも面倒なんだが、とりあえず声を掛けてみる」

 嫌そうだけど、心当たりがあるのかな?

「頼むね」

「お前は薬草を採取してろ」

「そうだね、場所も覚えたし」


 薬をたくさん作らないとね。薬草の森は昼間なら危険性の少ない場所だし、何とかなるだろう。兎人族の人達、もう少しシュヌー樹の実を分けてくれるかなあ。

 マルちゃんは飲み物だけ貰って、またさっさと出掛けた。文句は零すけど、本当に真面目なんだよね。

 私は洗濯物を干して、また出掛ける支度だ。

「ソフィア、マルちゃんがいなくて大丈夫? 魔法使いさんは、剣士とかと一緒に行動するんでしょう?」

 お婆さんが心配をしてくれる。

「きっと大丈夫です。あ、でもまた、おにぎりを作ってもらえますか? 途中でお腹が減りそうだから」

「いいわよ、たくさん作るからね」

「たくさんは食べられないですよ!」

 

 張り切って台所で具を選んでいる。お昼のお米を貰っちゃうことになるけど、また炊くかパンにしてもらおう。危険は少ないと思うけど、マルちゃんがいないとなると、やっぱり心配ではあるなあ……。

 そうだ、叔父さんの短剣を借りよう。確か護身用に持ってたよね。私は戦い方は解らないけど、ないよりマシな筈!

 お婆さんのおにぎりを持って、今日は漬物ももらって出発!

 ……と、その前に。村外れでバイロンを呼んだ。慌ただしくてそのままにしちゃった。実家のことを、報告するんだった。


 今度はバイロンが魔力を籠めてくれた、翡翠を持ったよ。確かこれで私の居場所を把握出来るから、歩きながら待とう。時間が惜しいもの。

 森とのちょうど間くらいの場所で、バイロンがスッと空からやって来た。

「ソフィア、……おや、マルショシアス君は?」

「それが、高熱が出る病が流行って……」

 私はまず病の状況を説明して、マルちゃんとは別行動なこと、私は薬草を採りに向かっていることを告げた。

「なるほど、大変なことになったね」

 隣を歩くバイロンが、神妙に頷く。

「実家なんですけど、どうも揉めているみたいでして。それで、ロンワン陛下を怒らせてしまって」

「……………陛下? すまないが、話が呑み込めないのだが。なぜ実家で陛下のお怒りを買うような事態に……?」

 バイロンはいつにない間の抜けた表情をした。説明が難しいあ。

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