反逆の天使編
第84話 蠢動
魔石の明かりが、室内を照らし出す。
本が詰め込まれている棚、書き記した紙が散乱する机。倒れたインク瓶からは残っていた僅かな黒いインクが零れ、テーブルと紙を汚していた。
カーテンの波の形の影が、窓辺を覆う。
椅子に座って俯くのは、長い髪を高い場所で一つにまとめた女性。
「先生はソフィアばかり、ひいきしていたわ」
『ソフィアとは、どんな娘なのだ』
対するのは、マジックミラーに映し出された幻影だ。真っ白い大きな翼を持つその姿は、明かりを浴びてほんのりオレンジ色に彩られていた。
「どんくさい娘よ。みなし子だと思ってたけど、故郷を探すって旅に出たの」
『……故郷を。人間はルーツを知りたがるものだ』
「もうカヴンにも加入したのよ。私の両親は、エステファニア先生にたくさんお金を払っているわ。どうしてソフィアなんかが、わたしより優遇されてるの……!」
ダンと、手で小さなサイドテーブル打った。
お香の煙が細く伸びて、部屋は爽やかな香りに満ちている。
『カヴン……、確か召喚術師の集まりだったか。お前は加入していないのか?』
「……まださせてもらえない。『若き探求者の会』に入るには、先生の推薦が必要なの」
肩を落とす女性を慰めるように、翼を持つ幻影は優しい声で語り掛ける。
『私と契約をするが良い。会になど所属せずとも、誰もが認めるだろう』
「契約してくれるの!? でもソフィアは、地獄の侯爵と契約したのよ。負けたくない……。あんな娘が、どうして……!」
『侯爵!!! クク……、ははははは!! 侯爵だと? この私の敵にもならん!』
男の笑い声が、部屋に響き渡る。頼もしいその姿を、悔しさで顔を歪ませていた女性が振り仰いだ。
「貴方は……、とても立派な天使様なのね」
希望を宿した瞳に、天使は深い笑みを作った。
『そう、私の名を地上に轟かせよう。お前は契約者として、栄誉を一身に浴びるのだ!』
「わたし……勝てるよね、ソフィアに」
『誰にも負けることはない』
キッパリと断言され、女性も明るい表情を見せる。そして、祈るように胸の前で指を組んだ。
「お願い、わたしを皆が認めるようにして。どんな努力だってするわ。代償は何がいいのかしら……」
『私は主なる神より与えられた仕事の為に、そちらの世界へ行く必要がある。それを手伝ってもらおう』
「神様のお仕事のお手伝い……! なんてすごいのかしら」
『お前は選ばれた人間なのだ。さあ、契約を交わすぞ』
神に与えられた仕事を手伝う、選ばれた人間。
この言葉に、女性は有頂天になった。やはり自分が最も優れているのだと。仕事の内容など、尋ねることはなかった。知ったとしても、それは輝ける天使との契約を阻むものではなかっただろう。
「ありがとう! わたしはリアナよ」
『……リアナ。これからは私の契約者だ。名を教えよう、私を召喚してくれ。私の名は……』
蓄えられたマナがなくなり、魔石の明かりが尽きる。
暗くなった部屋には、カーテンの隙間から十六夜の月の、淡い光が差し込んでいた。
□□□□□□□□□□□(以下、ソフィア視点)
「あ、先生の鳥だ」
ムノン共和国の干ばつ問題を解決して、子供の頃から住んでいた山奥の庵に帰ろうというところ。国境付近で私が召喚術などを教わった、エステファニア先生が契約している通信用の鳥の聖獣が、私を目指して飛んで来る姿が見えた。
何かあったんだろうか。
かなりの距離だし、さすがに聖獣でも疲れたろう。リュックから適当にエサになるものを取り出して、近くの低い木の枝に止まった聖獣にあげた。そして足に巻き付いている手紙を外したら、鳥はバサッと翼を動かし、とんぼ返りしてしまった。
返事も書いてないのに。ずいぶんと急いでるなあ。
「お前に通信とは、珍しいな」
翼の生えた黒い狼姿のマルちゃんが、遠くなる聖獣を見送りながら呟いた。
「ホントだよねえ」
小さくたたまれた手紙を開く。
『ソフィアとマルショシアスさんへ
ご両親のご実家は見つかりましたか?
旅は順調でしょうか。
こちらは少々、困ったことが起きています。
リアナの姿がないのです。
リアナはご両親に縁談の話をされて、実家へ帰っていました。しかし朝になると、部屋から消えてしまったそうです。
ご両親はそんなに嫌なら断っても良かったのにと、とても自分達を責めています。
しかし私は、別の原因があると考えています。
あの子はソフィアをライバル視していました。
他の生徒達も、何故ソフィアがと悔しそうにしていたリアナの姿を何度も目撃していますし、最近では前よりムキになって召喚術をしようとしていました。
私が注意したので、私の目がない実家で何かしたようなのです。
悪い予感がしています。
申し訳ないけれど、リアナが無事に見つかって落ち着くまで、こちらには帰らないでください。リアナは今、不安定なのです。貴女と会ったら、爆発しそうです。
もし見掛けても声を掛けず、私に教えてください。
リアナのことは『森の隠者の会』や『若き探求者の会』の仲間にも、呼び掛けています。心配しないで大丈夫です。
くれぐれも気を付けて、ソフィア。
エステファニアより』
リアナは私と同じ、先生の弟子。裕福な家の子で、勉強も得意だった。
私が旅立つ日にそっぽを向いていたけど、まさかこんなに拗れてたなんて。
「なんでリアナは、私を敵みたいに見るんだろう……」
「敵とは違うな。見下していたヤツに抜かれた悔しさじゃないか。お前が先にカヴンに加入して、一人前になったんだろ。実際は半人前だが」
こんなに嫌な事態なのに、マルちゃんが慰めてくれない!
バイロンとは別れて、彼はまた何処かへ消えた。ロンワン陛下に頼まれた用事もあるからね。あいさつ回りだっけ。
「別に一緒に勉強してたんだしさ、仲間だねでいいのにね」
「お前みたいに単純じゃないんだろ。だが、そんなに焦って召喚なんぞすれば、ろくなことにならんだろう」
「そうだよねえ……」
まさか帰って来るなと言われてしまうとは。
この後はどうしようかなあ、別に予定もないんだよね。依頼を受けて、冒険者のランクアップを目指すかな。他の国を見てくるのもアリかも知れない。
連絡が取れるように、あまり遠くへは行かない方がいいか。
こんなことなら、お父さんの実家でのんびりしてるんだった~!
★★★★★★★★
少々お話が長くなったので、前回オチも付いていたし、今更ながら二部にしました(百話あれば終わると思っていた)
ちなみに、ルシフェル様じゃないですよ(笑)。
ちゃんとここまで書こう、という自戒も込めて…(笑)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます